Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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69話ホストクラブ内での最後の場面と96話前半葛葉さん・バーサーカーとの会話を修正しました。


123.雷蹄

 葛葉と叶の二人は丘の上から見ていた。夜を照らして立ち上る黄金の柱が真っ二つに割れていくのを。光の粒子が夜空へと散っていき、辺りに暗さが戻っていくのを。

 

 頭上を見上げていた二人は再び視線を下方の森へと向けた。

 

「ねえ葛葉」

 

 と叶が呼び掛ける。

 

「んー?」

 

「鷹宮さんとでびでび・でびる……」

 

「お、気づいた?」

 

 葛葉がいたずらっぽく笑うのを見て叶は訝しむように目を細めた。

 

「葛葉なんかした? ……わけじゃない、か。最終決戦だし、こうなるのもしょうがないね」

 

「ああ。最終決戦だもんな。そりゃあ、やるよなぁ」

 

 葛葉は関心と、少しの哀愁のこもった目で森を見下ろし、言う。

 

「聞くまでもねえけど、そっちはどうだった?」

 

「そうだねぇ。あの人は僕の言葉では止まってくれなかったよ。でも、セイバーが止めてくれた」

 

 そう言って叶は自分の口から出た言葉を追うように顔を上げ、唇の先をそっと開く。横から見ていた葛葉が尋ねた。

 

「お前、セイバーとなんかあったっけ?」

 

 叶は葛葉の方を見て言う。

 

「何にも」

 

 叶の表情に浮かぶささやかな笑みに葛葉は頷き、もうその話は終わりだというように明るい声音で言う。

 

「んじゃあさ、こっからは気楽に観戦だ」

 

「気楽にって、あのね」

 

「うん、考えてみろよ。チャイカさんが勝ったら委員長の復活、んでサーヴァントの目標は世界征服だから、当然委員長とも組むだろ?」

 

「組むかなぁ」

 

「組むだろ。んで、俺たちもそこに加わる。するとどうなる?」

 

「……無敵だね」

 

 興奮を隠さずに述べる葛葉に対し、叶は半分呆れも混じった声音で言った。葛葉は続ける。

 

「で、あの悪役令嬢と悪魔のコンビが勝ったらどうなる?」

 

 叶は考え、少し不貞腐れたような調子で言う。

 

「あんまり考えたくない。意味わかんないし、怖いよ」

 

「まあそう言うなって。気持ちはわかるけどな」

 

 葛葉は叶の機嫌を取り直すように軽く笑う。

 

「モチさんも言ってただろ? 平和でいいじゃねえか」

 

 上機嫌な葛葉と不機嫌を装う叶、二人の見下ろす先で、聖杯戦争最後の二組が対峙していた。

 

   〇

 

「チャイカー、チャイカー! 出ておいでってば! 最終決戦なんだから一緒に戦おうよ!」

 

 森の木々に向かってライダーが呼び掛ける。よく通る声は木々のざわめきにも紛れずに遠くまで響いていく。

 

 やがて茂みがごそごそと揺れた後、頭に枝葉を括りつけた悲しきエルフ、花畑チャイカの顔がズボッと茂みから現れた。チャイカは顔だけ出した状態で言った。

 

「ふん、嫌だね。俺は学んだんだ。サーヴァント戦は大怪獣バトル。俺のようなか弱いエルフに出る幕なんて……やめろ、俺に触るなぁ!」

 

 はいはい、とライダーが呆れ顔でチャイカを茂みから引っ張り上げる。チャイカが暴れても問答無用だった。ライダーがじっと見下ろす先でチャイカは両手を地面に着き、ぜえぜえと大袈裟に息を荒げている。チャイカが落ち着いて顔を上げると、ライダーは腰に手を当てて声をかけた

 

「チャイカ、これが最後だよ」

 

 そして、ライダーが目線で示す。チャイカが見ると、そこにはマスター、鷹宮リオンとサーヴァントの悪魔、でびでび・でびるがいる。チャイカは目を細め、諦めたようにため息をつき、膝に手を当ててゆっくりと立ち上がった。

 

「少し、迷った」

 

 誰にともなく話し出したチャイカに、鷹宮は眉を寄せ、でびるは首を傾げた。チャイカは続ける。

 

「お前らはここにいる。それはつまり、委員長、月ノ美兎が自分よりもお前らを虚空から脱出させることを選んだってことだろ」

 

 あまり意識してなかったのか、目を見開いた二人を横目に、チャイカは膝に着いた土を払って言う。

 

「お前らのバカみてーな願いに感化されたのかはわらねえ。とにかく、お前らがここにいるのは委員長の意思だ。それを俺が捻じ曲げていいのか? それも、他ならぬ委員長を助けたいなんて願いで。なあ、お前らどう思う?」

 

 言い終えたチャイカは深刻そうにしながらも、どこか二人を試すような笑みを浮かべる。あるいは、それで縋っているのかもしれなかった。先に、でびるが答えた。

 

「アイツはアイツのしたいようにしたんだ。お前はお前のしたいようにしなきゃだめだよ」

 

 チャイカは息を漏らすように軽く笑うと、今度は鷹宮を見る。鷹宮は答えた。

 

「いいよ、私たちを倒しな。できるんならね」

 

 目の前の二人がどう答えるか、聞く前からわかってはいたのだろう。チャイカは少し前までの自分を誤魔化すように笑った。

 

「そうだな、決めたよ。そもそも自分(てめえ)を置いてお前らを救おうと思う奴だからこそ、救われなきゃいけない。私は……私が、委員長を救う!」

 

「よく言ったよ、チャイカ」

 

 チャイカの後ろでライダーが言った。

 

「さあ名乗りをあげようじゃないか。気持ちよく戦おう!」

 

 ライダーは自らの相棒、ブケファラスに飛び乗ると、得意げに剣を掲げて述べた。

 

「僕の名前はアレキサンダー。マケドニア王にしてペルシア王、そしてエジプトのファラオ……に、なる予定さ!」

 

「予定かよ!」

 

 でびるのツッコミにライダーはえへへー、と照れ隠しに笑って言う。

 

「予定だよ。ついでだから言うけど、僕の願いは受肉だ。受肉してこの世界を征服するんだ。だからね、他ならぬこの僕が本当に王様になるためには、君たちを倒さないといけない」

 

 わかるでしょ、とほほ笑みかけるライダーに鷹宮が笑みを返して言う。

 

「わかるけど倒されてやんないよ」

 

