焦げて固まった土をローファーが軽やかに踏んでいく。周囲の木々の枝葉は焼け落ち、一帯がなぎ倒されて出来た広場からは遠くの夜空までを一望できた。
鷹宮は肩に引っ提げた鎌をずらし、頭上を飛んでいるでびるを見た。改めて見ると羽根はパタパタ動いているが、羽根で飛んでいるわけではなさそうだ。身体の緩やかな上下動に合わせて長いしっぽがふよふよと漂っている。鷹宮はかすかに笑うと、誰にともなく呟いた。
「貯めてた宝石、なくなっちゃった」
言葉は星の浮かぶ空へと消えていく。その様を見届けるようにして空を見上げていた鷹宮は、もう一度口を開いて言う。
「終わったんだぁ」
その声が気の抜けたものだったからだろう、でびるの反応は遅れ、少し経ってからようやくでびるも気の抜けた声で返した。
「うん。終わったみたい」
「なぁんで勝ったんだろね、あたしら」
「わっかんね。小娘とボクなんかあっという間にやられて終わると思ってた」
「……まあ、私もだけどさ」
鷹宮の目は少し眠そうで、傷ついた体はまだ強張ったままだった。でびるが言った。
「みんな強かったよな、ボクら以外」
「うん、バカ強かった」
「小娘は誰か印象に残ってる奴はいるか?」
「えー、みんなだけど、誰かって言われるとー」
鷹宮は迷った末に言う。
「クレアさんとセイバー、かなあ」
「えー! ボクはライダーと……あとシスターかな」
「やっぱ殺されかけると記憶に残るよねー」
「んね」
二人はからからと笑いはしたものの、疲れが表情に滲んで長続きしなかった。
「みんな、どうしてるかな」
でびるが返事をしなかったので、鷹宮は続ける。
「緑さんとか、椎名とか。あとやっぱり、思い出せない人たちのことも気になるし」
キャスターが何かしたんじゃね、ってまとまりはしたけど……と小声で言いつつ鷹宮は懲りずに思い出そうとするのだが、結果は変わらない。もう少しで何か思いだせそうな気がするという予感だけを掴み、ほどほどのところで諦めるのだった。
「生きてるといいけど」
「そりゃあ、人間は生きてる方が楽しいからねぇ」
含むように笑うでびるだったが、それもさらりとしたものにとどまる。鷹宮は近づいてくる教会の屋根を見上げて言う。
「でび、さっきライダーにも言われてだけど、聖杯戦争、本当に楽しかった?」
「ああ? 何言ってんだ?」
でびるは改めて聞こうとする鷹宮を訝しんだが、次にはニシシ、と笑みをこぼして言った。
「お前に呼ばれてから楽しいことしかなかった! たっくさん面白いものが見れたし、ボクだって契約者たちに楽しんでもらえた手ごたえもある。配信も戦闘も、お前といてつまらない時間なんて欠片もなかったよ」
「そっか」
二人の足は止まった。
教会の門の前で、葛葉と叶が待ち構えていた。
「よお、さっきぶり」
葛葉が片手をあげてほほ笑む。鷹宮がほっと息をついていった。
「葛葉くん、生きてたんだ。よかった」
「そりゃもうぴんぴんしてるよ。そっちはどうよ?」
これにでびるが答えた。
「うむ。ぼくたちもぴんぴんしてるよー!」
「ははっ、悪魔が、嘘つくなよ」
軽く笑って流すと、改めて葛葉は二人の目を見て言った。
「二人とも聖杯戦争お疲れ。んで、おめでとう」
その後を叶が接いでいった。
「聖杯はこの奥に。聖杯戦争の勝者たるお二人には聖杯を使用する、その権利があります」
妙に他人行儀な叶に何かを聞きたそうにもじもじする鷹宮だったが、叶は目を瞑って教会の扉に手を掛けた。同時に葛葉も反対側の扉に手を掛けると、二人の背を押すように言った。
「じゃあ二人とも、叶えてこいよ。さっき言ってたバカみたいな願いを」
両開きの扉が音を立てて開く。鷹宮とでびるは扉をくぐった後で葛葉に馬鹿にされたことに気づき、反論しようとして振り向くが、教会の扉は閉じられた。しかたなく、二人は教会内に進み入ることになる。
冷たい風はもう吹かない。代わりに生温かな空気が二人の体を浸していく。教会内部は蝋燭が灯っていて明るかった。だから見えてしまう。黒い血管に侵された腸のように、ぶよぶよと教会の壁面を取り巻く肉の帯が。それらが教会中央で束になり、重さからしな垂れ、ぽたぽたと赤い滴を垂らすのが。
滴は落ちる。床に描かれた魔法陣の中心に、黄金に輝く小さな器、聖杯へと。
「趣味わる」
思わず口に出した鷹宮にでびるは失笑する。
蝋燭の灯りに照らされた肉の表面はつやつやと汗をかき、脈動して震えていた。それを見つめ、鷹宮はなぜだかむっとしてしまう。
「行こうよ小娘」
「うん」
