Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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105.謎ノ

 世界は破片となって散らばった。ばらばらになった情景は視界のあちこちで滲んでいって消えていき、やがて静かな波音が聞こえてきた。

 

 一変した世界は月の光に照らされた教室で、鷹宮は全身に汗を流し、息を切らして机に突っ伏していた。

 

「やっべ」

 

 声が聞こえたので、ゆっくりと顔を上げて見ると、月ノ美兎が青い顔でこちらを見ていた。月ノ美兎は鷹宮の方を見ながらも、何かちらちらと別の方を気にしているようだった。目線の動きから、鷹宮は月ノ美兎が気にしているらしい方向を割り当てる。見てみると、床の上に水晶の破片のようなものが砕けて散っていた。

 

 鷹宮の中で全てが繋がった。鷹宮は立ち上がり、月ノ美兎を睨みつけた。

 月ノ美兎は目を逸らして口笛を吹こうとしたが、上手く吹けずに掠れた息がひゅーひゅー鳴るだけだった。鷹宮は両拳を握り、全身を震わせて言った。

 

「あ、あなたねぇ……! よくも、よくも……!」

 

「っすぅー……な、なんのこと? ワタクセ、なんにも知らないけど」

 

「嘘おっしゃい! そこの宝玉! 粉々になったってわかりますからね⁉ すんごい魔力流れてんですけど⁉」

 

「え、なに? ああ、あれ? えーっと、ハードオフで買った中古品でしたかね」

 

「……え、なんでこの人こんな嘘下手なの……?」

 

 月ノ美兎の嘘の下手さに困惑する鷹宮だったが、その肩を何者かが抓った。

 

「いたたたたぃっ」

 

 と鷹宮は抓られた肩の方を見た。肩を抓っていたのはでびるだった。でびるは顔を傾け、にしし……と笑って言う。

 

「僕に会いたかったか?」

 

 鷹宮の顔がパァ、と明るくなった。

 

「うん、会いたかったぁ!」

 

 そう言って鷹宮はでびるを抱きしめようと両手を広げた。でびるは翼を広げて逃れようとするものの、ちょうど浮き上がったところを捉えられて力いっぱい抱きしめられ、苦悶の声を上げた。

 

 一人放置された月ノ美兎は遠巻きにそれを見つめ、ため息をついて言う。

 

「はぁーあ、いらんことしたかなあ。こんな馴れ合い、見たくなかったンゴねえ……」

 

 鷹宮はさんざんでびるを抱きしめた後で、放置状態の月ノ美兎に気づくと、でびるを解放して月ノ美兎に向かい合った。

 

「なんとなくですけど、貴方の行動に合点がいきました」

 

「へえ、それって何? へへっ、言ってみてくださいよぉ~」

 

 挑発するような、あるいはどこか拗ねたような口調の月ノ美兎に、鷹宮は静かに頷いて胸に手を当てる。そして、月ノ美兎へと差し出されたその手には虹色に光る卵があった。

 

「これを」

 

 鷹宮は受け取るように促した。だが、月ノ美兎は何も言わず、また受け取ろうともしない。鷹宮は言う。

 

「ついさっき思い至ったんですけど、きっとこれが私のところに届くまでにたくさんの人が関わってきたのかなって。それで、その人たちの目的は、たぶん、委員長をここから救うこと。それで、委員長に救ってもらうことだった……」

 

 そこで鷹宮は少し言い淀んだが、表情で濁しながらも続きを言う。

 

「さっき言ったことは本当なんです。私なんかより、委員長の方がふさわしいに決まってる……。これにはたくさんの人の想いが託されてる……だから、私なんかが持ってちゃ、駄目なのかなって」

 

 自虐的に笑う鷹宮だったが、月ノ美兎はそれに付き合って笑うことはなかった。それどころか、呆れたように口をポカンと開けていた。月ノ美兎は鷹宮が困っているのを見て我を取り戻すと、相手の勘違いを慌てて訂正するかのように言う。

 

「は? いや、いらないいらない。つまんないつまんない。いらないし、別に」

 

「え? でもさっきは取ろうとしてたじゃん……」

 