 ライダーは鷹宮の答えに満足したように頷き、チャイカの方を見た。チャイカは面倒くさそうにしながらも羽織った上着をはためかせ、胸を張って前に進み出ると、大きく息を吸い込んで声を張り上げた。

 

「我が名は花畑チャイカ! ライダーのマスター! 願いはただ一つ、委員長を虚空から救出すること!」

 

 チャイカの声量に少し圧され気味の鷹宮とでびるだったが、チャイカもライダーも、促すでもなくじっと二人の名乗りを待っていた。二人は顔を見合わせると、まずでびるが言った。

 

「ボクは魔界からやってきた悪魔、でびでび・でびる。強くて恐ろしい悪魔になるためにいろいろやってたんだけど、契約者との生活も楽しいし、小娘との生活も楽しいからさ、うーん……」

 

 一瞬悩むように表情を曇らせたでびるだったが、すぐに明るい表情になって言う。

 

「もうみんなが幸せならなんだっていいんだよね~」

 

 そして、でびるは思い出したように隣に立つ鷹宮の方を見て付け足した。

 

「ああ、それと小娘の願いも叶えてやりたい!」

 

 鷹宮は軽く笑って言った。

 

「ついでかよ」

 

「ついでじゃない!」

 

 即座に否定したでびるだったが、鷹宮は柔らかに笑って軽く流すように言う。

 

「ついでだ、ついで」

 

「ついでじゃないんだってば!」

 

 少し怒りかけているでびるを見て、からかい過ぎたと鷹宮は「ごめんごめん」と繰り返す。そう繰り返しながらも、鷹宮の表情はどこか嬉しそうだった。

 

 ごほん、と鷹宮は切り替えるようにして敵と対峙し、言った。

 

「配信者の、鷹宮リオン!」

 

「魔術師だろ?」

 

「マスターだよね?」

 

 即座に入った敵からのツッコミに顔を赤くし、素でげほげほとせき込んだ鷹宮は何かを訴えるようにでびるの方を見た。

 

「小娘……」

 

 でびるの目は哀れんでいるように見え、鷹宮は逃げるようにそっぽを向こうとするが、続くでびるの言葉がそれを思いとどまらせた。

 

「お前、そこまで……」

 

 どこか生温かさの宿ったその言葉に鷹宮は猛抗議した。

 

「違うから! 間違えただけ!」

 

「いや、いいんだ。ボクたちにはちゃんと伝わってるよ……」

 

「違うって言ってんだろ! やめろよ、本当に」

 

 鷹宮が言えば言うほどでびるの眼差しは一層温かいものになっていく。鷹宮は「ぐぬぬ……」と唸った。でびるの中で完全に素直になれない女の子にされてしまっている。しかもさりげなく、それでいてわざとらしく気を遣われている。

 

「真の敵は見つかったみたいね」

 

 鷹宮は殺気を隠すように目を瞑り、拳を握り込む。一方でびるはにやりと笑って答える。

 

「ふふふっ、ボクはずっと気づいてたけどね?」

 

 でびるの頭に映えた二本の角もまた、暗い光を放ち始める。そんな二人の間に割り込むようにしてライダーの声が響いた。

 

「二人とも、仲がいいんだね」

 

 二人はじっとりとした目つきでライダーを睨んだ。

 

「そう見えますか」

 

「そう見えんのか?」

 

 二人の剣幕もなんのその。ライダーは答えた。

 

「見えるよ。言葉ですれ違ってるように見えたってさ、もっと根本的に、お互い信頼してなきゃできないやりとりだ」

 

 でびるはわざとらしく両肩を上げ、ライダーの言葉を鼻で笑う。

 

「はぁ、わかってないねぇ。おい小娘、向こうのサーヴァントが何か言ってるぞ? お前から言ってやれよ」

 

 でびるはそうして鷹宮の顔を窺い、ぎょっとする。鷹宮は目を大きくして視線を泳がせていた。

 

「おい小娘」

 

 でびるが呼び掛けると鷹宮がぷいと顔を背けた。でびるは目を細めて鷹宮の後頭部を凝視した後で、慌てて言った。

 

「お前やめろって! ガチっぽくなっちゃうだろ」

 

「そ、そんなこといったってぇ」

 

 でびるが鷹宮の後頭部を両手で抱えてこちらを向かせようとするが、鷹宮は両手で顔を覆い、断固としてびるの方を見ようとしない。そんな二人を遠巻きに花畑チャイカが言った。

 

「なんなの? マジで仲いいじゃん」

 

 再び喧嘩になりかけていた二人だったが、今度はだらりとした動きでチャイカの方に向き直った。

 

「俺たちゃあアレだよ。バチバチだったから」

 

 鷹宮が口を開き、少し身を乗り出して聞いた。

 

「や、やっぱり! サーヴァントとマスターの関係ってもっと主従関係っていうか、本当はもっと緊張感のあるものですよね?」

 

「あたぼうよ。今でこそ口を聞いてくれるが、一時は独断専行が酷すぎて自害を命じかけた。が、令呪の発動前に腕を斬り落とされてなぁ。くっついたからよかったものの。俺がエルフじゃなかったらどうなってたことだか……」

 

 得意げに語るチャイカを鷹宮は憧憬と驚愕の眼差しで見つめる。質問したいことがたくさんありそうだったが、その前にライダーが釘を刺す

 

「テキトーばっか言っちゃってさ。本当に腕がくっつくか、今試してみる?」

 

「ばっか、戦略だよ、戦略。わかるだろ?」

 

「面白がってるだけでしょー」

 

 やれやれと首を振るライダーだったが、目の前できょとんとする鷹宮を見ると再びその顔に笑顔を取り戻して笑みを浮かべて言った。

 

「で、鷹宮さんだね。願いはみんなを配信者にする、だっけ?」

 

 鷹宮は気を取り直し、明るい声で答える。

 

「そう!」

 

 ライダーは鷹宮の返事に少し気を良くして言う。

 

「配信、少しだけど僕も見たよ。とっても楽しそうだった」

 

「え、ありがとうございます!」

 

 鷹宮とでびるが反射的に頭を下げてしまったのでライダーは視線を流し「うん……」とだけ言って立ち尽くす。ライダーの横でチャイカが言った。

 

「で、その楽しい遊びに俺らも混ぜてくれるってかぁ? くぅ~、優しいねぇ」

 

 語調の割にはチャイカの目は全く笑っていなかった。鷹宮は調子に乗って言う。

 

「ふふん、そうでしょ! 絶対楽しいって!」

 

「うん、そうねぇ。楽しいねぇ……」

 

