29.招待状
「ようやく完成したね」
「ええ。白兎も使いに出したわ。あとはおもてなしの準備だけ」
「そっか……あのさ、力不足でごめんね。今の僕の力じゃこれが限界みたいだ」
「十分よ。これがあの子の大好きだった世界の……」
急にしおらしくどこか遠い場所を見つめだしたアリスを見て、ましろは伺うように呼び掛ける。
「アリスちゃん、どうしたの?」
「ううん、なんでもないわ。あなたも、もう立っているのも辛いはずよ。早く中に入って温かいベッドで横になりましょ」
「いや、そんなわけにはいかないよ。だってこんなでっかいお城だよ? しっかり隅々まで探検しないと!」
「もう、ましろったら……。でも、そうね。私も早く中を見たくてうずうずしてる」
二人は目の前にそびえる大きな城を見上げた。城はトランプをあしらって赤と黒で彩られていた。窓にはシャンデリアの灯りにシルエットが次々と浮かんでは消えていく。すでにパーティーが行われているに違いなかった。
二人は手を繋ぎ、開かれた城門をくぐって中へと歩いていった。
〇
メイド服を纏った小犬がとことこと二本の足で歩いてきて、戌亥とこの元へケーキを運んでくる。戌亥はその犬をじっと見つめて、ため息をついた。小犬は戌亥がどうしてため息をついたのかわかっていないようだったが、犬の顔には絆創膏が張ってあった。戌亥が優しく撫でてやると、小犬は少しくすぐったそうにしながらも、戌亥の手を嬉しそうに受け入れていた。
「じゃ、次は私が歌おうかな」
戌亥とこはそう言うと、カウンターの上のマイクを握った。
「え?」
何が起きたかわかっていないようなアンジュの視線を受け、戌亥もまた首を傾げた。
「ん?」
「えぇ⁉」
「ほにゅ?」
あくまでシラを切ろうとする戌亥に対し、アンジュはついにカウンターに拳を叩きつけて立ち上がる。
「おい! それ私が入れた曲だぞ!」
「アハァー! ンジュはん、私の十八番入れてくれてありがとうな!」
「くぅ~っ、どういたしまして‼」
尻尾を振って喜んで見せた戌亥にほっこりし、アンジュは勢いよく着席した。その横では空になったグラスを差し出してリゼが言う。
「兄上、カクテルをもう一杯!」
グラスを受け取ったバーのマスター、花畑チャイカはペットボトルからグラスに水を注ぎ入れ、そのままリゼに差し出す。
「あれ、兄上、今ペットボトルの水がそのまま……」
「はっはっは、何言ってんだよ。ちゃんとシャカシャカもしたじゃないか。この一瞬で全部忘れちまうなんて、酔い過ぎだぞ~? このこの♪」
「そう、ですね……少し酔っているのかも」
そういって小さな喉をこくこく鳴らし、リゼはグラスの水を飲む。
「ぷはーっ! 舌がひりひりとして気持ちいい! 兄上、もう一杯!」
「ったく、しょうがないなぁ……あん?」
再びペットボトルを用意するチャイカだったが、チャイカの元にメイド服を着た小犬がてこてこ歩いてきた。小犬の手元には小さなほうきが握られていた。
「ああ、もう終わっちゃったの? どこかの誰かさんと違って偉いな、お前は。じゃあ次は窓の桟の埃をお願いできる? 終わったらご褒美出しちゃおっかな」
それを聞いて小犬は大喜びで窓に向かって駆けていく。
少し離れたテーブルでは、どこかの誰かさんがほうきをほっぽりふんぞり返っていた。
「さんばか……とか言うたっけ? あいつら、いつまでおんねん……」
椎名唯華は姦しく騒ぐ三人を睨み、グラスに注がれたミルクをあおぐ。
「バーの大人びた雰囲気がぶち壊しやわ、ほんま」
「はっはっはっはっ! これは傑作だ! 貴様にそんなものを感じられる感性があるとはな!」
アーチャーが高笑いしてグラスを傾ける。
「何がおかしいねん!」
「すべてだ、貴様の言葉のすべてがおかしい!」
激しく火花を散らす二人の間に赤髪の少年、ライダーが割り込んだ。
「ちょっとちょっとー、戌亥さんの歌が聞こえないじゃないかー」
その瞬間、バーに溢れていた人の声が消えて、カラオケのメロディだけが無機質に流れ出す。
「え、ちょっとみんな、どうしたの……?」
ライダーが周囲の様子を探ると、みんな店の入り口の扉を見て固まっていた。ライダーもまた扉を見て、驚愕する。
