ねえ、早く行きましょう。
その声はすぐ耳元で聞こえた。見ると、奇妙な田園風景の中、浴衣を着た女の子が鷹宮の手を握っていた。
どうしたの、もうお祭りは始まってるじゃありませんか。
お祭り? 確かに祭囃子は遠くから聞こえてくるけれど……。鷹宮の困惑が伝わったのか、女の子は首を傾げた。
繊細な黒髪に大きな黒い瞳。薄幸な美しさを漂わせる彼女は、鷹宮の目の前にいていい人物ではなかった。
ある夏の日、彼女は危険な魔術に失敗して死んだ。親が半ば無理やりやらせたのだろうと鷹宮の父は言っていた。野心のある貧しい魔術師の家系では稀にあることだ、と。しかし、鷹宮は未だに割り切ることができないでいた。
女は問いかける。
行きたく、ありませんか……?
行きたくない……。鷹宮は頷いてしまいたかった。だが、それをすると彼女は傷つくだろう。それに、予感もあった。ここで彼女の誘いを断れば、彼女にはもう二度と会えない……。
女は鷹宮の目を覗き込んで、笑う。
相変わらず、優しいんですね。
女は鷹宮の手を離すと、自分の胸の前で両手を組み、ふっとほほ笑む。
そんなリオン様を、いつまでもお慕いしております。
―――――――
パッと目を開いた鷹宮リオンが見たものは、遠ざかっていく電車の光だった。
田舎の、夜の無人駅。温度のない風が田んぼの影を揺らしていく。頭上を仰ぎ見ると異様な数の星々が瞬いている。
「おい小娘、大丈夫なのか? ぼーっとしていたみたいだが」
鷹宮の視界を遮るようにふらふらとでびでび・でびるが顔の前に現れ出る。
「うん、大丈夫……だと思う。でびちゃんは大丈夫?」
「うん? ボクは大丈夫だよ! ほらこの通り!」
そういってぐっと腕に力を入れるでびる。ふさふさの毛で柔らかそうな腕がぷるぷる震えている。
「そんなことより小娘、あっちで集まって話してるみたいだぞ」
でびるの言う通り、駅の中央ではマスターとサーヴァントが集まって話をしているようだった。
「へえ。つまり、ここは世界の果てってこと?」
「ある意味では、そうなのだろうな」
そっか……。とライダーは頭の後ろで手を組み、夜の田園風景を一瞥する。
「ふうむ。興味深い、興味深いぞ、これは!」
アーチャーは空を見渡すと、何やらモニターの付いた機械を取り出してデータの収集を始めてしまう。
「わからぬ。余にはわからぬ。なぜ事態を打開しようと考えない? この空間からどうして脱出するか、協力して考えようとは思わぬのか?」
バーサーカーがやる気のないサーヴァント二基を睨んだ。花畑もちょうどいいと後に続く。
「そうだぁ、余にはわからぬぅ。ライダーよ、なぜ事態を打開しようとしないのだぁ?」
「それは余の真似か? 面白い。刺すぞ?」
「あっ、いや、これは元々の持ちネタ……」
途中で無駄っぽいなと思いながらもサーヴァントや他のマスターたちの会話に耳を澄ませつつ、鷹宮は突っ立って空を見ている葛葉の方へと駆け寄った。
「葛葉くん、何か気づいた?」
話しかけられた葛葉はびくりと仰け反り、気まずそうに目を逸らした。
「いや、あの……天気いいなあって……」
「あ、そう。それで、ここってどこ?」
「わかんねー。一応、駅の名前っぽいのはそこに書かれてっけど――」
葛葉の指差した方を見て、鷹宮は納得する。
「確かに。これじゃ何もわかんないわぁ」
ベンチの横の立て看板にはこう書かれていた。
「縺阪繧迪ォ?」
―――――――
「もういい、こんな気味の悪いところにいられるか! 俺たちは帰るぞ、ライダー!」
「えー、もう帰るの?」
話がまとまらなかったらしい、花畑チャイカはさっそうと改札の方に向かおうとした。
「リーダー、駅から出るん……?」
そんな中、椎名はただ一人ベンチに腰掛け、眠そうな目で空を見ながらそう言った。
「椎名さん、駅から出たら困るの?」
花畑チャイカではなく、ライダーが尋ねる。椎名は口を開くのも面倒くさそうに、眠い声で答えた。
「んー、なんていうか、この疑似的に作られた世界はこの駅以外は不安定なんすよ。この世界はある場所へ向かう大きな流れの中を、今も流されてってる。作られた世界の方はここで待ってれば魔力切れかなんかで崩壊するんじゃないですかね。でも、そのときにうちらが駅から出ていたら……不安定な場所に行って、うちら自身も不安定な存在になってしまっていたら……」
ライダーはふふーん、と鼻にかけて笑った。
「この世界の断片と一緒に流されてしまう……ってこと?」
「そういうことです。ね? ここで待ってたほうがいいですって」
椎名はあくびをして、ベンチに深く腰掛けなおした。
「ある場所へ流されてる……ねえ、どこなのかな」
「ええ? たぶんですけど」
そこで椎名は何を思ってか両手の甲をだらんとさせて短く舌を出し、言った。
「本物の……あの世?」