Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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52.電撃使い

「やっとるなあ……」

 

 ぬかるんだ校庭に立つ中華服を着た老人が校舎を見上げて呟いた。校舎の屋上ではおもちぃなたちがぴーぴー飛び交い、ときたま爆発を起こしていた。

 

「おや、あまり乗り気ではないようだ。私では物足りないかな?」

 

 両手を広げるアーチャーをちらと見て、老人、アサシンもようやく目の前の相手に集中する構えを見せる。

 

「といってもなあ。お前は電撃使いなのだろう?」

「その通り! 私こそは神の雷を人にもたらした人類神話の始祖たる人類……」

 

 そこでアーチャーは上機嫌にマントを翻し、英国紳士然とした立派なお辞儀をして見せた。

 

「マスター椎名唯華のサーヴァント、ニコラ・テスラである。どうぞよろしく」

「アサシン、李書文。武術をやっている」

「武術……それにその恰好、カンフーという奴か! 知っているぞ、ヨガの一種なのだろう?」

「あー……まあ、そうかもしれんな」

 

 パッと目を輝かせたテスラを見て、書文は適当にはぐらかそうとしたことを後悔した。

 

「なんでも手が伸びるとか!」

「そうだな」

「なんでも火が吹けるとか!」

「……そうだな」

「素晴らしい! まさしく東洋の神秘だ! お目にかかれるとは何たる幸運、エジソンの奴が羨むに違いない!」

 

 両手を握って喜ぶテスラを見て、書文はためいきをつき、その姿を大気の中にくらませる……。

 

「ふぅむ、これは!」

 

 テスラは刮目する。雨の降る校庭には水溜まりがいくつもできている。その水溜まりには雨の雫の波紋と風のさざめき以外は浮かびようもなく、アサシンたる書文の姿や足跡など望むべくもない。だが……

 

「そこか!」

 

 テスラはある一点に目を留めると、指先から雷を放った。

 

 どうやら書文は躱したらしい。少し離れた場所にゆらゆらと影のようにその姿を現した。

 

「はぁ、これだから電撃使いは……」

 

 書文が呆れる暇もなく追撃の雷が飛んでくる。しかし、書文の体は再び揺らめいて消え、紫電は空を切った。

 

「ふっはっはっはっは! 手品のタネはさっぱりであるが、相性が悪いようだ。私には優れたソナーがあるのでな! さあ、踊れ、踊れ、踊れぇ!」

 

 テスラが胸の前で両手のひらを上向きに広げると、その指先全てから細い紫電が空へ放たれ、空へ放たれた雷は威力を増して校庭へと降り注ぐ。水溜まりが一瞬揺れて波紋が広がれば、次の瞬間にはその水溜まりは雷によって空と繋がる。そんなことが校庭中で繰り返されていく。

 

「はあ、性に合わん。逃げるのは向いていないようだ」

 

 そう言って追いかけっこを切り上げ、あっけなく姿を現した書文に上機嫌だったテスラは肩透かしを食らう。

 

「息も切らさずによく言う……!」

「合わんものは合わんのだ。わしはやはり……こうだな」

 

 書文はそう言うと、まるで地面に落ちている何かを拾おうとするかのように自然な動作で腰を落とした……テスラにはそう見えていたのだが、視覚ではない別の情報源が全力で危険を訴えていた。

 

 それはほとんど瞬間移動と言ってもいいほどの踏み込み。身体能力と洗練された技術のなせる業。雨より早く、棒立ちのテスラの前まで接近していた書文は、今まさにその拳でテスラの体を穿とうとしていた。

 

 テスラの笑いは固まった。笑い声を発するよりもやらなくてはならないことがあった。雨粒の一滴一滴を砕きながら迫る書文の拳……あまりに現実味がなさすぎる。重要なタスクが次々と頭の中で放棄され、それでも体は動かなかった。

 

 目の前にいて狙いをつける余裕もないとは!

 

「ぐっ、ぬおおおおおおおおお‼」

 

 テスラは歯を噛みしめ、なんとか腕を持ち上げて体を守りながら全方位に電撃を放出した。

 

 どす、と鉛のような重さがテスラの両腕を襲う、衝撃は腕を突き抜けて内臓にまで届く。テスラは咳き込み、喀血する。だが、そこまでだった。

 

 体をくの字に曲げたテスラが顔を上げると、放出され続ける電撃の範囲外に、書文は佇んでいた。

 

「はぁ、はぁ……まったく驚かされる。あとコンマ一秒遅かったらと考えるとゾッとするよ」

「ああ、見事な反応だった。コンマ一秒遅ければ、もっと気持ちよく殴れたのだがな」

 