店の扉は開いていたが、そこには誰も立っていない、と思いきや、扉の足元にスーツを着た白兎が人間のように二本の足で立っていた。
白兎の後ろで扉が閉まり、掛けてあった鈴が空疎に鳴り響いた。
「えーっと……んんっ、すみませ~ん、本日貸し切りとなってまして~」
花畑チャイカがぎこちない笑みで対応すると、白兎は懐から金色の懐中時計を確認して言う。
「時間がない!」
はい? と辺りに緊張が走る。
「くそ、時間がない! このままでは死んでしまう! ああ、こんなことを喋っている間にもまた十秒も生きる時間が!」
くそ! くそ! くそ! とその場でぴょんぴょん飛び跳ねながら地団駄を踏む白兎に一同は唖然となった。見られているのに気付き、白兎は急に居住まいを正し始めた。
「花畑チャイカ殿、並びに椎名唯華殿、お手紙をお持ちしました」
そう言って白兎はカウンターの前まで歩いてくると、ぴょんっとジャンプして自分の身長よりも高いカウンターの上に二通の手紙を叩きつけた。
誰も、何も言えないうちに白兎は踵を返して店の出口へと向かう。扉から出ていく手前で白兎は振り返り、「時間がないので、今日の日はまたいつか!」と言った。
再び扉が閉まり、鈴が鳴る……。
「兄上、手紙を」
「お、おう……椎名も来いよ」
チャイカに呼ばれて椎名がカウンターに来る。椎名だけではない。手紙が気になるのか皆が手紙を見ようと円になって覗き込んでいた。チャイカは緊張した面持ちで、椎名唯華は明後日の方を向きながらぺりぺりと、手紙の封を切った。
「なるほど」
とチャイカは言った。
「なるほど」
と椎名。
「なるほど」
「なるほど」
となぜかみんな理解した風に頷いていく。
「で、どうしますか、兄上」
リゼの言葉にチャイカは頬を掻き、悩ましげに応えた。
「俺は行きたいね。正直言って、俺たちには隠れてるマスターやサーヴァントを探し出して殺していくような、そんな真似はできないだろう? これもまあ、いい機会じゃないか? なあ椎名」
聞かれた椎名はあくびをかみ殺しながら答えた。
「う~ん、罠じゃね?」
「つっっ! そうだけども!」
「通常であるなら罠であると言いたいが……」
アーチャーはどこか煮え切らない顔だ。そんな中で、ライダーはぶぜんとした表情で言った。
「僕は罠じゃないと思うな―」
「ほう、なぜそう思うのだ?」
「だってこの魔力、あのお寺の礼装の人だよ。会ったことはないし、良い人でもないんだろうけど、それでもこうして自分で整えた舞台なんだ。自分に一方的に有利な形で使い捨てたりはしないさ」
ま、よっぽど極悪な人物でもなければね、とライダーは付け足す。
「なるほど。もっとな言葉にも聞こえるが……」
アーチャーは腕を組み、考え込む。
「ああ、そか。よく見たらましろはんの」
「「え‼」」
リゼとアンジュが戌亥を注視する。
「いやな、けっこう本気でかかったけどやられてしまったわ……」
戌亥の言葉にリゼとアンジュは愕然となった。
「そんな……つよつよケルベロスモードで?」
リゼが確認するように聞き、戌亥は頷いた。
「うん」
「本当に? 本当にあのつよつよケルベロスモードを使ったんですか⁉」
「ああ、うるさいうるさい‼」
問い詰めてくるアンジュの顔を払って戌亥はカラオケに曲を入力しにかかった。
「誤魔化すのか! くっそー、私も歌ってやる、デュエットしてやっからな!」
とアンジュはマイク握ったが、戌亥はそれを信じられないというような目で見つめて言う。
「え、いや、やめて……」
「え」
「え」
沈黙のうちに見つめ合う二人を見て、リゼがニカッと笑い、言う。
「ねえねえねえ! 三人で歌おうよ!」
マイクを握ったリゼを見て、戌亥はほっとしたように胸をなでおろし、
「ああ、そんなら。ンジュはんも準備できてる?」
「え、いや、うん……え?」
どこか釈然としない表情のアンジュだったが、カラオケの曲が始まってすぐにその表情は解けていく。
楽しそうに歌う三人を遠目に見ながら椎名は言った。
「つまり、どういうこと? ましろはん、いい奴ってこと?」
「なんでだよ」
チャイカがツッコんで、椎名はこてんと首を傾げた。