教会の門の前、街灯の下で黒い衣服を纏う男は影のようだ。鷹宮が急に止まったので、悪魔は鷹宮の背中にぶつかった。
「何すんだよ小娘!」
「静かに。あいつ、サーヴァントよ」
悪魔はそこで初めて男の方に目をやった。まっすぐな背すじ、丈のある上着にかかる白く長い髪が風に揺れている様には気品が感じられて……。
「小娘、短い間だったけど楽しかったぜ。お前に貰った酒の味は忘れない」
「お前が勝手に飲んだだけだろ!」
しまった! 敵の前でツッコミを……!
鷹宮は慌てて男の方に向き直るが、男は微動だにせず、こちらをじっと見つめていた。
「そう警戒するな。教会に来る者を襲いはしない」
そう言って男は道を譲るように脇にそれた。
「あ、どうも~……失礼しま~す」
「なんで小声なわけ?」
いそいそと男の横を通り過ぎようとする鷹宮を見て、今度は悪魔がツッコむ。通り過ぎる瞬間、男が鷹宮を見下ろし言った。
「神父を信ずるな。全て疑ってもなお足りぬ」
え……?
鷹宮は振り返るが、男は教会から離れるように歩き出していた。
―――――――
「ちょっと待ってよ、だって教会だよ⁉ ボク悪魔だよ⁉ 入ったら……入ったら……あれ?」
「どしたん?」
「普通に入れそう」
何が面白いのか、悪魔は教会の敷地に出たり入ったりを繰り返した。
「あー、かなかなが何かしたのかもね。悪魔だって言ってあるし」
鷹宮は悪魔を無視して教会の扉を開く。信者たちの座る長椅子が奥に向かって並び、その先には真っ白な十字架が掲げられていた。
「こんばんは」
と教会の中に若い男の声が響く。男は神父のようで、最前列の席に座っていたらしい。立ち上がると、振り返って二人に挨拶をした。
「おお! この中にも入れる、すげぇ‼」
と悪魔はやはり教会の中に出入りを繰り返した。
「恥ずかしいからやめろって」
鷹宮が止めようとするが、悪魔は鷹宮の手をすり抜けて止まらない。
「だってさぁ、生まれてからずっと入れなかった場所に今初めて入れたんだよ? 感動だってするよ」
「ふふっ、気に入ってもらえてよかった」
男の声に二人がびくりと肩をふるわせる。声のした方を見ると神父の叶が赤い絨毯を歩いて来るところだった。
「あ、かなかな~。ごきげんよう」
「鷹宮さん、ごきげんよう。そちらの方が悪魔のでびでび・でびるさんですね?」
「そうだよ~。いやぁ教会って綺麗だねぇ。そのうち僕の像も飾らせてあげる」
「いえ、それは結構です……ああ、僕は叶といいます。この教会の神父であり、今回の聖杯戦争の監督役を任されています。どうぞよろしく」
「ああ、よろしくな!」
「それでは、まあ、どこの席でもいいのでおかけください。お話をしましょうか」
叶の勧めに従って二人は席に着く。叶はその席から少し離れたところに立って話をするようだ。
「とりあえず、こちらから知らせなくてはいけないことをお知らせします。聖杯戦争は既に始まっている。聖杯戦争の参加者は出揃っています。
セイバー
アーチャー
ランサー
ライダー
キャスター
アサシン
バーサーカー
教会は七騎の召喚を確認し、七人のマスターを確認しています」
「うそ……」
鷹宮は顔を青くし、椅子から崩れ落ちそうになった。
「嘘ではありません。教会に申請に来られてない方もいらっしゃいますが、誠に勝手ながらこちらの方で確認させていただきました」
「私の聖杯戦争、終わってた……」
今度こそ鷹宮は崩れ落ちた。
「小娘、元気出せよ」
鷹宮の背中にパタパタと小さな悪魔が降り立つ。叶はその様を見て吹き出しそうになるもなんとか堪える。とおもうきと思いきや言葉には笑いが混じっていた。
「ええそうですよ。元気を出して。まだ終わったわけではありません。鷹宮さん、あなたの手には令呪が刻まれているではないですか」
ハッと鷹宮は自分の手の甲をまじまじと見つめた。
「そうよね! サーヴァントがどんなに酷かろうと、令呪があれば正式なマスターよね⁉」
「おい小娘」