「いや、さっきはさっきですよ、今は関係ないじゃないですか。っていうかちょっと? あのね、私にもプライドってもんがあるから。一応ね? 一応。……いや、でもまあ、貰えるなら……いやいやっ、今のは気のせい。やっぱし要らない。うん、勘違いしてもらっちゃ困るから」

 

 そんなことを言いつつも月ノ美兎の視線は卵から外れない。何かこのやり取り、見覚えあるな……と記憶を手繰り寄せていたが、それを知ってか知らずか、月ノ美兎が言った。

 

「それに、私に想いが託されてるって言いましたか? じゃあ、この腕は誰の、なんの想いでこうなっちゃったんですかねぇ?」

 

 月ノ美兎は腕の先が無くなって垂れ下がった袖の部分を振ってみせた。鷹宮は先ほどムカデたちを焼き払ってくれた声を思い出す。カーテンを閉め切った薄暗い保健室で、こちらに卵を差し出す彼の声を……。

 

「ほら、貴方に託された想いもあるじゃないですか。もっと自覚しなきゃ^^」

 

 言われて、鷹宮は自分が涙ぐんでいることに気づいて慌てて目許を袖で拭う。

 

「と、とにかく……この卵はお渡しします。やっぱり私がそのままのんのんと持ち続けてるのは違うと思うから……」

 

 相変わらず譲らない鷹宮に月ノ美兎はうげぇ……と舌を出した。だが、何かを思いついたのか、カチ、と月ノ美兎の頭上に現れた電球に光が灯る(そして電球は「あでっ!」と月ノ美兎の後頭部に直撃した後、床の上に落下して割れてしまった)。

 

「……なにしてんすか委員長?」

 

 呆れたように鷹宮が尋ねた。月ノ美兎は頭を抑えながらも恥ずかしそうに笑って言う。

 

「いや、あの、良いこと思いついちゃって……あ、この電球は関係ないんで無視してください」

 

「良いこと? 嘘つけ! また何か企んでんだろ!」

 

 でびるが疑ってかかるが、「今回はまともですよ~、もう~」と手を振って前置きし、月ノ美兎は言った。

 

「コホン、あの、いいですか。卵を持つのに罪悪感があると言うなら、私と賭けをするというのはどうでしょうか?」

 

「賭け~?」

 

「はい、その卵は世界卵と言って、上手く使えばこの虚空から脱出できる代物なんですよ。まあ、鷹宮さんのおっしゃる通り、たくさんの人たちが時間をかけて準備してくれたんでしょうね……けれど、まだ足りない」

 

 月ノ美兎は首を振り、哀れむような目で二人を見た。

 

「残念ながらお二人には、この卵を使うことはできないんですよ~。なぜならこの卵の中身がしっかりと育つために、まだ膨大な魔力を必要としますからね」

 

 膨大な魔力……鷹宮はそれを聞いて、改めて卵が徹頭徹尾月ノ美兎のために用意されたものであることを思い知った。無限を内包する委員長の前では、少なくとも魔力の量だけは問題になることが無いのだろう。そして、だからこそ同じように、量が無意味と化す虚空を委員長は攻略できないでいる……。

 

「で、ここからが賭けの内容なんですけど、もしお二人が今から現れる(エネミー)を倒せたら、魔力の方は私から提供させていただきますよ。それで、もしお二人が敵を倒せなかったら……」

 

 月ノ美兎は顔を伏せ、ニヤリと口許に笑みを作って言った。

 

「卵は私の物ということで」

 

 少し気後れした鷹宮だったが、隣にいるでびるの存在感に勇気づけられ、踏みとどまる。鷹宮はでびるが自分の言うことに同意するであろうことを信じ、言った。

 

「それで構いません!」

 

 月ノ美兎は鷹宮の答えを想定していたのだろう、上機嫌に頷くと、教壇を降りて教室前方の扉の方へカツ、カツ、と足音を鳴らして歩いていく。

 

 月ノ美兎は扉を開けると、二人の方を見てほほ笑み、言った。

 

「じゃ、頑張って」

 

 月ノ美兎は教室を出て行き、その足音は遠ざかっていった。

 

 夜の教室に突然取り残され、二人は顔を見合わせる。

 

「え、エネミーは……?」

 

