Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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112.校舎の昼

 昼下がり、青空と高校の校舎の間にピンク色の薄いパネルが点滅していた。パネルの点滅は次第に早くなるが、音はなく、校舎ではのどかな日常が演じられていた。やがて点滅が終わる。パネルは鮮やかなピンク色の光を放ちながら一気に展開し、校舎を包み込むように降りていった。パネルが周囲の景色に溶け込んで見えなくなる……と、校舎の窓という窓からは薄桃色の炎が噴き零れていく。

 

 

 椎名唯華は屋上の縁に立ち、眼下で燃える校舎を見下ろしていた。椎名が指先に挟んで持つ薄桃色の札は清らかに燃え上がる。椎名は気だるげに、しかし少しの悪意を滲ませて言った。

 

「1200人の魂、おつかれさんしたぁ~」

 

 椎名は踵を返し、背後に立っていた少女、笹木咲に笑って札を差し出した。笹木は札を受け取り、仰々しく目を瞑って言う。

 

「ありがとうな、うちらは絶対忘れへんよ……」

 

 二人は屋上の中心に立つサーヴァント二人の方を見た。ランサーであるロムルスは魔法陣の中心で赤き巨槍を地に打ち付けて視線に応え、アーチャーのニコラ・テスラは屋上の四方に設置したテスラコイルの調整を終えたようで、腕を組んで頷いた。

 

 笹木は魔法陣の中心へと足を進めながら、燃え上がる札を人差し指のピンクの爪でなぞり、結界を示す幾何学的なピンクのラインを幾筋も札に刻み込む。炎はラインに抑え込まれ、薄桃色の札は炎がそこに凝縮されたように濃い色に輝きだす。

 

 魔法陣の中心に辿り着くと、笹木はランサーの傍らに立ち、横目でランサーの顔を見上げて言った。

 

「令呪、必要か?」

 

 ロムルスは答えた。

 

「不要である。この残虐非道もまた私に帰するもの。私自ら手を下そう」

「そうか、ありがとうな」

 

 笹木は頭上に札を掲げた。すると、札はキラキラした粒子を撒きながら浮き上がり、空へと昇っていく。

 

「ここだな」

 

 テスラが組んでいた腕を解いて目を見開いた。テスラは叫ぶ。

 

「神の雷霆(らいてい)よ、ここに!

  『人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)』!!」

 

 テスラを中心に巨大な紫電の奔流が発生する。が、紫雷は四方のテスラコイルと繋がる形でゆっくりと分解されていく。テスラコイルは火花を散らせながらもなんとかそれぞれで紫雷を行き来させ、出力を調整しながらその中央へ、校舎上空に浮かぶ札の方へ向けて、柔らかな紫電を放射する。

 

 轟音とともに札は紫電に当てられ星のように輝いた。四方のテスラコイルと頭上の札が紫電で繋がったのを見届け、笹木は呼び掛ける。

 

「ランサー、たのむ!」

 

 ロムルスは目標を定めるように槍先を札に向けて叫んだ。

 

「見よ! これこそ我らが意志、我らが輝き!

        『すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)』!!」

 

 そうしてロムルスは魔法陣の中心にその巨槍を突き立てた。

 

 校舎が芯から揺れた。ピンク色の魔法陣が天に向けて鮮烈な光を放ち、それは一本の光の柱となる。さらに、光の柱に蔦が絡みつくようにして、校舎の中心を粉砕しながらせり上がってきた幾本もの巨木が屋上を突き破って天へと駆け上がっていく。

 柱を中心にして渦を巻きながらうねり上がる巨木は巨大な竜巻のようだった。巨木が紫電の光に当てられた札を呑み込もうとした瞬間、札に込められたピンク色の魔力と薄桃色の魔力が解き放たれ、紫電と共に巨木の竜巻の間を駆け巡った。

 

 壮絶な光の渦を見上げながら、笹木は呟いた。

 

