教会のドアを開けると、そこには眼鏡をかけた若い神父が立っていた。神父は教会に入ってきた二人組を見て小さくため息をついた。
「はぁ……マジか」
葛葉は着慣らしたジャージで厭らしい笑みを浮かべ、どっかどっかと足音を立てて歩いて来る。
その後ろの貴族のような長髪長身の男がサーヴァントだろう。その目は怒りに満ちており、まだ一言もしゃべっていない叶のことを憎んでいるようだった。
なにはともあれ、叶は言葉を切り出すしかない。生き残るために。
「ようこそいらっしゃいました。冬木教会の神父を務める
葛葉がふっと鼻で笑った。
「ね? どう思います、これ?」
そうして叶を指差す。サーヴァントの男はゆっくりと頷いて、
「なるほど、巨悪だな」
衝撃の一言に叶は思わず吹き出した。
「ちょちょ、ちょっと待ってくださいよ。僕は今まで真摯に主の教えを探求してきました。巨悪だなんてそんな、ありえません」
「ほう、この真に迫った困惑ぶり。よっぽど、嘘をつきなれているのだな」
サーヴァントは笑いもせず、不快なものを見るように叶を見つめた。
この男には通じない……。叶は悟るとすぐに作戦を切り替える。
「わかりました。わかりましたから、そんなに睨み付けないでください。ところで貴方は……クラスだけでも教えていただけないでしょうか?」
「貴様は知っていると思っていたのだが……?」
サーヴァントと叶の視線が一瞬交錯する。
「バーサーカーですね。ではバーサーカー、貴方は
「葛葉……この吸血鬼か。こ奴は貴様の指示で召喚したといっている。余は慈悲ある君主……そうありたいと思う。怪物となった今でもだ。余の力を求める者があればどこへでも赴こう。共に戦う者の願いに己の願いを賭けよう。だがこ奴は吸血鬼の牙を使って余を呼び出した。こ奴が必要としたのは余ではなく、醜い怪物の力なのだ……!」
叶はバーサーカーの言葉をしっかり受け止めているというように目を瞑ると、軽く俯き、頭を下げた。
「それは失礼しました。確かに召喚の触媒は僕の指示です。しかしそれは友を思ってのこと。吸血鬼である葛葉と最も相性がいいのは吸血鬼であると思ったのです」
「いやお前……よせよ、人前で」
葛葉は照れて頭をかいたが、バーサーカーはじっと叶から目を逸らさないでいた。叶は続ける。
「そして、バーサーカー、貴方が吸血鬼をそこまで嫌っているとは思っていませんでした。本当に、深く、深くお詫びします」
「ん? でもさっきまだそこかって……」
首を傾げた葛葉を叶は血走った目で睨みつけた。葛葉は察して黙り込む。
「こほん、自分に出来ることなら何だってします。だからどうか……どうか……」
叶の膝が床に着く。ゆっくりと前のめりになって両手も着き、その頭が床に着いた。叶は地にひれ伏して叫んだ。
「だからお願いです。僕の友である葛葉を助けてやってください!」
叶は垂れた前髪の隙間からバーサーカーの顔を覗き込む。バーサーカーは冷静に叶を見下ろしているようにも見えるが、しかし叶にはわかった。
効いてる……! 叶は畳みかける。
「お願いです。葛葉は死にかけの僕の命を救ってくれた、介抱までしてくれた。これまでずっと教会の弾圧や他の吸血鬼の派閥からお互いを守り合い、寄り添い合って生きてきた! この世における僕の唯一の友であり、僕の唯一の居場所なんです! どうかお願いします、葛葉の力になってやってください!」
そこで叶は頭を強く床に擦りつけた。そして叶のアイコンタクトを受けて葛葉もまた叶の隣に膝を着く。
「俺からも頼む! 俺は何も知らないままアンタを召喚しちまった。これは俺の聖杯戦争なのに、ろくに知ろうとも思わなかった。責任は俺にもある。なあ頼むよ、叶を殺さないでやってくれ!」
この通り! と葛葉は床に強く額を打ち付けた。バーサーカーはそれを呆然として見ていた。葛葉の額から血が滴っていたのだ。
(痛ってぇー! 叶やばい、血が……血が……)
(バカお前、聞こえたらどうすんだ……ww)
「顔を上げよ」
バーサーカーの声に二人はゆっくりと顔を上げた。バーサーカーは一言、二人に告げた。