二人は聖杯の元へと進む。赤い、聖杯に溜まった液体は、その色は深く、嫌悪感と同時に喉の渇きに訴えかける何かを宿していた。その鈍い水面で静かな波紋が行き交うのを見下ろし、鷹宮はどうでもよさそうに言う。
「で、これどうやって使うの?」
「聖杯でしょ? そんなもん願った瞬間に起動するよ。起動するはず、なんだけど」
でびるは鷹宮の足元に降り立つと、顔を近づけて聖杯を覗き込む。でびるがじっと水面を見つめていると、緩やかに立っていた波紋が消え、聖杯の内縁から液体が細かにさざ波立つ。でびるは再び顔をあげた。
「小娘、こいつ、僕たちの願いを嫌がってる」
「はぁ? いや、なんで?」
でびるはうんざりしたように答えた。
「こいつ、人の願いを使ってワンチャン人類ぶっ殺そうとか考えてるすっごい性格悪い奴でさ。僕たちの願いじゃ難しそうだからって拗ねてんの」
「まじか」
鷹宮は目を細め、気だるげに肩に担いでいた鎌を降ろすと、その先端を聖杯の上に掲げて言う。
「でび言ってやんな? あたしらの願いを叶えなきゃ人類より先にぶっ壊すぞって」
「脅すのかよ」
気が進まなそうにでびるは聖杯に向き合うと、聖杯をその黒い爪で軽く揺らす。
「お前の言うこと分かるよ。だからさ、自分で言ってみろよ。ボクも小娘がどう感じるか興味がある。うん、いいよ。へし折れるもんならへし折っちまえ」
「ちょっとでび、何を言って……」
言いかけて鷹宮はバッと顔を上げ、鎌を自身の体に引き寄せた。鷹宮の視線は聖杯の頭上を越え、教会の奥の壇上に注がれていた。
肉塊の絡みついた十字架の真下に誰か立っていた。黒い影を集めたように、その輪郭は曖昧に揺れながら。背丈は鷹宮の腰を越すくらいか、辛うじてわかる手足や体つきから少年だと鷹宮は判断した。少年は数歩前に進み出ると、壇上から一歩降り、その段差に腰掛ける。
「意味が分からない」
声変わりも済んでない少年の声が教会の空洞に響く。少年は緊張しているのか、膝の上で拳を固く握り締めると、笑いと嘆きの混じった声音で言った。
「おかしい、おかしいよ。どんな理不尽なんだ。みんな自分の正義を、夢を、希望を、理想を……みんな願って戦ってきたのに、なんでお前らみたいなのが勝っちゃうんだ」
「あ?」
鷹宮は鎌を巨大化させようと掲げたが、でびるにその手を抑えられて何とか堪えた。少年は続けて言う。
「シスター・クレアの願い、聞いたんだろ? クレアが勝ってれば人類は救済されたんだ。俺みたいな虐げられた人間だって、きっとみんな救われた。クレアの意思は本物だった。それを馬鹿みたいな願いで汚しやがって。恥ずかしくないのかよ……!」
鷹宮は少し濁った眼ででびるを見て言った。
「あたしこれ、説教されてる?」
「されてるよ。真面目に聞いてやれって」
悪魔に促され、しぶしぶ鷹宮は言った。
「恥ずかしくは思わないね。悪いとは思ってるけど」
少年は愕然としたそぶりで立ち上がった。
「悪いと思ってる? どこが? そんな態度には見えないよ。それでなんだって、みんなで楽しくやりたいって、嘘だろ⁉ 悲劇は世界中で起こってる、救いを求めたって誰にも助けてもらえない、今まさに一人で死んでく奴だっているのに、それを救う力が今ここにあるって言うのに……みんなで楽しく? 冗談じゃない。俺はこんなことのために聖杯の器になったんじゃない!」
その言葉で初めて鷹宮は少年が器であることを知った。鷹宮は少年が現実に生きていた人間であったこと、そして、恐らくは救われなかった子どもであったことを察し、自分でも気づかず後ずさっていた。
少年はそれを見て取ると歩き出した。教会の壇の手前からはける様に。鷹宮を横目に教会の脇へと。
鷹宮は喉を震わせながらも言う。
「でも、私はみんなで楽しくやりたい、し……そうじゃないと私は私を肯定できない。あなたは、違うの?」
少年は側廊に入り、その身が柱の陰に隠れた。
「違わないさ」
そう答えた声は少年のものではなく、男性の、王をも思わせる力の乗った声だった。
柱の影から出てきたのは黒い影のような衣装を纏うサーヴァント、バーサーカー、ヴラド・ツェペシュだった。ヴラドの足音は薄暗い教会に鋭く響き、鷹宮の身をすくませる。蝋燭の光に照らされた切れ長の目が、鷹宮に向けられた。
「貴様の言うとおりだ。余は余の生涯を取り戻すために戦った。そう、肯定するために。だが負けた。届かなかった。そんな負け犬たる余を、貴様はなんと見る? どんな言葉で慰めてくれるというのだ?」
鷹宮の瞳が揺れる。なんとか答えようと息を吸い、口を開く。
「それは……」
だが、言葉は続かなかった。
