Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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117.庭の記憶(2/2)

「剣持刀也のウィークポイントは鈴谷アキ……こっちでは有名な話だからね。アキくんには悪いけど、彼を誘い出すために来てもらおうかな」

 

「まあそういうわけや。うちらについてくるんやったら丁重に扱ったるけどなあ?」

 

 悪意の滲んだ目でアキを見つめる二人。アキはかすかに笑い、ぼそっと呟く。

 

「やっぱり道具のままなんだね、僕は」 

 

 その声を偶然拾った夕陽はアキを凝視してしまうが、それを悟られたくないとすぐに目を逸らした。

 

 二人が投降しないと見るや、樋口楓は目をぎらつかせて笑う。

 

「ええよ別に気にするなよ関係あらへん……こっちは初めから、その気やったから」

 

 理不尽だと夕陽は思った。この猛烈な怒りは、単に二人が剣持の関係者というそれだけで向けられたものだった。樋口楓が刀を自身の体に引き付け、腰を落とした。

 

 跳躍動作……来る!

 

 夕陽が覚悟を決めて銃を構えたとき、空に高笑いが響き渡った。樋口楓は後ずさり、空を見上げた。

 

「なんや、これはぁ……!」

 

 どこかから現れた大量のコウモリたちが樋口楓と静凛を取り囲み、渦を巻いていた。ひしめく黒い翼は太陽を隠し、四方八方から軋むようなコウモリたちの鳴き声が二人に降り注ぐ。

 

 コウモリたちの声を掻き分けるようにして、妙に気取った低い男性の声が渦の中に太く響いた。

 

「ワーッハッハァッ! アキくんに手を出すクソどもめ、この私がただではおくものか! 血を寄越せ、貴様らの虫けらのような魂以外の全てを吸い尽くしてやる……!」

 

 男性の笑い声と共にコウモリたちが一斉に二人に飛び掛かる。樋口楓は舌打ちし、刀を握り込んで叫んだ。

 

「邪魔やぁ!」

 

 樋口楓が怒りのままに滅茶苦茶に刀を振るう。そのひと振りひと振りに破壊的な衝撃波が伴い、コウモリたちは波に巻き込まれてなぎ倒されていく。

 コウモリは影が影を生むように増殖を続けるが、楓の生み出す暴力の波を留めておくのには限界があった。

 

 外からポカンとそれを見ていた夕陽の元に吸血鬼が舞い降りると、膝に手をついて肩で息をし、おなじみの高い声で言う。

 

「はぁ、はぁ、ちょっと夕陽くん。相手があの二人だなんて聞いてないよ⁉」

 

 夕陽は取り合わずに目頭を揉んでいった。

 

「私だって絶望してるんです。ちょっと黙っててください」

 

「酷い!」

 

 ギルザレン三世は貴族のような姿をしているにも関わらず、ショックを受けて地面に膝と手をついた。夕陽はそんなギルザレンに尋ねる。

 

「ザレンさん、無駄話は後でいいですから……この間に離脱しましょうよ。で、あとどれだけ二人を留めて置けるんですか?」

 

 ギルザレンは顔をあげると、ポリポリと頬を掻いて言う。

 

「あ、もう無理そう」

 

「このっ、使えねえ!」

 

 思わずそう言って、夕陽リリはコウモリたちの群がるその中心に向けて銃を向けて構える。そんな夕陽を手で制し、鈴谷アキが前に進み出た。

 

「いや、十分だよ。ありがとう、ギル様」

 

 乱雑だったコウモリたちの鳴き声が断末魔に揃う。影のように群がるコウモリたちの渦が切り開かれる。

 樋口楓はその中心に立ち、刀を振るった体勢で笑っていた。

 

 楓は自らが切り開いた穴へと飛び込んでコウモリたちを突破すると、腰を低くしてアキの元へ疾駆する。

 

 アキはそれを見ても表情を変えず、ただ、静かに胸の前で手を構えた。

 夕陽は傍らでそれを見て困惑する。

 

 ハート……?