「余は、二人を赦そう」
二人は一瞬何も言えずにお互いの顔を見交わしたが、叶はすぐに切り替えて言う。
「ありがとうございます!」
葛葉も後に続く。
「あ、ありがとうございますっ!」
「よい。しかし……ふふっ、ふっはははは! 叶と言ったか、貴様は聖堂教会の神父であろう? それが吸血鬼を唯一の友とはな! この教会も十字架は全て見た目だけで中で折られているな? よっぽど罰に当たりたいと見える……くふ、ふはははははは!」
バーサーカーは笑うのに疲れると、踵を返して言った。
「余は夜風に当たる。貴様らは今後の策でも練っているといい」
そうして、教会から出ていった……。
二人は神妙な顔でバーサーカーの背を見守っていたが、教会の扉が閉まり、バーサーカーの気配が遠ざかったのを感じると、二人して仰向けに寝転んだ。
「死ぬかと思ったー」
と叶。
「いや、お前三回くらい死んでない?」
と葛葉はからかった。
「そのうち一回はお前に殺されてるわ。何あれ? 凄いこと言いそうになってたよね?」
「すまん……」
二人はじっと見つめ合い、やがてどちらからともなく笑い出した。
「まあいいけど別に。結果オーライ?」
「恩に着るわ」
「ところで」
と叶は思いだしたかのように言った。
「お前透明化して座ってろよ。面白いもん見れるよ」
「へー、そりゃあ……楽しみだ」
〇
「はぁー……ナニコレ?」
「いや、ナニコレと言われましても……」
鷹宮リオンは目を細めてじっとでびでび・でびるを見つめるが、諦めて首を横に振った。
「クラスもステータスもなんっにも見えやしない。アンタ何者?」
「だからボクは~、魔界の悪魔、でびでび……」
「いやそれはもういいって」
名乗りを中断されて悪魔はしょぼんと肩を落とした。
「どうすんのこれ? 私たち、聖杯戦争勝ち抜けるの?」
「え、何? 小娘戦争すんの……こわ」
「お前ぇも戦うんだよ! ああ~もう! どうしてくれんの! 私の聖杯戦争の完璧なビジョンがっ! お父様にも準備万端って言ったのに~」
「戦争はよくない。辞退しよう」
「無理! 絶っっっっ対無理! 皆にも聖杯約束してるし、今さら後には引けないって」
「そっか。小娘、強く生きろよ」
「だからお前ぇも戦うんだって!」
鷹宮は自分の手の甲に浮き出る紋章を見つめてため息をついた。令呪はちゃんとあるから、やはりこの悪魔もサーヴァントではあるのだろう。ただ、命令してもほとんど何も出来なさそうではあるが……。
「でび。お前、何ができるの? そんなんでもサーヴァントなんだし、直接攻撃は出来なくても妨害の魔術とか使えるんじゃない?」
悪魔だし……と鷹宮は付け足した。
「いや……無理だね。魔術とかめんどくせ」
鷹宮は思わず舌打ちして拳を握り締めた。
「このヤロウ! もう我慢ならねえよ、ぶっ殺してやる!」
「うわ、ちょ、何する小娘! やめろ!」
ーーーーーーー
「あの、魔術よりもいい方法がございまして……」
顔を腫らした悪魔が正座して申し出る。
「なに? 言ってごらん」
顔を背けた鷹宮の顔はひっかき傷でいっぱいだった。
「自分、悪魔なんですけど、悪魔は信仰する人間が増えれば増えるほど強く……なるんですねぇ」
「へぇ。どうするつもり? あたしになんかできることあるー?」
と鷹宮はスマホを弄りながら聞いた。
「いやもうちょっと興味持ってよ。信仰されれば強いんだよ? ボク悪魔なんだよ⁉」
「でも信仰って、信仰されないと何の力も使えないんでしょ? 力が無きゃ信仰なんてされなくない?」
「いや……」
そこで悪魔はパタパタと羽を動かして漂って見せる。
「飛べるし……」
鷹宮は悪魔を無視し、スマホをポケットに入れて立ち上がった。
「よし、教会行こっか」
「ボクを
「ちーがーう! サーヴァントを召喚できたから、聖杯戦争に参加しますって宣言するの」
「なんだ死ぬ気かぁ。よかった」
「死ぬ気なんかない! でも聖杯戦争に参加するのは決定事項!」
「あー、そう。いってらっしゃい」
「お前ぇも行くんだよ!」
「いやだぁ~‼」
鷹宮は悪魔の襟首を鷲掴みすると、屋敷の外へ踏み出した。