「椎名……。うちら、いったいどうなっちゃうんだろう」

 

 椎名は答えなかった。笹木はうつむいて続けた。

 

「チャイちゃんを一時の感情で裏切って、ここまで来ちゃったけど、この先本当にうちらは」

「やめろ」

 

 椎名が遮って言う。

 

「聞きたくない……やめてくれ。もうどうにもならないって。ねえ、今のことだけ考えよ?」

「今、か」

「そうだよ。今だけを……あたしらのことだけを」

 

 思いつめたような表情の椎名を見て、少し頬を緩ませた笹木は笑顔を取り戻して頷いた。

 

「うん!」

 

 笹木の声に椎名もまた調子を取り戻し、二人の表情に凶悪な笑いが浮かび上がる。

 

「ほなら! こっからは魔改造の時間やよ~!」

「くぅー、ワクワクするぅ! 気張れよ、笹木!」

「わかってる! 椎名もな!」

「うん!」

 

 屋上に立つ二人の下では木々が校舎を侵食して破壊する。ピンクと薄桃色の光があちこちに撒き散らされる。紫電が駆け巡り、校舎は壊れた部分から次々と機械に変換されて再構築されていく。その大きさはどんどん膨らみ、異形化していった。

 

―――

 

 教会の壇上で叶は二人を見下ろしていた。

 葛葉はこちらに背を向けて壇へ上がる階段に座り込んでいる。クレアは長椅子に座り少しうつむきがちに目を伏せて叶の言葉を待っているようだった。叶は諦めたように目元を擦り、話し出した。

 

「先ほど、穂群原学園(ほむらばらがくえん)の魔術的要塞化を確認しました」

 

 ようやく口を開いた叶に葛葉とクレアは顔を上げる。

 

「要塞化っていうと、生徒たちは無事なんですか?」

 

 クレアの質問に叶は目を逸らしながら答えた。

 

「恐らく、生存は絶望的かと」

 

 再び静寂が訪れ、それを茶化すような葛葉の空笑いが教会に虚しく響く。

 

「はっ、やってんねぇ」

 

 重たい沈黙に圧されるように叶は言った。

 

「首謀者は笹木咲と椎名唯華の二名と思われます。準備期間を要したと思われるのですが、結界によりサーヴァントの宝具解放まで魔力が外に漏れず、感知が遅れました」

「別に言い訳は聞いてねえよ」

 

 葛葉はその場でだるそうに立ち上がると、振り返って壇上の叶を見上げて言う。

 

「それよりさ、叶。敵も相当な覚悟を決めてきてるわけだ。勝てんの、これ?」

 

 いや、勝てない……。叶はその一言を呑み込み、冷静に事実だけを伝えた。

 

「恐らく攻め入るのは得策ではないでしょう。しかし、敵に時間を与えてしまうと、その……要塞が拡張される恐れがあります」

「だよなぁ。既に学校ひとつやってる奴らが今さら躊躇ったりはしないよなぁ」

 

 ため息をついてクレアは言った。

 

「要は、私たちの方針を決めるための話だったわけですね」

 

 叶は頷く。クレアは浅く目を瞑って言う。

 

「じゃあ、必要ないでしょう。お二人はともかく、出ますよ、私は」

 

 クレアは話は終わったとばかりに立ち上がると、呆然とする二人を振り返りもせずに教会を出て行った。

 

「ま、シスターはああだよな」

 

 そう言って葛葉も協会の出口の方へと歩き出す。

 

「葛葉……」

 

 言葉に詰まる叶を葛葉は振り返る。

 

「そんな顔すんなよ。なに、単純な話、俺も同じこと考えてたわけ」

「同じこと……?」

 

 意図がわからずに叶が尋ねた。

 

「ああ、なんていうんだろうなぁ。考えざるをえなかったって言えばいいか。これを静観した俺たちにまともな未来なんてあんのかなって」

 

 面食らった表情になる叶に葛葉は言う。

 

