「渡されたマップデータだとこの辺りなんだけど……」
鷹宮リオンは携帯片手に足を止めていた。目的地の赤いピンが示す場所には年季の入った倉庫がぽつんと建つだけだった。もっと小綺麗な建物を想定していた鷹宮は現実を直視できずにでびると一緒にそれっぽい建物を探していたのだった。
「やっぱりこの辺に建物は無いよ、あれ以外」
周囲を空から探っていたでびでび・でびるが鷹宮の肩に舞い降りた。鷹宮は肩を落とす。よくよく考えてみなくても不自然な状況だった。周囲に建物がない中おんぼろの倉庫一軒だけがこんな風に建っているなんて。
「行くかー……」
鷹宮はとぼとぼと倉庫へと歩いていった。
シャッターの前まで来た時、鷹宮は足を止め、首を傾ける。
薄汚れて落書きされたシャッターからほんのりとだが魔力を感じる。そのまま立ち往生していると、機械の駆動音と共にシャッターがゆっくりと上がり始めた。思いのほか、薄いシャッターの畳まれるガラガラとした音は聞こえない。シャッタ―と思われていたのは厚みのある大きな一枚板であり、サイレンと共に鎖が張られ、均一なスピードで持ち上げられていく様は近未来的ですらあった。
シャッターが上がりきると、二人は喉を鳴らし、倉庫の中へと足を踏み入れた。
倉庫にはほとんど物が置かれていなかった。薄い白色電灯が照らす内部は明らかに光量が足りておらず、足元は薄暗い。靴底の踏む砂利の音からして掃除もされていないようだ。しかし、そんな倉庫の中心に一点、目を引くものがあった。地下へと続く螺旋階段だった。
階段を降りると、真っ白な広い部屋に出た。そこには最低限の家具しかなく、全て色が白に統一されている。中でも鷹宮が気になったのは等間隔に並べられた四つのベッドだった。
「でびちゃん、これ……」
鷹宮がベッドの方へ歩き出そうとしたとき、二人の背後から声が上がった。
「ばぁっ!」
「ひゃぁっ……は?」
「何だぁ⁉」
振り返った二人の前にいたのは腰から赤い羽根を生やした色白の女の子だった。
「うふふー、ようこそりりむの新しい配信部屋へ♪ でびリオンチャンネルさんだよね? あたちがりりむだよ~。ぽえぽえ~♪」
りりむと名乗る女の子は色の抜けた髪から覗かせる尖った耳をぴくぴくさせて、淡い赤色をした目を細めて笑った。
「ちょっと待ったあ!」
再びでびリオンの背後から声が上がる。今度は男の声。二人が振り返ると、どこかの学校の制服を着た金髪の少年が立っていた。
「りりむちゃん、嘘を教えちゃ駄目だろう? このスタジオは俺が作らせたんだからさ……俺のでしょ」
「違うって! ねえ考えてもみて! でびリオンチャンネルさんを見つけたのはりりむなんだよ? りりむがいなかったらこのスタジオはなかったんだよ?」
「それはそれこれはこれ! だいたいりりむちゃんサキュバスなんだから、表立っての活動は俺がいなきゃできないじゃん」
「あ、ふーん……コウくんはりりむにそんなこと言っちゃうんだ……」
「いや……違うけどね?」
「あ、違ったぁ?」
「うん。違う違う。ちゃんと最後まで聞いてよ。りりむちゃんには俺が必要だって今更恥ずかしげもなく言わないって。よく考えてくれよ、俺たちずっとやってきたじゃん? りりむちゃん側からも来て欲しかったんだけど、上手く伝わらなかったって言うか、俺が欲しかった流れっていうのはそういうことじゃないから。だからさ、りりむちゃんがせっかちだったかなー」
「なーんだ、りりむのせっかちかあ。よかったよかった。あやうくコウくんを社会的に抹殺するところだったよ」
「まあ仕方ない。今後は気を付けてくれればいいから」
「うん、ごめんなさぁい……え?」