「その通り。イレギュラーではありますが、召喚が行われ、召喚者の手に令呪が刻まれた以上、それは聖杯が必要としてのこと。鷹宮リオンさん、教会は貴方を正式なマスターと認め、聖杯戦争への参加を要請したいと思います」
もちろん、でびちゃんもね。と叶は付け足した。
「でびちゃん⁉」
「ぷっウケる。私もそう呼ぼ……いやそんなのはどうでもよくてですね? え、なんて言った今。私たち、聖杯戦争に出れるの?」
叶は微笑み頷いた。
「ええそれはもう。他の参加者たち全員を降して聖杯を手にしていただいて構いませんよ」
「やったぁ! さっすがかなかな! よかったね、でびちゃん。私たち戦えるよ~」
と鷹宮は悪魔に抱き着く。首が締まっているらしく、悪魔はどんどん青ざめていく。
「いやボク、戦え……うぇっぷ、」
「さて、こちらの方でお知らせしなくてはいけないことはそれだけですが、鷹宮さんの方で何か聞きたいことはありますか?」
「うーん、そうですねえ」
と悪魔を抱いたまま鷹宮は考える。
「聖杯に選ばれたって考えると再召喚は出来ないっぽいし、あ、でびちゃんのクラスとかって、かなかなわかったりしない?」
「それは難しいかもしれません。令呪を使ってみてもいいですが、様子を見るにでびちゃん自身も何も知らなそうですし……やっぱり、戦うのに支障が出ますか?」
その通りです! と鷹宮は即答しそうになるが、悪魔に袖を引っ張られた。
鷹宮の脳裏に悪魔の言葉が蘇ってきた。悪魔は信仰されて強くなる。人々をどうやって悪魔信仰に目覚めさせればいいか、そんなことを教会の神父に聞くわけにはいかなかった。
「いや、そういうわけじゃ……ありませんけど?」
と鷹宮と悪魔は同時に目を逸らした。
「よろしければ肩入れにならい範囲で……」
叶が気を遣って切り出そうとするが、鷹宮は慌ててそれを制止した。
「いやいやいや、大丈夫です、ほんと! まあ今は若干厳しいかもしれないけど、道は見えてるっていうか……ねえでびちゃん?」
「そそそそうだよ小娘。今はまぁ、アレだけど、僕たちは戦えるようにはなるよ」
二人の狼狽ぶりに叶は首を傾げた。
「そうですか。まあ、関与しなければそちらの方がいいことに間違いはないでしょう。質問が無ければ今日はお開きとしますか。それでは、お二方にご武運を」
〇
鷹宮リオンとでびでび・でびるが去っていくのを見守ると、叶はどっかと席に腰を下ろした。
「今は強くないけど強くなる方法がある。それは聖職者の前では言いづらいこと……人を殺してその魂を貪り喰らう、みたいな感じかなぁ?」
叶が呟くと、その横に座っていた葛葉が姿を現して言った。
「いや、違うんじゃね? もっと平和でくだらない、それでいて難易度だけはやたらと高いとか、そんな条件と俺は見た」
うーん、と二人は唸って考える。叶は横目で葛葉を見やり、言った。
「まあ、やるなら今じゃない、葛葉?」
葛葉も叶をちらりと見ると、ため息をついて席に深くもたれた。
「いや、初狩りは流石に引くわ。ゲームじゃねえし」
「えー、ゲームじゃないからこそじゃん。あいつら絶対意味わかんない方法で強くなっちゃって後々面倒になるタイプだよ」
「はぁ、そうなんだろうなー。わかるんだけど気が乗らないっつーか……いや、俺がやらなくても誰かやるって」
ふーん、と叶は手を組み頷いた。
「ああそれ正解だわ。ちょうどすぐ近くに一組、サーヴァントとマスターの反応がある。鷹宮さんとでびちゃんも終わりだね」
「はあ?」
舌打ちすると、葛葉は立ち上がった。
「どこ行くの、葛葉? 戦闘が終わるまで待ってた方がいいんじゃない?」
「だぁー、目覚め悪ぃって。それに、初狩りするようなカスの顔は拝んどかねーと」
葛葉は教会の出口に向けて歩き出す。
「きっと高くつくよ」
「黙ってろ叶。さっきも言ったけど、聖杯戦争に参加したのは俺の意思だ。俺が決める」
教会を出ていく葛葉の背に叶はそっと呟いた。
「しょうがないね、まったく。ご武運を、と」