 チャイカは腕を組み、その言葉を吟味するようにうんうんと頷く。そして突然その目をくわっ、と見開くと、大きな声で怒鳴りつける。

 

「皮肉だバカヤロォ‼」

 

 鷹宮は身をすくませる。

 

「ひぃっ、さっきから何なんですかこの人⁉」

 

「まあまあ」

 

 同じように身をすくませていたでびるに変わってライダーがなだめる。

 

「じゃあ、もうみんな言いたいことはないね。言い残したことはないね? うん、よし!」

 

 ライダーはブケファラスに騎乗すると、馬上からチャイカに手を差し出す。チャイカがその手を取ると、ライダーはチャイカの体を軽々と馬上に引き上げた。

 

「さあ、やろう!」 

 

 ライダーが手綱を引いて合図する。ブケファラスがいななき、地を蹴って走り出す。

 

 鷹宮は自信に満ちた笑みを浮かべて鎌を構え、その頭上に浮き上がったでびるの目が暗い光に輝き出すと、鷹宮の全身を象るように、その輪郭もまた光の中に輝いた。

 

 〇

 

「おりゃぁぁあ!」

 

 野球のバットでも持つかのように構えられた鷹宮の鎌は、振るわれるさなかにみるみる巨大化していく。

 

 木々を薙ぎ払いながら迫ってくる高層ビル並の大質量にライダーは笑いながらも歯を食いしばり、手綱を強く引く。

 

「ブケファラス、頼む!」

 

 ブケファラスは足を突っ張って急ブレーキをかけると、勢いよく空へと飛びあがった。

 

 間一髪で鎌の一線を乗り越えたブケファラスは雷を足に纏わせ未だに下方を通過しつつある巨大な鎌すれすれに空を疾駆する。と、ライダーたちの正面にでびるの黄色い瞳が浮かび上がった。

 

「チャイカ!」

 

「任せろ!」

 

 チャイカはマントの下で組み立てた小銃を取り出した。

 

「体を借りるぞ」

 

「オッケー!」

 

 少し前傾気味になったチャイカは銃前方の握りの部分をライダーの肩当てに押し付ける。ライダーの体は華奢に見えるがチャイカが強引に体重を預けても全くぶれることがなかった。

 

 また、ライダーが気を使っているのか、はたまたブケファラスが空を駆けているためか、揺れもほとんど感じられない。チャイカは安心感の中で前方のでびるに照準をつける。

 

「ファイアッ!」 

 

 チャイカが叫ぶのと同時にライダーが楽しげに復唱する。連続する重たい銃声が夜空に鳴り響いた。でびるは顔をしかめると魔術の防壁を自身に張り巡らせる。夜空を切り裂く弾丸は一瞬の高音と共に防壁を上滑りしていく。

 

 ライダーたちは高度を上げてでびるとすれ違う。距離が離れすぎないように旋回し、こちらを見上げるでびると鷹宮を見下ろした。

 

「この離れた距離、どうやって縮めようか」

 

 とライダーはワクワクした素振りで呟く。

 

 一方で小銃を肩に抱えたチャイカはなんてことないような口調で言った。

 

「これ、勝てるのか?」

 

 その質問にライダーは多少白けたようだったが、少し笑みを含んだ表情で答えた。

 

「勝てるよ」

 

「じゃあいいさ」

 

チャイカがあっけなく引いたのを意外そうにしながらも、ライダーは嬉しそうに笑った。

 

「距離を詰めたい。威嚇射撃ってやつをお願い」

 

「心得た」

 

 チャイカはライダーの肩に預けていた銃を引き上げると、体を開いて今度は自身の肩や脇腹など、体の側面をライダーの背中に預けた状態で狙いをつける。

 

 折よく、でびるは鷹宮と合流してお互い至近距離にいる。

 当たりゃしないだろうが、好都合だぜ。とチャイカはニヒルに笑って引き金を引く。

 

 でびリオンの上空を旋回し流線を描くライダーたちの軌道から煌めくような光の線が降り注ぐ。でびリオンの二人は魔術防壁で防ぎながら旋回するライダーたちを見上げている。

 

 様子を窺っているのか? 素早く弾倉を取り換え、弾丸をばら撒きながらもチャイカの意識は狙いより敵の観察の方に向かっていく。

 

 こちらを見上げながらも鷹宮が手のひらを掲げる。そこには色鮮やかな石の欠片が散らばっている。でびるが目を落とすと、石の欠片は鷹宮の手を離れて魔術防壁の内壁に到達する。

 

 防壁が柔らかに波打つ。その上に幾つもの魔法陣が浮かび上がった。

 

「反撃がくるぞ! 気をつけろ!」

 

 チャイカが叫ぶ。

 

「了解!」

 

 明るい声音でライダーが応え、ブケファラスの走りは下の敵に対し、少し角度をつけるような軌道を取りはじめる。

 

 鷹宮とでびるが同時に手をあげた。鷹宮はぴんと人差し指を立てて。でびるは僅かに開いた手のひらから爪を上向けにして。

 

 チャイカは目を細める。二人の口許が何やら動いていた。

 

 魔術防壁の魔法陣から光に包まれた球体がふわりと湧き出でる。球体はそれぞれが生きているかのように乱雑な軌道でライダーたちに向かって浮上する。

 

 さらに防壁の上で魔法陣が回る。どこか現実感のない鈍い音が空気を震わせるほどに大きくなり、そして、ライダーたちに向け一筋のどす黒い色をした光線が放たれた。

 

「きたね!」

 

 ライダーが手綱で合図するとブケファラスの走行が軌道を変える。ライダーたちは回り込むようにして光線を躱した。

 

 敵の防壁の上では幾つもの魔法陣が浮かび上がってくるくると回転し、次々と黒の光線がライダーに向け発射される。

 

 ブケファラスはスピードを殺さないよう少しずつ走る軌道を変えながら光線を外していく。

 

 上下左右を掠めるように通過する光線、スピードを上げる黒馬にチャイカは目を見開いたまま呆然としてしまうが、虫のように群がり始めた白い光を見て我に返る。

 

「白いのはなるべく俺が撃ち堕とす、お前は黒いのに集中するんだ!」

 

「助かるよ」

 

 短く応答するライダーに頷き、チャイカは小銃を振り回すように乱射する。チャイカの銃弾は白い光を次々と貫き、貫かれた光は一際まばゆい光を放って消えていく。

 

 夜空が白く、白く瞬き照らされる。意外とやれるな、とチャイカが困惑気味に思ったとき、ライダーが言った。

 