肩をすくめる少年をぶっ殺してやろうかという怒りの垣間見えるほほ笑みでもって見つめるりりむ。少年はでびリオンを完全に忘れていたらしく、無表情で突っ立っている二人を見て「あ……」と声を出した。
「ってところで、でびリオンチャンネルさん、ちゃんと俺たちの紹介しようか。俺は
「改めて~、りりむは
二人の自己紹介に圧倒されながらもでびリオンも顔を見合わせる。
「その、一つ聞きたいんですけど……」
鷹宮が尋ねる。
「どうぞ」
気取ったようにコウが言う。はぁ……と呆れながらも鷹宮は尋ねる。
「あなた達は聖杯戦争の妨害のために送り込まれた刺客ってわけ?」
「まあ、そうなるねえ」
「じゃあ、今日は結局コラボはしないってことなの? 配信じゃなくて、戦うの?」
「それは違う」
コウはきっぱりと言った。
「俺たちは別に命を懸けて魔術を撃ち合ったりなんてことはしない」
そのあとをリリむがつぐ。
「私たちはね、配信で戦うんだよ!」
「配信で……?」
でびるは目を丸くした。
「ああ、その通り。配信の大まかな流れはメールしたよな。あんたたちさえよければ俺たちはあの通りに進めたいと思っている」
どうかな? 両手をポケットに突っ込み少し首に角度をつけて振り返ったコウが聞いた。
「えーっと、つまり……配信で、ゲームで対戦するだけ……?」
困惑をあらわにする鷹宮、コウはそれを見ると、笑って付け足した。
「そうだな、やっぱそれだけじゃ寂しいよな。じゃあこうしようぜ。俺たちが勝ったらあんたたちには聖杯戦争をリタイアしてもらう。逆にあんたたちが勝ったら、俺たちがあんたたちをサポートをするよ」
どうよ? そうして前に出てくるコウに対して、でびリオンはためらうように後ずさる。だが、その背後から鷹宮の肩に手をかけて、りりむの告げる言葉が決定打になった。
「だからさ! 魔術師としてじゃなくてー、配信者としての勝負をしようってこと!」
二人は目に力を宿して同時に言った。
「のった!」
「やるよ!」
それを聞いてコウとりりむは張り詰めていた緊張を解き、ほっと胸をなでおろした。パンッと手を打ち鳴らしてコウが言った。
「オッケー。じゃ、そういうわけだし、細かい段取りを打合せしようか」
「うんうん。座って座ってー」
りりむのすすめに従い、二人はソファに腰掛けた。
「まず、これを見てもらおうかな」
そう言ってコウが取り出したのはなにやら頭に装着するらしいヘルメットのような見た目をした機械だった。
「これはさ、フルダイブ型のゲーム機なんだよね。そこのベッドで寝っ転がって装着してプレイすんだよ。ネットも同時に使えるから、パスさえ登録すれば自分のアカウントで配信もできるってわけ」
すげーだろ? と鼻を高くするコウに対して、鷹宮は目を震わせてその機械を指差し、言う。
「それって、ナーブギ……」
「違うから。これは加賀美インダストリアルとウチが共同で開発した試作品だから。名前はまだない。科学と魔術と資金力が合わさった結果オーバーテクノロジーすぎてお蔵入りになったのをこっちに流してもらったんだ」
「あ、それは失礼しました。でも、そんなゲームを衆目に曝していいわけ?」
「いいだろ。なんせ今の俺たちにはでびでび・でびるがいるんだから」
「え、ボクゥ?」
そこで名前を出されたことが意外そうな顔をするでびる。うんうんとりりむが頷いた。
「そうだよ。私たちがいくら魔術を使おうが、でびるまるの悪魔パワ~でだいたいゴリ押せそうだよね」
「バッ……⁉ てめえら、悪魔を便利に使うんじゃねーよ」
「いやあ、助かったわほんと。こんなゲームを配信でしたかった……!」