 

 アキは呟くように言う。

 

「アキニウム、光線」

 

 アキのハート形の手の構えから放たれた柔らかなピンク色をした光線が、一直線に樋口楓の胸を撃つ。

 楓は吹っ飛んで地面に仰向けに倒れると、目を見開き、手から取り落とさなかった刀をカタカタと振るわせ、呻き出した。

 

「やったのか……?」

 

 そう呟いた夕陽リリをギョッとするようにギルザレンが見つめるが、鈴谷アキは黙って楓を見つめていた。

 

 楓のうめき声はおさまった。楓は顔を伏せたままゆっくりと立ち上がると、アキの顔を見て呟く。

 

「……アキくん、すき」

 

 夕陽リリとギルザレン三世の間に戦慄が走るが、それを置いてアキは柔らかくほほ笑んで答えた。

 

「うん、僕も好きだよ」

 

 それを聞いた楓はわなわなと震えながら喜びに頬を上気させ、踵を返して凛の方に体を向けた。

 

「楓。今、どんな感じ?」

 

 凛が尋ねる。面白がっているような口ぶりだ。それに対して楓は次第に息を乱し、肩を上下させ始める。楓はぼそりと言った。

 

「許せない……」

 

「ん?」

 

 顔を傾けて言葉を促す凛に対し、楓は顔を上げた。凛は目を丸くする。楓の目からは涙が零れていたのだ。楓は訴えかけるように、悲壮な表情で言う。

 

「凛……私の、私の大切なアキくんを……よくも……うううう、うぐっ……」

 

 言葉に詰まり、飲み込むと、楓は怒りをあらわにして叫んだ。

 

「よくも私に、ア、アア、ア……アキくんを、殺させようとしはったなぁあ⁉」

 

 楓が強く踏み込む、すぐさま凛の腰掛けていた大男が反応するが、「いいよ、私がやる」とそれを留め、凛が大男から降りた。

 

 凛は袈裟斬りにしようと迫る刀を躱して懐に潜りこむ。それに反応して楓が膝蹴りを放とうとするが、凛は膝を撫でつけるかのように腕を差し込み、膝を抱え込んでそのまま楓を地面に押し倒した。

 

 楓に馬乗りになった凛は無防備になった楓の頬へ、容赦なく乗馬鞭の先端を叩き付けた。

 

「ぶはぁっ……⁉」

 

 楓が呻く。凛はじっとその顔を覗きこむ。楓は目をぐるぐるさせながらも耐えきれないというように口を開いた。

 

「ああっ! アキくんアキくんアキくんアキくんアキくっがはぁッ⁉」

 

 さらにもう片方の頬を凛の鞭が打つ。

 

 楓は両頬を赤く腫らし、ポカンとした表情で凛を見上げて言った。

 

「凛、私は……」

 

「うん。おはよう」

 

 凛は楓の体から降りると倒れたままの楓へ手を差し出した。おろおろと凛の手にしがみついた楓を引き上げて立ち上がらせると、凛は言った。

 

「なめてたね」

 

「ああ、なめてた」

 

「資料は読んだ?」

 

「目は通した、つもりやった」

 

「ちょっと強い程度の魅了だと思ったんだ」

 

「思ってた……凛、ほんまにごめん」

 

「うんいいよ? でも、もう楓ちゃん、アキくんを一生斬れないね」

 

「一生……か」

 

「うん」

 

 楓は刀を持った手が震えるのを見て理解する。全身の細胞がアキに敵意を向けるのを拒否している。これが、封印指定の……。

 

「アキニウム」

 

 凛が告げる。

 

「光を浴びた生命体に対して鈴谷アキへの絶対的な愛を植え付ける。中毒性があるからね、一度アキニウムを摂取した生命体は継続的にアキニウムを摂取しないと廃人になっちゃう。まあ、私の力がたまたま同系統だったから抑え込めてるけど、体が、魂が、鈴谷アキへの愛を憶えてるからね。これから一生、楓には毎日この鞭で……楓、聞いてるの?」

