Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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20.錬金術師

 バーに入ってきた女性を見てライダーが立ち上がった。

 女性はスカートに氷をあしらった衣装を纏い、真っ白な長い髪の内側に深い水色のインナーカラーを覗かせている。そして、女性は帯刀していた。

 

「ストップ。座ってて大丈夫。お前も座ったらどうだ? リゼ・ヘルエスタ」

 

 花畑チャイカはライダーを座らせ、新しいミルクを出す。無言で席に座った女性、リゼ・ヘルエスタにもミルクを出した。

 

 リゼは出されたミルクを不服そうに見つめたあとで、チャイカの方に視線を移して言った。

 

「それで、聖杯戦争の首尾はいかがですか、兄上」

 

 清潔で品のある、落ち着いた声だった。だが、ライダーは飲んでいたミルクを噴き出した。

 

「え、兄上⁉」

「いや、血の繋がりはねえよ。小さいころ面倒を見てた時期があっただけだ」

 

 チャイカの説明にライダーは納得したのか、また落ち着いてミルクを飲み始めた。

 

「聖杯戦争か。大した動きはない。わかってるだけでは笹木が行方不明になったくらいか」

「笹木さんですか。お仲間だったのでは?」

「いや、それがあいつ、私たちと組むの滅茶苦茶嫌みたいで……反抗期なのかなぁ」

「はぁ、笹木さんらしいと言えば笹木さんらしいですけど」

「あとは、つい最近、その笹木をやった奴の家を荒らしてきた」

「家を? なぜ?」

「ちょうど留守だったんだよ。それで魔術礼装がたんまりあったから全部燃やしてきた。戦力はだいぶ削げたと思うね」

「なるほど、そういうことですか。流石ですね。スラム街に毒を撒いた兄上の策を思い出します」

「いや、あれは……⁉」

「うん、それだけ聞くと最低だけど……すごい気になるね!」

 

 目を輝かせるライダーにでこぴんを決め、チャイカは話を逸らしにかかる。

 

「それよりお前の方こそ首尾はどうだ? なかなかうまくやっていると聞いているが」

 

 リゼはミルクの注がれたグラスに小さく口をつけ、答えた。

 

「ええ、ヘルエスタ王国の上層部は私の根回しで完全にチルドレンと化しました。それを隠しつつ、魔術協会と聖堂教会の懸け橋となるべく奔走しているところです。やがては両組織にチルドレンを増やしていく作戦も機能するでしょう」

「すごいじゃないか。だが、そのためにここの調査にも抜擢されたというわけか」

 

 気を遣われたリゼは少し気まずそうに視線を逸らす。

 

「そうですね。調査と言っても期待されているのは聖杯戦争の妨害ですから……まあ、威力偵察ですね。都合のいいようにやらせていただきますとも」

 

 リゼは笑って言い切ると、グラスのミルクを一気に飲み干した。

 

「私はいいですけど、他のメンツはやる気満々だったので、椎名さんにはくれぐれも家から出ないようお伝えしていただければと思います」

「おう、伝えとくわ」

 

 と、さっそくチャイカはポケットから携帯を取り出した。

 

「ところでこのあと叶さんの教会を急襲する予定なんですけど、行かない方がいいですかね?」

「行かない方がいい」

「行かない方がいいね」

 

 チャイカとライダーはほとんど同時に断言した

 

   〇

 

 夜のビルの屋上で銃声が何度も鳴り響く。街行く人たちは驚いて空を見上げるが、そこにはすでに何もない。人々の中には首を傾げてまた歩き出す者もいれば、音を銃の物と知って警察に通報する者もいる。

 

 だが、銃を撃った当人であるところの葛葉には全てどうでもいいことだった。

 

 葛葉はまっすぐツッコんでくるアンジュに発砲する。アンジュがそれを右手で払うと、金属音と共に銃弾は弾かれてしまう。

 

「あの腕……義手か?」

 

 葛葉は冷静にアンジュを観察する。アンジュの薄い手袋からわかる右手の輪郭は明らかに硬質で、もう片方のいかにも女性らしい左手とは正反対だった。アンジュはそのまま右手を伸ばして葛葉を捉えようとするが、葛葉は翼を拡げてアンジュの頭上を飛び越える。すれ違いざま、葛葉は三度発砲した。

 

(これは防げねーだろ……?)

