1.召喚
「
シャンデリアの灯りの照らす大部屋に、少し鼻にかかる少女の声が満ちていく。
「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」
ぽたぽたと垂れていく自らの血に少女は何を考えているだろう。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
吹き荒れる風に金色のツインテールを揺らし、傲岸不遜な笑みを浮かべて少女は言い放つ。
「汝三大の言霊を纏う七天、 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
言い終わるのと同時に少女の心臓がどくんと鳴った。少女は思わず拳を握り込んだ。
「これはきちゃ! 成功よ、成功。絶っ対成功!」
少女の興奮に応えるように、屋敷が鳴動し始める。揺れるシャンデリアの明かりに合わせて部屋の中の光と影が踊る。本棚から本が落ち始めて、ついには本棚が次々と倒れていった。
「ちょっ、ばか、やりすぎ――」
少女の言い終わるかどうかというところで魔法陣の中央に、ぼんっ、と小さな白い煙が上がり、振動は止まって辺りは一気に静かになった。
果たして、少女の見つめる先、魔法陣の中央には角の生えた黒いコアラ……のような小さな生き物が座っていた。少女はあっけらかんとして言う。
「え……お前、何?」
その小さな生き物は今やっと少女に気づいたらしい。大きな黄色い瞳を何度か瞬きさせて言った。
「いかいのとびらが、ひらかれた……ふふふっ。ボクは異界からやってきた悪魔、でびでび・でびるだよ~」
口をぽかんと開けて何も言えない少女をよそに、でびでび・でびるは辺りを見回し、すぐそこに置いてあった立派な酒瓶を見つけて目を輝かせた。
「オマエ、いいもん持ってんじゃねえか!」
「あ、ちょっ……!」
少女の静止の声も間に合わず、でびでび・でびるは酒瓶を片手に持つと、その注ぎ口に口をつけてグイッと傾けた。
ごきゅっごきゅっと嚥下の音が続き、でびでび・でびるはついに一息で酒を飲み干してしまった。
「ぷはーっ! うまい! なかなか上等なもんを用意したねぇ。ところで小娘はなんていうの~?」
少女はぷるぷると拳を震わせて、顔を上げて言った。
「鷹宮ですけど⁉ たかみやリオン! え、なんで飲んだの? お前なんで飲んじゃったのっ⁉」
「そりゃオマエ……そこに酒があったから」
「ふざっけんな! 人のもん勝手に飲むなよぉ!」
「えぇ……だって、そこにあったから、てっきりぼくのかと思うじゃん!」
「ちげーよっ! これは召喚するはずだった伝説の鬼の……」
そこで少女、鷹宮リオンはため息をつき、床に手を着いてくずおれた。
「終わった。私の聖杯戦争……終わった」
でびでび・でびるがその小さな羽を動かして、漂うように鷹宮リオンの傍まで寄ると、その肩にポンと手を置いた。
「まあ元気出せよ小娘、生きてればいいことあるって」
鷹宮リオンは床に手を着いたままぎろりと目だけを動かしてでびでび・でびるの方を見た。
「あーでびでび? とか言ったっけ? アンタ、強いの?」
「ぼくぅ? うーん……いや、全っ然強くないけど」
「知ってた」
鷹宮リオンはあまりの気だるさにごろんと寝転がってしまった。
〇
「待って! 待ってくれ兄さん! 話せばわかる。話せばわかるって!」
ところ変わってパソコンのモニターが青白い光を放つ薄暗い部屋。ジャージを着た白髪の青年は追い詰められていた。
「余は貴様の兄などではない! なぜだ、なぜ余を呼び出した⁉」
こんなもので……! と黒と金を基調にした貴族のような衣服を纏う男の手には、先の尖った一本の白い歯があった。男はそれを握り潰して灰にして見せる。
「いや、なんでそんな怒ってんだよ。どうどうどう、落ち着いてほら、俺の目見える? 敵意のない目だよー。ほらほら、ちゃんと見てくれって!」
と青年は目をかっと見開いたが、男はそれを鼻で笑い、言った。
「余と同じ、化け物の瞳だ」
「なんでそうなるのぉー!」
青年の後ずさるその背後、ピコン、とチャットの通知音がした。
「あ、ちょっと待ってくれ兄さん、たぶん
「貴様と通じている者か。よかろう。言葉を交わすといい。貴様もろとも切り刻んでくれる」
「っはー、なんでこうなったかなー」
青年はため息をついてチャットを確認する。
叶「どう葛葉。召喚成功した?」
青年、
通話は当然のようにワンコールで繋がった。
「お前いちいちかけてくんなって言ったじゃん。もう、今忙しいんだけど」
ハスキーな青年の声が面倒くさそうに応答する。
「かなえ助けて! 今殺されかけてる」
「あー、まだそこかあ。じゃあ引き続き説得頑張って」
「いや説明! 俺わけもわからず死んじゃうよ?」
「ほう、貴様は何も知らない。であれば首領はそやつというわけか」
やべ。葛葉は呟くと、こほん、と咳払いして男に向き直る。
「あーそのですね。そうといえばそうなんですけど、そうでないといえばそうでない……みたいな」
「仲間をかばうか。面白い」
なんも面白くねーよ! 葛葉は振り返ると慌ててチャットにメッセージを打ち込む。
葛葉「かなえもうお前のせいにしていい?」
「ばかばか、お前、やめろって!」
「じゃ、お助けプリーズ」
「うぜぇー。まあいいけどね。ちょっとサーヴァントに名前聞いてみて」
葛葉は振り返って男に尋ねる。
「あの……お名前とか、聞いてもよろしいでしょうかぁ」
「ふん、言いたくないな」
男は意地悪く口角を釣り上げる。
「ッスゥー……言いたくないって」
「は?」
「は?」
背後からの視線が鋭くなっていくのを感じ、葛葉は背中に汗をかきながら訴えた。
「だいたい、お前が歯一本で最強の吸血鬼が守ってくれるって言ったんじゃねーか。俺殺されかけてんだけど! なあどうしてくれんのお前これ」
「ご愁傷様」
カチーン……葛葉の方針は決まった。
「話があるなら俺のところに来い……とこいつが言ってますがあのよろしいですか?」
「はっ! それはずいぶんと男らしいこと。よい、許す。案内せよ」
「よっし! んじゃ行きますかぁ!」
「お前っ、何勝手なこと言って……!」
葛葉は通話を切ると外出の準備を整え始めた。