「はぁぁあああ!」
気合とともに斬り込んでくるセイバーにでびるは横から腕を叩きつけにいく。しかし間に小さな鳩たちが割り込み、鳩たちの爆発によってでびるは勢いを止められた。
セイバーが剣を振り下ろす。狙いはでびるの足だった。でびるは慌てながらも反対の手の爪でセイバーの剣を受け止める。
動きが止まってひとまずほっとするでびるだったが、セイバーの押し込んでくる剣にでびるは押し負けそうになる。
「おまっ、このぉ!」
セイバーの剣を受け止めているでびるの腕が淡い光に包まれていく。セイバーは咄嗟に離れようとするが、身体強化の施されたでびるの腕の一振りで吹っ飛ばされてしまう。
一方上では、鷹宮の炎の魔術を振り切ったライダーが急速転回し、鷹宮の方に直進、迫りつつあった。
「でび! 増殖!」
叫んで鷹宮は宝石を投げつける。空中を進む宝石がでびるの魔法陣を通過すると、宝石は生き物の細胞のように蠢いて分裂を繰り返し、一面に広がっていく。
「ちょっ、うわぁ!」
宝石の中に突っ込む形になったライダーが思わず叫んだ。宝石から火花が散り、一斉に爆発を起こす。
爆発の直前、雷光が瞬いたのを見た鷹宮は鎌を構えて待つ。
爆炎の中を突っ切ってきたライダーは、片手に持った剣を鷹宮見据えて突き出し、黒馬を疾駆させる。
鷹宮は鎌を横薙ぎに振るう。鎌は振るわれる勢いの中で巨大化し、ライダー向かって急激に伸びていった。
「出た! 反則のやつ!」
なぜか嬉しそうにしながらライダーは黒馬とともに横に倒れながら落下して鎌をやり過ごすと、軌道を取り直すためにでびリオンとすれ違い、遠ざかっていく。
鷹宮はほっと一息つくと鎌を下ろし、でびるに言った。
「でび、これ、ちょっときついかも……」
「ごめん小娘! 喋る余裕がねえ!」
下ではセイバー向けてでびるが両手の爪から魔弾を機関銃のように連射していた。セイバーは一発一発が自身の体より大きな魔弾を剣で弾き飛ばしながら、じわじわとでびるとの距離を詰めてくる。
鷹宮は目をぐるぐるとさせながら下の森に目をめぐらす。先ほどから虚空教の姿が見えていない。きっと、丈夫なサーヴァントを前面に立たせて隙を伺っているのだ。
「このままじゃとても……」
途方に暮れる鷹宮の頭上を一瞬影が横切った。バッと鷹宮が頭上を仰ぐと、そこには赤い月を背にして羽根を広げる吸血鬼の姿があった
「何かお困りですか? お嬢サマ?」
あからさまに余裕のない鷹宮をからかうように葛葉は言った。鷹宮は一瞬間を置いた後で、慌てた表情になった。
「葛葉くん⁉ え、どうして⁉」
「どうしてって、同盟相手だろ?」
葛葉は鷹宮の隣に降り立つと、何やらもってきたらしい、スコープ付きのライフルをその場で組み立て始めた。
「ず、ずいぶんいかついですネ……?」
ゴリゴリの現代兵器に対してやや引き気味の魔術師の言葉に葛葉は答えた。
「ああ、叶からかっぱらってきた」
「ん? かなかな?」
葛葉はちらと鷹宮を見上げて言う。
「これであんたを狙撃させるつもりだったらしいぞ?」
「えっ……」
え……? 口を開けて立ち尽くす鷹宮をよそに、葛葉は銃を構え、さっそく狙いをつけて発砲した。
突然撃った葛葉に我に返った鷹宮が葛葉に詰め寄った。
「ちょっとぉ! 突然撃たないで! びっくりするじゃない!」
「あ? ああ、わりいわりい」
と葛葉は軽く謝りながらも次の狙いをつけ始める。
「聞いてますか⁉ え、そっちに敵がいるの?」
「ハッ、いるから撃ってんだろ? 見てみろよ」
