Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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26.聖女の足音

「この先に二人を待機させてますから」

 

 とリゼが先行し、言峰が案内される形で二人は墓地の脇道を走っていた。

 

「皇女殿下、そちらの調査はいかがでしたか?」

 

 言峰が尋ねる。リゼは振り返らずに答えた。

 

「そうですね、私たちはそれぞれ聖杯戦争に参戦しているメンバーの情報を集め、特に問題のありそうなメンバーと接触、調査を行いました。私はかつてのレジスタンスのメンバー二人と、アンジュは吸血鬼と、戌亥は例の動画の悪魔と、さらに賞金首のましろの情報を持ち帰ることに成功しました」

 

「ほう、さすがは皇国のさんばか、評判通りのご活躍です。しかし、なんと馬鹿げた聖杯戦争か! それであるならば魔術協会と聖堂教会も惜しまず戦力を提供してくれるでしょう」

 

 言峰はくつくつと笑う。

 

 さんばかはヘルエスタ皇国第二皇女、リゼ・ヘルエスタ率いるヘルエスタ皇国の実動ユニットだ。リーダーのリゼをはじめ、隻腕の錬金術師アンジュ・カトリーナと地獄の門番戌亥とこの三人がメンバーである。さんばかの由来は謎だが、今では見た目の華やかさとメンバー間のとぼけた発言が一人歩きし、文字通り三人のバカという意味で使っている輩も多くみられる。

 

 言峰神父はもちろんバカにはしていないはずだが、言峰の言葉にはどこか含みがあり、リゼは眉を顰めざるを得なかった。そんなリゼに言峰はそっと囁いた。

 

「皇女殿下、敵がすぐ近くにいるようです。あとから追いかけますので先にお進みください」

 

 言峰は立ち止ると、周囲を警戒するように構える。リゼはそれを見て頷いたが、言峰の言葉に従うことなく、その場に立ち続けた。

 

「どうしましたか? 皇女殿下、何かあるのでしたら……なるほど」

 

 リゼの浮かべていた笑みはいたずらが上手くいった子供のそれであり、平静であれば可愛げのある物だったのだろう。だが、言峰からしてみれば可愛げがある分腹立たしい、少女は自分の運命を最初から知っていて、今まで自分と話をしていたのだ。

 

 カツ、カツ、カツ……。

 

 墓地の方から重厚な、しかし軽やかな足音が聞こえてくる。

 

「言峰神父、お久しぶりです」

 

 落ち着いた声音ではあったが、その中にもどこか朗らかさを感じさせる女性の声が墓地に響く。この声は……言峰は冷や汗を垂らして言った。

 

「シスター・クレア……! 異教徒め。やはり、あのとき異端審問にかけておけば……」

 

「あはは……あのときはご迷惑をおかけしました」

 

 言峰が睨むのもどこ吹く風、修道服を纏った女性、シスター・クレアはぺこりとお辞儀をした。

 

「クレアさん!」

 

 リゼは言峰にかまわず手を振る。しかもクレアはそれに答えて笑顔で手を振って見せた。まるで俗世界の若い女たちが昨日ぶりの再開を喜ぶような、そんな、言峰を無視したやり取り……。言峰は知らず知らず拳を固く握っていた。

 

「なぜだ……皇女殿下、なぜ私を助けた? 先ほどの老人に私がやられればそちらの目標は達成していたはず。いったいなぜこのような茶番を……?」

 

「あらぁ、たくさんの人を弄んできた神父様が、自分が弄ばれるとなるとそうまで慌てますか」

 

 にっこりと笑って挑発するクレア。言峰は怒りを隠さない調子で言う。

 

「私の慌てふためく様を見て愉悦でもする性分だったか?」

 

「いえいえ。私には人を虐めて楽しむ趣味はないですから。本来の叶さんの作戦では、貴方は教会で倒されていたはずでした。ですのでこれは私のわがままを叶さんに聞いてもらった結果です」   

