日は落ち、辺りは暗くなった。夜見は一同の顔に視線をめぐらすと、にっこりと笑って宣言する。
「それでは、開幕します!」
「やったぁぁぁああ‼」
「アララララララーイ‼」
椎名とライダーが勢いよく拍手するのに対し、チャイカとアーチャーは多少付き合うような拍手ではあったが、夜見はまんざらでもなさそうだ。
「あちらをご覧ください!」
夜見が手で示すと、屋根の上にスポットライトが七つ当てられた。スポットライトの下にはシルクハットを被るおもちぃなたちが立っている。
そこで太鼓が大きく打ち鳴らされ、ソロの金管楽器が面白おかしなメロディを奏で始めた。
おもちぃなたちはメロディに合わせてシルクハットを隣に放り投げては隣からとんでくるシルクハットを頭でキャッチして被っていく。さらにはおもちぃな自身が横にぴょんと跳ねては隣のスポットライトに移動していく。
それぞれ距離のあるスポットライトだったが、まるですぐ隣にあるようにテンポよくシルクハットが飛び交い、おもちぃなが現れるので、椎名とチャイカは大喜びで手を叩いた。
「何あれ! 端っこはどうなっとるん?」
「ふっ、馬鹿だな、ワープに決まってるだろ……」
椎名とチャイカの会話を聞いていたアーチャーが口を開こうとしたが、ライダーがそれを止めた。
「楽しければいいんだよ」
「まあ、そうだな。無粋であったか」
四人が気分よく屋根を見上げているのを見て、夜見はふふんと鼻を鳴らした。
「ここからですよ!」
夜見がシルクハットからステッキを取り出すと、ステッキを空に向かって放り投げた。すると、それに合わせておもちぃなたちも一斉にシルクハットを空に放り投げる。
宙へ舞ったシルクハットはその高さが頂点に達した瞬間、花火のように鮮やかな大爆発を起こし、落ちていく火花はそれぞれ七色の光を放ちながら寺の屋根に降り注いだ。
夜見はステッキをキャッチすると、オーケストラの指揮者みたくステッキを振り上げる。そこで再び太鼓が打ち鳴らされ、幾つもの金管楽器が一斉に大音声を吹き鳴らす。奏でられるのは先ほどの面白おかしなメロディだったが、今度は迫力があるせいか先ほどよりも荘重な音楽に聞こえてくる。
火花から生じた七色の炎は古寺を焼け落しながら夜見の指揮に合わせて混じりあい、新たな色の炎をその内側に次々と生み出していった。
夜見がステッキを振り上げると、七色の炎の七羽のハトが寺の屋根から飛び立ち、急降下して寺に落ちる。水柱が立つように七色の炎が吹き上がる。
形のない炎は大小様々な鳥の姿を結んでは一瞬で解けていく。一同は聞こえてくるオーケストラを演奏する奇妙奇天烈な楽団員たちすらもいつのまにか炎の中に見ていたほどだった……。
「ぐぬぬぬぬ⁉」
と唸りながら夜見がステッキをぐるぐる大きく回すと、炎がだんだん中心に集まってきて巨大な竜巻を形成し始める。
渦の中から様々な色の炎で出来た幻想生物が現れては声を上げ、また渦の中へ戻っていく。ペガサスに不死鳥、赤いドラゴン、背中に鉄の土台を乗せた翼竜が入り乱れる竜巻の暴風に一同は目を細めた。
金管楽器の音や太鼓の連打も入り乱れ、一つの轟音の中に融け合っていく。
そのさなか、椎名は渦の中に卵を垣間見る。
「フィナーレです!」
夜見が叫ぶ。七色の炎の竜巻は不安定に膨れ上がり、中心にさらに新たな渦を巻き始めていたが、その中心の渦が外の竜巻を食い破るように広がると、まるで風船が割れるような音と共に渦の中の卵が弾け飛んだ。
竜巻は一瞬にして掻き消え、後には辺り一帯、七色の火の粉が降り注いだ。
「うわわわわっ」