葛葉は指を差す。鷹宮が見ると、忌々しそうにこちらを見上げる剣持の姿があった。葛葉が銃の引き金に指をかけると剣持は木陰に姿をくらました。
「剣持⁉ いえ、それよりも、あの剣持が、虚空教の教祖が恐れてる……?」
「ああ、不意打ちだけど一度殺しかけてるからな」
そう言って葛葉は鷹宮に弾丸を見せて笑う。
「でもま、この弾丸はアイツがびびるようなもんじゃないんだよねぇ。向こうからすれば試しに当たってみるわけにもいかねえだろ? わかんねえよ」
そう言って葛葉は上機嫌に銃撃を続けた。鷹宮もライダーや時折上がってくる鳩の迎撃に集中しなくてはいけなかった。
サイレンサーに籠った銃声・薬莢の排出音・弾丸を装填しなおす音が連続し、そこに鷹宮の魔術の詠唱が混じる。
時たまささやかなサポートが行える程度の連携だったが、鷹宮が先ほどまで抱いていた不安は霧散していた。葛葉のその都度の声掛けは連携になれていない鷹宮には有難く、この戦場の中で安心感すら抱き始めていた。
鷹宮は空を駆けまわるライダーを炎の魔術で追いかけながら、なんとなく、今言おうと思った。
「葛葉くん、あの、ごめんね……サーヴァントの件なんだけど」
「はぁ? なんでアンタが謝るんだよ」
「私たちがもっと早く来られたら、葛葉くんのサーヴァントは助かってたかもしれないのに」
葛葉はスコープを覗く目を細めて言う。
「そうさなあ」
しかし次には淡々と銃の引き金を引いた。葛葉は薬莢を排出して次弾を装填し、再びスコープを覗く。
「アンタらはアンタらで戦ってたんだろ? じゃあもう仕方ねえよ」
葛葉は舌打ちし、体の向きを変えて銃の角度を変えた。
「バーサーカー……ヴラドの兄さんは出会う人間みんなを警戒してたよ。叶もあのシスターも、レジスタンスの奴らも、みんなろくでもない人間だと吐き捨ててた。なのにアンタたちだけは素直に信用してたんだ。アンタたちが俺たちを助けに来ることを疑ってなかった。……いや」
葛葉は少し考え直して言う。
「悪魔と人間で楽しそうにくっちゃべってるアンタらが羨ましかったのかな……」
少し思い出してしまい、葛葉はしゅんとした心を振るい立たせるために銃の引き金を引き、頭上に現れた大きな鳩を撃つために角度をつける。葛葉はいった。
「俺の聖杯戦争はもう終わっちまった。けど、俺にはまだ戦う理由がある。邪魔はしねえよ、協力させてくれ」
大きな鳩から魔使の分身が三人飛び降りてくる。葛葉は素早いリロードでこれを着地前に全て撃ち堕とした。
「な、頼むよ……」
どこか淋しそうな声音ではあったが、明るい表情で見上げた葛葉に応えたいと思い、鷹宮もまたせいいっぱい明るい表情で言った。
「うん、ありがとね」
二人は気持ちを入れ替えると、どちらからともなく背中合わせに構える。そのとき、足場になっていたでびでび・でびるが大きく揺れた。
「でび、どうした⁉」
鷹宮の問いに答えるでびるの声は震えあがっていた。
「やばい、やばいよぉ! シスターが来る!」
「んだと⁉」
二人が見下ろした先で、セイバーに連れ添われるようにしてシスター・クレアがまっすぐにこちらへ向かって歩いて来ていた。
慌てたでびるの魔弾の多くはあらぬ方へと飛んでいく。たまにクレアの方に向かっていくものがあってもセイバーに斬り捨てられてしまう。
「でび、落ち着いて!」
鷹宮が叫び、セイバー向けて鎌を振りかぶるが、正面から向かってくるライダーの邪魔が入る。
「させないよ!」
