電流の領域へ踏み込んできた李書文の足は、舞い散る火花や煙の中で止まったかのように見えたが、書文はすぐに次の足を踏み出した。
一歩一歩地面を踏みしめる書文の体を見るに、電撃が効いていないわけではなさそうだ。サーヴァントの体だからこそすぐには焼け落ちたりしないものの、筋肉の強制的な収縮は明らかに起こっている。問題は、それがあまりに小さく抑えられていることだ。
なぜ歩ける? なぜ立っていられる? なんらかの防御術式か……? 焦るテスラを見て、書文は少し焦げ付いた肌で笑った。
このままではマズい。テスラは歯噛みし、やむをえず貯蓄していた電力を開放する。領域内では書文の肉体に大蛇のような紫電がいくつも絡みつき、その身を灼き始める。だというのに……。
「くっ、くっふっふっふっふっふ……!」
書文は笑っていた。笑いながらもまた一歩、足を踏み出した。
出来ることはまだ一つ残っている。しかしこれは……。
ためらっている間にも李書文はまた一歩テスラの方へと近づいた。考えるのも馬鹿らしいが、電流に身体が慣れてでも来たか? その歩みのペースは早まっているように見えた。
報告も判断も早い方がいいだろう。やむをえない……か。
テスラは魔力のパスを通じてマスターに呼び掛けた。
(マスターよ、すまないが、負けてしまいそうだ。霊基を保ったまま宝具を使うためにはおもちぃなを百体ほどいただかなくてはならないが、宝具を使ってももはや勝てるかどうかはわからない。無責任ではあるが、判断は君に任せよう)
ほどなく、マスターの声が返ってくる。
(そんなもんいくらでもあげるよぉ! すぐ使え! 今使え!)
その言葉と同時にテスラの体に温かな、しかし力強い魔力が迸った。すぐに宝具を使わなくてはいけないという使命感のようなものがテスラの胸の内にふつふつと湧き上がる。
「これは、令呪……?」
理解し、テスラは笑った。
素晴らしい! なんと素晴らしいマスターか!
遅れて大量の魔力が体に流れ込んでくる。おもちぃな……敵マスターとの戦闘で不利にならないといいが。
テスラは改めて敵を観察した。恐らく防御術式も合わせ、何らかの方法で電流をスムーズに地面へと逃しているのだろう。だが、宝具を使うとなればもはや関係ない。
この領域に存在するすべてのものが消し飛ぶ。
紫電を宿した瞳を開くテスラの頭上に、金属音を伴いながら、雷の輪がゆっくりと回転し始める。テスラが何かをしようとしていることを察知したか、書文は歯を食いしばり、倒れ込むような勢いで走り出した。
テスラは驚き、思わず聞いた。
「なぜだ! なぜ生きている! なぜまともに動くことができる! 筋肉だけではない、回路も脳の機能も働くわけがない。なぜなのだ!」
それに対して書文もまた声を張り上げ答えた。
「もとより、年老いたこの身は肉では動かぬ! 脳の指令によっても動かせぬ! 我の拙い意志などでは、動きはせんのだ……!」
「なるほど……! 肉体の回路が物理的に壊れたところで、もっと別の霊的な力に動かされていた、と。はっ、神秘が過ぎるぞ、アサシン!」
強がって笑い飛ばすが、冗談ではない。目の前で起こっていることはテスラの理解を超えている。間に合うか……⁉ テスラは迫る書文を見て焦っていた。
一方、書文の焦りもまた尋常ではなかった。大ボラを吹いてはみたものの、すでに霊基は深刻なダメージを受けている。緑仙から貰った
テスラの頭上に浮かぶ雷の輪はどんどん大きくなっている。書文にはそれが人工的な天使の姿に見えていた。高密度に紡がれる金属音は創造される人類神話の産声か。人類の未来への喜びを歌い、その歌が暗い空の果てまで届くことを疑わない。
テスラは頭上の雷の輪を仰ぎ、強引に勝利を宣言するように言った。
「幕引きだ! 神の
テスラの頭上の輪が膨張し、広がっていく。つんざくような金属音が、次第に音の隙間を埋めて柔らかく、心地よいものになっていく。人の未来を抱くように、天使が腕を大きく広げた……!
だが、もう遅い。
「くっふっふ……」
李書文の口からかみ殺せなかった笑いが漏れる。何かを感じ取ったのかテスラが一歩後ずさった。
そうだ、もう遅いのだ。李書文は拳を握った。もう何度この手形を作ったかわからないが、握られた拳には毎回違った味わいがある。変わらないのは、当たるという直感、そして、相手の肉体を打つ感触。
「我が八極に『
書文は最後の踏み込み行う。両腕を拡げる天使の元へ飛び込んでいく。
拳がテスラの胴を打つ直前、書文はテスラの顔を見た。穏やかで、終わりを受け入れている。一抹、マスターへの心配は見受けられたが、それでもすでに為すべきことを為しえた者の顔だった。
頭上の空を覆うように広がっていた雷の輪は次第に綻び、地面へと溶け落ちていく。アーチャー、二コラ・テスラは吹き飛ばされた先で金色の光となって消滅した。
雨の降る校庭に取り残された李書文は、息をつき、ぬかるんだ地面も気にせず腰を下ろした。
今まで体を灼かれていたというのに、すでに雨は冷たく感じられた。彼は屋上を見上げ、もう一度、今度は長い息をつく。