「ほんと、でびるまるさまさまだよ。感謝してもしきれないくらい」
二人はヘルメット型の機械を掲げながらしばらくは円になってスキップしていたが、急に落ち着いてソファに座ると、さて、と話を続けた。
「みんなでやるゲームはこれだ。対戦型恋愛ゲーム、アグロ・ラヴァーズⅡ!」
コウが二人に見せつけたのは美男美女が入り乱れて殴り合ってるパッケージのソフトだった。
「対戦型……!」
「恋愛げえむ……!」
と驚いて見せたものの、でびリオンの二人はぴんと来ておらず、二人の頭の上にははっきりと?マークが浮かんでいた。コウは足を組み、ノリノリで説明する。
「このゲームのオリジナルははるか太古に発売されてな。元々はプレイヤーたち複数人でゲームの【主人公】の恋愛成就に協力したり茶々を入れたりして楽しむゲームだった。が、このゲームには問題点が一つあったんだよ。それはな……主人公を差し置いてプレイヤーたちが各々勝手にキャラクターを攻略できてしまうこと」
地獄、いや、祭りだったよ……コウは修羅場を潜り抜けてきたような顔でしみじみと語る。
「寝取り、寝取られ、ハーレムによる友情破壊。男女人数関係なく攻略しまくれることによって巻き起こる秩序の乱れ、学校生活の崩壊。その斬新さは数々のオタクたちの人生を狂わせた……といわれる」
おおー! とりりむが頬を赤くして拍手するが、鷹宮とでびるは無表情だった。
「人間の世界にはやべー奴がいるんだな……」
「一部だけだから……たぶん」
「いや、俺は違うけどな? そんで、今話したのがアグロ・ラヴァーズのⅠで、その続編として売り出されるはずだった今作は、Ⅰでのプレイヤーの楽しみ方を制作陣が汲んで、ハナから主人公は消えて恋愛対戦ゲームとして売り出すことになったんだ。といっても、発売はされなかったが。これをコメント欄のアドバイス込みでやっていこうと思う!」
そうしてコウはでびリオン、そしてりりむに、手に持ったゲーム機を投げ渡していく。
「いいか。コメントも含めたでびリオンチャンネルとおりコウのチーム戦だけど、勝者はあくまで一人の攻略対象から最も好感度を稼いだチームだ。たくさんの人間を攻略してその好感度の合計とかはしないから。プレイボーイ=ダメ。ゼッタイ。」
「つまり、協力プレイ推奨ってわけー!」
ベッドの上で仁王立ちのりりむがにこにことしながらゲーム機を頭上に掲げた。コウが続ける。
「まあ、そういうことだ。プレイヤーが別々のキャラを攻略しにかかるよりもプレイヤー一人がキャラ一人を攻略するのをもう一人のプレイヤーが協力する形が理想的なのかもな」
「ふむふむ……」
聞きながら鷹宮はメモを取っていく。でびるもそのメモに自分の大発見を書き込もうとしたが、途中でうんちだとばれて手で払われてしまう……。
「どうかな? 大まかに説明したつもりだけど、質問とかあったら……」
「「ない!」」
二人は言った。鷹宮は決意に満ちた表情で、でびるは話を聞いてなかったが、自信満々の声音で。
「オッケー。じゃあみんな、ベッドに寝転がってゲーム機を頭に装着しようか」
鷹宮はベッドに寝転がった。一見して病院のベッドみたいだと思っていたが、マットレスは低反発で体を優しく受け止めてくれた。
鷹宮はゲーム機を頭に装着する。視界に広がるのは暗闇……それがスイッチをオンにした途端、虹色の光が視界のあちこちで瞬き、光は視界の奥へ、奥へと進んでいく。
自分の意識が遠のくのを感じた鷹宮は最後の力を振り絞って言った。
「リンク・スタート!」
「やめろって!」
慌てる御曹司の声を聞きながら、鷹宮の意識は虹色の光に包まれていく。