ヴラドは勝ち誇るようにほほ笑むと、再びその身を柱の影に隠す。今度柱から出てきたのは青いスーツを身に纏うイギリス風の男性、アーチャー、二コラ・テスラだった。
「理解しあえる友がいるのはいい。ああ、羨ましい限りだとも。そんな君たちであるならば、孤高の天才と虚勢を張り、ホテルで孤独死した遺体として見つかる……私の生涯も肯定してくれるのかな? なあ、鷹宮くん。こちらを見たまえよ」
テスラの言葉で自分が目を逸らしていたことを意識させられ、反射的に鷹宮はテスラの方へ目を向け、そしてうっ、と唸った。
まっすぐにこちらを見てくる高身の紳士の、そのぎらつくような瞳と風采は、切実に鷹宮に何かを要求している。傲慢な態度とは反対に、切実な何かを求めているのは明らかだというのに、鷹宮には彼に差し出してやれるものがなかった。
テスラがさらに柱を通り過ぎたとき、その姿はゴシックドレスを纏う白髪の女の子の姿になっていた。女の子は自分の体ほどの大きな本を片手に大事そうに抱いている。キャスター、ナーサリー・ライム。ナーサリーは涙を流して叫んだ。
「私は無理だよ! 耐えられない、だからお願い、私たちを置いていかないで!」
教会の淀んだ空気を切り裂くようなナーサリーの叫びは鷹宮の心を強く打った。鷹宮は俯いて言う。
「ごめん、ごめんなさい」
非難しているのだろうか、ナーサリーは手元の本を強く抱き、水晶のような瞳を鷹宮から逸らさない。鷹宮は俯いたまま言った。
「バーサーカーとはあまり話せなかったけど、葛葉くんから聞いてるよ。私たちの配信、見てくれてたって」
「それがなんなの?」
底冷えするような怒りを滲ませたナーサリーの声に鷹宮は自嘲する。
「認めてもらえたみたいで嬉しかったんだよね。偉大な王様に見てもらえるなんて思ってなかったから」
鷹宮は柱の傍らに立つナーサリーを窺うように、目を付して語り掛けた。
「調べたんだ、王様のこと。残酷で、怖かったのは本当だけど、それを心強く感じた人たちもたくさんいたって。私もそうだったよ? 実際に守られた人たちと比べたらそんなの、細くてどうってことない、小さなものだけど……私は繋がりを感じてた」
ナーサリーは口をつぐみ、言葉の意図を探るようにその表情を険しくする。
「二コラ・テスラだよね? しっかり調べられたわけじゃないけど、あなたがいなかったら私たち、配信できてなかったんでしょ? 感謝してもしきれないし、どうやって伝えたらいいのかもさっぱりで」
「違う」
ナーサリーの口からテスラの声が言う。
「私がいなくてもいずれ誰かが至っていた」
「卑屈なんだ」
意外そうに目を向けた鷹宮にナーサリーは極まりが悪そうにする。
「でも実際さ、あなたが作ったものの上にみんな作ったよ。あたしたちの繋がりだって、あなたの上にあるんだよ?」
ぽかんと口を開け、目を丸くするナーサリー・ライム。ナーサリーの元に鷹宮が一歩踏み出した。今度後ずさるのはナーサリーの番だった。
「よーやく思い出した。どうして忘れてたんだろ。今回あなたとあなたのマスター、最悪だった。たぶん最強だったんじゃない? あたしだけじゃない、あなたたちの行動でみんなが滅茶苦茶になってた。そのとんでもない強さだって、あなたの持ってる夢の力じゃない。あたしたちの内側に今もある……」
そこで耐え切れず、ナーサリーが嗚咽を漏らした。ナーサリーは膝をつき、顔に手を当てて泣いていた。鷹宮はそこからさらに歩み寄ると、ナーサリーの黒い帽子の乗っかった頭に手を置き、少し声を軽くして言う。
「それに守ってももらっちゃったしね。マスターにいたっては配信見てくれてるって言ってくれたし。我がままだけど、貴方に泣かれるとすっごく……」
ナーサリーが鷹宮の手を振り払うと、泣きじゃくりながら柱の奥へと消えていった。遺された鷹宮はきゅっと鎌を握り直すと、聖杯の方に顔を向けて言った。
「ごめんね、ほんと。私の言葉、あなたたちの人生の重さに比べたら全然軽いよね」
「煮え切らぬ」
老齢の男の声。中華服を着た老人が柱に背中を預けて立っていた。アサシン、李書文だった。
「いったい何を考えている?」
「何を考えてるって、そんな」
「なぜ無理に優しく振舞う? 罪悪感か?」
違う、とは言えなかった。李書文は怒りで剥き出しにした歯を食いしばると、一瞬腰を落とし、吠え立てた。
「そうした貴様の態度こそが、我々を惨めな立場に追いやるのだと知るがいい!」
李書文が鷹宮に猛進する。突き出された拳は鷹宮の頬を掠めた。鷹宮は呼吸を乱し、遅れて顔の横に伸びた拳に目をやる。が、それは拳ではなかった。
黄金の、剣……?
