Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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39.串刺し公

 城内は轟音に包まれていた。メキメキ、バキバキと破壊の音が響き渡る。繰り返される振動のさなか、ライダー、アレキサンダーとマスターの花畑チャイカを背に乗せ、黒馬ブケファラスは疾駆する。ブケファラスの逞しい身体を突き刺そうと床から次々と黒杭が突き出てくるが、ブケファラスは未来が見えているかのようにそれを巧みに躱していく。

 

 ブケファラスは壁に向かって突進すると、前足を振り上げて壁を破壊し、そのまま次の部屋へ。先ほどから何度もこうして城の壁を破壊しているので、最初は「壁がっ、ぶつかる!」「やめろ、破片がっ、やめろってえ!」「やめてくださいお願いしますっ!」と叫んでいたチャイカも真っ白になってしまった。

 

「ねえチャイカ!」

 

 突然アレキサンダーが振り返って声を張り上げる。前からの風に赤い髪を乱しながらも、その顔は楽しそうだった。

 

「……なんだよ」

「死ぬ気で反撃すれば勝てるかもしれないけど、どうする?」

「やめろよマジで」

「えー、でも、このまま逃げていてもこの城には敵の方が多いんだよ? 一応これでも椎名さんのいる方に向かおうとはしてるんだけど、相手もわかっててそっちの方面は警戒してるみたい! ねえどうしよっか?」

 

 頬を赤く染めて嬉しそうに聞くアレキサンダーに花畑チャイカは頭が痛くなった。

 

「現状維持……」

「あり得ないね」

「くっそぅ、じゃあギリギリまで現状維持っていうのはどうだ?」

「はぁ、チキンだなあ、チャイカは」

「うるせえよ!」

「オッケー、じゃあそれでいこう。戦いは何が起こるかわからないしね」

 

 そうだ、何が起こるかはわからない。あちこちから聞こえてくるこの轟音は……絶え間のないこの振動は……僕らの巻き起こす破壊とは別に、何か大きなことが起こっているに違いない! 向こうもそれはわかっているはずなのに。

 まったく、呆れちゃうね……。アレキサンダーはきゅっと手綱を握りなおす。

 

「作戦は決まったかな? アレキサンダー少年よ」

 

 声に反応してアレキサンダーが背後をちらと確認した先、吸血鬼二人組が羽根を生やして天井付近を飛んでいるのが見えた。ヴラドは嗜虐的な笑みを浮かべて今も杭を操作し、ブケファラスを捉えようとしていた。

 

「まあね。貴方を倒す作戦が決まったところさ!」

「ハッ、そうであろうな。貴殿は余とは違い、何もかもを持っていた。余は大国の間で翻弄され続けたが、貴殿は大国を飲み込んだ。死後怪物とされた余とは違い、貴殿の配下たちは死んだ貴殿を神のように崇め立てた!」

「みんな自分の欲のためさ! 自分が正当な後継者だとアピールするために僕の物語を利用したんだ。僕の眼から見たって、人間はそんなもんだよ!」

「黙れ! 余にはそのような配下もいなかった。余にはこれしか……余の生涯には、この、血塗られた杭しか残らなかったのだ……!」

 

 ヴラドの固く握られた拳から血が滴れ落ちる。ヴラドは牙を剥いて叫んだ。

 

血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)!!」

 

 流れ出る血液を握り込み、ヴラドが手を振るった。すると、刎ねた血液から鋭く走り出したどす黒い杭が、空中で増殖を繰り返しながらブケファラスの背に迫る。

 

「チャイカ、あれを見ちゃだめだ!」

 

 アレキサンダーの忠告はチャイカには届かなかった。チャイカは全身を悪寒に襲われ、唇を震わせながらも黒杭から目を離せないでいた。

 

(なんだあれは……! あんな禍々しいものがこの世にあっていいのか? 聞こえてくるこれは、悲鳴……? うっすらと見えているあれは……あれは……)

 

「あ、あぁあああああ……」

 

 チャイカの口から声にならない声が漏れ出る。最初、数が多すぎて虫が蠢いてみえた。だが、よく見てみると、無数に生えている杭の一本一本に人間が串刺しにされていた。みな苦しそうに悶え、体を震わせる。痛みからか、体のどこかを動かさずにはいられないのに、その体は貫く杭で止められて、うねうねした歪な動きしかできないでいるのだ。

 

「ここは、地獄、か……?」

「チャイカ! くっ、これまずいなあ」

 

 流石のアレキサンダーもこれには緊張を走らせ、何か手はないかと周囲に気を配る。そのアレキサンダーの前方から、後ろの杭と挟み撃ちするかのように樹木が壁を押し流し、なだれ込んできた。

 

 この樹は……!

 

 アレキサンダーは手綱を退いて馬を急停止させると、叫んだ。

 

「ブケファラス、跳べ!」

 

 ブケファラスはいななき、前から迫る樹木を飛び越えて壁に着地すると、そのまま天井を突き破って上の階へ跳び上がった。

 そこでアレキサンダーが目にしたのは、夜の闇だった。部屋の中央に渦巻いていた闇は一息に広がると、アレキサンダーとチャイカを。そしてそれを見上げていたヴラドと葛葉を呑み込んだ。

 

   〇

 

 部屋に帰った鷹宮とでびるは、ベッドを通り過ぎて、そのまま窓を開けてバルコニーに出た。吹く風に髪を押さえ、鷹宮は遠くの街の光に目をやった。

 自分でも気づいていなかったが、城の中に居て体が火照っていたらしい。冷たい風が肌に心地よかった。

 

「でび、風で飛んでったりしないよね?」

「はぁ? 飛んでかないよ! 僕を何だと思ってるんだ!」

 

 肩の上でぷりぷりと怒り出したでびでび・でびるに鷹宮はくすりと笑った。

 

「ところでさ、この森なんだけど……」

 

 でびるが言いかけて、鷹宮は頷いた。

 

「あたしにも見えてるよ」

「そっか」

 

 でびるは口をつぐむ。二人の眼下に広がる森はオーロラのような光を空に向けて放っている。鷹宮はカメラを向けてみるものの、レンズ越しでは光が映らないことに気づくと、遠くの街の光だけを映して満足することにした。

 

「これ、絶対ヤバいやつだよね……」

「そうかもね。あたしはもう疲れたし、全部明日でいいや」

 

 そう言うと、鷹宮は踵を返して部屋へと戻った。でびるはしばらくは眼下の森を睨んでいたが、じきに気にするのを止めて部屋へふよふよと漂っていった。

 

 バルコニーの窓は静かに閉ざされた。


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