 

「……ああ、聞いてる」

 

 そう言って震える手を見つめ、楓は固く目を閉ざした。

 

「あ、悲しいんだ、それ」

 

 凛の問いかけに楓は未だに呆然としたような表情のまま答える。

 

「そうやなぁ……あんな幸せいつ振りやったかなぁ思って」

 

 楓は腫れた頬を指でなぞると、息を吐いて鈴谷アキ、そして夕陽とギルザレンの方に向き直った。

 

「私はきっと使いものにならんよね。凛のサポートに徹しとく」

 

「そうだね。じゃあ、あっちはよろしく」

 

 夕陽はギルザレンとアイコンタクトを取りながら前に出た。恐らく発言から樋口楓は慎重になるだろう。だとすれば、狙うべきは静凛か。

 

 夕陽が銃を凛にむけた瞬間、樋口楓が動き出す。先ほどと同じように低い構えから踏み込んでくる。

 

「あっちってこっちか!」

 

 夕陽が咄嗟に光弾を発射するが、楓は光弾を切り裂き爆発を背後に置き去りにして夕陽に切迫した。 

 

 横薙ぎに刀が振るわれる。脳の整理が追い付かない、テレポートは……間に合わない。

 

 だが、楓の刀は止まる。横から伸びてきたギルザレンの腕が楓の腕を掴んでいた。

 

「夕陽くんも一応仲間だからね。やらせちゃったらヴァンパイアの眠りが浅くなる」

 

 ギルザレンはそのまま腕に力を籠め、楓の細腕をへし折った。楓の垂れた腕の先、手から刀が落ちていく、その刀は、楓の反対の手がキャッチした。

 

「触んなや、ボケ」

 

 セリフと共に放たれた楓の一閃がギルザレンの腕を斬り落とす。ギルザレンは一瞬ポカンとするが、状況を把握して軽く笑う。

 

「これも持ってってもらおうか⁉」

 

 血の噴き出す腕をギルザレンが振るう。空中へ舞った血は針のように鋭い形状に変化し、雨のように楓へと降り注いだ。

 

 楓は片手でバク転を繰り返して針を躱し、距離を取って体勢を整え、刀で針を薙ぎ払う。楓がふと見ると、折れた腕にくっついたままだったギルザレンの腕がコウモリに変化していた。腕にしがみつくコウモリは大きく口を開け、鋭い牙を突き立てようとする。

 

「ふん!」

 

 楓はすぐさま折れた腕を鞭のようにしならせて地面にたたきつける。コウモリは潰れて庭に血を撒き散らした。

 

 斬られた腕から新たな腕を生やし、ギルザレンは夕陽リリに小声で尋ねる。

 

「うーん、困った。どうしようかねえ。さてさて、夕陽くんは何か策があるかい?」

 

 夕陽は眉を引き攣らせながらも笑って答える。

 

「んなもんないですよ。私が残って時間を稼ぎます。私一人ならテレポートが使えるんで」

 

「テレポートぉ? ハァー、あのねえ夕陽くん、ヴァンパイアがこんなこと言うのもなんだけどさぁ……」

 

 ギルザレンは目を細め、横にいる夕陽リリを一瞥して言った。

 

「いくらテレポートできたって、夕陽くんごときが樋口くんをこの場にとどめておけるわけないじゃん」

 

「なっ⁉」

 

「だいたい、樋口くんの後ろには静くんも控えてるんだよ? 夕陽くんのサポートじゃ奴らに背を向ける隙は曝せないよ」

 

「それは、そんなこと言ったって」

 

「あれ、傷ついちゃったぁ? 悪いねえ、けど別に気にする必要はないよぉ? 夕陽くんは戦闘要員じゃないんだ。他にやれることがたくさんある。それよりも、責められるべきは……ヴァンパイアの弱さだ」

 

 少しうつむき加減に笑うギルザレンは夕陽に顔を見られたくないかのように掌で顔を覆った。

 

