Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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59.始まりの季節

 桜並木に桜は散る。カツ、カツ、と小気味よく鳴るローファーの響きが心臓を心地よく揺り動かす。私こと、鷹宮リオンは桜吹雪の舞う空を見上げた。

 

 春——それは始まりの季節。何度経験してもこの胸の高鳴りは抑えられない。いったいどんな出会いがあるのだろうか。空は私の新しい学校生活の始まりを祝うかのようにどこまでも晴れ渡っていた。

 

「おーい、小娘―!」

 

 聞こえる……私を呼ぶ声が。腐れ縁の親友、でびでび・でびるの声だ。どうやらでびるは校門の前で待ってくれていたらしい。私は手を振り、桜並木を駆けていく。

 

「って誰だよ!」

 

 果たして、校門の前で鷹宮を待ち構えていたのは、梅干しのように丸く、小さく、全身ムキムキの肌が黒い男だった。

 

「ボクだよ、小娘。ボクボク!」

「ちょ、来んなって! 知らねえよ、お前なんか!」

「何言ってんだよ、思い出せよ、小娘。ボクたちは高校デビューに失敗して暗黒の一年間を送った仲じゃないか……来年こそは、って誓い合っただろ?」

「そういう設定なの? いや、そうじゃなくて」

 

 そこで鷹宮は一度足を止め、でびるに向き合った。

 

「え、どうしてそんなキャラメイクになっちゃったの?」

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれたねえ。ボクの小さくて荘厳で美しくて力強い容姿を人間で表現してみたんだ。どう? 強そうでしょ?」

 

 そう言って全身の筋肉に力を入れるでびる。元々筋肉で盛り上がっていた制服がはち切れんばかりに張り詰める。

 

「いや、強そうっていうか、その……」

 

 目を逸らして不自然な瞬きを繰り返す鷹宮を見て、でびるは萎えた様に肩を落とし、踵を返して校門から離れていく。

 

「ちょ、でびる。どこ行くの?」

「……もういい。キャラメイクしなおすから待ってて」

 

 校舎へと歩いてくる生徒たちの波に逆らって、黒くて小さなムキムキの悪魔はとぼとぼ歩いていった。

 

―――――――

 

「お~い、小娘~!」

 

 パタパタと小さな羽を動かしてこちらへと漂ってくるでびでび・でびるはいつも通りの悪魔の姿だった。

 

「あー……ま、いっか」

 

 世界観的にどうなのとか、みんなブレザーなのになんでこいつだけ学ラン着てんの、とか……引っ掛かる点はあるものの、先ほどよりは目に優しい見た目をしている。それに何より他の生徒も気にしていないのなら、鷹宮としてはこちらの方がありがたかった。

 

「ったく、せっかくオープニングでいい雰囲気だったのに白けちゃった。さあ、早く教室に行くのです!」

「おう!」

 

 とにかく! 鷹宮は親友のでびるの手を取って学校の門をくぐるのであった。

 

 

 校長の長い話はカットして教室へ。妙に色気があって語気の強い担任による説明を聞き流しながら、鷹宮は教室を見渡した。二年目だからか多少の馴れはあるものの、生徒たちの間にはやはり緊張感が漂っている。

 

 当然、というべきか、鷹宮の理想とする二刀流の似合いそうな殿方はいもしない。となると……女子か。いや、早まるべきじゃない。学校生活はまだまだ始まったばかり。部活もあればイベントも目白押し。それにでびるの方で上手くやるならそっちのサポートに回るのも手だ。

 

 そういうところで休憩時間になり、緊張感から解放された生徒たちは各々交流し始める……。

 

 教室の隅の鷹宮卓にて、鷹宮とでびるは両手を顎の前に組んで向かい合っていた。鷹宮は足を組み替え、少し低い声で言った。

 

「それでは第一回、でびリオン会議の開催をここに宣言するっ!」

「うおぉぉぉぉ!」

 

 でびるが囃し立てる。コメント欄の方も盛り上がっている。もっとも、配信を始めてからコメントにはノータッチだったので、たぶん何も分かっておらず、二人のノリに無理やり合わせてくれているだけなのだが……。

 コメントを拾っていく。

 

〇何が始まるんです?

〇うおおおおおおお!

〇なに、ギャルゲー?

〇アグラヴァか、懐かしいな  ——社築

 

「あ、やしきずさんー、って、知ってるんですか? ひょっとして、攻略法とかも⁉」

 

〇知っているのかやしきず!  

〇うおおおおおお!