と椎名は目を瞑るが、降り注ぐ火の粉は温かかった。椎名は戸惑いながらも降ってくる火の粉を手で受けると、火の粉は一瞬の柔らかい光を放って消えていった。
ライダー、アーチャー、チャイカもまた手を伸ばし、手の中に消えていく炎を見つめるのだった。
「ご観覧ありがとうございます。夜見の魔術ショー、これにて閉幕~。皆様、お忘れ物のないようお気をつけてお帰り下さい」
未だ火の粉の降り注ぐ中、夜見は深々と頭を下げた。
「ありがとうな夜見、元気出たわぁ!」
「最高のショー、ありがとうやで……!」
椎名とチャイカが手を振り、あっさりと踵を返す。 ニコニコと手を振り返す夜見の前に、次いでライダーとアーチャーが立った。
「夜見さん、僕がこの聖杯戦争を勝ち抜いたら迎えにいくよ。リーダーも椎名さんも夜見さんも、三人とも僕の世界征服には必要な人材だ」
「ふっはっはっはっは! 笑わせてくれる! ミス夜見の才能は私の助手になってこそ真に輝くというもの。器量のある王であるならばその程度の判断はつくと思うのだが?」
並び立った二人はあくまでも夜見の方を向いたまま朗らかな笑みを浮かべている。
「ふーん。言いたいことはあるけど、今は言わないよ。どちらが正しいかは、いずれわかるときがくるからね」
「ああ、そのとおり。さすがにある程度は賢いようだ」
夜見は困ったような笑みを浮かべて言った。
「えぁー……どちらも、応援してますから、あははは……」
サーヴァント二人はそれを聞くと、満足そうにマントを翻して去っていく。門をくぐって階段を降りていく四人の後ろ姿を見下ろし、夜見は息を吐いた。
「さて、と」
夜見は俯くと、足元の石ころを蹴飛ばし、振り返った。
まだ七色の炎は静かに燃えていたが、寺はほとんど原型も残っていない。炎は全て夜見の腰よりも低い場所で燃えていた。
夜見はまだ燃えている寺の方へと歩きだす。かろうじて見て取れる中庭へ続く通路を、足元で弱弱しく燃える炎を踏み越えるように進んでいく。
燃える中庭には二つの人影があった。
黒髪に黄色い瞳の青年。そしてゴスロリ姿の少女だ。二人は夜見を拍手で出迎えた。
「いいショーだったよ?」
「うん、楽しかった!」
青年と少女は偽りのない笑みを見せるのだが、夜見は表情一つ変えずに答える。
「貴方たちも浄化させるつもりで頑張ったんですけどねー……」
「あっはっは! それは無理だよ。僕たちにはまだやり残したことがたくさんあるんだもん」
「ええ、私たちにはまだやりたいことがあるの。だから浄化はされたくないわ」
「はぁ、したくてもできませんよぉ。ていうか礼装、どれだけ残ってるんですか?」
「あー、でも七割くらいは燃やされちゃったし、けっこう痛手だったかも」
「うんうん、私のお友達も燃やされちゃった♪」
そう言って少女はその場でくるりと回り、スカートを翻す。
「それは許せないよねえ。でもまあ、燃やされたって言っても……」
青年はにやにや笑いながら見覚えのある木箱を地面に置いた。
「嘘……」
「やだなあ、普通の霊能者にこれが燃やせるわけないじゃん!」
「そうよ、私のお友達はとっても意志が強い子たちなの、今も私に囁いてる。あつい……いたい……くるしい……にくい……! って」
夜見は目を瞑ると、覚悟を決めて切り出した。
「私に、何をしてほしいんですか?」
「簡単だよ、この箱は寂しがり屋さんだからね。ぎゅう~っと抱きしめてあげて欲しいんだ」
夜見は目を見開き、その箱を見下ろした。なんてことはない。単なる古い木箱だ。だが、よく見るとカタカタと震えているように見える。夜見は後ずさった。上蓋が開き、隙間からたくさんの目が夜見を怨嗟の目で見つめた、そんな幻を見たからだった。