「色々認識が甘すぎた……自分が本気になれば教団のピンチなんかいくらでも救えると思ってた。その時が来るまでは惰眠を貪っててもいいと思ってたんだ……笑えるよね夕陽くん。これが今のヴァンパイアの実力さ」

 

 夕陽もまたギルザレンのしんみりした空気を感じ取ったようで、少し沈んだ面持ちで言う。

 

「ザレンさんはよくやってくれましたよ、もう、その話はいいじゃないですか」

 

「いいのかい? 罵倒してくれてもいいんだよ?」

 

「しませんよ。それよりもこれからの話です。思ったんですけど、アキくんの力があれば静凛の私兵の包囲網は簡単に抜けられるんじゃないですか?」

 

「そりゃあ、そうだろうさ」

 

 何を言い出すのかとヴァンパイアは隣に立つ夕陽の顔を見つめたが、それで合点がいったようで再び前を向く。

 

「ああ、そういうこと。それでもいいけど、夕陽くんはちゃんとテレポートで逃げるんだよ?」

 

「ここまで頑張ってくれたヴァンパイアを置いてはいきませんよ」

 

「ハハッ、いつもかっこいいね夕陽くんは」

 

 笑いながらも二人は楓と凛を警戒して緊張感を高めていく。夕陽は振り返らずに言う。

 

「アキくん、私たちが時間を稼ぎますので、すみませんけど、ここはお一人での脱出をお願いします」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「はい……はい?」

 

 夕陽リリが振り向こうとしたが、その必要はなかった。二人の間に鈴谷アキが歩み出たからだ。

 

「なーんでいっつも、みんな僕を置いて話を進めるかなー。あんまりのけ者にするとグレちゃうよ、もう」

 

「でも、これ以外に方法は……」

 

「そう? 僕には一つ思いつくんだけど」

 

 たったひとつの冴えたやりかたが……そう呟き、鈴谷アキは胸に手を当ててほほ笑む。

 

「リリお姉ちゃん、ギル様。ここは僕に任せて先に行ってほしいかな。ちょっと、やってみたいことができたんだ」

 

「そんなこと、できるわけが──」

 

「理由を聞かせてくれないかい?」

 

 食って掛かろうとした夕陽リリを抑えてギルザレンが問う。アキは答える。

 

「そうだね。理由はいくつかあるけど、まず相手の目的が僕だから、僕がここに残れば相手もここ残るってことかな」

 

「だからそれが問題なんでしょう!」

 

 夕陽の言葉を流し、アキは続ける。

 

「二つ目に、僕にはできることがあって、僕はただ、僕に出来ることをやってみたい、それってそんなに変なのかな」

 

 二人は同時に言葉に詰まる。弱弱しい表情になりながらもギルザレンが言った。

 

「で、でもさ、アキくん。そうは言ってもアキくんは特別なんだ……! 僕らにも何か、アキくんのために出来ることはないのかい?」

 

 アキはにっこりと笑って答えた。

 

「うーん、ないかなぁ……? ふふっ、ごめんなさいギル様。今気づいたんだけど、実は僕、あんまりお話しする気はなかったみたい」

 

 そして、アキは少し黒い笑いを浮かべる。

 

「忠告するけど、そのままそこに立ってるんなら、敵も見方も関係ない。みーんな僕のことで頭がいっぱいになっちゃうから」

 

 ギリッと歯噛みする音が鳴る。その口元は血を垂らしながらもすぐに穏やかさを取り戻す。ギルザレンは一歩後ろに下がって言った。

 

「夕陽くん。ヴァンパイアは離脱させてもらおう」

 

「な、ちょっと、なぜ⁉」

 

「アキくんは本気だ。こんな弱い僕じゃあ、アキくんの意思を尊重する以外なんにもできやしない……!」

 

 目許を震わせながらもギルザレンはアキに向けて言った。

 

「アキくん、また後でね。気を付けるんだよ」

 

 アキは笑って頷く。

 

「うん。またねギル様」

 