「それにさ、こんなことしでかしたカスどもの顔は拝んどかねえと」

 

 葛葉は叶に笑いかけると、教会の出口から出て行く。

 

 叶は二人の姿がなくなってからもしばらくは、陽光が沈黙となって降り注ぐこの教会に立ち尽くしていた。

 

―――

 

 雷鳴の瞬く廊下を吸血鬼の二つの影が飛翔する。二人が通り過ぎた後から廊下が潰れて閉じていく。廊下を形作る巨木が軋み、うねりをあげて二人を圧し潰そうと迫っていた。

 周囲の風景が凄まじい速さで背後に流れていく中で、葛葉が背後に体を向け笑った。

 

「ははっ、結局叶の言うとおりかよ」

「そうだな」

 

 葛葉の前方を飛ぶバーサーカーが答えた。

 

「まさかここまでヤバいとは。ここに来る判断自体は間違ってなかったって思いてぇけど……これはさすがにか」

「間違ってはいたさ。が、余もまたお前たちには共感していたのだ。このようなふざけた真似をしでかした者どもをひっとらえ、串刺しにしてやりたいと思うその意思に」

「いや、俺は別にそこまでは思ってねえよ?」

 

 葛葉は苦笑し、背後の木々を見た。廊下は迫ってはいるものの、まだ距離があり、追いつかれはしないだろう。機械仕掛けの校舎に肉付けされたような木々の肌はどこもかしこも蠢いていた。

 

「これ、誘導か?」

「そうであろうな。が、もはや我らに選択肢などない。この先に吹き抜けの広い空間がある。上がるぞ、マスター」

「りょーかい!」

 

 廊下を抜けて、二人は広い空間に出た。今までの巨木で覆われた廊下とは違い、二人の遥か下方から頭上高くまでを重苦しい機械がひしめき、その間を太いコードが幾重も走る大空間だった。木々の潰れて軋む音は廊下の出口で終わり、情報が高速で行き来する電子の静寂の中を二人は上がっていく。

 

 頭上に出口を示す小さな青白い光がだんだんと大きくなって二人に降り注ぐ。やがて二人は幾つものテレビが空間上の壁のいたるところに設置してあるエリアに差し掛かった。

 

 プツン、と音がしてすべてのテレビ画面が砂嵐に乱れたかと思えば乱れはすぐに収まり、そこにマントを肩に留めたスーツ姿のサーヴァントと思しき男が映しだされる。男は組んでいた腕を解き、ニヤリと笑って言った。

 

「諸君! よくぞここまで来た! 我こそは人類史が生んだ偉大なる天才、神の御業たる雷をあまねく人々へともたらした星の開拓者! 究極にして至高にして万能なるこの……おい、まだ話が」

「はい長ーい! いぇーい、映ってるー? どもどもぉ、うちは笹木咲やよ~。ようこそウチらの高校へ。わかるよ、お前たちの言いたいことはわかる。うちらだってこんなこと……ちょっ、椎名! うちがまだ話して――」

「どもども皆さん。いやーわかりますよほんと。話が長いのって困りますよね~。あてぃしもあんまり長々と話されると頭の中がパニクっちゃいますから。っていうことで――」

「おいふざけんな。そこをどけ椎名!」

「ちょっと、まだあてぃしの自己紹介がっ、いやぁ!」

「ローマ‼」

 

 他を押し退けて前へ出ようと押しくらまんじゅうをしていた四人だったが、恐らくカメラにしていたスマホが倒れたのだろう。画面は揺れ、紫の光を帯びた機械の天井を映し出す。やがて天井を遮るようにして画面を見下ろす少女、笹木咲が映し出される。笹木はしゃがみ、カメラに顔を近づけていった。

 

「早く上がってこい、馬鹿ども」

 

 そこで画面は暗転し、テレビは途切れた。

 

