鷹宮と悪魔は町はずれの森へ来ていた。二人は一緒に鼻歌を歌い、上機嫌で森の中を進んでいく。
「おい小娘、この辺りでいいんじゃないか?」
「そ? じゃ、この辺にしますかぁ」
二人は立ち止ると、辺りに誰もいないことを確認し、用意していた人よけの礼装を木々に取り付けていった。
「よし、じゃあボクから……」
「いや私からだね!」
鷹宮が手を前に突き出して念じると、地面に赤い魔法陣が現れ、魔法陣の底から金色の鎌が浮き上がってきて鷹宮の手に収まった。
「すげぇ、なにその鎌、かっけえ!」
「えっへっへ……っていうかでびちゃん知らないの? これでびちゃんの力でしょ?」
「え、そうなの? ボク知らないけど……」
鷹宮は鎌を見つめてうーんと首をひねる。
「ひまわりさんとやしきずとのコラボの後に出せるようになったから、悪魔の力が強くなったおかげだと思うんだけど……まだ悪魔についてもわからないことばっかり」
「へえ、まあいいや。そんなことより何か斬ってみようぜ! この木なんかどうだ?」
悪魔が指差したのは二人の頭上を覆うほどに枝葉を拡げた大木だった。
「馬鹿野郎っ、こんなんギガシスターだよ! 村の斧じゃ無理に決まってんだろ……!」
「ええ、じゃあそれとか」
今度は今にも折れそうな細い木だったので、鷹宮はこれなら……と木の前に立って鎌を振るった。
「あれ?」
鷹宮が訝しむのも無理はない。何の抵抗もなくスッと鎌の刃は木を通り抜け、依然として木は立っているのだ。
「あれ? ふんふん! ふんぬ! ……あれ?」
鷹宮は何度も鎌を振るったが、やはり鎌は木をすり抜けて、木はそのままの形を保ち続けていた。
「使えねー‼」
鷹宮が鎌を放り投げようとしたとき、どこかから制止の声があがった。
「アハァー! そんなアホなことしていいのぉ?」
「誰だ! 姿を現せ!」
鷹宮が言うと、正面の少し離れた木からひょっこりと女が顔を覗かせる。
その瞳は片方が赤で片方が黄色のオッドアイ。そして、女の頭部には獣の耳が生えていた。
今、木の影から姿を現した女はどこか和風の喫茶店の店員みたく、あまり派手でない着物を身にまとっていた。女は浮遊する髪留めに留められた両房の後ろ髪を宙に漂わせながら歩いて来る。
女は鷹宮が鎌を振るった木に近づくと、その華奢な指で木に触れた。
「おわぁっ!」
「えぇ⁉」
二人は驚きのあまり声を上げる。木は女が触れただけでバラバラになって倒れてしまったのだった。
「何を驚いてんの。リオンはんがそれで切ったんだよ?」
「え、私?」
「うん。この切れ味、物理的な鋭さじゃないね。魔術やと思うんやけど、魔力の匂いは全くしない。なんでやろう……?」
と女は木の切り口を指でなぞり、くんくんと匂いを嗅いだ。
「なんで、私の名前を知ってらっしゃるの……?」
「配信見たから?」
何か変なことを言ったかと違和感を目に浮かべている女に、鷹宮は改めて自分が配信者であることを意識させられた。
「そ、そうでした……動画見ていただいてありがとうございます……」
鷹宮が頭を下げると、女の方も切り替えて悪魔の方に顔を向ける。
「それで、そっちの悪魔がでびる様? なんや願いを叶えられるんやって?」
「あ、はい、そうですけど……」
悪魔はたじたじと後ずさりながら答える。
(お前、なんでそんなビビってんだよ)
(小娘、逃げるぞ。あいつは人間じゃない……!)