剣がすっと引かれる。鷹宮が視線を前に戻したとき、そこにいたのはセイバー、アルトリアだった。
「あなたは我が救国の願いを退けましたね。なればこそ、進まなくては。進まないといけないはずだ」
と、アルトリアは鷹宮の持つ鎌に目をやって言う。
「それで私を斬って捨ててください。おわかりですね、あなたは勝者なのだから。さあ、今一度構えて」
アルトリアは優しく微笑みかけながらも目の前に転がる臓物を踏み潰し、鷹宮の眼前に聖剣を突き立てる。対して鷹宮は鎌を持つ手を震わせるが、それでも構えることはなかった。
鷹宮の眼前の聖剣が、小ぶりの片手剣に変化していた。ライダー、アレキサンダーが剣を構え言った。
「斬るんだ、今度こそ!」
アレキサンダーの剣が鷹宮の額めがけて突き出された。鷹宮はそれでも動かず、ぎゅっと目を瞑る。
アレキサンダーの剣は魔法陣に防がれていた。アレキサンダーの目は聖杯の傍らにいるでびるに向かう。
「へし折れ、って言ったよね」
でびるはのんびりと漂うように近づいてくると、二人の間に割り込み、鷹宮の前へ……アレキサンダーに立ちふさがるように浮き上がった。
「そうは言ったけど、別に手出ししないなんて言ってないでしょ?」
「ははっ、違いない!」
アレキサンダーは笑って剣を床に突き刺すと、その表情を失う。皮膚が黒ずんでいき、やがて服までもが影に覆われていくと、元の少年の姿に戻っていた。少年はその場にしゃがみ込み、頭を掻きむしりながら怒りをあらわにする。
「なんだよ、なんで俺の邪魔するんだよ! 俺は正義の味方になりたかっただけなのに! クレアの願いで皆を救うはずだったんだ! それで俺の、なんの報いもない人生は救われるはずだったんだよ! なのにこんな……!」
「ねえ」
鷹宮が呼び掛ける。だが、少年の影は悪魔を睨みつけた。
「悪魔。お前はこいつの何を見たかったんだ」
でびるはうーん、と今考えたように言う。
「ボクはさ、小娘がお前のことなんか面倒に思うだけで、相手にもしないところが見たいと思ったんだよね。でも忘れてたわ。小娘はボクと違って悪魔じゃなかった。調子に乗って滅茶苦茶やる以外では普通のバカな小娘だったんだ」
「なに、やるっていうの⁉ 今ここで?」
でびるの背後から無視しづらい声があがったものの、それをでびるは無視する。
「それともう一つだけ、大事なことを忘れてた」
でびるは周囲の気配を探ると、自分を素通りして鷹宮を取り込もうとしていた影を魔法陣で遮り、防ぎ切った。
「これでもボクたち仲間だったわ。こいつが苦しんでるのを見るの、ボクもつれえ」
くそ! そう吐き捨てると、少年は自らの顔を覆い、足をふらつかせて柱にもたれかかる。少年はゆっくりと顔から手を離す。影が割れて手のひらの上に剥げ落ち、理知的な黒い目を持つ少年の顔が露になっていた。少年はその目を見開きながら独り言のように呟いていた。
「俺はアンリマユ、この世全ての悪なんだ……だからお前らは俺を斬らなきゃいけないんだ……」
「哀れだねえ」
少年に悪魔が笑いかける。
「さっきと言ってること真逆じゃん。仮初めの人格で無茶するからそんなんなっちゃうんだって」
「そうだ! 俺が悪なら斬られることが正しいんだ! 俺はまだ正義の味方になれる、そうだ、そうだよ!」
でびるの言葉は届いていないようで、少年は手のひらに落ちた自らの影に向けて喋っている。でびるはパタパタと翼を動かして振り返った。
「んで、小娘斬るの?」
鷹宮は即答する。
「ぜーったい、斬らない!」
顔を上げた少年が鷹宮を見つめた。その顔が怒りに歪んでいく。少年は叫んだ。
「斬れええええ!」
叫んでいる最中に少年の姿はランサー、ロムルスに変化していった。咆哮するロムルスの足元から樹木が湧き、溢れ出てくる。樹木は押し流すような勢いで二人に向かってくるが、その実体はロムルスから少し離れただけで内臓や筋肉、骨の混じった肉塊へと変化し、でびるの張った魔術防壁の前に柔らかに叩きつけられては二人の背後へと流れていく。
あとに残ったのは血と肉にまみれた教会と、少年のか細い嗚咽だけだった。
「斬れよ、斬れよ……」
「やだね!」
なおもいいのける鷹宮。少年の顔からさらに影が剥げた。少年は突然喉の痙攣を止めて立ち上がると、鷹宮に向けて言う。
「いいさ。今回は俺の負けだよ。初めから負けだったんだ。願いなんか勝手に叶えればいい。けど忘れるなよ。お前は俺に罪悪感を抱いただろう?」
少年は手のひらで受け止めていた影を、露出していた顔の上に広げるように塗りたくる。均されていない影が乱雑に少年の顔にべったりと付着していく。少年は鷹宮を見上げながら、唇の端を釣り上げていった。
「俺はその場所で、永遠に生き続ける」
