「初配信だ……」
「お、おう」
頭を抱える鷹宮に対し、でびでび・でびるはそれよりも多少冷静だった。
「やばいよ、このボタンを押したらもう……」
「いや小娘、なんでボクより緊張してんの?」
「待って、まだ押さないで! 心の準備が……あー⁉」
無慈悲にも悪魔の人差し指はボタンをしっかりと押し込んだ。
「待てって! てめえクソコアラ! まだ心の準備が出来てねえって言ってんだろぉ!」
これが動画配信アカウント・でびリオンチャンネルの第一声だった。
ーーーーーーー
「やっちまった……」
部屋の隅で体育座りする鷹宮リオンを置いて、悪魔はパソコンに向き合っていた。
「うん、心の準備なんかしてないうちに配信開始しちゃうよ~ん作戦は大成功みたいやね。snsの反応も上々やし、いい滑り出しだよ!」
「ああ、鷹宮が縮こまってる間はでびるとリスナーに翻弄されつつも、行き過ぎるとキレてまたすぐに縮こまる、この繰り返しでバランスが取れてたんだろうな。鷹宮も次からはもう少し強く出ても自然に受け入れてもらえると思うぞ」
本間ひまわりと社築が慰めるも、鷹宮は壁から離れなかった。
「小娘、コメント欄を見てみろよ。お前、可愛いって言われてるぞ?」
「へ?」
鷹宮は悪魔が見せるスマホの画面を疑うように凝視する。確かにそこにはたくさんの人たちが鷹宮リオンの容姿や言動を褒めるようなコメントが書き込まれていた。
「私が、可愛い……?」
「あれ、配信中にも可愛いってみんな言ってたよ? リオンちゃん見てなかったの?」
ひまわりの言葉に鷹宮はハッとする。確かに流れていた。あれはそういう意味だったのか……。不思議な感覚だった。会ったこともない、顔も性別もわからない、知らない人たちが自分に好意的な言葉をかけてくれるのだ。
鷹宮は無言で動画に寄せられたコメントを確認していく。自分のことを称賛するコメントが目に入るたび、胸の奥が高鳴った。ふと、動画の再生数を確認した。おおよそ三万回……、チャンネル登録者数は六百人。
「これだけいれば……でびる、何かできるようになるんじゃ⁉」
「ああ、そうか! ちょっと待ってろよ」
と悪魔は目を瞑って俯いた。きっと自分の身体や状態の変化を探っているのだろう。
「よし、見てろよ小娘!」
目を開けた悪魔が人差し指を立て、目を細めてそこに集中するようなしぐさを見せる……。
ひまわりと社も静かに見守る中、ボッと音を立てて悪魔の人差し指に小さな炎が灯った。
「うわ! でびちゃんすごい!」
「ああ、葛葉から聞いてはいたが、まさか本当だったとはな」
ひまわりと社も感心したように炎に見入る。そんな中、鷹宮だけは冷静だった。
「本間さん、社さん、またもう一度配信してこれを見ていただければもっと人が集まりますか?」
うーん……と二人は唸る。
「俺は一度単発で録った動画を出すのがいいと思う。そのあと生配信で披露、みたいな」
「ひまもそれがいいと思うな。まだ無名なんだし、限られた時間の配信中に人が滅茶苦茶増えるって考えにくいかも。一回一回大事にしていかんとね」
鷹宮は納得して頷いた。
「わかりました。それでは単発の動画を用意しましょう。皆さんがたくさん見てくれたおかげで悪魔の力が強まり、こんなことが出来るようになりましたって」
「お、いいねえ。その動画、俺のアカウントで宣伝しちゃおうかな」
「あ、ひまもするよー!」
「おまえら……」
悪魔は感極まって涙ぐんだ。
「ありがとうございます。それでは早速動画製作に取り掛かりますので、またしばらく失礼させていただきます」
「おう、動画楽しみにしてる」
「上手く行ったらひまたちの願いもかなえてねー!」
「おう、任せとけ!」
悪魔が手を振り、画面から二人は姿を消した。とたんに静かになった部屋の中で、二人は感動に打ち震えていた。
「行けるよ! 私たち行ける!」
突然鷹宮が悪魔に抱き着いた。
「へっへっへ、ボクには最初から……小娘⁉ 苦しい! 死ぬ、死ぬぅ……うっ」
○
「おっ、あいつらの初配信伸びてんじゃーん?」
淡い光を発するPCモニターの前で葛葉は上機嫌に笑っていた。
「兄さん、あんたも見るか?」
ヘッドホンのプラグを抜いてくるりと回るゲーミングチェア。電子音に変換された笑い声が部屋に広がる。葛葉が呼びかける先で、モニターの青い白光を遮った葛葉の影が蠢いた。
影の池から斜に構えた面長の頬が、目が、片側だけ現れてどんよりとした視線を葛葉に寄越す。
バーサーカーは一瞬葛葉に視線を止め、すぐにその奥のモニターに目をやる。
「……騒々しい」
葛葉はにやりと笑って言う。
「嫌いか?」
バーサーカーの瞳で青い光がゆらゆら揺れる。そこに入り込む金髪と黒い角……バーサーカーの表情がふっと緩んだ。
「いいや、騒々しいあの二人に相応しいではないか」
葛葉も内心ほっとしたようにほほ笑むとバーサーカーに言った。
「兄さん、アンタ大丈夫か?」
「大丈夫だと? いったい何を言っている?」
そう聞き返すバーサーカーの目尻は柔らかく伸び、その声音も葛葉を包み込むようだった。
「いや、何って、そりゃあ……」
葛葉は言葉に詰まり、両手を頭にやってうーんと唸ったが、上手くいかずにそのまま頭をわしゃわしゃとかいてため息をついた。
「あんまりあれなら、叶に言やぁ数人くらい見繕って……」
「葛葉」
葛葉の言葉を遮ってバーサーカーが呼び掛ける。
「いや、我がマスター殿」
いつにも無く丁寧な態度をとるバーサーカーに葛葉は自然と居住まいを正していた。
「……なんだよ」
「言いたいことがあれば余の方から言おうとも。気遣いなど無用、それでよいではないか」
そして微笑みに射貫くような鋭い眼光を乗せてバーサーカーは葛葉に言う。
「なんせ、お互いに吸血鬼なのだから」
葛葉はバーサーカーと視線を交わしている間表情一つ動かさないでいたが、唐突に椅子を回して横を向き、立ち上がる。
「わりい、眠いわ。これもう消しとくか?」
「すまないが、もう少しつけておいてくれぬか?」
葛葉は目を瞑り、軽い疲れの滲んだ穏やかな声で聞いた。
「騒々しいんじゃなかったの?」
バーサーカーは頷き、しかしこう言う。
「今はその騒々しさが有り難い」
葛葉はバーサーカーから視線を切ると、ちらりとモニターを見やり、スリッパが床と擦れる軽い音を鳴らしながら部屋の隅へと進んでいく。ベッドに潜り込んで、青い光と騒々しさに背を向けるように壁に寝返りを打った。