17.麻婆豆腐と包帯男
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「ふっふっふ……お前たちご苦労! 先に上げた動画がたくさん再生されたおかげで、またボクの力は強くなった! 見るがいい!」
そうして悪魔は三本の黒い爪の先端に順々に火を灯していく。チャット欄は悪魔を崇拝するコメントが溢れ返った。
「どれどれ、コメントの方も読んでいくぞ! えー、これで三人ぶんの煙草に同時に火が点せますね、でび様素晴らしいです! だってさぁ。えっへん、やっとボクの素晴らしさに気が付いたか! 崇拝ご苦労! お前の煙草にもいつか火を点してやるからな!」
「でび……る様、その、大変申し上げにくいのですが……」
気まずそうな鷹宮の声にチャット欄では笑いが起こる。それと同時に冗談半分ではあったが鷹宮を諫めるようなコメントも流れていた。
「あ、言わない方がいいこともある……そうですね。そうかもしれません」
「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「いえ、三人もの煙草に一度に火を点せるなんて、本当にでびるさまは素晴らしいお方と私も思っていたんです。あ、ほら見てください、視聴者数が先ほどの倍になってます。登録者数は千人を超えました!」
「いや、話変えたよな? 小娘、なぜ視線を逸らす? お前、前から思ってたけど、ボクのこと馬鹿にして――」
「でっ、ででででび様⁉ 今なら小さな願い事なら叶えて上げられるのではないでしょうか。崇拝者たちにコメントを書き込んでもらって、それを配信中に叶えて差し上げたら、きっともっと崇拝する人も出てくると思います……!」
悪魔はぐっぱぐっぱと手を開いたり握ったりして体調を確かめるようなしぐさを見せると、気分よく頷いて言った。
「それは確かに! よし、みんなコメントに願いを書き込め! 小さいものなら本当に叶えてやれるかもしれん!」
鷹宮がほっと息を着いたので笑いの反応が一瞬見えたが、じきにチャット欄は願い事のコメントで埋め尽くされた。
「お、小娘、これはどうだ? この紅の子豚って奴、ギャルのパンティーが欲しいみたいだ! 軽い願いだし、こんなんなら三枚でも四枚でも……」
「それは駄目です」
「え、でも」
「駄目なものは駄目です! それよりもこちらの方はどうでしょう。麻婆神父さんのお願い、激辛麻婆豆腐。おいしそうです」
「それいいな! 想像したら涎が出てきた。よし、そいつと俺たちで一緒に喰うか!」
「あ、その手があったかぁ! ではなくて、ええ、配信中に突然麻婆豆腐が現れれば、視聴者様たちもでびる様のお力をまた一歩認められるに違いありません」
と早速鷹宮は配信画面に映るように白いテーブルを用意した。
「よし、準備は整ったみたいだな。画面の向こうの麻婆も準備したか? いくぞ~。いでよ、激辛麻婆豆腐‼」
悪魔が両手を広げると、テーブル上にマグマのように赤く煮えたぎった二人分の麻婆豆腐が現れた。
「ちょ、なんですかこれ⁉ 失礼ですけど、これは本当に人間が食べていい食べ物なんですか⁉」
鼻から脳の奥までを刺激する刺激臭に咳き込みながら、鷹宮は後ずさっていく。
「えー、こちら、地球上のおいしい麻婆豆腐の中ではさんばんめくらいに辛い奴でございます」
妙に畏まった演技で場をつなごうとする悪魔だったが、チャット欄は驚愕と疑心、麻婆豆腐への恐怖で混乱に陥っていた。そこにさらに悪魔の声が拍車をかける。
「ちなみに二番目に辛いのは……小娘、すげえ! 近所にあるわ!」
「馬鹿、住所はやめろって!」
日本の辛い麻婆豆腐情報が飛び交うチャット欄に冷や汗を流す鷹宮、悪魔は思い出したかのように呼び掛ける。
「麻婆神父~、麻婆は届いたか~?」
視聴者たちが気を利かせたのか、コメントが一時的に減る。そこに麻婆神父のコメントが流れた。