 

 アンジュの頭上から腕や太ももを狙った三発の弾丸は、前に手を伸ばしたまま頭上の葛葉を目で追うアンジュの体制からして防げないはずだった。だが、弾丸はアンジュの体に触れる直前に、やはり金属音と共に掻き消えてしまった。

 

「なに⁉」

 

 葛葉は目を疑った。消えた弾丸がアンジュの足元に三つ、くしゃくしゃになって転がされたのだ。

 

「何が起こったか、わかっていないようですね。教えて欲しいですか?」

 

 得意げに笑うアンジュに葛葉は舌打ちした。

 

「いらねえ」

「そんなに頼むのでしたら仕方ないですねぇ。私と葛葉さんだけの秘密ですからね!」

「……もうそれでいいわ」

 

 アンジュは両手を頭上に伸ばした。その手は何か大きいものをなぞるように、輪郭を象っているようにも見えるが、依然と変わらず葛葉の目には何も映っていない。アンジュは何かを抱き寄せて、それを自分の肩に大事そうにのせた……そんな風に見えるのだが。

 

「おや、見えていませんか? それではこういうのはどうでしょう」

 

 アンジュが懐から水晶玉を取り出すと、それを真上に放り投げた。水晶玉はアンジュの頭上で光り輝くと、弾けて辺り一帯に水気の多い霧を吐き出した。

 

「何がしたい……そうか、そういうことかよ」

 

 霧の水滴でアンジュの周りを取り巻く巨体が徐々に浮き上がってくる。それは人の形をしてはいたが、身体は岩のようにごつごつした部分とスライムのように柔らかい部分が混ぜこぜになっていた。そしてその頂点にくっついている頭部だけは、目や鼻の輪郭だけ見ても整った男性の顔であることがわかる。アンジュはその男の顔を肩に抱き寄せていたのだ。

 

「ふっ、見えたようですね……私の彼氏が!」

 

 葛葉は口をぽかんと開けたまま言葉を失った。

 

「言っておきますけどね、葛葉さん。私の心と体はすでにひろの物、そこいらの男が簡単に奪えるものではなくてよ!」

「……」

「何か言ったらどうですか? 私のひろを打倒しなければアンジュは手に入りませんよ?」

「あ、ッスゥー……あの帰っていいですかぁ?」

 

 アンジュの笑顔にひびの入った音がした。

 

「ひろ! あの男がナンパしてきた! 私の体が魅力的だって! 涎を垂らして! 獣のような荒い息で……!」

「はぁ⁉ ちょ、ひろさん、違うんすよ。というかあの、ひろさんの彼女さんマジヤバくないすか? 絶対別れた方がひろさんのためになりますって!」

「ほら聞いた⁉ ああやってウチらの仲を裂こうとしてる!」

「ん~~違う、違うんです! そうではなくてですね⁉」

 

 さらに言い訳を続けようとした葛葉の前に巨体は音を立てて降り立ち、いかにもイケメンっぽい爽やかなボイスで言った。

 

「確かに。お前の言うことは正しい」

「ひろぉ⁉」

 

 膝から崩れ落ちるアンジュ。葛葉は勝機を見出し手を揉みながら馴れ馴れしく近づこうとするも……。

 

「ですよね! だったら……」

「だが、俺はアンジュの全てを愛している。アンジュを悲しませたくはない……」

 

 葛葉は理解できず、首を傾げた。

 

「それはつまり……」

「お前に恨みはないが、もう少しだけ踊ってもらおうか」

 

 ひろが咆哮し、大岩のような腕を葛葉に振るう。

 

「うわっと!」

 

 それを間一髪でよけ、翼を広げて空へと逃げる葛葉。振り返ると、ひろは光り輝く翼を背中に生やし、アンジュをお姫様抱っこして追いかけてきていた。

 

「兄さん、いないのか⁉ 本当にやべえ、俺一人じゃあの彼氏には勝てねえ!」

 

 葛葉は辺りを見回す。空中だったが、葛葉には影が出来ていた。葛葉はそこにバーサーカーがいると確信して呼び掛ける。

 

「兄さん、死ぬ! 俺死ぬって!」

「なんだ、騒々しい……」

 

 葛葉の足元の影から顔だけ覗かせ、バーサーカーは迷惑そうに葛葉を見つめる。

 

「兄さん、後ろ後ろ!」

 

 バーサーカーは辺りを見回し、背後に迫るひろとアンジュを視界にとらえると、ほう、と感心するように息を着いた。

 

「錬金術師か。余の時代にも少しはいたが、あの境地に到達した者はそうはいまい」

「見ただけでわかるのか」

「ああ、あの化け物は身体こそ現実の素材を使っているが、魂は思念の色が強い。よっぽど思い込みの激しい性格でないと普通あそこまでの格にはならんな」

「よっし、んじゃ逃げるのはここまでだ!」

 

 葛葉は反転し、ビルの屋上に立つ。その陰からバーサーカーが姿を現し、槍を構える。

 

「へえ、それが噂に聞くサーヴァントですか。私のひろと同じくらいイケメンですね。果たしてどちらが強いのか、気になりませんか?」

 

 アンジュはひろに下ろしてもらうと、ひろから距離を取る。緊張感が高まり、葛葉は銃を取る。その緊張感に水を差すようにアンジュは言った。

 

「ただし、言っておきますけど……」

「ああ? なんだよ」

「ひろを殺されたら私はショックのあまり死んでしまいますので、もしあれだったら加減してもろて……」

 

 葛葉は気まずそうにバーサーカーを見る。

 

「とかなんか舐めたこと言ってますけど、どうしますかぁ、兄さーん?」

「……善処しよう」

「だってよ、兄さんに感謝すんだな! おらいくぞ!」

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