アサシンが一歩緑仙の方へ歩みを進め、そこで止まった。アサシンと緑仙の間を幾筋もの紫電で編まれた壁が遮るように立っていた。
「どこぞの暗殺者かはわからぬが、それはよしておいた方がいい……あまりに野暮だ」
アサシンの見つめる先でアーチャーはマントを風に吹かせ、延ばした手の中で紫電を小さく弾けさせた。
おもちぃなたちは降りかかり、あっという間に傘を差したまま突っ立つ緑仙の姿を覆うと、次の瞬間には一斉に大爆発を起こす。
爆風に目を細めるアサシン、足場が崩れることはなかった。恐らく敵側の細工なのだろうが……。
やがて爆風が晴れると、そこには足を前後に交差させて深く腰を落とし、肩に掛けた傘で体全体を覆い隠す緑仙の姿があった。
緑仙はアサシンの視線を受け、髪をかき上げて言う。
「心配しなくていいよ、別に」
「……良さそうには見えないが」
「良くなくても、仕方ないじゃん」
紫電の向こう側に立つアサシンに笑いかけると、緑仙はそのままの姿勢から素早く踏み込み、椎名との距離を詰める。
「うわっ! おもちぃな二号、十三号、八十……えーっと、もうテキトーにいけ!」
椎名の指示にずっこけたおもちぃなたちがてんでばらばらに緑仙に突撃していく。
緑仙は拡げたままの傘を手首も柔らかにぐるぐる回しながら、接近してきたおもちぃなに片っ端から振るった。
ひらひらと舞うようにして傘は振るわれ、その周囲でおもちぃなたちはボンッと音を立てて次々白い煙と化していく。
雨に濡れる緑仙。傘の雫が飛ぶ。白い煙は雨の中で薄くなっていく。
煙に紛れておもちぃなが一体緑仙の背後から突っ込んだ。これに緑仙は反応し、傘をくるりと回し、自分の体を傘の内側に隠すようにして防御姿勢を取る。これに乗じてさらに数体のおもちぃなが接近し、連鎖的に爆発が起こった。
「やったか⁉」
椎名がガッツポーズして見守るその背後に、上空に吹き飛ばされた緑仙は傘で落下の勢いを殺し、爪先からスッと着地した。そのまま椎名の方へ忍び寄り、音もなく傘を閉じると、椎名の顔に向けて横薙ぎに振るう。
バチッ! と緑仙の傘と椎名の体に紫電が弾けた。
「つっ! これは……⁉」
緑仙は仰け反りそうになるものの、態勢を整えて距離を取る。よろけて振り返った椎名の体には紫電の膜が張られていた。
「痛ったぁ! ちょっと誰? あてぃしの護符に静電気仕掛けた馬鹿がおんねんけど!」
「すまない、私だ」
名乗り出たのはアーチャーだった。
「マスターの護符があまりに脆弱だったもので、つい」
「なっ、このっ、喧嘩うってんのか⁉」
肩をすくめるアーチャーに対し、椎名は小言のような文句を延々とぶつけている。二人を遠い目で見ながら、緑仙は傘を掲げた。傘にはバチバチと細い紫電が走っていた。
緑仙は傘の雫を払うようにしてまとわりつく雷の魔力を払いのけると、傘を指でなぞりながら魔力のコーティングを張り直していく。
「マスターよ、敵は一対一を望んでいるようだが?」
紫電の壁の向こうからアサシンが問うも、緑仙は傘を気にするそぶりを止めなかった。閉じた赤い傘から雫が滴り、緑仙の頬に落ちる。雨に濡れながら、緑仙はどうでも良さそうに言った。
「そうだねえ。向こうのサーヴァントが僕を狙ったら勝ち目もなさそうだし、こっちには都合のいい話で結構なことじゃない?」
「……お前がいいならいいが」
アサシンはどこか釈然としない様子で頷き、アーチャーと向かい合う。それに気づいたアーチャーは腕をぶんぶん振り回す椎名の頭を片手で抑えながらにやりと笑った。
「我々の戦いはよそで行おう。補強はしたが、それはマスター同士での戦いを想定しての物。若人の学び舎を壊すのは本意ではないのだ」
アサシンは伺うように緑仙を見た。
「行きなよ」
緑仙がすげなく言うと、アサシンは肩を落としてアーチャーの方へ歩き出した。
「緑仙……まだ死ぬな」
「うん、まだ死なない。お爺ちゃんもね」
「少し足場は悪いがお付き合い願おうか」
そう言ってアーチャーは校舎から飛び降り、アサシンもまた逡巡するように立ち止ったが、すぐにアーチャーを追って校舎から飛び降りた。
「ところでさ、ふわふわふ浮いてるぬいぐるみみたいなの、みんな意思があるんだね」
緑仙が空を見上げていった。幾つものおもちぃなたちが白い煙と化して爆発しても、未だにかなりの数のおもちぃなたちが空に漂っていた。みんな雨に濡れてテンションは低そうだが……。
「そうですよ。おもちぃなって言います。かわいいでしょ?」
椎名はおもちぃなの一体を手に取ると、その頬を両手でにゅぅっと挟み込む。それが不快だったのだろう、おもちぃなは暴れて椎名の手から抜け出し、椎名の顔に飛びついてその頬をぷにゅっと両手で挟み込んだ。
「ぶっ……ん、なにすんねん!」
椎名が上空へとおもちぃなを放り投げた……。何がしたかったの……? と緑仙は反応に困って首を傾げた。
「椎名そっくりだ……いやあ、人格を複製する呪符の応用でしょ? 偵察に使えるんじゃないかって話は覚えてるけど、まさかここまで形になってるとは思わなかった。でもさ……」
緑仙は雨の空を仰ぎ、目を細めて言った。
「けっこう痛いって、言ってなかったっけ?」
「へへぇん、げろ吐くほど泣きましたよぉ」
冗談めかして笑いながら、椎名は緑仙の方へ歩みを進めていく。緑仙は椎名を迎え入れるように両手を広げ、雨に濡れながら言う。
「椎名、僕は弱い。今も椎名に殺されようか迷いながら戦ってる。今更逃げやしないけど、こんな僕に椎名の怒りをぶつける価値があるのかな」
椎名はめんどくさそうに頭を掻くと、片目を開いてはっきりと言った。
「あーもう全然気にせんといてください。怒りをぶつける価値、ありますよ。良かったですね、まったく……あー、殴りたくて仕方ない!」
殴る、と言いながら、椎名はゆっくりと手を回す。その動きに連動して、おもちぃなたちが椎名の周囲を取り巻くように渦を巻き始めた。