 呆れに近い感情をお互いに抱いていることを確認し、葛葉とバーサーカーはこの空間の出口の光へと身を滑り込ませた。

 

 

 天井の高いホールのような空間に二人は降り立った。床から天井まで紫色の光を発する機械が敷き詰められ、その上を蔦が這っている。隙間から顔を出すようにいくつかのテスラコイルが淡い電流を発していた。

 ホールの奥には壁に埋め込む形でガラス張りの柱が天井まで続いていた。恐らく、エレベーターだろう。あの先にさっきの奴らが待ち構えているのだろうか。

 

 そのとき、ドン、轟音が鳴り、鮮烈な光と共に壁が吹き飛ばされる。一瞬警戒態勢をとる葛葉とバーサーカーだったが、火煙の中を歩いてきた人物を見てすぐに構えを解いた。そこにいたのはセイバーとシスター・クレアだった。

 

「間に合いましたか?」

 

 そう尋ねたクレアに葛葉は緊張から解放された軽い笑みを見せて答えた。

 

「……ギリギリセーフだよ」

「よかったぁ、セーフで」

 

 クレアも笑ってセイバーを連れて二人の隣に並んだ。四人は奥へと歩き出そうとするが、頭上を見上げてその場に立ち止った。

 

 サイレンが鳴った。奥の壁ではランプが柱に添って点滅する。柱の内部をエスカレーターらしき構造物が光を発しながら高速で降りてくる。

 

 ぷしゅーっと空気の排出される音と共に例のマスターとサーヴァンたちが降りてきた。

 

「おうおう、雁首揃えてきやがったな。あんまりにも遅いからこっちから降りたったわ」

 

 制服姿の椎名唯華はニヤニヤしながら腰に手を当てて進み出る。その後ろから制服の上にパンダのパーカーを着た少女、笹木咲が顔を覗かせる。

 

「うちらを止めに来たんか? お前らみんな聖杯戦争の参加者のくせして……どうせ偽善やろ! お前らなんかにうちらを止められると思ってんの⁉」

 

 笹木が葛葉とクレアの方に手を差し向ける。すると辺りの床や壁からうねうねと生えてきた太い木々の枝が葛葉とクレアの方に向かって伸びてきた。

 

「セイバー!」

「バーサーカー!」

 

 セイバーの剣が光を放ち、クレアの方に向かってきた枝は焼き払われる。一方、葛葉とバーサーカーは羽根を拡げて枝から逃れようとした。そんな二人を見て落胆するように椎名のサーヴァント、アーチャーが言う。

 

「いったい、誰の前で空を飛ぼうというのか」

 

 アーチャーの指先の発した細い雷が空中を瞬いた。

 

「がぁっ、ってぇ!」

 

 雷の直撃した葛葉は煙を立てながら落下する。葛葉目がけて枝が伸びてくるが、それらはバーサーカーが槍で薙ぎ払っていった。

 

 落下した葛葉の元にクレアとセイバーが駆け寄ってくる。クレアは葛葉の無事を確認すると、敵の方を見て冷や汗を流し、言う。

 

「セイバーにも確認しましたが、電流と枝を掻い潜ってあの二人の元まで到達するのは難しいようです。もう、宝具に賭けるしか……」

 

 深呼吸を繰り返し、焼けた肺を回復した葛葉は、息も絶え絶えに言った。

 

「それでいい……!」

 

 二人の前にセイバーとバーサーカーが歩み出る。セイバーの振り上げた剣の刀身は眩い黄金に輝き、バーサーカーの体は内部で何かが暴れているかのようにその輪郭が歪み始める。それを見たアーチャーは舌打ちする。

 

「死期を早めるか。いい、私がやろう」

 

 特大の枝を伸ばそうとしていたランサーを制し、アーチャーが頭上に掲げた手で指を鳴らした。

 

 この空間のあちこちに備えられたテスラコイルが一斉に輝き出す。

 

 次の瞬間、空間は紫電の海に塗り潰された。

 

