隠し通路を抜けて地下へと降りた笹木の顔は一転し、げんなりとしたものになった。
「だっっっっっる!」
笹木の前にはずらりと並ぶトランプ兵たちの壁からなる迷路が広がっていた。遅れてやってきたランサーに笹木は言った。
「え、これに付き合わなきゃアカンの……? っていうかこんな迷路の壁、ぶち破りながら進めばよくない? ランサー、ちょっと蹴ってみて」
「よいのか?」
「よい!」
「しかし、あまりに可哀そ——」
「ランサー、やれ」
「……」
ランサーは迷路の外壁に近づいていくと、トランプ兵の一枚を蹴りつけた。完全にヤクザキックであったが、その強靭な体幹によって背筋がまっすぐに保たれており、下品さや野蛮さは一切感じられない高貴なヤクザキックであった。
「おおー!」
笹木が声を上げる。トランプ兵はランサーの蹴りで吹き飛ばされた。そして予想外にも、トランプ兵は飛ばされた先に立っていた別のトランプ兵を巻き込むように倒れ、それがまた別のトランプ兵を巻き込み……とドミノ倒しのように迷路の壁を構成するトランプ兵たちが倒れていく。
トランプ兵が倒れ、ぶつかる音が完全に鳴りやんだ時には、迷路を貫通するまっすぐな一本道が出来上がっていた。
「よしランサー、その調子で全部ぶっ壊せ! やってしまえ!」
笹木が命じると、ランサーは次々とヤクザキックを繰り出し、トランプ兵は綺麗にパタパタと倒れていく。
《ちょっとちょっとー! なーにしてるのさー!》
足元からましろの声が聞こえてきたので、笹木は驚いて跳び上がった。雑草が生えている中に小さな白い花々が咲いている……? いや、そうではない。白い花と見えたものは全て小さなスピーカーだった。
《僕とアリスちゃんとで徹夜で考えて作ったのにー。ちゃんと楽しんでよー!》
「いやだね☆」
《なんだって⁉》
「だってめんどくさいんだもーん」
《くっそー。人の苦労をぉ……》
「えっへっへ。人が時間をかけて作ったものを一瞬で壊すのが一番楽しい」
《くずだね⁉》
「いや、ぺらぺらの紙で迷路を作ったお前が全部悪い。ウチはできることをやっただけ~」
《うっ、くぅ……。そう、なるのかな……》
悔しそうに唸ったましろに笹木は言う。
「うんそうだよ、お前が全部悪いよ。じゃ、またあとで会おうナ」
そして、笹木は足元のスピーカーを踏み潰す。笹木が顔を上げたとき、すでに目の前に迷路はなく、人間大のトランプが散らばる草原が広がっているだけだった。
草原の中央に一軒家が建っている。笹木はランサーと目配せし、共に家の方へと歩いていった。
扉にトラップは……ない。笹木は確信し、ノブを回して家に入る。家の中には巨大な芋虫が鎮座していた。芋虫は笹木たちに気づいて顔を上げると、深い、深いため息をついた。
「もう駄目だ……お終いだ……」
「なになに、どーしたの? うちが話聞くよ?」
笹木がさして興味も無さそうに近づいていくと、芋虫は今にも泣き出しそうな調子で言った。
「そこの机を見てくれ……」
芋虫の視線を追うと、机の上には煙の充満するシーシャが置いてあった。そして、芋虫の足元には小瓶が転がっていた。なるほど、と笹木は納得する。
「お前、何か変なもん飲んで大きくなっちゃったんだ。それで身動き取れなくなって、シーシャ吸えなくなっちゃったんだー。ぷーくすくすww だっさw」
「や、やめてくれよ。小瓶に私を飲んでって頼まれたんだ。俺は基本的にいい奴なんだよ」
顔を赤くした芋虫に、笹木は満足してからかうのを止めた。
「っていうか、あんたら誰?」
今更のように芋虫が尋ねる。
「あん? ウチは笹木やよ。そんでこっちの筋肉がランサー」
「ローマ……!」
「ローマ……⁉ な、そうか。マスターとサーヴァント! 僕の敵ってわけか」
「んー? んん。たぶんそうやね。でも別に戦う必要ないやん、それ」
笹木が指差した通り、芋虫の体は家の中にすっぽりと納まって身動きが取れないでいる。
「なにを!」
と芋虫は短い足でシュッシュッ! とジャブを放って見せるが、そのとき肘が家の柱にあたり、家が小さくだが揺れた。その拍子に本棚から本が落ち、机の角に当たる。机が揺れ、シーシャの容器が揺れ……。
(」゚ロ゚)」
芋虫は真っ青な顔でそれを見守っていたが、シーシャの容器がなんとか倒れずに机の上に留まったのを見ると、ホッと胸をなでおろした。
「ほらな、無理なんやって。ウチと戦うにはシーシャを諦めるしかないんや」
「そうか。じゃあ戦うのは無理だな」
「いや決断早いな。ちょっとは迷えよ」
早々に戦いの方を諦めた芋虫に笹木はツッコむが、芋虫の中ではもうその話は終わったもののようだった。
「ところで、マスターはお前一人だけ? 誰とも一緒に行動してないの?」
「あー……一人おったけど、ウチが飛び出したせいで離れちゃった。今頃探してるかもしれん」
「ふーん、友だち?」
「もちのろんです! りゅーしぇん優しいし」
「へえ、他には友だちいないの? 優しくない友だちとか」
「友だちは優しいもんじゃね……? まあ、なんでかエンが切れない変なのもおるけどな」
「へえ、それは素晴らしいね。他には?」
「え? あ、あとランサーもいるし……」
そうしてランサーを見た笹木だが、ランサーは固く首を横に振った。
「笹木よ。お前と私はローマで繋がる、いわば家族のようなもの。ローマの民はみな家族。そしてローマでないものなどこの世に存在しない。つまり、家族でないものなど存在しない……!」
そう言い切ったランサーに笹木は目を白黒させる。
「え、ランサー、うちのパパなん……?」
「なるほどなるほど。いやあ、羨ましいなあ。僕は友だちが一人もいないからね。しかし優しい、ねえ……ひょっとするとさ、その君に優しい友だちは、君のことを友達だと思ってないかも」
「はぁ? なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないんですかあ?」
「だって君は人に優しくなさそうじゃないか。そんな君に優しくするなんて怪しさ満点だよ」
「いや……うち、身内には優しさ満点やから……」
急にどもりだした笹木を見て芋虫は勝ち誇るように鼻で笑って言う。
「じゃあ今度聞いてみればいいさ。君は僕の何なんだ? ってね」
「はぁああああ⁉」
笹木はぶちぎれて机を蹴った。すると、つんざくような音とともに硝子が砕け、無情にも固い床の上にシーシャの液体はぶちまけられた……。
(」゚ロ゚)」
芋虫は真っ白になって固まった。その目から静かに雫が零れ落ちる。
「笹木よ」
笹木をたしなめるようにランサーが言う。
「弁舌家に惑わされるな。相手はお前のことなど何も知らぬ」
「……わかってる」
笹木はフードを目深に被り、うつむくと、踵を返す。扉を開けてそのまましおらしく出ていったと思いきや、扉からにゅっと顔だけを出してきて、
「ぺっ! ふん!」
床に唾を吐き、バタンと扉を閉めた……。