鷹宮と視線を躱し、確信を得て、少年は声をあげて笑った。鷹宮が少年から目を離せなくなってるのを良いことに、鷹宮を指さして激しく笑い立て始めた。
「で、どーすんの? 叶える? 願い」
でびるの言葉が無ければ鷹宮はずっと少年に笑われ続けていただろう。鷹宮は踵を返し、聖杯の方を向いた。
「そうね」
そっけなく言って、聖杯の方へと進み、立ち止る。背後で少年の笑い声は続いていたが、ひとまず鷹宮が今相手にすべきは眼下にある小さな杯だった。
「触ればいい?」
「うんそう。触ってみて」
鷹宮は聖杯に手を伸ばす。伸ばそうとしたのだが、その手は止まった。
静止した教会に、少年の笑い声。少年の呼吸。周囲のどろどろとしたものの連なりは少年の声とリンクするように収縮する。
「ごめん、やっぱ無理」
鷹宮は聖杯から手を引いた。
「このままじゃ楽しくない」
鷹宮は再び踵を返した。臓腑から血が滴る教会の床を力強く踏み抜き、再び少年の前に立った。少年は鷹宮を見もせず笑い続けていた。鷹宮はそんな少年に向けて呼び掛けた。
「あのさ」
少年は相変わらず笑い続けるが、鷹宮が差し出したものを見て笑いを引っ込めた。
「なにしてる……? お前、そんなものまで持って……」
鷹宮の手の上には小さな卵があった。
「これが私のとこにあるのは色んな人との巡り合わせみたいなもんだけどね」
鷹宮がその卵を見る目にはどこか後ろめたいものがあった。けれどそれはもう、通り過ぎた場所への後ろめたさだった。
「あなたの求めた方法じゃないのはわかってるし、相変わらず私は汚れる気なんてないんだけど、でも、あなたが望むなら……こういう足掻き方だってあるでしょ?」
卵は少し色褪せたように見えて、周囲の蝋燭の光や血の色をその殻の表面に映している。卵もまた、少年の鼓動とリンクし始めていたのだ。
「誰だって、何度だって生まれ変われる、なんて。虫のいいこと言いたくないんだけどさ。これをあなたに渡せるのも巡り合わせみたいなもんなのかな」
絶句する少年をよそに、鷹宮は少し恥ずかしそうに笑うと、その笑みを鋭くして少年に差し向け、言った。
「あれだけ私に言ったんだから、望まないわけないわよね?」
「やめろ、それを俺に近づけるな!」
少年はとうとう取り乱し、後ろに倒れ込んだ。床を流れる血に塗れてなお、少年は這いずるように鷹宮から距離を取ろうとした。そんな少年に、鷹宮が絶望的な言葉を放とうとする。
「ちょうどこの中は空になってるし、あたしらの願いの叶った先で、あなたが生まれ直すのを手伝ったげる」
だからさぁ、と鷹宮は、血に半身を浸した少年に向け、卵を持った手を差し伸べた。
「あなたも一緒に行かない?」
鷹宮リオンの言葉はやがて消え、教会に血の流れる音が満ちていく。少年は当然のように耳を疑っており、でびでび・でびるですら目を丸くしていた。鷹宮は何も言わず、手を差し伸べた状態で相手の反応を待っている。
その沈黙はどれだけ続いたか。少年は表情を引き攣らせ笑い声をあげようとするが、その声は調子を外していた。
「ふははは、はは……何を言うかと思えば。無理なんだよ。そもそもここにいる俺は聖杯に記録された人格、本体はもう死んでるんだよ」
「私と話したいと思ったんじゃないの? 私を傷つけたいとか、人類ぶっ殺したいとか、そういう感情はあなたのものだって思ったんだけど。色んな姿でいろんな言葉をくれて、それでもあなたは私と話をしてたんじゃん」
少年は一瞬感情を高ぶらせるように肩をいからせるが、すぐにしぼんでそっぽを向いた。
「何を言おうが無駄なんだよ。冗談でお前らと一緒に行きたいって言ったって行けやしない」
「私たちと行きたいんだ」
「行きたくないね」
「よっし!」
鷹宮の何かを決めたような態度に少年は嫌な予感を覚えるが、もう遅かった。
「じゃああんた私たちの仲間だから。よろしくね」
「……は?」
少年が声を漏らすのも束の間、鷹宮が鎌を振るった。何も掴めていないまま、少年は斬られたと気づいた。そして、真っ二つになっているはずの体に手を当て、斬られなかったことに気づいた。
鷹宮もまたその様を見て満足げに笑うと、背後を振り返って聖杯の位置を確認し、少年に悪魔のような笑みを向けた。少年は鷹宮の意図を察した。
「やめろ馬鹿が! ふざけるな、そんなこと、許されるわけないだろ!」
鷹宮が走り出すのと同時に少年も走り出す。パシャパシャと水溜まりを踏み抜く二つの足音が教会を駆けていく。少年が鷹宮に追いつきその背中に手を掛けるが、そもそも鷹宮はズルする気満々だったのだ。
「へっへーん、残念だったな!」
嫌みたらしく笑うと、鷹宮の鎌が巨大化し、そのリーチが伸びていった。
「やめろ」
奪うなと、その口は小さくつぶやく。少年は無意味だとわかりながらも手を伸ばしていた。
「もう俺にはそれしかっ……」