ライダーの剣先から瞬く雷。鷹宮は咄嗟に軌道修正して雷を斬り裂くと、鷹宮はライダーがそれ以上前進してこないように浮遊させていた宝石で防御壁を展開する。鷹宮は苦し紛れに思いついた策を叫んだ。
「でび! 全方位に防御結界を貼って! 一度仕切り直す!」
恐怖で頭が真っ白になっていたでびるはこの言葉にしがみついた。でびるの目が青く光り輝いた。でびるは腕を振り上げ、その鋭い爪の先端から青みがかったドーム状の結解を自らの周囲に展開した。
でびるは振り上げた腕を下ろしてふにゃふにゃとその場に腰を下ろした。
「でびお疲れ~」
と労いの言葉をかけて鷹宮も座り込んだ。
「おいこれ、本当に大丈夫なんだろうな」
葛葉は緊張感を抜かずに周囲を警戒して言う。鷹宮は呑気に言った。
「えぇ? 大丈夫でしょ。この強度の結解ならセイバーでも宝具を使わなきゃすぐには壊せないよ。ほら、あっちも見てみて」
と鷹宮の示した方向を見ると、そこには結界の外側で悔しそうに頬を膨れさせるライダーの姿があった。
「あと怖いのは虚空教のあいつだけど、葛葉くんの狙撃を怖がってるなら早々出てこないし、遠くから斬撃を飛ばしたって、私がこの鎌で防げばいーじゃない」
気楽に言ってのける鷹宮に理解ができないと首を横に振り、葛葉は剣持とスコープ越しに睨み合う……。
鷹宮も、冷静さを取り戻して再び調子に乗り出したでびるも、葛葉ですらも、戦闘の流れが一度ここで止まると思って気を緩めつつあった。だが、三人の意に反して事態は動き出す。
シスター・クレアは歩みを止めず、結界の前まで来ると、そこでぼんやりと立ち止る。
でびるが気付いて声をかけた。
「シスター、お前、なにしてんのー?」
クレアはでびるの声には応じず、ゆっくりと顔を上げる。
「でびちゃん、ごめんなさいね。悪魔の張った結界なんてそんなもの……」
クレアは手首に巻き付けていたチェーンの音を鳴らしながら、その先端に繋がれていたハンマーを袖から滑らせ取り出した。そのハンマーは毒々しいほどの眩い銀色で、クレアの小さな手に柄がほとんど収まってしまうほどの大きさでしかなかった。ただ、ハンマーは明らかに十字架を象った聖具だった。
「こうですから!」
クレアのハンマーが結界に突き刺さった。
「えぇー⁉」
「嘘ぉ⁉」
「マジかよ⁉」
驚愕の声を上げた三人が目にしたものは、結界に突き刺さったハンマーを中心にして、姦しい音を立てて広がっていくひびだった。
そしてついに決定的な音が鳴り響くと、結界は無数の破片へと姿を変えて三人に降り注いだ。
クレアは再び歩き出す。そのさなかに握っていたハンマーを手放すと、ハンマーはチェーンごと燃え上がって一瞬のうちに灰と化す。
「やばい、やばいぃ! 小娘、早く何とかしてぇ!」
「えぇ! ちょっと、ちょっと、待ってって!」
「もういい、俺がやる!」
騒ぐ鷹宮をよそに葛葉がクレアに銃口を向けた。スコープを覗いてクレアの頭に狙いをつける葛葉だったが、クレアの頭との間に牛の頭骨を被った死霊が割り込んだ。
「は?」
スコープから顔を離して目視し、葛葉は舌打ちした。
両手を広げて聖言を唱えるクレアを中心にして、地面は神聖な光の渦を巻き始め、渦の中心からはわらわらと死霊たちが湧き出てくる。
死霊たちは一斉に動き出し、でびるの足に纏わりつくようにしながら這い上り始める……。
「ぎゃー、キモい! 気持ち悪い! 助けて誰かー!」
「気持ち悪がってんじゃねーよ! 悪魔だろ!」
