Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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38.女王裁判

〇裁判所

 

 でびリオンが案内された場所は裁判所だった。左右には弁護士の席と検事の席、証人の席が向かい合うようにして展開し、壇上には裁判官の席が並ぶ。そしてそれよりさらに高いところに玉座があった。

 

 厳粛な雰囲気に息をのむでびリオンを見て機嫌を直したらしい、アリスはくるっと振り返って言う。

 

「じゃーん。裁判所よ」

 

「裁判所って何~」

 

 と尋ねるでびる。アリスはにっこり笑って答えた。

 

「首をはねる場所よ」

 

「え、こわ……」

 

「ね、私裁判をやってみたいわ。女王様もそうよね?」

 

 アリスはいいでしょ? と女王にねだる。女王はアリスを見下ろすと、ゆっくりと玉座を仰ぎ見、そのまま玉座の方へ歩いていく。

 

 女王が玉座に座った。

 

「やった! ありがとう、女王様。 私は裁判官になる! でびリオンチャンネルさんには書記官をお願いしたいわ」

 

「えぇ……わかりました、けど」

 

 嬉しそうなアリスに何も言えず、ずるずると書記官の席に並ぶでびリオン。アリス以外の裁判官、そして弁護士や検事、他の書記官たち諸動物が裁判所に入ってきて席を埋めていく。

 

「おや、こんにちは」

 

 と鷹宮の隣にはハンプティ・ダンプティが着席した。

 少し遅れて傍聴席も埋まり出すと、辺りは賑やかになってきた。

 

 女王は玉座に座し、じっと裁判の舞台を見下ろした。そして胸のポケットからトランプのカードを一枚取り出して、すっと机の上に伏せた。

 何かと思って鷹宮が目を凝らすと、伏せられたトランプのカードは一瞬の内に手足を生やし、真っ赤なドレスを纏う。それはハートのクイーン。小さなトランプの、ハートの女王だった。

 

 玉座に座したハートの女王の前で、トランプのハートの女王は耳が痛くなるような声で話し出した。

 

「開廷だ! 開廷! 裁判を開廷する! 被告人を連れてこい!」

 

 女王の言葉に伴って白兎が青い衣服を纏う女性を被告人の席へと連れてくる。

 

 おや? と鷹宮は眉を上げる。女性はもう立派な大人だった。けれど、あの服はまるで……。

 鷹宮は聞きたいことがたくさんあってアリスの方をみたが、アリスは鷹宮の視線には気づかない。冷や汗を流し、知らず知らず呼吸を荒くして席を立ちあがっていた。

 

「被告人アリス、ここに!」

 

 女王の呼び出しを受け、白兎が女性を女王の前に引き出した。

 

「よろしい。被告人アリスよ、お前はなぜここに連れてこられたか、わかっているかな?」

 

 アリス、と呼ばれた女性は辺りを見回し、一言。

 

「わかりません。あの、たぶん人違いだと思うんですけど……」

 

 女性はわけがわからないというように怯えている。そして、なんでトランプが喋ってるの……? と一言。

 

「そう、それだぁ! アリス、ただのトランプは喋らない! そうだな? そうだろ? えぇ?」

 

 女性の一言を聞き洩らさず、女王は鬼の首を取ったかのような勢いで問いかける。

 

「ええ、そうですけれど……」

 

「よし! 聞いたか皆の衆、この者は以前私たちをただのトランプと言った。だが今この者はただのトランプが喋らないことを認めた。そして私たちは喋るトランプ! 私たちはただのトランプでないのに、この女は私たちをただのトランプと侮辱した。つまりこの女、アリスは噓つきなのだ!」

 

 女王の言葉に会場がひどく騒ついた。まるで嘘つきがこの世界にいることがショックでたまらないといった風に、傍聴席の人々は傷つき、バタンと倒れ、女性を激しく非難した。

 

「何をするにも過激なのは嫌ですね、まったく」

 

 ハンプティ・ダンプティが囁いてきたので、鷹宮はそうですね、と愛想笑いする。

 

 女王はカン、カン、と必死に自分の体よりも大きい木槌を鳴らして声高に告げた。

 

「判決! 被告人アリス。汝を汝の身が負う詐称、及び、侮辱、及び国家転覆の罪において死刑とする。閉廷!」

 

 終わった、と会場の空気が弛緩し、人々は各々好き勝手に話し出して席を立ち始める。

 

「さあ、死刑執行は速やかに。処刑人よ、この女の首を刎ねぇい!」

 

 女王の言葉に反応して緊張感が戻ってくる。剣を携えたトランプ兵が未だに状況についていけてない女性に迫る。

 

「はあ、気分が悪い。私はここでお(いとま)しますよ」

 

 ハンプティ・ダンプティは席を立った。

 

「貴方は、これでいの?」

 

 鷹宮が責めるように問うが、ハンプティ・ダンプティは軽やかに笑って言った。

 

「私には女王に逆らう勇気がありませんから。でも、アリス様は最後まで諦めないのでしょうね」

 

