Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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「     」
42.列車に揺られる夢を見た


 線路の上を、二人は歩く。星空の下、手を繋いで。弱く、虚ろな足取りで。

 

 一人は男だった。たぶん。その体の表面は風が吹くたびさらさら砂のように削れていく。しかしその瞳は見開かれ、線路の延びていく地平線へと惹きつけられていた。

 

 対してもう一人は男か女かもわからない。長身の影が被った薄布は水面のように夜空の星々を映し出す。ひらひら揺れるその布の中に夜空はめまぐるしく流れていく。

 

 トンネルが、二人の前にぽっかりと口を開けていた。

 

 二人は同時にトンネルへと足を踏み出そうとしたが、その背後で何かが倒れこむような音がして、二人は足を止めた。

 

 長身の影は振り返ると、思わず息をのんだ。そこにいたのは卵男ハンプティ・ダンプティだったが、その衣服は焼けただれ、目鼻口はすでにその形を保てずに卵の殻の表面で滲んだ汚れと化していた。ハンプティ・ダンプティは線路の上を這って、影の、枝のように伸びる肢を掴んだ。

 

「私はもう、アリスじゃない……」

 

 そう言ってもハンプティ・ダンプティは聞き入れず、呻き声を上げながら肢につかまっていた。影のうろたえを感じ取り、男はきっぱりと言った。

 

「アリスちゃん、ここから先は僕だけでいい」

「え……?」

「その子を見てみなよ」

 

 言われて、影は足元へ視線を落とす。今や目も口もなく、声すら失ってただの卵と化しつつあるそれは、震える手でもって影の肢に縋りつく。自分という存在を失ってなおアリスを求めるその必死さに、影は半ば恐怖しながら問いかける。

 

「何があなたをそこまでさせるの……? いえ、その前に、私は城を回収して魔力に変換した。当然城の一部として召喚していたハートの女王にトランプ兵たち、白うさぎなんかも全部。なのにどうしてあなたはそこに居られるの?」

 

 短くなりつつある手足で影にしがみつくハンプティ・ダンプティはもう声を発することもできない。その体はだんだん小さくなっていく。影の胸には痛々しさが突き刺さるばかりだった。

 

 ハンプティ・ダンプティを、というよりかは影を助けるために、男が影の疑問に答えた。

 

「彼はハンプティ・ダンプティ、まだ卵なんだよ。卵はまだ生まれていない。卵はまだ何者でもない。卵はまだ彼ではない。彼はまだ彼ですらない彼なんだ」

 

 困惑する影に、男は柔らかくほほ笑む。

 

「だからさ、やがて生まれる彼らには、君が必要だ」

 

 影はその一言で肩を震わせ、手足を失って地面へと落下し始めた卵をさっと掬い上げると、両手で大事に包み込み、その胸に抱いた。

 

「じゃあ、ここまでだね」

 

 影を置いて、男はトンネルの方へ向き直った。

 

「ましろ、一人で大丈夫なの?」

「大丈夫」

 

 ましろは笑って言った。

 

「一瞬だけど、分かり合えた。生まれて初めて、誰かと分かり合えた……!」

 

 ましろはトンネルの中へ歩き出す。もう振り返ることは無い。

 トンネルの中でましろの影が膨張し、明滅する。

 

「やっぱり、あなたはそっち側なのね……」

  

 卵を抱いて、アリスも笑った。

 

   〇

 

 とん、とん……、とん、とん……、胸を叩く音がする。懐かしい、と思う。私はこれを聞いたことがある。

 

 しばらく聞き流しているうちにその音はだんだん大きくなっていって、太鼓の音であることが分かってくる。笛の音や、薄い金属の打ち鳴らされる音が遅れて聞こえるようになって、私はようやくそれが祭囃子であることを思い出した。

 

 そうなると、耳をふさがないといけない。いつまた名前を呼ばれるか、わからないから……。

 

 椎名! 椎名ー!

 

 電車の走行音が鼓膜を震わせた。揺れて、隣りの肩がとん、とぶつかってきて、椎名唯華は目を開いた。

 

 久しぶりに聞いてはいけない声を聞いてしまった気がする。窓から射しこむ夕陽に目を細めつつ、椎名は車内を見回した。

 

 向かいの席には……笹木咲。隣で眠るランサーの巨槍に体をあずけて穏やかな寝息を立てている。こいつのこんな顔、もう何年も見てなかったかも……。椎名はまじまじと笹木の顔を見つめた後、視線を横に滑らせる。

 

 笹木の横には緑仙が眠っていた。椅子に深く腰掛け、頭がかくんと前に落ちている。その姿はどこか不健康な印象を抱かせる。繊細な奴だったから、疲れているのだろう。

 それとは対照的に緑仙のサーヴァントは眠っているにもかかわらず、席にもたれることもなく、背筋をまっすぐにして腕を組んでいる。椎名が見つめていると眉が片方ピクリと動いたので、椎名は視線を横へ逃した。

 

 みんな眠って揺られている。葛葉とそのサーヴァントはお互いに頭をもたせ掛けて眠り、鷹宮リオンはその小さなサーヴァントを膝の上に大事そうに抱えて眠り、サーヴァントの方も信頼しているのか身を預けているように見える。そして花畑チャイカも椎名の隣、ライダーの膝枕で眠っている。一方ライダーは寝苦しそうにうなされていた。

 

 隣と肩が触れ合った。アーチャー……私のサーヴァント。私にはもったいない、本物の天才。私の願いは俗物だけど、こいつの願いは本物だ。本当に世界を救えるかもしれない。

 アーチャー、二コラ・テスラは死んだように眠っている。こいつは晩年全てを失い、ホテルのベッドで一人死んでいたのを発見されたらしい。そのときも、こんなに安らかな顔をしていただろうか。

 

 やがて電車は駅に着いた。空気の音と共に扉が開くが、それだけだ。誰も目覚めやしなかった。椎名は再び目蓋が重くなっていくのを感じていた。

 夕陽の中の手すりや荷物置きの銀の色が眩しい、光の中に並んだ影は死んだように動かない、早く目を閉じてしまいたかった。

 

 一人、立ち上がる者がいた。椎名の閉ざされかけた視界に足が映り込む。ふらふらとした足取りでそれは電車を降りたようだった。椎名は我知らず声にもならない声を絞り出す。

 

 笹木……ごめんね。

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