「実験みたいなものかな。完結した模擬人格のおもちぃな? と違って、君はその風船と直接繋がってる。たぶん効果が出ると思うんだけど……ちょっと試してみたくない? 大丈夫だよ。距離もあるし、触れたくらいじゃ死にはしないと思うな。たぶんね」
夜見は平静を装って青年に話しかける。
「わかりましたよぉ。ところでお聞きしたいのですが、私のショーは面白かったんですよね?」
「うん。滅茶苦茶面白かった。またいつか見に行くよ」
「ましろ、ずるいわ! 私も見に行きたい!」
ましろ……その名を小さく呟き、夜見は笑うことしかできなかった。
「でしたら、観覧料をいただきたいなぁー……なんて」
「ふーん、何を支払えばいいの? 言うだけ言ってみてよ」
青年はポケットに手を突っ込んで聞いた。夜見は答える。
「それは、未来に貴方たちが椎名先輩とチャイカ先輩を傷つける可能性、および苦しめる可能性です。観覧料で釣り合わなければ私の命で支払います。ですからどうか、あの二人を殺さず、そして呪わないでください……!」
頭を下げた夜見を二人は不思議そうに見つめるも、すぐに夜見に歩み寄ってその肩を叩いた。
「おっけー。僕はあの二人を傷つけることはしないし呪いにもかけないよ。まあ、向こうから突っかかってきたら……それでもなるべくマスターは狙わないようにする。アリスちゃんもいい?」
「わかった。ましろがそういうなら仕方ないわ」
聞き分けのいい二人に夜見はほっとして、そして、箱へと手を伸ばす。
夜見には箱の隙間から薄白い手が弱弱しく伸びてくるのが見えていた。その手は誰かに握って欲しそうにしながらも、まるで拒絶されるのを恐れているかのように震えている。
「大丈夫、あなたたちは悪くないですよぉ……」
言い聞かせるように夜見は囁く。先ほどから木々のざわめきに混じって聞こえていた子供の泣き声がさらに姦しくなる。夜見は耳を塞ぐ代わりに固く目を閉ざした。
たが、実際に夜見の手を握ったのは、人形のように乾いた少女の手だった。
「ナイス、アリスちゃん!」
そう言って青年、ましろは箱を再びどこかへと閉まった。ぽかんと立ち尽くす夜見にましろは笑いかけた。
「冗談だよ、冗談。女の子にそんな酷い真似しないよ」
「そうよ、冗談。許してほしいわ」
夜見は無表情に二人を見つめて瞬きした後、唐突に満面の笑みを浮かべた。
「……」
「あれ、おーい。何も言わなくなっちゃった」
「笑ってる。でもなんか怖いわ⁉」
近づいてきてじろじろと人の顔を眺める二人に舌打ちし、夜見は口を開く。
「ましろさんましろさん、約束の方、よろしくお願いしますよ」
「え、ああうん、お疲れ様。えっと、いつかショーを見に行くよ、その時まで長生きしてね」
「私も行くからねー!」
手を振る二人に深々とお辞儀し、夜見は言った。
「では、勝手ながらアンコールを。最後のマジックをお楽しみください」
「「へ?」」
響き渡るドラムロールにスポットライトの光が七つ、火の海と化した中庭に落とされる。一つは夜見を照らし、他の六つはましろとアリスを囲むように立つ六人のおもちぃなを照らし出した。
「これやばっ⁉」
ましろが咄嗟にアリスを庇うような動きを見せるが、もう遅い。
夜見はにっこりと笑いながら術式を起動する。恐らく、こんなものは単なる嫌がらせにしかならないだろう。でも今はそれで十分だった。二人が慌てふためく様、それを見られただけで十分気は晴れるのだから。
「またいつかお会いしましょう」
ショーを閉めるお約束のセリフだったが、ましろははっきりと夜見を見ながら返事をした。
「うん、またね」
柳洞寺の中庭に七色の巨大な火柱が巻き起こる……。