「悪魔だってキモいもんはキモいんだよ! くそ、こいつら離れろぉ!」
でびるが足を振り回すと数多の死霊たちが飛散するが、それでも数の暴力ででびるの足は死霊たちに覆われていく。その勢いは払おうとしたでびるの腕にまで縋り付いてくるほどだった。
死霊たち一人一人を銃で撃っていた葛葉は、きりがないと銃を放って剣を抜いた。鷹宮も覚悟を決めてアーモンドほどの小粒サイズの宝石を周囲に幾つも浮かべ、鎌をしっかりと握り込む。
次の瞬間には死霊たちはでびるの肩にまで到達し、鷹宮と葛葉を呑み込もうと押しかかる。
葛葉は羽根を広げると、一気に高いところまで飛び上がり、急降下して死霊の列に突っ込んでいく。その勢いのまま剣を振るって死霊たちを撫で切りにし、羽根の生み出す推進力で回転切りを見舞う。
乱戦のさなかに、葛葉は一瞬だけ鷹宮の方に目をやった。
宝石魔術と炎の魔術、それと闇か何かの魔術だろうか、圧縮された黒い魔力を光線のようにして前方へと放っている、それらと無茶苦茶に振り回す鎌でなんとか持ちこたえている。
これならなんとかなるか……と自分の戦いに集中しようとした葛葉の耳に、通信音声が入る。
「SE方向敵いるよ、葛葉」
反射的に、葛葉は指示された方向に向かって剣を振ろうとする……が、その剣は敵の首元でピタリと止められた。
「やっぱり止めてくれた……」
そこに立っていたのは葛葉の相棒、叶だった。
「なっ、お前! なんでここに……!」
そう問いかける葛葉に叶は哀しそうに言うのだった。
「いやあ、うん。ごめんね」
「何を言って……」
そのとき、向かい合う葛葉と叶の背後を影が素早く通り抜けた。
「なにぃ⁉」
葛葉が目で追うと、どうやら影の一つは伏見ガク、そしてもう一つは剣持刀也だった。葛葉が慌てて追おうとするが、もう遅く、二人は乱戦の中心にいる鷹宮リオンへと疾駆していた。
迫る二人に気づいた鷹宮は死霊たちが伸ばしてきた手を刈り取ると、歯を噛みしめて鎌を振り上げる。
振り下ろされた鎌は剣持が受け止めた。剣持の背後から現れた伏見が鷹宮を押さえにかかる。鷹宮はバックステップして逃がれようとするが、その足首を伏見の影から伸びてきた無数の腕が掴まえた……。
「嘘、これってやば……」
体勢が崩れ、後ろに倒れていく鷹宮を追いかけて、剣持の刀が迫りつつあった。鷹宮の胸を剣持の刀が貫く、そう見えたときには、鷹宮リオンは世界から消え去っていた。
「おい、冗談だろ……」
誰に言うでもなく葛葉は呟く。叶は哀しげに笑うだけだった。
「小娘の魔力が消えた……! おいどういうことだよ吸血鬼! 小娘はどこだ! お前たち小娘に何をした!」
事態を察した悪魔が慟哭し、その巨体を振り回す。死霊たちは次々と振り落とされるが、剣持と伏見は何の影響もなくでびるの肩に立っていた。
「このっ! このっ! このぉっ!」
でびるは何度もその身を揺らし、ついには葛葉ごと二人を叩き潰そうと手を振り上げる。
「うるさいな……貴方もすぐ同じ場所に送ってあげますよ」
剣持は上から降ってくる巨大な手を見上げながら、刃先を下にして刀をでびるの肩に突き付けた。すると、剣を阻むようにして魔法陣が幾重にも現れるのだが、魔法陣は剣持の刀に触れるや否や消滅し、刀の直進を阻むことができなかった。
でびるの手が二人に触れるか否かというところで、剣はでびるの肩を刺し、でびでび・でびるの巨体は消滅した。
足場が無くなり、葛葉と叶、剣持と伏見は、数多の死霊たちとともに中空へ投げ出された。