「思ったよりやるじゃないか」

 

「おう、俺自身驚いてるよ。しかし奴らがっぁっ⁉」

 

「チャイカ⁉」

 

「っぶねー……舌噛みそうになったわ」

 

「もう、気を抜かないでよね」

 

 ちらと振り返ってライダーが笑う。その間にもブケファラスは縦横無尽に空を駆けて光線を躱す。赤毛の髪が風に吹き荒らされていても、ライダーの何でもない笑みはしっかりとチャイカに伝わっていた。

 

「って、言ってるそばから! でかいのが来るぞ!」

 

 チャイカが言うや否や周囲一帯が明るくなる。でびリオンの頭上、魔術防壁に浮かび上がった魔法陣から炎がこんこんと湧き出し、巨大な火球が生まれつつあった。

 

「太陽、みたいだなぁ」

 

 とチャイカが呟く。口許で笑みを浮かべながらもその目は険しく、ライダーが言葉を接ぐ。

 

「やっぱしセイバー相手に出し惜しみしてたね。密度がなきゃ大きくしても仕方ないんだろうけど、僕らにはキツい」

 

「え、それどうするの?」

 

 不安そうに尋ねたチャイカにライダーはニコッと笑いかけた。

 

「チャイカ、暑いのは平気かい?」

 

 ライダーの笑みに全てを察したチャイカが口をパクパクさせて言う。

 

「い、嫌だ! そんな、だって……滅茶苦茶だよお⁉」

 

「うん。気持ちはわかる。でもあれは突っ切る」

 

 既に答えが決まっているらしい、ライダーの言葉にチャイカの表情は真っ白になって動かなくなった。にもかかわらずライダーはさらに付け足した。

 

「たぶんあれを突っ切った先で鎌が待ち構えてる」

 

「じゃ、じゃあさ、もっと慎重に行った方が……」

 

 ライダーは自信に満ちた目でチャイカの口をつぐませた。

 

「相手の予測を上回る速さで懐まで突っ込んで斬る! ね、シンプルでしょ?」

 

「あー。いやぁ、もうねぇ、うん……全て委ねる。だって信じてるから」

 

 ライダーはチャイカに微笑むと、自分やチャイカに言い聞かせるように言った。

 

「セイバー相手に躊躇ってた攻撃なんだ。僕にだって通じない。通じてたまるものか! ねえ、そうでしょチャイカ!」

 

「え、ああ、そうだぁ⁉︎ 然り! 然り! お前が無敵、お前が一番だ!」

 

「よく言ってくれたね、じゃあ行こう!」

 

 ライダーが手綱で合図を出すと、大きな軌道で旋回していたブケファラスが、円の中心、その下の鷹宮とでびるに向けて軌道を取り直す。

 

 周囲を浮遊していた白い球体を銃撃し続けていたチャイカにライダーは落ち着いた調子で言う。

 

「チャイカ、後ろと側面は早さで逃げ切る。前だけお願い」

 

「了解。わかった」

 

 チャイカは再びライダーの肩から銃口を覗かせ、眼前に待ち構えていた白の球体たちを撃ち堕としていく。

 

 そして、鷹宮リオンとでびでび・でびるの頭上より、巨大な炎弾が放たれた。

 

「暗雲よ、雷よ、父よ、見るがいい……!」

 

 呟くような静けさで、しかし力強くライダーは言う。

 

始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)……!』

 

 黒馬のいななきと共に周囲に浮いていた白い球体は消し飛んだ。特大な雷を纏ったブケファラスは四肢で力強く宙を蹴り、一直線に炎弾に向けて急降下していく。

 

 ぶつかる直前、目を瞑ったチャイカは顔の前面に帯びる熱と燃え盛る炎の音に恐怖を覚えながらも、うっすらと細目で前を確認する。

 

 見えるのは己よりも小さくたくましい背中だ。これ以上ないほど強く未来を目指す力強い意思。その意思に応えたブケファラスの強靭な駆動は特大の炎をあっけなく割っていった。

 

「抜けるよ! 気を付けて!」

 

 ライダーの檄が飛ぶ。チャイカは銃を撃てるよう形を作りながらも広い範囲が見えるように少し顔を浮かす。そうして炎を抜けた先で、チャイカは、そしてライダーもまた、時が止まったような錯覚に陥った。

 

 鷹宮リオンの手元に鎌がない。いや、その手に柄は握られている。それがずっと伸びていて、遥か高く、チャイカとライダーの背後にまで伸びているようだった。

 

 もう振って、空ぶったのか? とチャイカが漠然と思考をめぐらせ始めたとき、ライダーは既に動き出していた。鷹宮リオンは悪戯が上手くいった子供のような、あるいは悪魔のような笑みを浮かべていた。

 

「チャイカ、頭を下げて!」

 

「なんだ、何を⁉︎」

 

 ライダーが振り返ってチャイカを押し倒そうとするが、巨大化した鎌が急激に縮み始める。柄がしゅるしゅると縮み、二人の背後に位置していた鎌の刃が縮小しながら二人の首目がけてまっすぐに降りてくる!

 

 ライダーの意を汲んだブケファラスが自らの体を倒そうとするが、それでも遅すぎると、ライダーはそう思っていた。

 

 鎌は鷹宮の元に戻った。ライダーは地面に衝突しそうになりながらもなんとか安定を取り戻し、再び宙を駆けるが高くには上がらず、木々のすぐ上を飛んでいた。

 

 ライダーは無言だった。無言で合図を出して森に降りると一応は敵から見えない位置で馬を止め、自らも降りる。

 

「なんだよ……どうしたんだよ、おい?」

 

 ブケファラスに乗ったままのチャイカは困惑するが、無言の促しに負けて馬の背から降りた。

 

「チャイカはなんともない? 大丈夫だね?」

 

 作ったような笑みを浮かべてライダーが尋ねる。

 

「ああ、なんともない。ヤバいと思ったが、外したみたいだな」

 

「うん……そうみたいだ」

 

 ライダーはうつむきがちに言うと、チャイカに背を向けた。

 

「ごめん、わるいけど」

 

 そう前置きして、ライダーは馬に向かい、垂れた手綱を取って言う。

 

「ここからは、僕一人で戦おうかな」

 

「はぁっ、いや、なんでだよ⁉」

 

 ライダーの急変に声をあげるチャイカ。ライダーはどこか煮え切らないように言う。

 

「うん、だからごめんね。僕もこんなつもりじゃなかった。でも、わかったんだよ。あの二人と全力で戦うなら、チャイカと一緒じゃ駄目なんだって」

 