 ヴァンパイアはもう一歩後ろに下がると、その身を無数のコウモリに変えて空へと消えていく。

 

「ザレンさん、なんで……」

 

 消えていったコウモリの方を目で追いながら夕陽は呆然と突っ立っていた。しかし、状況を思い出してアキの方へ視線を戻すと、ちょうど淑やかな目で夕陽を見ていたアキと目が合った。

 

 何かを言おうと慌てる夕陽に、アキが優しく声をかける。

 

「正直ね、これは僕の我儘だから謝るしかないけど……でもごめんね、僕はこの運命を選びたかったんだ。刀也お兄ちゃんにもそう伝えておいてほしいかな」

 

 そうして、伝えたかったことを伝えてもう用はないというように、鈴谷アキの丸い瞳が冷たい色を帯びる。

 

 アキはずっと胸に当てていた手をゆっくりと胸から離す……と、そこには宝石のように光るハートが浮かんでいた。

 

 夕陽の目はそのハートに引き付けられる。先ほどの「光線」とは比べられないほどピンク色が凝縮していて艶々と赤黒く見え、周囲の空間が融け出すように捻じれていく。ハートは、心臓のように脈打っていた。

 

 アキは愛おしそうにハートに目を落とし、もう夕陽には目もくれやしない。

 

「っ! くそ……!」

 

 悪態をつき、夕陽はテレポートした。

 

 

 

「へえ、仲間を逃すなんて、ずいぶんと男らしいところもあるんだね」

 

 凛が笑って言う。凛は大男を立ち上がらせて前に出す。楓に心配そうに見守られながら、凛は大男の背に隠れるようにして徐々に距離を詰めていく。鈴谷アキはかすかに笑って言う。

 

「複雑だなぁ……」

 

 アキの手のひらの上でハートはゆっくりと回転し、膨張を始めた。

 

 それを認めた楓は叫んだ。

 

「凛進むな! 無理やそれは!」

 

 凛は間近でハートを見て、楓の言っていることを理解した。凛は素早く身を翻し後退する。一方、大男はまるで盾になろうとするように両腕を大きく広げ、鈴谷アキに向かって突撃する。

 

「ふふっ、もう遅いよ」

 

 と鈴谷アキは笑った。

 

「凛!」

 

 楓もまた凛の方に向かって走り出す。

 

「楓何を……!」 

 

 凛はこちらに向かってくる楓に困惑しながらも、楓の伸ばしてきた手へと自身もまた手を伸ばす。そして、その手が結ばれたとき、凛は楓の強い力に引っ張られ、押し倒された。体を地面に打ち付けて苦悶の声を上げる凛だったが、凛に覆いかぶさった楓の表情が見えて落ち着いた。楓が言う。

 

「凛、さっきのお返し」

 

 凛は思わず笑ってしまった。

 

「今じゃなくてもよかったんだけど」

 

 アキの手の上でピンクのハートの形が崩れ、弾け飛んだ。

 

 

 

 教団を見晴らす丘の上で、夕陽リリは下唇を噛む。夕陽の足元では呆然とした表情の家長むぎがぺたんと地べたに座り込んでいた。

 

 二人の眼下で教団は炎に包まれていたが、さらに中庭と思われる場所から眩いピンクの閃光が建物全体に広がっていった。

 

 あれでは、戻って確認することもできない。 

 

「これは何が」

 

 夕陽リリと家長むぎの背後にいつの間にか男が立っていた。男はフードの付きの柔らかな白い羽織を纏い、その下では鮮やかな紫のラインが目を引く黒い袴にブーツ、腰には日本刀が差されている。帯からはチェーンが垂れ下がり、教団の金のエンブレムが静かに揺れている。

 

 男は虚空教教祖、剣持刀也だった。

 

「アキくんはあそこに……?」

 

 眼下の教団本部を見下ろし剣持がつぶやく。夕陽は唇をきつく結び、頷いた。

 

「……はい」

 

「敵は?」

 

「樋口楓と静凛です」

 

「そうか、よりにもよって。それじゃあギルザレンでも……」

 