言い切る間もなく、聖杯の頭上に現れた鎌の刃は聖杯へと落下した。
チン、と黄金の金属に線が入った。
「よいしょーっと!」
鷹宮は鎌を振り抜いた。その刃は床を大きく切り裂きながら縮小し、元のサイズに戻って鷹宮の元へと帰ってくる。聖杯は中央に入った線を境に少しずつ傾き、ついに乾いた音を立て、二つの金属となって倒れた。金属は重たい絵の具が垂れていくように、ゆっくりと溶け始める。
「でび、聖杯なんとかして!」
鷹宮が叫ぶ。
「お前っ、ボクをなんだと思ってんのー!」
突然呼ばれたでびるが混乱しながらも聖杯の元へと飛んでいく。鷹宮は両手を合わせてでびるに頼み込んだ。
「でびならできるって。なんでもする。マジなんでもするから~! お願い!」
「もう、全部持ってこうとするじゃん。言ってるよ? 虫のいいこと言ってるよ小娘!」
「ごめんて」
でびるは文句を言いながらも聖杯の魔力を回収しにかかる。魔力量は足りるだろうか? 願いを叶える術式だけでも拾えればと、でびるは額に汗を流し、聖杯の形を維持、探査する。
ぎりぎりだったが、なんとか聖杯の原型を留めることには成功し、でびるはふぅと息をついた。
でびるは視界に鷹宮を探し求め、発見する。鷹宮の足は倒れた少年に向かっていた。
「ニシシ……やっぱりボクの予想を超えてくるね、小娘は」
でびるは口の端から息を溢すように笑う。未来のことを思って。つい、ワクワクしてしまって。
〇
少年が倒れていた。少年を構成していた影は血液となって周囲に流れ出て、今は簡素な白い衣服に身を包んでいる。その服の白にも血が滲んでいった。
衣服の血は、内側から流れ出ていた。倒れた少年をまじまじと見つめ、鷹宮は首を傾げる。
「あれ? これってひょっとして、まずい?」
「まずいに、決まってるだろ……!」
少年が顔をあげると、怒りを滲ませた低い声で言う。
「聖杯の中で、俺と俺じゃないものなんか曖昧だった。それをお前の都合で勝手に線引きして、無理矢理切り裂いたんだ。お前、わかってて言ってるのか?」
「それもごめんて。あとでいっぱい謝るからさ、今は早くこの中入りな?」
鷹宮は少年の顔の前にそっと卵を置くと、一歩その場を下がった。少年は少し苦しそうに卵を上目で見つめ、だらりとした手を頭上に上げる。
鷹宮は止める気もなく、少年の手が振り下ろされるのを黙って見ていた。
手は卵を避け、その横の血だまりを叩いていた。
「わかってんのかよ」
そう問いかける少年に、鷹宮は「わかってない」と答え、少年は舌打ちする。
「俺がそれに入って、お前らの願いの先で生まれるっていうのは、お前ら、お前らの願いに、俺という悪意を持ち込もうとしてるんだぞ?」
ああ、それなら、と鷹宮は言う。
「十分嫌な思いしたからわかってるよ」
「じゃあなんで……⁉」
「さあ?」
鷹宮は面倒だったのだろう、そのまま無言になるが、少年が睨むので仕方なく言葉を紡ぎ出した。
「あんたの訴えてきたもの、私は切り捨てられなかったし、切り捨てられてないのにさよならも嫌だったんだよねぇ。私的にはいったん保留にしたかったのかなって。あと、友だちになって全部乗り越えた風にやっちゃえれば最高かなって、思ったんだけど……」
最後は誤魔化すように笑いながら言った鷹宮だったが、少年が黙っているのに少し不安そうな表情を見せる。
「わかった」
と少年は言った。
「確かに、お前の提案は嬉しかったのかもな」
少年はそこで無理に卵を見上げるのをやめ、顔を横に寝かせて楽にする。
「それには入らない」
一瞬間を置いて、鷹宮が言う。
「入らなかったら、どうなるの?」
「この体を支えるものが無くなって、潰れる」
「じゃあなおさら入らなきゃじゃん」
「いや、もういい」
少年は既に決めている。そのことを察した鷹宮は口をつぐんで少年の言葉を待った。
「もうお前の中に俺を残すな。俺はお前を解放する。だからお前も俺を解放しろ」
鷹宮は苦い表情をしながらも少年に一歩近づくと、置かれていた卵を拾い上げる。それを見て少年はふっと笑った。
「俺は、なりたい自分になれなかった。だから、なりたい自分になって、みんなに認めてもらってるお前らを見てるとイライラするし、でも、そんなお前らが楽しそうにしてると、どうしてか楽しくもなってくる。どうか楽しそうにしていてくれ。そして滅茶苦茶であり続けてくれ。そこに、俺はいらない」
少年の体が崩壊し始める。僅かな膨らみを持っていた腕や足が潰れて血だまりが広がっった。その温かな血の温度に少年はシスター・クレアに手を握ってもらったことを思い出していた。
そうだ、と少年は納得し、嬉しくなる。
そこに俺はいらないのだ。
少年が終わりを悟って目を瞑ったとき、鷹宮の声が少年に届いた。
「必要だったよ」
