俺はピエロ。人を楽しませる道化。そうであればいいと、今もこうしてバーを続けている。
「おはよう」
月の妖怪の二階は俺たちの家だ。
「おはよう、アカリ」
恋人のアカリに朝の挨拶を返す。長く連れ添ってくれた恋人だ。最早彼女はそうするしか無い、と言うのも事実ではあるが。
「昨日ね、久しぶりにお客さんが来たんだよ」
「珍しいね。 どんな人だった?」
微笑みながら聞いてくる。アカリの嬉しそうな顔が好きだ。
「普通の女の子。 こんなとこになんの用で来てるんだろうね」
正直、昨日は驚いた。こんな辺鄙な場所に来るような子には見えなかった。
森の中にバーを構えた意味は特になかったが、理由を付けるなら最後に立ち寄る場所であればいい。そんな程度だ。
こんな場所に来る人間は、決まって自殺しようとする人間だ。実際、構えて一年。もう既に四人の客の死体を見ている。
「みんな、幸せでいられたらいいのにね」
呟くようにアカリは言った。
「そうだね」
呟くように返した。
「よし。 今日もお客さん来るかなー」
話を切り上げるように、そう言ってみた。
「今日は私も降りよ」
「ゆっくりしてていいんだよ?」
「たまにはね」
たまにこうして手伝いに降りてくれる。
「行こ。 ハル」
こうして俺の本名を呼ぶアカリが、何よりも愛おしい。俺の本名を知る数少ない人物のひとりがアカリだ。もう本名を名乗らなくなって随分経つ。
過去は記憶も願いも理想も持っている。俺たちの全てを持って、遠ざかっていく。
今となっては、いい思い出だ。そう思い、少し微笑んで降りていく。
でも、やはりあの子のことが気にかかる。異性として云々ではなく、ここに何をしに来たのか。
まれに散歩がてらこの付近を通る人はいる。あの子もそうであると願って、今日もここで客を待つ。
くしゃみが出た。
営業の関係で、あのバーの近くを通っていた月夜は会社への帰り道、ふと声をかけられた。
「すいません」
およそ元気とは思えない声色。思わず身構えてしまう。
左目に傷のある男性がそこには立っていた。
「なんでしょう」
人当たりよく答える。
「藤堂 ハルという男を知りませんか?」
「知らないです」
「なら、鈴ケ峰 陽一朗という男は?」
矢継ぎ早に聞いてくる。
あのピエロと名乗っていたマスターも陽一朗と言っていた。偶然なのか。
「ちょっとわからないです。 ごめんなさい」
迷ったけど、知らないふりをしておいた。
「そうですか。 ありがとうございます」
見た目に反して、礼儀正しい姿に驚きつつ、話し終えたので歩を進める。
「やっぱここらにいたか」
二歩ほど進んだところで、そう聞こえた。
もう少し出てきますが役者はほぼ揃いました。