 全力で戦う、と言いながらも、憔悴と諦めと、そして僅かに拗ねた様子のライダーに対し、チャイカは愕然とする。

 

「そうか、俺じゃあ駄目だってわけだ」

 

「うん。ううん。僕が駄目だったのかも」

 

「……なんだと」

 

 あまりにも、花畑チャイカの中でその言葉はライダーに相応しくなかった。チャイカは大変な事が起きているのだと理解する。

 

「なんとなくだがわかった。要は俺が弱いからってわけじゃないんだな?」

 

「うん、その通り」

 

「理由は言えねえんだ」

 

「察しがよくて助かる」

 

 チャイカはぽっかりと口を開けた状態で頭上の夜空を仰ぐ。チャイカなりに状況を受け入れて気分を転換しようと努力しているのだろう、それをわかっているからライダーも何も言わない。

 

 チャイカは固く目を閉ざすと、ライダーに顔を向けて言う。

 

「いいさ。お前がそうしたいならそうするがいいさ! だがなぁ!」

 

 チャイカの言葉から確かに漂い出した緊張感を感じ取り、ライダーは表情を引き締めて言う。

 

「なんだい?」

 

「俺ぁはまだ認めねえからな。お前は俺たちの王なんかじゃない」

 

「ああ、そう……」

 

 ライダーは苦笑しながらもチャイカを見ていられなくなり視線を逃そうとする。その瞬間、チャイカが声を張り上げた。

 

「こっちを見ろ!」

 

 ライダーは目を見開き、チャイカを見つめる。

 

「お前は俺たちの大切な仲間だ! それぞれの願いのために協力してる。それなりに打ち解けたし、友だちと言ってもいいかもしれねえな……そんで、それはこの戦いで負けようがもう変わらねえよ」

 

 ライダーは仄かに笑う。少しだけ明るくなったものの、あからさまに喜びはせず、次にくる言葉を静かに待つ。チャイカは続ける。

 

「お前はまだ、俺たちの王じゃない。この戦いに勝って、約束の世界征服に乗り出すまで……俺は、お前を王とは認めない」

 

「ふーん、そっか」

 

 素っ気ない態度を装うライダー。チャイカもまた胸の前に持ってきた人差し指へ視線を下ろした。

 

「ああ、お前が勝って、王になったなら……」

 

 そして、チャイカは人差し指をライダーに向けて言った。

 

「そのときこそ、俺たちもお前の見る夢を一緒に見てやろう」

 

 ライダーは軽やかに目を閉じ、少し頭を傾けて耳の後ろに手を当てると、チャイカをその大きな瞳で見据えて言う。

 

「言ったね、チャイカ」

 

「ああ、言った」

 

 とチャイカは短く答える。ライダーはそんなチャイカに満足したように笑みを浮かべる。

 

「その言葉、覚えておいてよ」

 

 そして、ライダーは相棒の黒馬に向かう。

 

「じゃあね、チャイカ」

 

「ああ、応援してるぜ……と、これも持っていけ」

 

 ライダーが振り返ると、差し出されていたのはチャイカの手の甲だった。手の甲に刻まれた令呪が赤く輝き出す。

 

「令呪を持って命ずる! ライダーアレクサンドロス三世、この戦いに勝利し、俺たちの王になるのだ!」

 

 令呪が鮮烈な赤い光を放って消える。消えてから、チャイカは付け足した。

 

「そんで連れてってくれよ。俺たちを。お前の望む未来に」

 

 ライダーは少しはにかんで言った。

 

「チャイカ、ありがとう」

 

 ライダーはブケファラスにまたがると、馬を発進させた。

 

―――

 

 ライダーは馬で駆けながら、自分の耳の後ろに手をやった。襟足を巻き込むように撫でつけ、その手をじっと見下ろす。手のひらには血が付着していた。

 

 ライダーの頭の中では鷹宮リオンの声が響いている。チャイカと話をする前から、もうずっと。

 

 みんなを、動画配信者にするっ!

 

 ふふん、そうでしょ! 絶対楽しいって!

 

「みんな、みんなかぁ」

 

 いつかに見た配信の光景、確かに楽しそうではあった。それがみんなでとなると、どうなるんだろう。チャイカに椎名、夜見……きっとほかにもたくさん、愉快なメンツが鷹宮リオンの言うみんななのだろう。ああ、やっぱり、楽しそうに思えてならない……。

 

 ライダーはぐっと血の付いた手を握り込むと、通りすがりの木の一本に向けて拳を叩きつけた。ライダーは拳を開き、手をぶらぶらとさせ再び手綱を握る。ライダーは頭上を仰いで言った。

 

「くそっ、やっぱり悔しいな。ぼくだけ仲間外れだなんて!」

 

 耳から流れてくる血を再び拭い、ライダーは吠えるようにいった。

 

「いいさ、僕はみんなを臣下にしてこの世界を征服する! きっとみんな楽しんでくれる。いや、僕が楽しいものにしてみせる! これはもう、そういう戦いなんだ……ねえ、そうでしょ、鷹宮リオンさん、でびでび・でびる!」

 

 ライダーが馬を止める。それを見つめているのは鷹宮リオンとでびでび・でびるだった。二人は逡巡した後構えを取って言った。

 

「そーだよっ! わかんないけどでもそーだよっ!」

 

「かかってこい! 僕らを倒せばお前の言うとおりになる!」

 

 ライダーは口許で小さく二人への感謝を呟くと、剣を二人に向けた。

 

「じゃあ、行くからね!」

 

 ブケファラスが跳躍し、二人を踏み潰そうと空から踊りかかる。鷹宮は詠唱を繰り返して防壁を追加で張った。一方でびるはその姿を透明にして消え去った。

 

 ブケファラスの着地地点の防壁に魔法陣が浮かび上がる。あの黒い光線の魔術だろう。しかし、ライダーにためらいはなかった。ブケファラスの前脚が魔法陣を踏み砕く。ついで防壁にも(ひづめ)が突き刺さるが、破壊するには至らない。

 

「今!」

 

 ライダーの合図とともにブケファラスの蹄が雷を帯びる。柔らかな幕を突き破るようにして黒馬の体は防壁へと侵入した。

 

 強化魔術の施された体で鷹宮が飛び退き、ブケファラスの四肢は地面に衝突する。土煙の上がる中で、ライダーがちらと視線を巡らせる。宝石の欠片が周囲に撒かれていた。

 

 爆炎が噴き上がった。

 

 鷹宮は不安げな表情でそちらを見つめていたが、爆炎の煙より、炎よりも早く、土煙を突っ切って黒馬に乗ったライダーがこちらに駆けてくる。

 

 鷹宮は自分を奮い立たせるように強く笑みを浮かべ、鎌を振るった。

 

 黒馬が飛び上がってライダーは鎌を躱す。鷹宮を見下ろし着地位置を計算していたライダーだったが、突然背後を振り返った。

 

 禍々しい紫炎の魔術弾がライダーに向けて迫っていた。

 

「くっ!」

 

 ライダーはブケファラスの軌道を変更して炎弾を躱すものの、鷹宮から距離が離れる。ライダーが剣先をでびるに向けると、でびるはニヤニヤと笑って再び透明化、どこかへと消えてしまう。

 

 近づかれればわかる。他の魔術を使ってもわかる。けど、今はそれよりも……! 

