鷹宮と悪魔は重たい扉をそっと閉めて、足音を立てないよう気を付けながら教会の奥へと進んでいく。
二人の見据える壇上ではシスターが膝を着いて神に祈りを捧げていた。
二人が壇の下まで来ると、シスターは二人の気配に気づいたように顔を上げる。
「あら? いつでも声をかけてくださればよかったのに。お気遣いありがとうございます」
「あ、いえ。私たち待ってますので……」
鷹宮は遠慮するが、シスターは立ち上がり、二人の前に降りてきた。
「人を待たせてお祈りに耽るなんてありえません。神様も待たせてる人に対して気まずいじゃないですか」
「気まずい……のか?」
と、これには鷹宮と悪魔も首を傾げる。
「初めまして、シスター・クレアと申します。鷹宮リオンさんとでびでび・でびるさんですね。叶さんから聞いていますよ」
「ボクたちはその叶って奴に用があったんだけど」
「ふふ、叶さんは今日は来られません。もしお二人の来られたご用件が先日の襲撃事件のことでしたら、私もある程度は知っているのでお話できると思います」
二人は戸惑いながらも、じゃあ、まあ……と促されるままに話し出した。
――――――
「そうですね……。襲撃者は魔術協会と聖堂教会合同の調査団です。ましろさんはたぶん、叶さんの差し金ですね。他にも有力なマスターさんたちに調査団の撃退を依頼していたと思います」
「え、そうなの⁉ ボクたちのところには依頼きてない……」
「バカ! 私たちが弱いからだろ!」
ツッコむ鷹宮だが、自分で自分の言葉に傷ついたらしく、スン……と項垂れた。
「それで、なんで調査団なんか来たわけ~?」
悪魔のその質問にクレアは困ったように笑う。
「それはですね……えっと」
ちら、ちら、とクレアは悪魔の顔を見る。
「あ、そういえばあのましろって奴、指名手配犯って言ってたし、なんか関係あったのかも」
鷹宮が思い出して、ぽんと手を打った。
「そうそれ! それです! 他にもこの聖杯戦争では、両組織にとって非常に問題のある方々が……こほん、参加してますので、それを調査しに来たみたいですねー」
「うわ、やっぱり皆おっかないんですね」
「恐ろしいねぇ……」
二人は納得したように頷き合うが、クレアは少し引っ掛かりを覚えたようだった。
「そうでしょうか……」
シスターが異を唱えたのが意外だったのだろう。鷹宮と悪魔は目を丸くしたが、クレアは穏和な表情で諭すように言った。
「私は彼らに会ったことがあります。彼らは生きるため、夢のため、大事な人のため、皆各々厳しい現実に立ち向かうことのできる人たちです。彼らはその目的のために、ときには過激な手段に出ることもあるのでしょう。けれど私はこうも思うのです。彼らが彼らなりに最善を尽くしているに違いないと。その一点においてとても彼らを信頼しているのです。言いづらいことではありますが、他の大多数の人たちよりも……」
クレアは伏し目がちに二人を見たが、二人は揃って別の場所を見つめていた。隠す気もないのだろう。クレアの右手甲には血のように赤い令呪が刻まれていた。
「よく、わかりました……」
少し沈んだ声で鷹宮は頷いた。
「考えてみれば当たり前ですけど、みんなそれぞれ事情があるかもしれないのに、それを何も知らない私がおっかないだなんて、一言で片づけるのは、違いますよね……」
ごめんなさい、と鷹宮は頭を下げた。悪魔がそれに倣って頭を下げたのを見て、クレアはくすりと吹き出す。
「いえいえ、そんな。謝らないでください。ただ、少しだけ……少しだけ、心にとどめておいて欲しかっただけなんです」
クレアが鷹宮たちを安心させるようにほほ笑む。そんなクレアに心苦しく思いながらも、鷹宮は切り出した。
「やっぱり、その、クレアさんも……」
「はい! そうですよ」
既に鷹宮の視線に気づきつつも、クレアは笑顔で肯定した。
「ボクたちを、殺すの……?」
悪魔が躊躇うように発したあまりに直球な問いにも、クレアはただほほ笑んで、丁寧に応答した。
「はい、必要があれば。それでも、矛盾するみたいで申し訳ないのですが、私は貴方たちの幸せを願ってますから」
皆おっかない、と自分で言いつつも、鷹宮は心の中で、ひょっとするとあのましろが特別におかしくておっかないだけで、他のマスターたちはあれに比べれば多少はましなんかじゃないか、聖杯戦争にそこまで悲観的になる必要はないんじゃないかと思っていた。しかし、そうではないのだとクレアを見て思い知らされる。こんなの明らかに異常だ。
教会を出る直前、鷹宮は一度振り返った。
明るい窓を背負う十字架の前に佇むのは、彫刻された聖人の像ではなかったか。
ほほ笑むシスター・クレアの姿は、どこか哀しげに見えてしまうほど、浮世離れした美しさを湛えていた。