「え?」
鷹宮が女の方を見ると、そこには先ほどまでの穏和な笑みはない。女の顔には嗜虐的な笑みが浮かべられていた。
「でびでび・でびる? あんたはどうして召喚されたの? いったいどうして? 悪魔が聖なる杯に何をお願いしようって?」
女の雰囲気が変わったのを感じたのだろう。悪魔は息の詰まりそうな声で答える。
「そ、そこに酒があったから……」
「酒? 酒で悪魔が? そんなアホな。つくならもっとましな嘘ついた方がええよ?」
「ッスー……すみません」
「え、なんで目を逸らすの? まさかホンマに? 聖杯への願いは……?」
「まだ考えてないですね……えー、崇拝してくださる皆様が楽しめる方向で検討しておりますが、いかんせん勝ち抜けるかどうか。今日を生きるのにも不安な弱小悪魔なものでして……」
「でびちゃん、それは卑屈過ぎでしょ」
鷹宮がツッコむと、悪魔は「確かに!」と謎の同意を示す。
「ああ、わかった。それで力をためるために配信してるんやね。配信で言ってたことそのまんまなんや。はぁー、ホンマ……ふざけてんな」
鷹宮の視界で女の姿がぶれた……そう思った時には鷹宮は首に手をかけられ、木に叩きつけられていた。くらくらとする視界の中で、鷹宮は自分をせせら笑う女の二つの髪留めを見た。髪留めはまん丸な目をした犬の形をしていたが、それらは子供がはしゃいでいるかのように鷹宮の視界を好き勝手漂っていた。
隣を見ると、悪魔も同じように首を掴まれて木に抑えつけられていた。
「なんでお前みたいなやつがこっちに来たの? それで、お前みたいなのをその女は必要としたんやって? 意味わからんのやけど」
「ぐ、にゅう、お前は、どうしてこっちに、来たんだ……!」
悪魔が絞り出すような声で聞いた。女は冷めた目で悪魔を見下ろし、答える。
「友だちのため。それ以上でもそれ以下でもあらへん」
女はきりきりと首を絞める力を強めていく。鷹宮の意識は木にたたきつけられた痛みと首を絞められている苦しさで滅茶苦茶になっていた。
「覚えとき? アンタらを殺した者の名は
鷹宮の意識は遠ざかる。今まで見ていた世界から遠ざかっていく。自分の意識が暗く、温かな揺蕩いの中に呑まれていくのを自覚しながら、鷹宮は手を伸ばした……遠ざかっていくスクリーンに小さく映された自分の視界へと。
きゅっと、余りにあっけなく伸ばした手は握られる。鷹宮の意識は急速に浮上し、目の前で自分を見つめる黄色い瞳を捉えた。
「手、握ってみたけどまだ苦しそうだね」
それは容姿を見ても男なのか女なのかわからない。声を聞いても男なのか女なのかわからない。手に持ってるスコップは? 頭に着けてるのは安全ピン? 全てが謎だった。ただ、鷹宮には理解できた。
今はこれにすがるしかないと。
「おっけー、わかってるって。じゃあ、こうしようかな」
そうして謎の人物が指を鳴らした瞬間、首に掛かっていた力が消え、息苦しさが消えた。
鷹宮は膝を着き、咳き込みながら肺に空気を取り込む。隣では悪魔も同じように喘いでいるのが見える。
「アンタ、なに?」
戌亥が牙をむき出して尋ねる。謎の人物はどうでも良さそうに言った。
「そんなことより、苦しくないの?」
「は? 何言って――」
戌亥は驚愕する。戌亥の両腕が戌亥の意思に反して勝手に動き、戌亥の首を絞め上げていたのだ。
「そこの女の子、今だ!」
「へ?」
「鎌だよ、鎌!」
ハッとして、鷹宮は落ちていた鎌を拾い上げる。体中がずきずきと痛み、頭も重かったが、それでも鎌を一振りするだけの力はあった。
鷹宮は無我夢中で戌亥に迫り、鎌を振りぬいた。