教会を出た鷹宮リオン、でびでび・でびるを、妙に掠れた女の声が呼び止めた。
「はっはっはっ……! お前らそこで止まれ。ストップ、ストップだぁ!」
二人が声のした方を見ると、メイド服にヘルメット姿の女が木陰から姿を現した。
「お前らどう見ても弱そうだなぁ?」
「なんだお前‼」
思わず悪魔がツッコむ。二人が自分の格好にドン引きしているのに気づき、女は地団駄を踏みだした。
「これは変装だよ! 変装! 私の趣味じゃねーから! そこんとこよろしく!」
そして女は二人に向けてビシッと手で示し、
「人殺しとかよくないし、気絶くらいで調節してお願いしますっ! やっちゃってください!」
木陰からもう一人、男が現れる。髪をオールバックにし、マントを靡かせる紳士然とした男だったが、その顔には薄ら寒い笑みが浮かんでいた。
男は威風堂々とした振る舞いで二人の前に歩み出ると、軽く礼をした。
「諸君、ご機嫌いかがかな? こんないい夜に君たちと出遭えたのも、全てはマスターが
鷹宮は唾を飲むと、一歩前に歩み出て礼を返した。
「えーっと、これはどうもご丁寧に。戦争ですので覚悟はできています。恨みなんかいたしません」
「これは素晴らしい。どのような覚悟とも生涯無縁な私のマスターとは大違いだ。今からでも私のマスターになっていただきたい」
「てめぇ、聞こえてんだよこらぁ!」
とまた女が地団駄を踏む。
「おっと、あんまり愚痴ると令呪を使われてしまうのでね。そろそろ始めるとしよう。弱者を一方的に急襲するのも醜いことではあるが、人類の繫栄の裏側には常に醜いものがあった。この醜さに目を背けず、最善を尽くすことこそ天才である私の役割と心得る。さあ、心の準備はできたかな? 立派なマスター、そして小さな小さなサーヴァントよ」
男は空へ手を掲げる。その瞬間、轟音を上げて雷が男の手に落ちた。
鷹宮は信じられないというように目を見張った。急に集まり出した雷雲の下、男の体には青白い光がめまぐるしく走っている。
「ふむ」
男はそこにあった木へと指を向けた。すると指先から一筋の
「逃げるっきゃない!」
鷹宮は一目散に駆け出した。
「待ってよ小娘!」
悪魔もその背を追いかける。
「逃げるか。とても合理的で共感できる……残念だ」
男が指先を二人の背に向けたそのとき、鷹宮が振り返って何かを投げつけた。
男の注視するそれは赤い宝石だった。キラキラと光りながら空中に放られたそれは、ゆっくりと弧を描きながら男のマスターの方に向かっている。男の目は宝石の内側に宿る小さな炎を見抜いた。
「ぬん!」
男の指先から放たれたビームのような太い雷が宝石を吹き飛ばし、次の瞬間、遠くで起こった爆発が空気を揺らした。
「いやあぶな。何してんねん! 私味方だってぇ! わかる? 目ぇついてるぅ?」
何も分かっていないマスターの言い草に男は思わず目頭を揉んだ。
「全く。勘弁してくれたまえ……」
―――――――
「ここまでこれば大丈夫よね?」
鷹宮は辺りを見回すと、歩調を緩めて歩き出した。
「なんだったんだろ、さっきの? メイド服? 男の方はキャスターかしら」
「二人とも変人だったのは間違いないね」
悪魔は疲れたのか鷹宮の肩に手を置いて宙を浮きながら引っ張られるままになっている。
「えー、男の方は割とイケメンだったじゃん」
「いや、趣味悪いって。あれ絶対歪んでるよ。ボクが保証する」
「なに、歪みぶりを?」
「うん……」
鷹宮は悪魔のあまりにあんまりな言葉にくすりと笑った。
「でもまっすぐな目をしてたと思うけどなー」
「そうそれ! あまりに純粋過ぎて異常ってやつ! あいつ絶対友達いないよ……」