 

 鷹宮は再び防壁を貼り、防壁上に数多の魔法陣を展開、光の球体は吹いて出て、黒い光線がライダー向けて次々と放たれる。

 

 先ほどと同じ展開、そして二人がそれを躊躇せずやってきたことに対してライダーは苦しい笑みを浮かべる。

 

 黒い光線をなんとか躱すが、包囲網を敷き始めているらしい、距離を取って漂う光の球体はいかんともしがたかった。

 

「チャイカがいてくれたらなぁ」

 

 自分で言って笑ってしまうライダーにでびるの炎弾が襲い掛かる。ライダーは思考を止めずに炎弾を切り伏せた。

 

 敵の狙いは明白だった。でびるの攻撃はタイミングこそ妙な遊び心があって面倒だが本気の火力というわけでもない。

 

 球体は雷を放出しさえすれば除去はできる。密度の高い黒い光線は厄介だが、ひとまずブケファラスで駆けていれば当たりはしないだろう。

 

 ……やっぱり鎌か。ライダーは常に鷹宮の些細な動きに気を配らなくてはいけなかった。安全圏からでも巨大化させて当たれば必殺になるあの攻撃。鷹宮リオンとでびでび・でびるは間違いなくあの鎌での決着を狙っている。

 

 それにしても……。

 

「きれいだ」

 

 とライダーは口に出す。夜空を無数の白い光が踊っている。今はまだライダーに向かってこないそれらの光は鷹宮リオンの指揮によって幾つもの層を形作り、渦を巻いている。上も下も、全てが動いていた。空全体が鷹宮リオンの手でかき混ぜられているようだ。

 

 恐らく、見せかけだけのフェイクがたくさんあるのだろう、その光の一つ一つを近くで見られるのならともかく、ここまで広く展開されるとライダーにも見抜けなかった。

 

「でも、わかっちゃうんだよね」

 

 ライダーは笑みを隠すように含み、ふふっと笑う。

 

「ブケファラス!」

 

 ライダーの合図で相棒の黒馬が雷を纏い、ゆるいカーブを描きながら鷹宮の方へと駆け降りる。世界がぐるりと回る。そう錯覚するほどに周囲に広がっていた白い光もまた一斉に動き出した。

 

 ライダーに押し寄せる白い球体は雷に当てられ、消滅の間際に一際強く発光する。ライダーの駆ける軌道は夜空の上に流星のような眩い光を描き出す。一方、ライダーの前方には鷹宮を守るように光の球体が集まって盾を作っていた。

 

「と見せかけて!」

 

 ライダーが手綱を引く。ブケファラスがいななき、急カーブを描いた。

 

 ライダーは一瞬背後を確認すると、見えた。鷹宮リオンの焦った表情。慌てて光をライダーの進行方向に集めようとするが、それこそ答えを言っているようなものだった。黒い光線は撃たない。いや、撃てないのだ。なぜなら、ライダーの進行方向には……。

 

「そこにいるんでしょ! でびでび・でびる!」

 

 ライダーの前方で急激に魔力を練り上げようとする気配があった。透明化の余力もなくし、炎弾を急ピッチで作り上げようとするでびるの姿が現れる。

 

「来んなっ! もう、まだ来ないでって!」

 

 でびるは喚きながらも手早く炎弾の魔力をまとめ上げ、ライダーに向かって放出する。黒々とした紫の炎、先ほどよりかは本気の一撃。だが、時間も集中力も足りていなかった。

 

 ライダーは剣に雷を纏わせると、短い気合と共に剣を振るった。それだけで炎弾は真っ二つになり、背後に爆発を置き去りにしてしまう。

 

 ライダーの剣はそのままでびるに迫った。

 

 でびるは両手を出して前面にだけ魔力を集中、なんとか防壁が出来上がったのを見てほっとしたのも束の間、ライダーの剣が防壁に衝突する。

 

 

 雷と防壁の魔力がぶつかり合い、暗い雷の輝きが周囲の光を巻き込みながら広がっていく。

 

 鷹宮リオンは空を見上げ、でびるの姿を探す。心の中ではパスを通じてでびるに呼び掛けてはいるのだが、返事はなかった。目を細めながらもじっと状況を窺い、すぐに魔術を射ち出せるよう魔法陣を用意していた。

 

 やがて、光の中に一点の影が濃くなっていく。煙をあげて落下するでびるだった。

 

「でび⁉」

 

 鷹宮は防壁の層を作って落下するでびるを保護しつつ、でびるの落下の速度を殺しながら、ついに自身の胸へと抱き寄せた。

 

「でび、あんた大丈夫⁉」

 

 呼び掛けられたでびるは薄目を開けて鷹宮を認めると、笑いかける。

 

「ばか小娘、まだ終わってないよ」

 

 その手は火傷と裂傷で血を流しながら上へ、空を指差した。

 

 言われて鷹宮もまた空を見上げる。夜空に穴が開いたように、無数の白い球体がぽっかりと無くなっている、その中心で、ライダーは不敵な笑みを浮かべて鷹宮を見下ろしていた。

 

 状況に圧されるようにして鷹宮は魔術防壁の強化に乗り出した。片手ででびるを抱えたまま、もう片方の手を掲げて、詠唱と魔法陣の構築を。

 

 でびるからのパスを通した身体・魔力の強化は続いている。けれど、どうすればいいかわからない。今までどちらかと言えば全力の遊び相手のようだったライダーがどんどん恐ろしい存在に思えてくる。

 

「やめてよ」

 

 鷹宮は細い悲鳴のような声で呟く。いくら魔力の量が増えたって、鷹宮一人では防壁の密度を高めるのに限界がある。術式の構築を一緒に手伝ってくれる相棒がいたからこそサーヴァントの突進を止められたのだ。

