橙色の明かりの灯る廊下を四人は進んていく。廊下の片側に並ぶ縦長の窓には明るい室内が反射して映り込んでいた。外はもう夜だった。
「どこを案内しようかしら」
先ほどからアリスは手を繋いでいる女王と何やら相談をしているようなのだが、女王が何も言わないのでアリスの一人芝居のようだ。
「わかるわ。確かにそれも大事よね。そうなると、やっぱりパーティー会場から始めるべきね」
くすくすと一人で笑うアリス。女王の影のドレスは床の上を音もなく滑り、無言でついていく鷹宮とでびるにのしかかる空気をさらに重くした。そんな二人に救世主が現れる。廊下の向こうから足音が聞こえてくる。足音の主は角を曲がって鷹宮たちの前に姿を現した。
「あ、鷹宮―!」
向こうからパタパタと駆けてくるのは中華服を纏う少年とも少女ともつかない鷹宮のクラスメイト、緑仙だった。
「動画の収録?」
と緑仙が鷹宮の手に持ったカメラを指差す。
「そうそう。大丈夫、緑さんの顔にはちゃんとモザイク入れとくから」
「いや、編集でカットしてよ……ところで笹木見なかった?」
「笹木さん? あー、見てませんね」
「そっか~」
緑仙はやれやれと項垂れる。
「え、ひょっとしてですけど、さっき追いかけてから追いついてなかったり……」
「そうなんだよ。笹木は見つからないし、サーヴァントはどっか行っちゃうし、もう散々だぁ……」
「護衛をお付けしましょうか?」
心配そうに申し出るアリスに、緑仙は軽く笑って手を振った。
「いらないいらない。もしもの時は令呪使うし」
うん、だから大丈夫だよ、僕はもう行くね。そう言って緑仙は走っていってしまった。
―――
アリスが案内した部屋は白黒のタイルが敷き詰められた薄暗い部屋だった。ただ、床の中心の真っ暗な穴に向かって周りのタイルが捻じれているように見える。
「これ騙し絵って奴でしょ? なかなかオシャレじゃん~」
悪魔を肩に乗せた鷹宮は躊躇なく穴の方へと歩いていく。
「そうなのかぁ? どっからどう見ても本物の穴なのに、絵ってすげえんだな……」
「そうよ。芸術はすごいの! ほらでびちゃん、見ててごらん」
そうして鷹宮は穴を踏みつけるように足を出し、
「……」
「おい、どうしたんだ、黙り込んで」
「あーでびちゃん、初めに言っとくわ」
ごめんね。
てへぺろ、と舌を出した鷹宮から離脱しようと悪魔は羽根を拡げて飛び立とうとする。が、その足を鷹宮が捕まえる。
「やだ、ちょっ離せぇ! 嫌だよ小娘、ボクを巻き込むなぁ!」
「何言ってんの、マスターとサーヴァントは一心同体なんだよぉ! おーほっほっほっ!」
高笑いと悲鳴を響かせながらでびリオンは穴へ落ちていった。
「み、醜いものを見たわ……」
アリスは困惑し、しかし首を傾けて考える。
「いえ、でもマスターとサーヴァントは一心同体っていうのは綺麗かも。じゃあ、美しいものをみてしまったのかしら? ね、どう思う?」
アリスはハートの女王に尋ねるが、女王は何も言わなかった。
〇地下迷路
長い滑り台から吐き出されたでびリオンが目にしたのは、大きなトランプの散らばった草原、草原の中央に建つ一軒の家だった。
「うふふふ、凄いでしょ? この地下迷路はあたしとましろが一晩かけて考えた……考えた……」
後から滑り台を降りてきたアリスは現実を受け入れられないかのように何度も目を擦り、ついにはその目に涙が浮かばせた。アリスが辺りを見回すとスピーカーの花は全て踏み潰されていた。
「あ、いけない、芋虫さんが……!」
涙する間もなくアリスは芋虫を心配して草原中央の家へと走った。そのあとを女王が歩いていく。
「さすがに、か」
鷹宮もまたカメラを止めてアリスを追いかける。アリスはすぐに家の中から出てきた。でびリオンは目を疑う。アリスの手の上で青い芋虫が泣いていた。
「うわーん、うわーん、もうだめだ、お終いだー……!」
「芋虫さん、落ち着いて。いったいどうしちゃったの?」
アリスが心配そうに聞く。芋虫は涙声で答えた。
「僕がシーシャを吸わないとこの世界から遅れてしまう! 一度遅れればもう追いつけない……世界は僕たちのことを置いて行って、そのうち忘れてしまうんだ。僕のせいで……いや、俺だったかな、どっちでもいいけど、でも私たちみんな、みんなみんなみーんな、戻ってこない世界を待ち惚けることになる……」
「芋虫さん、シーシャは? シーシャはもうないの?」
芋虫の会話に付き合ってられないとアリスは質問してみるが、芋虫は完全に自分の世界に入っているようだった。
「君だって忘れられる。誰からも忘れられる。耳を澄ましたって風の音しか聞こえないよ⁉ ああ、薄ら寒い、薄ら寒いよぅ……」
「私に出来ることはないの?」
「無いよ‼」
突然、芋虫は声を張り上げた。
「調子に乗るなよ偽物め! ひょっとすると、お前が俺を生み出したのかもしれない。ひょっとすると、君がいなきゃ僕は存在できないのかもしれない。でも僕が誰だろうと、僕が生きる限りはお前に関係なく生きているんだ! 俺が君と話す時だって常に君とは関係なく話す。だから私たちの生活に権力を振るわないでください! お前は僕とは関係がない。これっぽちも、僕たちは関係のない関係なのさ」
何を言われたのか理解しきれずに呆然とするアリスに、芋虫は冷たく言い放つ。
「下ろしてくれよ。君の手は僕の体より冷たいから体温が変わっちゃうだろ」
アリスは芋虫を下ろした。芋虫は振り返りもせず草原の方へ這っていく。
「あー……でび、何か話しかけてあげなよ」
「え、ボクぅ? ボクはちょっと今お腹の調子が悪いというか……」
アリスの後ろ姿に声をかけようとするでびリオンだったが、アリスは突然振り返ると、笑顔で二人に言った。
「さあ、次へ行きましょう!」
アリスは女王と手を繋ぐと家から離れていった。
鷹宮とでびるは違和感を覚えながらもアリスについていくしかないのだった。