「悪口やめろって。もう……服も汚れちゃったし何か買って帰ろうかしら。でびちゃんもなんかいる?」
「んー……酒」
「あっそう」
二人はしばし黙り込んで夜道を歩いていく。
「あの男の人、でびちゃんの言うことが本当なら、出会えるといいな」
「だれにー?」
「自分を理解してもらえる人……友だち? まあマスターがあんなじゃ難しいかな」
「小娘、お前けっこうロマンチストなんだな」
「偽善者なだけですっ。ロマンチストなんかじゃありませんー」
そこで二人は歩みを止めた。木陰から先ほどの女が姿を現したからだ。女は木に手を着き、ぜえぜえと息を荒げていた。その服は汚れていて、ヘルメットにはひびが入っていた。
「あのヤロウ、最後まで運んでくれなかった……!」
女は疲れたのか腰を折って木にもたれかかり、ついには座り込んだ。
「え、これ、攻撃しちゃってもいいの?」
「駄目に決まってんだろ! こっちは一生懸命お前たちを追いかけたんだぞ! くそぉ、あいつどこ行ったぁ?」
「ここにいるとも。我がマスターよ」
男は女の背後から現れ、女を守るようにして二人に立ちふさがった。
「先ほどはしてやられたが、同じ失敗はしないさ。なんせ私は天才だからな! ふっはっはっはっは!」
雷を辺りに撒き散らしながら大笑いする男をよそに、鷹宮リオンは少しずつ後退する。
「これ、やばいかもね……」
「小娘……」
二人はじりじりと距離を取っているが、男の意識は二人から外れていなかった。二人が背を向けて駆け出した瞬間、先ほどの雷が二人を捉えるだろう。鷹宮は手のひらに握り込んだ宝石を見つめるが、警戒したサーヴァントに通用するとは思えなかった。
「やるっきゃない、か」
鷹宮は一か八か、手の中の宝石を投げようと振りかぶる。男の手がゆっくりと持ち上がり、鷹宮の方に向けられる。
もう引き返せない! 鷹宮は宝石を投げ放つ。そして、男の手から光が放たれる。その瞬間、鷹宮の視界は赤い壁に塞がれた。
「は……え?」
壁は雷を防いで役目を終え、ぼろぼろと崩れていった。その向こうに見えたのは、先ほど教会の門の前に立っていた黒い衣服を纏う男だった。
「はいちゅうもぉーく」
と次には若い男の声。あの女の背後にジャージの青年が立っていた。青年は女の首元に腕を回して固定し、もう片方の手でヘルメットに拳銃を突き付ける。
「えー、マスター殺されたくなかったら戦闘やめろや。俺からはそんだけ」
「戦うのをやめて、それでどうする? どうしたいのだ?」
男は薄笑いを顔に張り付けて指先をジャージの男へと向けた。
「ちょっ待って! アーチャーやめて! 死にたくない、死にたくないよ……!」
女が手を前に出してサーヴァントである男を制止する。アーチャー、とばらされたからか、男は舌打ちした。
「っへぇ~、アーチャーなんだ。てっきりキャスターかと思ったわ。いやぁ、勘違いを訂正してくれてさんきゅー」
と青年は銃口でこつこつと女のヘルメットを叩く、女はそのたびに肩を跳ね上げた。
「アーチャー引いてっ! お願いだから!」
ハッと女は何かを思い出したのか、片手を上げた。その手の甲に刻まれた令呪が赤い光を放ち出す……。
「わかったとも! 今宵はやめにするとしよう!」
そうして男はジャージの青年に向けていた手を下ろした。
「おっ賢い! んじゃ、帰ればー?」
ジャージの青年は道を譲るように脇に立つと、どうぞどうぞーと手で道を示した。
「くぅ~、覚えてろよぉ……」
ヘルメットにメイド服を着た女は青年を睨みながらじりじりと後ずさっていく。
一方、アーチャーである男は青年にも、また鷹宮たちにも見向きもせずに歩いていき、女を追い越すとその襟を掴んで女を引きずるようにして歩いていった。