 剣持は逡巡するが、すぐに決断して夕陽に言う。

 

「お二人はこのままここに。今から僕が行きます」

 

 そうして剣持は丘を飛び降り、教団本部の方へ向かって行った。

 

 

 

 剣持が離れ、家長がぽつりと言った。

 

「むぎのせいだ……」

 

 夕陽は意識から抜け落ちそうになっていたその言葉で我に返り、冷静に問う。

 

「家長はどうしてそう思うんだ?」

 

「むぎなんだよ。静凛のところにスパイをやったのは。そこから逆に情報を絞られたんだ。しっかり教育してたし、本部の情報なんか与えてなかった。でも、別々の情報からそれくらいなら推察できちゃうくらいよくできた子たちだったから……ああでもやっぱり、むぎが人を信用しすぎてて甘かった! もっと情報を細分化して、もっと厳しくして、それで……」

 

「家長」

 

「……うん」

 

「今はやめよう。これ以上気持ちを落としたって辛くなるだけだよ」

 

「うん」

 

 涙ぐんでいた家長の頭に夕陽が手を置くと、家長は甘えるように夕陽の足に抱き着いてくる。

 

 家長は夕陽を見上げると何かを思い出したような表情になり、周囲を見渡してから言った。

 

「そうだ、剣持さんがいない間にこれを」

 

 と家長が差しだしたのは手のひらから少しはみ出るほどの銀色をした薄型のケースだった。留め具を外してケースを開けてみると、中には黒い緩衝材が敷かれており、その上に銀色をした弾丸が五つ並べられていた。

 

「これは……」

 

困惑する夕陽に家長がしたり顔で言った。

 

「これねぇ、剣持さんを殺せる弾丸なの」

 

「……はぁ⁉」

 

 夕陽はまじまじと弾丸に顔を近づけて見つめた。大きいわけでもない、なんてことのない9ミリ弾だ。ケースの裏面には英語の筆記体の掘り込みでファントム・バレットと書いてあった。

 

「剣持さんが暴走した時のために、ずっとこそこそ作ってたんだぁ~」

 

「作れるもんなのか」

 

「うん? 剣持さん優しいから、データ取らせてって言ったら面倒くさそうにしながらも付き合ってくれるよ?」

 

「はは……全然こそこそしてねえ」

 

「えへへ~」

 

 冗談っぽく笑う家長につられて夕陽も頬がゆるむ。夕陽は本部を見下ろし、目を細めて言った。

 

「本当にそれでいいの?」

 

「うん。友だちだからね。本心でない行動で全部失うのは可哀想だから、止めてあげないと」

 

 家長は少し感情的になって言う。

 

「何も、本当に殺してほしいわけじゃないんだよ、ただ、それがあれば目を覚ましてくれるかもしれない。これからの剣持さんはきっと、誰の話も聞いてくれなくなると思う。それでも、病院送りにできればゆっくり話ができるかもしれないし……」

 

 そこで家長は自分で何を言ってるのか気づいたらしく、口をぱくぱくさせた後で自分への失望もあらわにうつむいた。

 

「ごめんね。やっぱりむぎの認識はどこまでいっても甘いみたい。そうだよね。そんなに都合のいいことなんてないよね」

 

 夕陽は穏やかに目を瞑っていった。

 

「まあなぁ。でも、やってみないとわからないでしょう?」

 

 家長が息をのむ音が聞こえ、夕陽は再び家長の頭に手を置き、その髪をさらうように軽く撫でつける。家長は言った。

 

「ごめん、ちょっと一人になってくる。剣持さんには言っておいて」

 

「ああ、了解」

 

 家長は立ち上がると、ちらと夕陽を見て恥ずかしそうに言った。

 

「ちゅっちゅ、またね」

 

「ん、ああ。また」

 

「うん」

 

 家長はそそくさとその場を離れていく。

 

 眼下を見下ろすと、あのピンクの光は消えていた。背後に人が降り立ったのを感じ、夕陽は振り返った。剣持だろう、とそっけなく目を向けて夕陽は凍り付く。

 

 確かにそこに立っていたのは剣持だったのだが、剣持は胸の前に鈴谷アキを抱えていた。鈴谷アキの体は血と煤にまみれ、静かに目を瞑っている。

 

 こんな時にも関わらず、夕陽は一瞬、脳の片隅で考えてしまう。今アキくんは先輩の腕に抱えられている。つまり、虚空は切れている? 