〇吐け! 今すぐ吐けえ!  ——本間ひまわり

〇勝利を! でび様に勝利を!  ——麻婆神父

 

 しばらく待っているとやや長文のコメントが流れてきた。でびリオンはそれを音読し、しっかりと頭に叩き込む。

 

〇俺が知ってるアグラヴァはこんなにグラ綺麗じゃなかったし、そもそもVRでもなかったけど……まあ一応、俺の知ってるアグラヴァの話をする。アグラヴァは罠が多いから、初見での積極的な攻略はお勧めしない。敵を妨害しつつ自分は誰かと友達になる、くらいが堅実に勝ちに行くスタイルといえるだろう。長文失礼した。  ――社築

 

〇敵⁉ 敵だとぅ⁉

〇×害は、このゲームでは×害は出来ないのですか? ——麻婆神父

〇出来る   ——社築

〇出来るんかい! ——本間ひまわり

〇出来て草

〇なんなら主人公を×しにくるキャラクターもいる  ——社築

〇なんてゲームだ……

 

「えー、説明させていただくと、概要欄にも貼ってある通り、今回の配信は魔界ノりりむさん・卯月コウさんのコンビ、おリコウとの恋愛ゲーム対決となってます。複数人を攻略しての好感度の合計ではなく、キャラクター一人からの好感度の高さの勝負なので、協力プレイ推奨! 私たちだけでなく、チャンネル単位の対決ですのでコメント欄の皆さま方もぜひコメントで、私、そしてでび様をお助け下さい!」

「よろしく頼むぞ~」

 

 鷹宮とでびるはコメント欄に向けてひとしきり手を振ると、話を続けた。

 

「さて、敵でしたね。敵は……あ、奴です!」

 

 そう言って鷹宮が指差した先には、窓際の席で静かに座っている背の低い少年がいた。少年は線が細く女性的な顔立ちをしており、頬杖をついて窓を眺める様はどこか儚さを感じさせる。少年の色素の薄い髪もまた儚い雰囲気に一役かっているのだろう。

 

「あー……私たちと同じでまだ攻略に動き出してる様子はないみたいですけど……一人?」

「なーにやってんだろうなあ?」

「まあ、敵のことはおいおいでいいでしょう。それよりも今、大事なことがあります」

 

 そう言うと、鷹宮は居住まいを正し、咳払いをして、なぜか悪の組織めいた雰囲気で話し出した。

 

「さて、でびでび・でびる……」

「なんだね、鷹宮リオン……」

 

 でびるも合わせて悪い顔で言ったのに鷹宮は満足する。

 

「でびるの方では方針、もとい、ターゲットは決まったかね?」

「ふぇっへっへ。もちろんだとも。あちらを見たまえ」

 

 でびるの示す方向には黒板の字を消している担任の教師がいた。先ほどの生徒たちに説明しているときの小慣れた先生っぽさはそこには見られない。生徒たちの視線から解放された担任が、紫がかった長髪を左右に揺らしながら少し投げやりに黒板消しを扱う様は等身大の人間っぽさが感じられ、少なくとも鷹宮は好感を持った。

 

 コメントを見ても相手が先生という事実に引っ掛かる少数の者を除けばおおむね好評のようだ。鷹宮は話を進めることにした。

 

「……作戦は?」

「ボクにそんなものは要らない。今日の帰り道にアタックをかける」

「おい、それはやばいだろ……! やしきずの話聞いてたんか⁉」

「ふっ、心配するな。早々にカップルになって奴らが追い付けないほど好感度を稼いで見せる。ボクの男らしさを皆に見せつけてやるんだ……!」

 

 そう言って上腕に目には見えない力こぶを作って見せると、でびるは話は終わりだとでもいうように席を立った。

 

「明日、報告する」

 

 それだけ言って自分の席へと帰っていった。

 

 

 次の日、教室へ入ってきた鷹宮はでびるの席が空席になっているのを見る。自分の席ででびるを待っても、でびるは一向に現れず、ついには鐘が鳴って担任が教室へ入ってきた。

 

 担任は生徒たちの視線を一身に受け、教卓に手を置き、粛々とした雰囲気で言った。

 

「このクラスの皆さんに悲しいお知らせがあります」

 

 その後に担任が述べたことは、こうだった。でびるくんは昨日問題を起こして謹慎していること。そして、退学処分の可能性もあるいうこと……。

 

「「はあ⁉」」

 

 驚愕の声が重なる。椅子の倒れる音が二つ鳴り響いた。思わず席を立ったのは鷹宮リオン、そしてもう一人、廊下側に座る髪の白っぽいあの少年だった。

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