まるで気持ちよく寝ようとしていたところにノイズが入ったみたいに少年の表情が歪む。だがそれも一瞬のことだった。少年の表情はやがて安らかになり、その形を失って血だまりの中に沈んでいった。
鷹宮はいなくなった少年の痕を見ていたが、じきにその目を足元へ向けた。鷹宮のローファーの下には少年の体だった血液が広がっていた。鷹宮は数歩後ろに下がり、その血の範囲から出る。
鷹宮はぎゅっと目を瞑って自身の頬を両手で軽く叩くと、未だに聖杯に手をかざし唸っているでびるの方へと歩いていった。
「でび」
呼び掛けられて顔を上げたでびるは、鷹宮の顔が多少明るくなっているのを見てシシ……と笑みを浮かべた。
「なんだ。傷心中ならボクが慰めてやろうと思ったのに」
「今そういう冗談いいから。それよりどんな感じ?」
「ああ、うーん。足りない」
「足りない?」
と鷹宮が聞き返す。
「小娘の願いを叶えるの、ちょっとだけ足んないかもしんない……みたいな」
少し気まずそうに言うでびる。鷹宮は一瞬だけ、とても遠くを見ようとするかのように目の照準がぼやけさせるが、思い出したかのように瞬きすると、笑って言う。
「そっか」
「うん」
とでびるも頷くが
「あ、でもねえ」
と悪戯っぽい笑みを浮かべ付け足した。
「小娘、お前が持ってるその卵があれば別かもね?」
「え」
鷹宮は自分の手の中にある卵を見下ろすと、困惑した表情のままだらりと腕を伸ばし、卵を差し出した。
「いやぁ、皮肉だよねぇ」
悪魔は笑って卵を受け取ると、聖杯にこつんと卵を当てる。
「あの聖杯男をこれに入れてたらさ、願いなんか叶えられなかったよ」
こつん、こつん、とでびるは繰り返し卵を聖杯に当てていた。
「そっか。まあ、そんなもんよね、世の中」
鷹宮の様子をうかがいながら、でびるは合計六回、卵を聖杯に当てる。そして七回目に、卵はくしゃりと音を立てる。でびるはその音を合図としていたかのように卵を聖杯に押し付け、薄っぺらい殻がくしゃくしゃと潰れていく音が鳴り響く。しかしそれは、卵が割れていたのではなかった。割れていたのは聖杯だった。中が空っぽになった聖杯は、その薄い金で出来た殻を卵に砕かれたのだった。
でびは卵を手で包み込むと、抱えて鷹宮の元へ飛ぶ。
「気にするな、とは言わないけど」
でびるは鷹宮の肩の隣にパタパタと浮かびながら言う。
「でも、やっぱり気にするな。起こったことだけ考えればいい。あいつはお前の願いのためにあの結末を選んだわけじゃない」
鷹宮は横を飛んでいるでびるをちらとだけ見て言った。
「そうかもね」
少し暗くなりすぎたかな、と気にしたでびるは卵を掲げて呼び掛けた。
「うん。じゃあ、小娘。聖杯は卵に成ったよ。術式はボクの自前のも合わせれば展開できる。いつでもいいよ」
鷹宮は正面の壁から肉塊が落ちるのを見つめ、気だるい口調で言う。
「お家帰って寝たい」
「えー……ボクはそれでもいいけどさ」
「いや、外で葛葉くんたちと出くわすの気まずいから。今やるよ」
鷹宮はでびるの元に歩み寄ると、その卵の表面を人差し指でなぞる。
「この中に詰まってんだ。夢とか希望とか」
鷹宮の声音にはどこか馬鹿にするニュアンスが込められていた。が、悪魔は笑うだけだった。
「お前、毒されてんじゃん」
「さあ。でも、やるなら楽しくやりたいし、切り替えよっかな」
「小娘の好きにしなよ」
でびるの答えに鷹宮は少し黙ったが、切り替える気はなくしたらしい。相変わらず締まりのない表情でぼーっとしたような目で卵を見つめている。
「っていうかボクも眠いわ。さっさと済ませて帰ろーぜ」
「じゃさぁ、もうここで寝ちゃわない?」
「ここでぇ?」
でびるは周囲を見渡した。床も並べられた長椅子も、血に濡れてない場所はほとんどなかった。でびるは丸い瞳を何度か瞬きさせると、言った。
「別にいいけど?」
「じゃ決定ね」
言うが早いか鷹宮は血の海の中に体を浸し、体を横たえた。
「お前、行儀悪いよ」
そう言いながらもでびるは笑って鷹宮の横に寝転がる。
「あったかいんだ、意外と」
「べとべとするけどね」
「あたしが眠るのが先か、卵から願いが生まれるのが先か、勝負ね」
「そんなん勝っても何も貰えないよ」
思いついたことをすぐ口に出す鷹宮の声も、いちいち文句をつけるでびるの声も、既に眠気を帯びていた。鷹宮が眠気に抗うように一時目を開いて言う。
「実はあたし、聖杯戦争中にも夢を見てたんだよね」
でびるは言葉を返さなかった。その目はゆっくりと閉ざされようとしていた。
「みんな配信者になってて、みんなで楽しくやって……毎日毎日、それがずっと続くんだ……」
「ぅん」
「その夢から目覚める日もいつかは来るんだろうけど、でも、しばらくは、ね」
「小娘、もういいよ。全部わかってる。感じるでしょ」
「うん……でび、またね」
それから二人は、目を閉じた。