 

「もう、私から、取らないでっ……!」

 

 でびるを。これから続いていく楽しい時間を。

 

 鷹宮の伸ばした手は空回りするように幾つもの魔法陣を編んでは手放していく。密度を諦めた防壁は薄い層が虚しく増えていくばかりだった。

 

 恐れに駆られた鷹宮の手に伸びる悪魔の手。温かな血で濡れそぼった体毛は鷹宮の冷え切った指を優しく包み込んだ。

 

「でび」

 

 鷹宮はでびるを見下ろした。でびるはニシシ、と笑って言う。

 

「小娘、お前忘れてるよ」

 

「忘れてる? 何を」

 

 鷹宮の問いにでびるは朗らかに言った。

 

「ボクがサーヴァントで、お前はボクのマスターってこと」

 

「それ、どういう……」

 

 鷹宮が言いかけたとき、悪魔の爪が鷹宮の手の甲をくすぐった。

 

 鷹宮はハッとし、ゆっくりと自分の手を返した。

 

「令呪」

 

 表情を失くした鷹宮にでびるは言った。

 

「ボクに気を使って避けてただろ? 避けてたつもりすらなかったんじゃない? やっとだよ。お前、立派なマスターに憧れてたじゃんかよ」

 

「でも……」

 

 と優柔不断な鷹宮に対し語調は弱くもでびるは畳みかける。

 

「配信でさ、小娘言ったろ……でびリオンは最強なんだって」

 

 鷹宮の目から恐怖は無くならない。が、何かを決めたのが自分を抱く手から伝わり、でびるは一人笑って言葉を紡いだ。

 

「そうだよ、そんな魔術ぽっちじゃボクたちなんも変わんない。せっかくの聖杯戦争なんだ、最後まで遊びつくさないとだめだよ」

 

 鷹宮の手に刻まれた令呪が赤く発光する。

 

「令呪を以て命ずるっ!」

 

 でびるは聞いていた。防壁の内側に少し鼻にかかる少女の声が満ちていくのを。

 

「でびでび・でびる、限界まで力を振り絞って、自分を回復させて!」

 

「っておい。何考えてんだよ……」

 

 呆れるようにでびるが白んだ目を向ける。令呪が一画鷹宮の手から消え去ると、でびるの体の内から再び力が湧き出てくる。抵抗する意味もなく、でびるは自らの体を魔術で癒しにかかる。

 

「ふんっ!」

 

 とそっぽを向き、鷹宮は言った。

 

「自分だけ格好つけようったってそうはいかないから!」

 

 ふんっ、と鷹宮はもう一度鼻を鳴らし、再び令呪が発光する。

 

 吹いてくる風に金色の二つに伸びた髪をさらし、鷹宮は言った。

 

「令呪を以て命ずる。でび、防壁の強化手伝ってよ。それで勝と!」

 

 鷹宮がでびるを放すと、赤い光に包まれたでびるはその体を宙へと浮き上がらせる。でびるは真下の鷹宮を振り返って言った。

 

「あーあ。ボクの力全部を小娘が使ってればな。楽勝だったんだけどなー」

 

「それ、勝ってどうすんだよ」

 

 鷹宮があまりにも当たり前のように笑うので、でびるもまた笑うことになる。

 

「まあいいけど」

 

 とだけ言って。

 

 鷹宮は最後に残った令呪を見下ろすと、頭上の空を仰ぎ、ぴかんっ、と何かを思いついたような表情をする。でびるが訝しんでいると、鷹宮は唐突に令呪を掲げて言った。

 

「令呪を持って命ずる。でび、あんた迎撃もやってよ。偽物も含めて全部」

 

「おまっ、面倒なの全部ボクに押し付けっ、ちょっ逆らえねえ……⁉」

 

 でびるが滅茶苦茶抵抗しながらも頭上に手をかざす。二人の頭上を覆う防壁はみるみる厚みを増し、その向こうの空に瞬く白い球体たちが一斉に動き出した。

 

 

―――

 

 

 征服の最後は、蹂躙に変わる。戦いが暴力へと変わるのだ。相手がいくら弱っていても、我がものにならないのなら暴力をふるい続けるよりほかになく……。

 

 そんなもんかって、思ってたんだけど。

 

「ちょっと見くびってたかな」

 

 一度握りつぶせたと思った状況が燻るように動き出す。動きは勢いづいて大きくなり、今や自らの手から離れようとしている……ライダーは沈鬱な表情で見守っていた。

 

「ブケファラス、勝てるかな」

 

 ライダーの声は行き場を失う。ブケファラスの黒い瞳には星の光だけが瞬いている。ライダーは頷いた。

 

「そうだよね。やっぱしそんなこと言うのは無意味だ! 頭が勝手に結果を予想したところで僕らの足が止まるわけじゃない。僕が僕であるための選択肢はハナから一つだった! ね、ブケファラス」

 

 ライダーが強く手綱を握る。その緊張が伝わったのか、ブケファラスが興奮したように身を震わせた。

 

「じゃあ行くよ……3、2、1……突撃!」

 

 ブケファラスのいななきは空を引き裂くように伸びていく。それは鷹宮リオンとでびるの元にも届き、二人は肌を引っ掻く悪寒に襲われる。

 

「はい来てるよ来てるよー!」

 

「ああもう、やってるってば!」

 

 むむむっ……とでびるが両手を空に向け、空の光の球体をライダーに突撃させる。ライダーの前方からはでびリオンの盾になるべくひたすらぎゅうぎゅうに押し込まれた球体が、後方からは渦を巻くようにしてライダーを追いかける球体が迫っていた。ライダーの視線はただ一点、でびリオンに向かっている。

 

「ブケファラス、ここまでよく頑張ってくれた。だからあと一回、僕の我儘に付き合っておくれよ」

 

 ライダーはブケファラスの首筋を撫でながら相棒と同調するように強く呼吸を繰り返す。そして、目を見開いて宣言し、相棒の名を叫んだ。

 

「いずれ彼方へ至るために! 今こそ此処に、一歩を刻まん!『始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)』‼」

 

 宙を踏む蹄が雷鳴を呼び起こす。発生した雷はまるで磁力で引き寄せられているかのように枝分かれし、球体から球体へと伝いながら破裂させていく。

 

「ははっ!」

 

 ライダーは体中に火傷を負いながら光の中を突っ切ると、そのまま魔術防壁へ。

 