 なんてことも無いように言う書文にテスラは頬を引きつらせた。テスラは唾をのみ、感覚が通らない両腕を見やる。滅茶苦茶だ、骨も肉も、回路も……。体が重く、足も機敏には動かせない。テスラの雨に濡れた額には冷や汗が混じっていた。

 

「武術家よ、提案だ。勝負をシンプルにするというのはどうかな?」

「話を聞こう」

「私はもうここから動かない。動かないでこの電流の領域の強化に努めよう。そして君はどうにかしてこの領域を突破するのだ。どうだ、単純だろう?」

「……お主の魔力切れを待つというのは戦略的にはどうかな?」

「残念だが、それはあり得ない。私には優れた発電能力があるのでね。そして電流と魔力は変換可能だ。つまり魔力で出来たこの体、この怪我の修復は始まっているというわけだ。武術家よ、もし様子見などして私の怪我が治ったら、私は貴殿のマスターを殺しに行くぞ?」

 

 これには李書文も眉をしかめた。

 

「さすがに、速度では分が悪いか。ワシがお主のマスターを殺すよりも先にこちらのマスターが殺されてしまうだろうなあ。なるほどなるほど。しかし、お主のマスターがそれを望んでいるようには思えないが」

「で、あろうな。彼女は既に聖杯戦争の勝利を捨てている。大局的な野望を捨て、激情をかつての友にぶつけることに全力を尽くしているのだ。当然、邪魔をすれば怒りも買おう。だが、私はまだ、聖杯戦争を諦められない」

「それほどの願いか……?」

 

 多少皮肉の混じった書文の言葉を受け、テスラは目を瞑り、「それもある」と頷く。そして付け加えて、

 

「だが、それ以上に今、私は彼女をこの聖杯戦争の勝者にしたいのだよ」

 

 李書文は一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに無表情に戻り、今度は挑発的に問うた。

 

「それほどの、マスターか?」

 

 テスラはこれから自分の言うことについて自分でもおかしいと思っているように笑った。

 

「そうだ。それほどのマスターだ。武術家よ、聖杯戦争の参加者たちを、マスターたちを見たか?」

「……お主の言いたいことは分かった」

 

 書文は肩を落とし、残念そうに肯定する。

 

「ああ、そうだとも。わかってもらえるだろう? この魔術世界に身を浸していながら、健全な精神をもって成長し続けることの難しさが」

 

 テスラは今なお爆発の止まない屋上を見上げていった。

 

「あれとて葛藤が無いわけではあるまい。表層の性格は薄っぺらいクズに他ならん。だが、その正体と言えば、捻くれながらも人を思いやり、自分さえ思いやることのできる普通の少女ではないか。それに対して他のマスター共を見たまえ。みな、病んでいる。願いを追い求め我が身すら破滅に追い込むその覚悟、なるほど、立派なことだろうとも。それで、その先に一体何がある? 彼らに必要なのは聖杯か? 願望を叶えることなのか? 違うはずだ……。断言しよう、聖杯は彼らの病を加速させるだけだ!」

 

 書文が思い浮かべたのは自身のマスターだった。幸せな場所にいたいと願いながらも影の差す袋小路に突っ立ち、泣きそうな顔で笑っている。

 

 違う……そんなことを考えたって仕方がないではないか。今はそうだが、そこで終わると誰が決めた? 書文は拳を固く握り、テスラを見据えて口を開く。

 

「確かに、我がマスターは試練の真っただ中にある。本人はすでに敗れたつもりで斜に構えているのだろう。それはお主の言う通り、病的と言ってもいいのかもしれぬ。だがな、アーチャーよ。あれには存外、素直な部分があってな。ワシはその部分に期待せざるを得ないのだ」

 

 それを聞いてテスラは乾いた笑いを漏らす。

 

「無口な暗殺者かと思えば、ずいぶんとマスター思いのサーヴァントなのだな」

 

 笑いを含んで書文が答える。

 

「お互いさまというわけだ」

 

 雨が降りしきる。

 書文の中華服はすでに水を吸って色が変わっていた。テスラは空を見上げ、顔を気持ちよく雨に曝した。

 

 これが最善だった、と思う。アサシン相手に動かぬ手足、この電流の領域を展開していれば、どの方向から来ても関係ない。貯蓄している電力=魔力に気を付けながら全力を出し続けるだけだ。敵側がどうかは知らないが、テスラとしては間違いなく一番タスクが少ない方法だった。

 

 ふっ……、テスラは苦笑する。タスクが少ない! 天才であるこの身が! このような馬鹿げた脳筋戦術を最善だとは!

 テスラの見つめる先で、李書文は電流の流れるテスラの領域へと手を伸ばす。

 

 バチッ! と書文の指先で火花が散った。書文は煙を上げる指先を不満そうに見つめると、その手をゆっくりと下ろし、真っ向から、電流の領域へと足を踏み入れた。

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