 

 静かに、クレアの顔から笑みが引いていき、消え去った。

 

「叶さんは言いました。この世は弱肉強食のゲーム、弱者の救われる世界を作るためにはまず勝たなくてはいけない。もちろんこれは間違った方法です。できるのなら正しい方法で世界を変えてゆきたい……」

 

 そして、決然と拳を胸の前で握り、クレアは言った。

 

「でも、私は力不足でした。誰も傷つけない方法で誰も傷つかない世界を作ることはできない。この世界で何かを為すには力がいるし、力を得るにはまず誰かを押し退けないと。かといって何もしなければ虐げられている人がいるのだから、何もしないわけにはいかない。私はこの、人を傷つけるゲームに参加して、勝ちたいと思った。だからひとまずは、このゲームを外から破壊しようとする、誠実な神父であるところの貴方の記憶の忘却をもって、私はゲームの舞台に上がらせていただこうと思うのです」

 

「ふん、少しは現実というものが見えるようになったようで何よりだ」

 

 幾分称賛を含んだ言葉であったが、言峰はじりじりと距離を取り始めていた。

 

「セイバー」

 

 クレアは呼び掛ける。言峰の背後に立つ人物に対して……!

 

「何!」

 

 振り向きざまに黒鍵を構える言峰。が、その黒鍵は少女の振り下ろした剣によって半ばから折られてしまう。動揺する言峰の前に金色の髪を靡かせる騎士の少女が立つ。少女は青いドレスの上に鎧をまとい、手には目に見えない剣を持っているようだった。

 

「くっ、君は、どこかで……」

 

 突然頭を押さえてふらつく言峰に向けて、少女、セイバーは見えない剣を構え、一歩踏み出した。

 

「待て! 最後に言いたいことがある!」

 

 言峰がそれを制止し、膝を着いた。セイバーはクレアの方を伺い、クレアが頷くと、その剣を下ろす。

 

「なんですか? あ、この調査関連の記憶は全て私たちに都合のいいものになります。ヘルエスタの調査団ともしっかりと話を合わせています。それ以外のあなたの記憶については一切触れないことを私が保証しましょう」

 

 とクレアは言峰を安心させるようにほほ笑んだ。

 

「レジスタンス……ではない、まさかチルドレンの繋がりか……? いや、今はそんなことなどどうでもよいのだ!」

 

 叫ぶ言峰の妙な気迫に押され、クレアはそのほほ笑みを若干引き攣らせる。

 

「で、では、言峰神父、言いたいこととは一体……?」

 

 言峰は言った。

 

「でびリオンのサインだ! ヘルエスタ経由で私宛に届けさせてほしい!」

 

 しん、と辺りが静まった。リゼとクレアの視線の間には、お前何か言ってやれよ、という小競り合いがあったが、それはクレアが目を伏せたことで決着する。

 

「……承知しました。でびちゃんと鷹宮さんのサインはリゼさんが責任をもってあなたに届けると誓いましょう」

 

「え、私ですか? こんなくだらないことのために皇女の責任を⁉」

 

 戸惑うリゼをキッと言峰が睨む。

 

「初めて……麻婆を共に喰らった仲間なのだ」

 

「仲間……ですかぁ」

 

 とてもどうでもよさそうにクレアが繰り返す。

 

「そうだ。私の生涯で唯一無二の親友ともいえよう。拷問じみた苦痛に秘められし快楽を彼らとは共有しあえた……! あれこそ、私の人生でたった一瞬だけ訪れた、至極まっとうな楽しい時間だったのだ……」

 

「あーそうなんですねー」(クレアさん、さっさとやっちゃってください)

 

「わ、わかりました。セイバー!」

 

 セイバーは先ほどとは違って幾分気の抜けた顔ではあったが、その透明な剣を哀れな聖職者に向けて振り下ろした。

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