―――

 

 葛葉……? 叶が見上げた先、魔改造を施された巨大な校舎の上の方で爆発が起こった。爆炎から逃れたのは笹木咲と椎名唯華、そしてそのサーヴァントたちのようだった。だが、何か様子がおかしかった。

 

 笹木とランサーは校舎から伸びた枝の上に立ち、椎名とアーチャーは紫電を纏って空中を浮遊していた。

 

 ランサ―とアーチャーはマスターである笹木と椎名に付き従っているだけだが、肝心のマスター二人は叶の目には険悪な雰囲気で対峙しているように見えていた。

 

 椎名が悲痛な表情で何かを叫んで腕を振るう。校舎のテスラコイルから発した電流が笹木を襲った。笹木は動かず、その傍らに立つランサーが足場の枝に槍を突き立てると、枝から無数の枝が生え出て球形に二人を包み込み、電流から二人を守った。

 

 校舎を取り巻き、校舎を形作っていた巨大な木々がゆっくりと解け、椎名とアーチャーの方にその触手を伸ばし始める。校舎の崩壊が始まり、叶は校舎から距離を取る。

 

 宝具を使ったのだろうか。アーチャーが叫びながら特大の電流を放ち、電流は壊れゆく校舎のテスラコイルと共鳴して大きくなっていく。校舎は燃え、木々は焼かれ、しかし、燃える木々は次々と新しい枝を生やし、炎の中に新しい花を咲かせ、その動きは止まらない。木々は燃えながらゆっくりと椎名の方に迫ってくる。

 

 椎名は悲鳴を上げながら目の前に迫る脅威から逃れようとして両腕を顔の前に掲げたが、腕の隙間から覗く瞳は笹木の姿を探し求めていた。しかし、辺りは極太の電流が迸り、笹木は大木が幾重にも渦を巻く球体の奥に閉じこもっていた。

 

 校舎から伸びてきた巨大な木々は椎名を取り巻き、握りつぶすように中心に押し寄せた。

 

 やがて電流は止んだ。枝の上の球体が解け、中からその場にうずくまった笹木が出てくる。笹木は守りが解かれたことにハッとして辺りを見回すと、先ほどまで椎名の居た位置に樹木が渦を巻く球体が出来ていた。球体の枝の隙間からは血が滴っていた。

 

 笹木は無表情になって球体の方へ駆けだした。それに反応して笹木が足場にしていた枝から枝が生えて足場が延長していく。

 

 球体の傍らでまだ現界していたアーチャーが人差し指を向けるが、笹木の顔を見てやりきれなくなり、手を下ろす。アーチャーは踵を返し、光となって消えていった。

 

 笹木は無我夢中で球体の方まで駆け寄ると、何かを問いかける調子で球体を叩き、やがては声を荒げながら椎名の名を呼び、握った拳を強く叩きつけ始める。

 

 名前を呼ばれたのだろう。笹木が振り返ると、そこには厳しい表情で立つランサーの姿があった。笹木は泣きながら縋るようにランサーの胸に血のついた拳を叩きつけ、ランサーはそれを黙って受け入れていた。

 

 そのとき、突然ランサーが笹木を突き飛ばし、槍を握る手に力を籠め、振り向きざまに横薙ぎに振るった。

 

 ランサーの背後には中華服を着た老人が地に手をついて槍を躱した状態で笑っていた。老人はきつく屈めた体を解き放つようにして前に踏み込み、ランサーの胴体に向けてその拳を突き出した。

 

 体を貫かれ、消えゆくランサーに表情を青くし、後ずさる笹木の頬に誰か人の手が触れた。次には喉を、固い、冷たい感触がつっと撫でていく。

 

 噴き出した血が、自分の喉からのものだということに、笹木はついに気づかなかった。

 

―――

 

 全てを為し終え、緑仙は地上に降り立った。緑仙は叶を見ると、斜に構えた笑みを浮かべた。

 