 ブケファラスが落下の加速もそのまま蹄を振り下ろし、同時にライダーもまた雷を降ろした剣を防壁に突き立てた。

 

 鷹宮の貼った外側の層の数枚が一瞬のうちに破壊され、次の壁も雷が纏わりつくように広がって全方面から一気に砕かれる。次も。その次も。

 

 鷹宮とでびるは顔を青くしている余裕もなかった。魔術防壁を支えるのに精いっぱいだったのだった。

 

 土壇場で鷹宮が叫ぶ。

 

「でび! ビーム出して、ビーム!」

 

「やってもいいけどっ、そっちに回したら割れるって!」

 

 二人を囲う防壁はあと三つ。その外側は嵐の雲の中の、雷光が踊り狂う地獄と化している。

 

「一瞬だけやっていい⁉」

 

 轟く雷鳴の中で鷹宮が叫ぶ。でびるも負けじと答えた。

 

「やめろ!」

 

「オッケー! やるからね!」

 

「や・め・ろ! やめろー!」

 

 でびるの悲鳴混じりの怒声も届かずに鷹宮はライダーの正面、一番内側の防壁の上に魔法陣を出現させる。その瞬間に防壁が一枚割れた。

 

「小娘ぇ! ばか! ばかー!」

 

「え、ありがとう?」

 

 なぜか頬を染める鷹宮にでびるは歯をがじがじと噛み合わせる。魔法陣は回転し、黒い光がキリキリと圧縮される。

 

 一方、ライダーは焦っていた。勢いそのままに倒しきるつもりで全力を出したのだ。反撃など冗談じゃない。

 

 無情にも魔法陣はくるくると回る。

 

「っ! はぁあああああああ!」

 

 ライダーは逡巡の末に前へと進むことを選んだ。ブケファラスもまた前脚を振り上げ、防壁に向けて蹄を叩きつける。それで防壁が一枚割れた。防壁は最後の一枚となり、魔法陣が露出する。今にも黒の光線を噴き出そうとしている魔法陣に向け、ブケファラスが蹄を振り下ろした。

 

 黒い密度のある光は放たれなかった。代わりに起こったのは爆風だ。黒く、指向性のある爆風。爆風がライダーを呑み込むと、周囲の雷は消え、辺りには無音が訪れた。

 

 鷹宮の手は一瞬鎌の持ち手を握り込むが、次には不安げに鎌に身を寄せた。

 

「これ、やっ……」

 

 言い切る前に、防壁にひびが入った。

 

 ギョッとした鷹宮がそちらに目を向けようとしたとき、鋭く突き入れられた剣が鷹宮の足元に突き刺さる。

 

「うげぇっ!」

 

 鷹宮は短い悲鳴と共にバランスを崩してしりもちをつく。でびるがすぐに剣と鷹宮の間に入って新しい防壁を展開しようとするが、何やら様子がおかしかった。

 

 やがて煙が晴れると、火傷を負ったライダーの姿が見えてくる。ライダーは防壁に突っ込んだらしい、ひびの入った隙間から半身を防壁の内側に突き入れた状態で固まっていた。

 

 その足は地についてはいるものの、体重は完全に防壁に預けられているようで、その目は力もなく鷹宮を見つめていた。

 

 つー、とライダーの頭部から血が流れた。よく見ると剣を持つ手にも血が流れている。

 

「うっ、あ……」

 

 ライダーが呻き、その目を周囲にめぐらした。

 

「ブケファラスは……?」

 

 ライダーの疑問に答えようと鷹宮とでびるは辺りを見回す。

 

「いないよ」

 

 と鷹宮が応えた。

 

「そっか」

 

 ライダーは半ば笑い、半ばため息のような声を漏らして鷹宮を見上げると、半ば、冗談めいた口調で言った。

 

「ったくもう……その鎌、使わないの?」

 

 鷹宮はあまりにも間の抜けた顔で自分が手に持っているものを見て「あ」と声を漏らす。

 

「忘れてたのかよ!」

「いや、だって……!」

 

 でびるのツッコミに鷹宮は言い訳を考えようとするが、すぐに諦めてしまう。鷹宮は鎌の持ち手をきゅっと握り締めて言った。

 

「でも、使わなくてよかったって思うよ」

 

 ライダーはじとっとした目で鷹宮を見つめるが、真剣に言ってるらしい鷹宮を見て毒気を抜かれたようで

 

「ははっ、なにそれ」

 

 とからりと笑った。鷹宮もでびるもその笑いに付き合うことはできず、ただ静かにライダーが一人で笑っただけだった。

 

「そう、か……そうなっちゃったか」

 

 ライダーは独り言のように呟く。次いで、躊躇うように声を震わせて言った。

 

「ねえ、一つだけ、聞いてもいい?」

 

「なぁに?」

 

「なんでも言えよ」

 

 二人の別々の言葉での肯定を聞いて再び笑うと、ライダーは言う。

 

「ねえ、僕との戦いは……楽しんでくれた……かな?」

 

 これに鷹宮とでびるは顔を見合わせると、同時にライダーの方に顔を向けて言った。

 

「もっちろん!」

 

「当り前だろ!」

 

 鷹宮は微笑みを、でびるは満面の笑みを、屈託もなくライダーに差し向ける。これにはもうお手上げとばかりにライダーも微笑んだ。

 

「そうか、じゃあもういいさ。うん、僕も楽しかった!」

 

 そうやって元気を振り絞るように言った後、ライダーの目は夢を見るように遠くへ向かう。その口調もまた……。

 

「二人とも、これからもっともっと、楽しいことが、たくさん起こると思うんだ。仲間がいて、一緒に遊んで、時には喧嘩して、さ。きっと君たちが君たちである限り……だから、ね。うん。どうかその全部を、全力で楽しんでほしいな」

 

 間を置いて、鷹宮が「ありがとね」と少し親したげな口調で言ったあと、一歩ライダーの方へ近づく。だが、もうライダーと目が合うことはなかった。鷹宮は何かに駆られるように言う。

 

「私たち、王様の分まで楽しむから……まあ、見ててよ」

 

 鷹宮の言葉にライダーは力なく笑った。

 

「あはは、それは無理だよ。だって、この世界が生まれてから、一番人生を楽しんだの、きっと僕だもん」

 

 笑いの後に、ライダーの呼吸が乱れた。激しく咳き込み、防壁にからめとられた上体が何度も跳ねる。

 

 ライダーは視線を上げ、鷹宮とでびるを見た。二人を見て言った。

 

「チャイカを、よろしくね」

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