「トイレは~っと」
華やかな明かりが照らす廊下を花畑チャイカは進んでいく。その後ろにはライダーが興味深そうに辺りを見回しながらついてきていた。
「このお城、少し明るすぎるけど、いい趣味してる」
ライダーの言葉にチャイカは同意する。絨毯や明かり、落ちる影、窓などにも、あちこちにトランプの意匠があしらわれている。色も白と黒、そしてハートの赤でメリハリが効いており、モダンな印象がありながらもどこかおとぎ話めいた空間だ。廊下の角に置かれている青や紫などの壺はほどよいアクセントになっていて目に映える。
チャイカは足を止めた。扉もなく、部屋の中が外から見て取れる部屋はいくつもあったが、その部屋にはチャイカの気を引くものがあったのだ。
抑制の利いた照明、無駄な調度品のない広い部屋をチャイカはゆったりと足を進める。
「うーん、いいねえ」
チャイカはそこにあったバーカウンターにつつと指を走らせる。カウンターは綺麗に磨かれているようだった。
チャイカはカウンターの向こうに回ると、グラスにワインクーラー、小型の冷蔵庫の中身を確認し、カウンターチェアでぐるぐる回って遊ぶライダーにさっそくミルクを注いだ。
「いや、僕お酒飲めるって言ってるじゃないか!」
「ばっかお前、その体は未成年だろ。事情は分かるけど、うちは健全でやってるんでね」
「ちぇっ、けちだな」
そう言ってミルクをあおるライダーに満足し、顔を落としかけたチャイカの視界にふっと黒い影が落ちる。
「あー、お客様、オーダーの方はお決まりですか?」
チャイカがグラスを用意しながら尋ねると、新しく席に着いた二人組は言った。
「ん~、そうですねえ……んんっ、いや、こういうお店初めてだから迷っちゃうなあ! あー、よし、決めたわ。そんじゃ、マスターの血を一人前。んで」
「サーヴァントの血を一人前。新鮮なものがよいぞ……」
そこには貴族のような出で立ちの二人組、葛葉とそのサーヴァント、バ―サーカーが座っていた。
〇
「あたし窓際~」
「あ、ずるいぞ! 僕だって窓際がいい!」
連れられた部屋に入ると、二人はほとんど同時に走り出したが、鷹宮リオンの方が少し早かった。鷹宮は窓際のベッドにダイブし、それが自分だけのテリトリーであることを示すように大の字になった。
「くっそー。でも別にいいもん。こっちのベッドだってふかふかだもん……」
悪魔は部屋にもう一つあったベッドの方に飛び込むと、ベッドの上で二三度はねてみせた。
「ちょ、やめろって。埃が舞うだろ!」
「このベッドめっちゃ弾む! 小娘もやってみろって!」
「はぁ、何言っての? 弾むたってそんな……え、めちゃ弾む! すごーい!」
ベッドの上で跳ね回る二人に恐る恐る近づいていく影が一つ。手足の生えたまんまるの卵に服を着せたような男、ハンプティ・ダンプティはコホンと咳払いをして、
「……えーっと、護衛の都合もありますので、お二人のこの後の予定を伺ってもいいですか?」
鷹宮はベッドの上で弾みながら答えた。
「あー、そうですねえ。私はまだ疲れてないし、なんかしたいかなー」
「このお城を探検しようぜ!」
「それ! っていうか、わかったかもしんない。ひょっとするとさ、このお城で動画を作るのが正解なんじゃないのって」
「それだ!」
早速撮影用のカメラを用意する二人。ハンプティ・ダンプティは戸惑いながらも尋ねる。
「撮影、するのですか……?」
「ええ。あ、許可が必要でした?」
手を止めた鷹宮に、ハンプティ・ダンプティは慌てて耳元に手を当てた。
「そうですね、アリス様に聞いてみましょうか……あ、面白そうだからオッケーだそうです。えっと、撮影の準備をしっかりしてから廊下に出るようにとのことですね。それでは私の方は一度外に出ていましょうか」
「気が利くじゃん?」
「ではなー」
手を振る悪魔に一礼し、ハンプティ・ダンプティは部屋を出ていった。
――――――
カメラを手に部屋を出た鷹宮とでびるを迎えたのは、アリス、そしてアリスと手をつないでいる王冠を被った背の高い女性の影だった。
「護衛は私が引き継ぐわ。よろしくね」
とアリスは笑う。だが、鷹宮とでびるの目は女性の影にくぎ付けだった。
女性の影は空間に焼き付いたしみのように曖昧な輪郭で佇んでいた。ドレスの裾は残像を残すように揺れ、その目の奥では赤い、薄暗いハートの光が二人をじっと覗いている。
「でびリオンチャンネルさん、実はましろだけじゃなくて、あたしもあなたたちのファンなのよ。あなたたちにこのお城を撮影していただけるなんて、なんて光栄なんでしょう! 案内は私に任せて! 絶対に撮影の邪魔はさせないわ!」
「あ、ありがとうございます……」
「あざっす……」
鷹宮とでびるは仰々しくなって頭を下げた。
「それではどこから案内しましょう。動画的にはパーティー会場? 二人がまだ見てないなら図書館とかお庭とか。裁判の見学もいいし、あ、お城の地下は迷路になってるから、誰が一番最初に抜けられるか競争するのも面白そう!」
「えーと……どうしようかな」
鷹宮が苦笑してでびるを見ると、でびるは顔に影を作ってアリスに注文する。
「おすすめで」
アリスはうん! と頷いた。
「わかったわ! このお城の魅力を隅々まで見せてあげる!」
アリスは二人にかまわず歩き出したが、ちょっと行くと振り返って聞いてくる。
「もう撮影は始めてる?」
「あ、します。今からします」
鷹宮が手に持った撮影用カメラを回すと、レンズの先でアリスは笑った。
「よろしくね」