 

「家長むぎは?」

 

 剣持が周囲に目を配らせて言う。夕陽は動揺の中でなんとか答えた。

 

「彼女なら、すぐに戻ってきますよ」

 

「そうですか。了解しました。ではここで待ちます」

 

 夕陽は剣持の言葉を不審に思い、尋ねる。

 

「あの、アキさんは」

 

 剣持は一瞬アキへと目を落とし、再び夕陽を見る。

 

「どうにも……」

 

 剣持の表情が崩れる。剣持は自嘲するように薄く笑って言った。

 

「僕が中庭に降り立った時にはもうこの状態でした。敵も満身創痍でしたが、僕の実力不足です……逃亡を、ゆるしました」

 

「そう、ですか」

 

「はい」

 

 夕陽は剣持の顔を見ることができず、うつむいたまま聞く。

 

「あの、剣持先輩。これから」

 

「これから彼女たちの拠点へ報復に向かいます。夕陽さんも一緒に来てください。できればギルザレンも。家長さんが拠点を把握してるでしょう」

 

「剣持先輩」

 

「大丈夫です。アキくんのおかげで敵の戦力は大幅に削られました。執行者の二人も万全ではない。こちらが確実に勝つ」

 

「剣持先輩……!」

 

「わかってるよ!」

 

 剣持は叫び、がっくしと項垂れた。

 

「分かってるんだ。アキくんはそんなこと望まない。でも、奴らを倒さないと僕の気が収まらないんだよ!」

 

「それで、あの二人を倒せば先輩は満足するんですか? そこで止まってくれるんですか?」

 

 剣持は目を見開いて夕陽をまじまじと見つめるが、すぐにバツが悪くなって目を逸らした。

 

「それは……わからない」

 

 夕陽は少し落ち着きを取り戻して言う。

 

「アキさんのこと、私も役に立てなくて悪いとは思ってますよ。でも、それとこれとは別でしょう? 剣持先輩、今まで頑張って来たじゃないですか。それを全部無駄にしようだなんて、そんな悲しいこと、言わないでくださいよ……」

 

 剣持は頼るものがないような不安に視線をさ迷わせ、やはりその視線はアキへと向かう。アキを見下ろす剣持の顔には怒りや悲しみや諦観が次々と現れては消えていく。

 

 夕陽は剣持の表情を窺うと、先ほど自分が考えてしまったことを恥じながら、ふっと笑って言う。

 

「色々言ってしまいましたが、先輩。実は、未来人には別の選択肢があります」

 

 夕陽が手首に装着した腕輪に触れ、術式を起動させる。それは現代魔術では及びもつかない未来の術式、魔法陣と共に空間に亀裂が入り、人一人が入れるほど大きな穴が開かれる。剣持が顔をあげた。

 

「ねえ剣持先輩。これは極端な例ですけど、もしもですよ? もし剣持先輩を殺せばアキさんが助かるって言ったら、どうします?」

 

夕陽は少し冗談めかして言ったのだが、剣持は大まじめに即答した。

 

「やれよ、夕陽。僕がいなくなるだけでアキ君が助かるなら、迷わずやれ」

 

 これに夕陽は驚きながらも、改めて考えると当然の答えのように思え、笑って言った。

 

「あとで文句言わないでくださいよ」

 

「無理だろうね」

 

 それを機に二人の間から会話が無くなり、二人は突っ立ったまま燃える教団本部を見下ろした。やがて夕陽が踵を返した。

 

「あばよ」と夕陽リリ

 

「はい。さようなら」と剣持は言った。

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