 どうか、最後までそばにいてあげてください、そう言うとハンプティ・ダンプティはお辞儀して会場を後にした。

 そして裁判官の席からは案の定、アリスが声を上げていた。

 

「ちょっと待って、そんなのおかしいわ。ただの逆恨みよ! だってそんなの……そんなの、あんまりじゃない!」

 

「……裁判官、発言は挙手を」

 

 冷静な女王を睨み、アリスは手を挙げる。

 

「発言を許可する」

 

 促され、アリスは喋り出す。

 

「女王様、判決の撤回を求めます。確かにアリスの言葉は女王様を傷つけたのかもしれません。けれどアリスだってそのとき首を斬られそうで必死だったはずです。女王様が立派な大人であるのなら、子どもの言ったことをいつまでも気にするべきではないと思います」

 

 女王はそれを聞いて腕を組み、よくわかったと言っているかのように頷いた。

 

「へぇ、そうか。アリスよ、そう言っているが、どうだ? お前は必死だったらしいぞ。必死だったなら覚えているな? あのときのことを」

 

 女王が意地悪く見つめる先で、女性は視線をさ迷わせ、首を横に振った。

 

「だめ、何も思い出せないわ」

 

「で、あろうな。わかっていたさ。お前はあのとき私たちを殺したが、私たちを殺したお前は既にお前によって殺されたのだ。聞けい、皆の衆! この女に殺人罪を付加し、死刑! 即刻首を刎ねるべし!」

 

「待ってってば!」

 

 再びアリスが立ち上がる。

 

「あれは子供の言葉よ、意味なんてないわ」

 

「だったらひとまずお前の言葉を聞く必要はないねえ」

 

「そんな、私は違う! 子供だけど、でも子供じゃなくて……!」

 

「ふーん、お前も嘘つきかい、まあいい。なんせ、私は人を子供扱いしないからね」

 

 女王は机の上に深く座り、何かを思い出すように天井を見上げると、ゆっくりと話し出した。

 

「そうさ、私は子ども扱いしない。人を子ども扱いするような奴は許せないんだ。私が子供のころだ。王である私の父様に対して部下が裏切りをたくらんでるのを盗み聞いてしまってね。私は機を見計らい、父様の前でそいつを糾弾した。首を刎ねるべきです、ってね。でも父様も母様も私を見て悲しそうな顔をするんだ。それで裏切り者が言うのさ。『大丈夫です、私は気にしていませんよ。なんせ、子どもの言うことですから……。』それから間もなく父様も母様も裏切り者に殺されちまった。私はすぐに兵を挙げて裏切り者を捕らえ、首を刎ねてやったわ(わかってたことだから準備もできたのさ)。そのとき子どもの私の言うことを信じてついてきた将軍を私は王にしてやった。子供の私の言葉を信じてくれた兵士たちをみんな取り立ててやった。皆言っていたさ。『王女様の言うとおりだ!』『王女様は正しかった!』」

 

 気持ちよく話す女王の前にふわふわと黒い何かが漂ってくる。女王は首を傾げた。

 

「ねえねえ、お前についてきた将軍って、それ、そいつが王になりたかっただけじゃないの?」

 

 女王は我に返る。女王の前に漂ってきたのはでびでび・でびるだった。でびるは続けて言う。

 

「可哀そうに。子どものお前は出世の道具にされたんだねえ。その時のお前は気づいてなかったみたいだけど、そいつが本当に信じていたなら……人に忠誠を誓えるような良い将軍だったなら、お前の両親が殺されるのも止められたんじゃねーか? いや、むしろそう仕向けてたってことは? あぁ、お前を慕う奴ら、自分の欲望のために誰も何も言わなかったんだ。ふふふ、人間の欲望って汚いねぇ。ホントお前ってかわいそむっ!」

 

 手遅れなのはわかっていたが、鷹宮リオンはでびるの口を塞いだ。

 

「あ、すみませ~ん、うちの悪魔が。ほんと、あの躾けておくんで……続けてください! おほほほほ……」

 

 でびるを抱えて書記官の席に戻っていく鷹宮を、女王は何も言えずに見つめていた。やがて、あちこちから視線を感じ辺りを見回して、うっと唸る。会場の皆が女王に哀れみの視線を向けていたのだった。終いには死刑の女にすら哀れまれている。これには女王も耐えられなかった。

 

「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」

 

「何も言ってないわ」

 

 とアリス。女王はアリスを睨む。

 

「うるさい! みんな目がうるさすぎる! いいかい、私の言うことが正しいんだよ! 正しい私の言うことを聞いたあいつらは正しいはずなんだ! だから取りあげないでおくれ、私の――」

 

 女王の言葉は続かなった。女王は……ハートのクイーンのトランプは、玉座に座す影のようなハートの女王の拳の下でくしゃくしゃに潰れていた。

 

 ハートの女王は玉座から立ち上がると、裁判官の席も被告人の席もすり抜けてすーっと裁判所から出て行った。

 

 がたん、と椅子を倒し、遅れてアリスが席を立った。

 

「どうしたの……?」

 

 鷹宮が尋ねると、アリスは青ざめた顔で言った。

 

「キングがやられたわ」


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