「やあかなかな」

「緑仙さん……葛葉さんがどうなったか、知りませんか?」

 

 叶の問いかけにきょとんとしながらも緑仙は答える。

 

「あー、吸血鬼のマスターだよね。死んだよ。いや、死んだところは見れなかったけど、死ぬ直前までは見てたから。まず間違いないと思う」

「そうですか」

 

 わかってはいたが、叶の目は沈んだ。そんな叶を面白がるように覗き込み、もう一度緑仙が問いかける。

 

「で、僕が優勝だよね、これ」

「……はい、恐らく」

「じゃ、終わりかな」

 

 そう言って緑仙は、たった今笹木咲の喉を斬り裂いた短刀をぽいと放る。緑仙は次に何をすればいいかわからない子供みたいに辺りを見回し、頭上を仰いだ。

 

 マスターもサーヴァントもいなくなり、魔力の供給を絶たれた校舎は完全に崩壊した。木々も機械も、全ては地上に燃え落ち、空は何事も無かったかのように青かった。

 

「敵マスターを倒して世界征服にでも乗り出すのかと思ったら、くだらない理由で喧嘩してこのざまだよ。いや、そもそもが自分の身を守るために強くなり続けようと焦る奴と、今この時の幸せを手放したくないだけの奴、初めからすれ違ってたんだ」

 

 何か思い入れのあるような口調で呟いていた緑仙だったが、次に言った言葉で叶の頭は真っ白になった。

 

「結局そんなもんだよね。友だちなんてさ」

 

 緑仙は叶に笑いかけていった。

 

「ね、かなかなもそう思うでしょ?」

 

 叶は顔を上げた。緑仙は笑っている。確かに笑ってはいるのだが、その笑みはどこか無理矢理で、投げやりだった。目の奥には淋しさが隠しきれていない。今まで葛葉のことしか頭になかったが、叶はそこで初めて緑仙の方をちゃんと見ることができた。

 

「僕も、友だちが何なのか、ずっと考えてはいるんです。でも、まだ答えは得ていません」

 

 緑仙は笑うのをやめた。

 

「そうか。かなかなはそうなんだ……」

「はい。すみません、答えになってなくて」

「いやいいよ。もう終わったことなんだから」

 

 そう言って緑仙は踵を返し、校舎を振り返る。

 緑仙が凝視する先を見て、叶は息をんだ。

 

 燃え盛る校舎の奥から人が二人、こちらを見つめていた。虚空教、剣持登也と夕陽リリだった。

 

「アサシン、かなかなはもういいよ」

 

 緑仙の言葉で叶の背後に立っていたアサシンは緑仙の方に舞い戻った。いつの間にいたのだろう。いや、暗殺者のサーヴァントの気配を自分が察知できると思う方が傲慢なのだろうか。

 アサシンに困惑する叶に緑仙は言う。

 

「かなかなは逃げなよ。僕は今から話をしないといけないみたいだから」

 

 緑仙は気だるげに笑い、アサシンを連れて校舎の方へと歩き出した。その背に叶は呼び掛ける。

 

「待ってください」

 

 緑仙は足を止め、首から上だけで叶を振り返る。

 

「緑仙さん……緑仙さんは、何を願うんですか?」

 

 緑仙は答えた。

 

「さあね。まだ決めてない」

 

 ぽかんと口を開いたまま見つめてくる叶に緑仙は吹き出すようにくすりと笑った。叶は慌てて再度尋ねる。

 

「じゃあ、もしもですよ……もしも、時間を巻き戻せるとしたら……やり直せるとしたら、緑仙さんはどうしたいですか?」

 

 何その質問……と緑仙は目を逸らして小さく笑うが、顔を上げたときにはその笑みは消えていた。

 

「なりたくないかな。今の僕みたいなやつに」

 

 緑仙は叶を試すように見つめた後で、その場の緊張を解くようにほほ笑み、また歩き出した。

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