 鷹宮がそう言ったとき、教室後方の扉が乱雑に開かれた。静かだった教室に扉のぶつかる音が鳴り響き、二人はバッとふり返る。

 

 そこに立っていた人物を見て、二人は言葉を失った。

 

 がに股で教室に入ってきたそいつから二人は目を離せなかった。そいつは先ほどまでの月ノ美兎と同じ制服を身に纏い、同じような背丈ではあるのだが、まとう雰囲気が人間のそれではなかった。

 顔にはどういうわけか月ノ美兎をあしらったような仮面をつけている。仮面はぱっと見は明るく表情付けられているように見えるのだが、しかしよく見てみると、そこからは決定的に人間らしさが伝わってこない。マネキンみたい、と鷹宮は不気味に思った。

 

 そいつは教室の後ろをずんずんと歩き、ちょうど真ん中あたりまで来ると、止まって、ゆっくりと二人を見た。

 

 二人はのんきに観察を続けていたが、次の瞬間、そいつは懐からピストルを出し、その銃口を鷹宮に向けた。

 

「……え⁉」

 

「小娘!」

 

 雷鳴のように銃声が鳴る。弾丸は鷹宮の眉間すぐ手前で止められていた。悪魔の作り出した魔力障壁が間に合ったのだ。

 

 すかさず鷹宮が反撃に出る。鷹宮の手のひらに魔法陣が浮かぶと、そこから柔らかな光を放つ球体が幾つも射出された。球体は各々が生きているかのような軌道で教室に光の尾を描いていき、その軌道は最後には敵に向かって収束する。

 

 光の球体が幾つも直撃し、敵は眩い光に包まれる。光の中で、その威力に踊らされるように影が何度も弾け、体を折り、ついには吹き飛ばされて教室後方の壁を突き破った。

 

 光が収まると、敵の姿は教室をさらに二つぶち抜いた向こう側にあった。敵は穿たれた壁にめり込み、四肢をだらんと垂らしていた。

 

「やったのか……?」

 

 でびるが鷹宮の肩に並んで言う。だが、鷹宮は嫌な予感に襲われていた。

 

 月ノ美兎の持ちかけた賭けが、こんなに簡単に終わるわけがない……。

 

 警戒して様子をうかがう鷹宮の前で、果たして敵はゆっくりとその仮面の口を開く。その口の中から掻き分けるように両手が現れ、口をそっと広げた。口の奥に、にゅっと仮面をつけた顔が見えた……。

 

「っ……!」

 

 鷹宮はすかさず圧縮した闇の魔力を敵に向かって一直線に放つ。爆発が起こった……が、鷹宮には見えていた。口の中から体をくねらせて躍り出たそいつは、間一髪で魔術の直撃を逃れていた。そいつは先ほどの奴と同じように、月ノ美兎のような服装と仮面をかぶり、教室の向こうからカチカチと妙に硬質な足音を立てこちらに向かって走ってくる。

 

「喰らえ!」

 

 でびるが小さな翼を広げ、その翼の内側に幾つも渦を巻く魔法陣から、ドリルのように回転した魔力弾を次々と放った。

 

 疾駆するそいつは教室を縦横無尽に駆け回り、五指に力のこもった両の手のひらで魔力弾を弾き、身を翻して躱すが、向かってくる歩みは止めなかった。

 

「ふゎうぁぁ!」

 

 でびるが叫び、さらに鋭く回転した魔力弾が速度を上げて敵に迫る。そいつは先ほどと同じように手のひらで弾こうとしたが、魔力弾にその手が触れた瞬間、魔力弾の回転が唸りを上げ、今度は逆に敵の手が弾かれた。

 弾かれた手に体を持っていかれる形で体制を崩したそいつの脇腹を、腹部を、脚を、魔力弾が貫いていった。そいつは仮面の口から血を吐き出し、前のめりに倒れていく。

 

 だが、その顔が地面にぶつかる寸前、そいつの体に力が戻る。そいつは四つ足を開いた状態で床に着地すると、手足を床に這わせ、背骨を柔らかく波打たせながらこちらに突進してきた。

 

「でび、大丈夫!」

 