「届きました。素晴らしい色彩! 素晴らしい香気! 冷める前に早くいただきましょう!」
「いや、冷める前にってこれ、冷めないと……」
「みんな、スプーンはもったか?」
デビルの言葉に返事するように麻婆神父のスプーンの絵文字が流れた。それが面白かったのか、たくさんのスプーンの絵文字が流れ出す。
「お前ぇら食わねえだろ! くそ、どうして私がこんな……いいよ食ってやるよもう!」
鷹宮はスプーンを握り締めた。悪魔も神妙な面お持ちでスプーンを構える。
「では、手を合わせて……」
「「いただきます!」」
鷹宮の記憶はそこで途切れている……。
―――――――
冬木教会、ずらりと並ぶ席にただ一人寝転がって、神父はスマホの画面を眺めていた。
「これ、やばいよなあ……」
神父は苦笑する。画面では金髪の少女と悪魔が唇をたらこのように腫らしながら必死になって麻婆豆腐を食べる動画が流れていた。
カツ、カツ、カツ……と教会に足音が響く。
「おーい、かなかないる~?」
神父、叶が体を起こすと、全身包帯に包まれて松葉杖を突く奇妙な男が立っていた。
「あー……どちら様でしょうか?」
「ましろだよ⁉ いや、絶対わかってるよね?」
強く訴える包帯の人物の瞳は確かに黄色く輝いていて、叶の知っているましろのものと一致する。叶は誤魔化すように笑って尋ねる。
「ましろさんでしたか。失礼、一瞬誰だかわかりませんでした。どうしてそのようなお怪我を?」
「それがさあ、観客を燃やしてショーと称するとんでもないマジシャンがいてね……いや、っていうか何見てるの⁉ 僕にも見せて!」
「嫌です」
スマホをポケットにしまい、叶は立ち上がった。
「ましろさん、今日はどうされましたか?」
「やぁね、実は、お願いしたいことがあって」
気まずそうにうつむき包帯の中の指をもじもじとさせるましろ。なんていいタイミング! 叶は手を叩いて喜びたかったが、それを堪えて慎重に話を続けた。
「森はもう嫌ですよ」
「あはは、ごめんね……いや、あの森は僕悪くないよ⁉」
「へぇ、どうだか……」
叶はポケットに手を突っ込むと通路に出て、ましろと向かい合った。ましろは何かを話したそうにしていたが、叶の言葉も待っているようだったので、叶はどうぞ、と先を促した。
「いいかな。えっと、お願いっていうのは、僕たちはあの森でいろいろやりたいことがあるんだ」
「それはどのような? 何か目立つことでも?」
「うん、まあ……」
ここでましろは言葉を濁した。叶はましろの真意を探ろうと目を凝らしてみるが、ましろの瞳は叶の姿を捉えながらも、どこか遠くに向けられているようだった。
「そんな一週間とかやるわけじゃないよ? 一瞬、ほんの数日だけすごく目立っちゃうかなー……ってね?」
凄く目立つ、か……。叶はましろの全身にさっと視線をめぐらす。
包帯に包まれた表面は確かに痛々しいが、恐らくそれより酷いのは中身、火傷を負った皮膚一枚の下。骨に筋肉に神経、内臓までも、ツギハギでは誤魔化しきれないほどぐちゃぐちゃだ。ましろが何を犠牲にしながら戦っているかは一目瞭然だっった。何が彼をそこまでさせるのか……。
ましろは叶の返答を待っている。あまり待たせても訝しまれる。それに、叶としてもじろじろ観察されるのは好きではなかった。
「そうですね、細かく追及するのはよしましょう。そもそも聖杯戦争に動きがあるのは喜ぶべきこと。あの森ですが、今は笹木さんの遺した結界を再構築し改良を施したもので住民の目からは守られています。ですので、森を拡げたり、壊したりしなければ、あの森で何をしようとも私どもが何とかして見せましょう」
本当は、結界は座標的なものであり、よほどのことでもなければ叶が何かをする必要もないのだが……。
「ほんと⁉ いやぁ、ありがと。僕たちにはどうしても必要なことだったから」
「それはよかった! では、その代わりといってはなんですが、実は私の方でもお願いしたいことがあるのです……」