もうすぐ夜になる。図書室中央に並ぶ長椅子に、女の子が座っていた。
翡翠のように澄んだ女の子の瞳の中を、雲はたなびいて、燃える夕空が流れていく。
どれだけ、そうしていただろう。ふいに、女の子がこちらを見上げた。
鷹宮はドキリとする。
女の子の瞳には、手を差し伸べる自分の姿が映っていたのだ。
女の子はふっと笑って立ち上がり、くるりと体を返して鷹宮に背を向ける。
薄桃色の髪がふわりと浮き上がり、夕焼けの中に揺れる。
「だめだよ、リオ様」
女の子は窓際へ歩いていくと振り返る。その顔はもう、逆光で見ることができなかった。
「この世界はここで終わり」
夕焼けが濃くなっていき、全てを赤く染める光が図書室になだれ込んでくる。
女の子も光に呑まれ、その体の全てが消える直前、女の子は小鳥のような声でそっと囁きかけた。
「また、いつもの場所でね。リオ様」
―――――――
パッと目を開いた鷹宮リオンが見たものは、遠ざかっていく電車の光だった。
田舎の、夜の無人駅。温度のない風が田んぼの影を揺らしていく。頭上を仰ぎ見ると異様な数の星々が瞬いている。
「おい小娘、大丈夫なのか? ぼーっとしていたみたいだが」
鷹宮の視界を遮るようにふらふらとでびでび・でびるが顔の前に現れ出る。
「うん、大丈夫……だと思う。でびちゃんは大丈夫?」
「うん? ボクは大丈夫だよ! ほらこの通り!」
そういってぐっと腕に力を入れるでびる。ふさふさの毛で柔らかそうな腕がぷるぷる震えている。
「そんなことより小娘、あっちで集まって話してるみたいだぞ」
でびるの言う通り、駅の中央ではマスターとサーヴァントが集まって話をしているようだった。
「へえ。つまり、ここは世界の果てってこと?」
「ある意味では、そうなのだろうな」
そっか……。とライダーは頭の後ろで手を組み、夜の田園風景を一瞥する。
「ふうむ。興味深い、興味深いぞ、これは!」
アーチャーは空を見渡すと、何やらモニターの付いた機械を取り出してデータの収集を始めてしまう。
「わからぬ。余にはわからぬ。なぜ事態を打開しようと考えない? この空間からどうして脱出するか、協力して考えようとは思わぬのか?」
バーサーカーがやる気のないサーヴァント二基を睨んだ。花畑もちょうどいいと後に続く。
「そうだぁ、余にはわからぬぅ。ライダーよ、なぜ事態を打開しようとしないのだぁ?」
「それは余の真似か? 面白い。刺すぞ?」
「あっ、いや、これは元々の持ちネタ……」
途中で無駄っぽいなと思いながらもサーヴァントや他のマスターたちの会話に耳を澄ませつつ、鷹宮は突っ立って空を見ている葛葉の方へと駆け寄った。
「葛葉くん、何か気づいた?」
話しかけられた葛葉はびくりと仰け反り、気まずそうに目を逸らした。
「いや、あの……天気いいなあって……」
「あ、そう。それで、ここってどこ?」
「わかんねー。一応、駅の名前っぽいのはそこに書かれてっけど――」
葛葉の指差した方を見て、鷹宮は納得する。
「確かに。これじゃ何もわかんないわぁ」
ベンチの横の立て看板にはこう書かれていた。
「縺阪繧迪ォ?」
―――――――
「もういい、こんな気味の悪いところにいられるか! 俺たちは帰るぞ、ライダー!」
「えー、もう帰るの?」
話がまとまらなかったらしい、花畑チャイカはさっそうと改札の方に向かおうとした。
「リーダー、駅から出るん……?」
そんな中、椎名はただ一人ベンチに腰掛け、眠そうな目で空を見ながらそう言った。
「椎名さん、駅から出たら困るの?」
花畑チャイカではなく、ライダーが尋ねる。椎名は口を開くのも面倒くさそうに、眠い声で答えた。
「んー、なんていうか、この疑似的に作られた世界はこの駅以外は不安定なんすよ。この世界はある場所へ向かう大きな流れの中を、今も流されてってる。作られた世界の方はここで待ってれば魔力切れかなんかで崩壊するんじゃないですかね。でも、そのときにうちらが駅から出ていたら……不安定な場所に行って、うちら自身も不安定な存在になってしまっていたら……」
ライダーはふふーん、と鼻にかけて笑った。
「この世界の断片と一緒に流されてしまう……ってこと?」
「そういうことです。ね? ここで待ってたほうがいいですって」
椎名はあくびをして、ベンチに深く腰掛けなおした。
「ある場所へ流されてる……ねえ、どこなのかな」
「ええ? たぶんですけど」
そこで椎名は何を思ってか両手の甲をだらんとさせて短く舌を出し、言った。
「本物の……あの世?」