 鷹宮はそう言うと、喚び出した黄金の鎌を構え、タイミングを計る。

 接近してきたそいつが飛び上がって掴みかかろうとしてきた瞬間、鷹宮は鎌を振るった。

 

「たぁああああっ!」

 

 悪魔の魔力に強化された膂力でもって、伸びてくる敵の両腕ごと鎌の内側に巻き込んでいき、ついにその刃は敵の首にまで届いた。

 

 ゴト……と床に落ちた頭部に鷹宮は鎌を突き付けた。今度は悪魔も茶々を入れず、緊張感をもって見守った。

 

 やがて、そいつの口が震えながらゆっくりと開く。ぎゅっと鎌を握り込む鷹宮の輪郭を薄青い光が包んでいく。

 

 そいつの口の端がパキ、と音を立てて割れた。壊れた口の中には暗闇が広がっていた。底の見えない暗闇……口の中を見ようとして目を細めた鷹宮は、やがて暗闇の奥に潜むそいつと目を合わせる。

 

 鷹宮は鎌を振るおうとしたが、そいつは素早く跳び出てきて鎌の柄を掴み、そのまま鷹宮を押しのけようともがいた。

 

 これくらいならなんとか……!

 

 鷹宮は押し込まれながらも冷静に上体を切って鎌の柄を掴むそいつの手を振りほどく。返す刀で鎌を振るおうとするも、それはできなかった。

 

「うわっ!」

 

 鷹宮の目の前のそいつの口からさらにもう一体勢いよく飛び出してきた。そいつは鎌を掻い潜りそうになるも、なんとか反応して鎌の柄でそいつの上半身を押さえつける。目の前で振り乱される両手に鷹宮は体を反らして逃れようとするが、次にはそいつの手は鷹宮の制服の袖を手繰り、きゅっと腕を掴んできた。

 

(やっばい……!)

 

 嫌な予感が全身を駆け巡る。鷹宮は咄嗟に鎌を回転させ、そいつの両手を肘から切り落とす。解放されたものの、鷹宮は苦悶の表情を浮かべて歯を食いしばる。鷹宮の腕にぶら下がる敵の腕の先端、五本の指は深々と鷹宮の腕に突き刺さっていた。

 

 鷹宮はぶら下がった腕をふるい落とすも、制服の袖には血が滲んでいた。

 

「小娘、これくらいなら……!」

 

 でびるの魔力が鷹宮の傷口に当てられ、無くなりかけていた両腕の感覚がじんわりと戻り始めたのを鷹宮は感じたが、敵は休む暇を与えなかった。再び口の中から現れたそいつは鷹宮の鎌の柄を掴んで押し込もうとしてきたので、鷹宮は無理にでも両手に力を籠めなくてはいけなかった。

 

 敵は止まらない。口の中から連鎖的に表れるそいつに鷹宮は押し込まれ、ついにその体は宙へ舞う。鷹宮の体が浮いても敵の突進は止まらず、鷹宮は教室中を振り回され、その体は窓へと叩きつけられた。

 

「うわあああああっ!」

 

 鷹宮は悲鳴を上げて校舎の外へと投げ出された。海へと落ちる前にその体をでびるの魔力が捕まえる。鷹宮の体は空中をゆっくりと浮上し、やがて校舎を見下ろす高さに落ち着く。

 

 今や敵の正体は明白だった。口からは新しい自分を吐き出し続け、体長は伸び続けている。天地で繋がる無数の体は大きく波打ち、百を超える四肢がカチカチ音を鳴らしながら自由闊達に蠢いていた。

 

 ムカデ……。鷹宮は月ノ美兎の実験に思いを馳せた。二人の見下ろす校舎では、幾つもの教室の窓をその身で縫うようにして校舎の壁を這う奴の姿があった。

 

「うぇ~、きっも……」

 

 でびるの言葉に鷹宮は完全同意し、頭上を見上げて苦笑する。

 

「まったく、いい御身分ですこと……」

 

 二人の遥か頭上では、月ノ美兎が空中にテーブルと椅子を置き、学友二人と優雅に紅茶を飲んでいた。月ノ美兎は鷹宮の視線に気づくと、目を細めて笑い、ティーカップを口元で傾ける……。

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