水が、柱を伝って床の水へと流れ落ちていく。その細い水音は水の震えとなって二人の体に小さな波を寄せていく。
二人はお互いに向けて手を伸ばしていた。その重なった手のひらの上で、卵にひびが入る。
その開いた隙間から卵が割れるのを待たず、七色の光が外へと漏れ出し、世界へと広がっていった。
〇
「大切なお知らせ」
真っ白な画面にただそれだけ記された動画を開くと、いつも通り、でびでび・でびると鷹宮リオンは画面の前に立っている。ただ、いつもと違うのは二人の表情が少しかしこまっていることくらいだろうか。
「えーっと、ボクが恐ろしい悪魔、でびでび・でびるだよ。はい次小娘」
「どうも皆様ごきげんよう。でび様の補佐役の魔術師、鷹宮リオンです。今回動画を取らせて頂いたのは、でび様の契約者の皆様を始め、私たちの動画を見て頂いている皆様にお知らせがあるからです」
鷹宮がでびるを見る。でびるは不敵な笑みを崩さずカメラ目線を続けている。
「いいの? 私が言っちゃって。えっと、普段から私たちの動画を見て頂いている皆様はご存じだと思いますが、私たちはある戦いに参加しています」
そこで鷹宮リオンは少し悲しそうに笑った。
「設定、と思っている方もいるんでしょうね。そう思ってもらっても構いません。魔術師同士が最後の一人になるまで殺し合う、あの戦いのことです」
もう一度鷹宮がでびるを見るが、相変わらずでびるは憮然とした表情を保っている。
「今日まで私たちが生きてこれたのは、私たちがろくに戦わなかったからです。自分の弱さと向き合わされたときには生きた心地がしなかったんですけど、それでも私たちは今日まで毎日楽しい日々を過ごしてきました。この最終局面まで、本当に楽しかったんです。この機会にお礼を言わせてください。ありがとうございます」
「えー、ありがとうございます」
頭を下げる鷹宮リオン、でびるも真似をして頭を下げる。先に頭を上げた鷹宮リオンが言う。
「私たちはこれから最後の戦いに出ます」
「うむ」
とでびるが引き継ぐ。
「敵は強大だ。ボクたちじゃ勝てるかどうかはわからない」
「はい。これが最後の動画になるかも……」
「契約者たちよ、不安に思うなよ。ボクの強さはお前たちの信仰の強さだ。お前たちの信仰が誰にも負けないことは、信仰を受け取ってるボク自身が一番わかってる。ボクの次にわかってるのは契約者だよな? だからまあ、そういうこと。大丈夫!」
「皆様、どうか私たちに力を貸してください。信仰して、思い浮かべてほしいんです。できれば……強くて敵をなぎ倒すようなでび様じゃなくて、楽しそうに笑ったり、のんびりアイスを食べてるような、みんなのでび様のお姿を」
「ボクだけじゃなくて、小娘のぶんも頼むぞ。ほらお前、小娘もボクを崇拝してるふりはいいから素直になれ。自分を応援してくれる人間どもに向かってなんか言ってやれよ」
「いや、私は別に」
少し照れたように鷹宮はカメラからもでびるからも顔を逸らすが、でびるが静かに待つので時間だけが過ぎていく。くっ! と観念し、鷹宮は言う。
「言わなきゃいけないことはさっき言ったんすけど、せっかくだし? 改めて言わせてもらおうかな」
そう前置きして鷹宮はいった。
「正直に言うと、私は死にたくない! これまで楽しかったし、出来るならもっと、この先もずっと、今までみたいに楽しい日々が続いてほしい! だからお前ら、でびを崇拝しろ! でびをもっと見てたいならでびを信じろ! それで私を応援してくれてる人は、まあ、あんまし意味ないけど、私でいいんじゃね……?」
鷹宮が言い終えるとでびるが納得したように頷いて言う。
「ボクの契約者なら小娘だって大事なはずだろ? ボクらが楽しんでる姿を信じろ。楽しんでるボクらは無敵だ。ボクもお前らを信じてるからな!」
ふぅ、と一息をついて、でびるは缶のジュースを一口飲むと、カメラに向かって手をあげて言う。
「じゃあお前ら。またな!」
でびるが締めにかかったので、鷹宮も慌ててあいさつする。
「またな! 心配しなくても、きっとまた会える!」
でびると鷹宮は明るい表情で手を振る。そのうち画面は暗転し、彼らのこれまで投稿されていた動画からおすすめのものが表示された。
本編はこれで終了になります!
想定の3倍くらい長くなってしまいました。付き合ってくれたみなさんも、本当にお疲れ様でした。
この小説を書いてる間、私の生活には常にFateとにじさんじがありました。サーヴァントたちと繰り広げる冒険やライバーたちの日々の活動で私の人生をいっぱい彩ってもらえた三年間でした。本当に感謝しています。読者のみなさんも、これまで長い間ありがとうございました。
といっても、もう一話だけ外伝があります。もう少しだけ付き合っていただけると嬉しいです。