Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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60.保健室

 目を覚ますと、白いベッドに横たわっていた。

 

「な、なにが……」

 

 辺りを見回すと、視界の端にコメントが流れていくのが目に入った。

 

「そうだ、配信!」

 

 鷹宮リオンは勢いよく上体を起こした。寝起きの顔に触れてゲームの体であることを思い出すと、現状把握のためにコメントに目を通す。

 

〇主人公が一定のショックを受けると保健室に運ばれる仕様は変わってないようだな  ——社築

〇なんだその仕様は!?

〇保健室に行かないと攻略できないキャラがいたりして……

〇保健室に行くために何度も主人公にショックを受けさせる鬼のようなプレイヤーもいたりして……

〇いる  ——社築

〇いるんかい!  ——本間ひまわり

〇主人公可哀想……

 

「みなさまごきげんよう。えっと、おはようございます……」

 

〇あ、起きた!

〇うおおおおおお!

〇大丈夫なのですか? ゲームの演出とはいえ失神されているように見えました。  ——麻婆神父

 

「あはは、全然大丈夫。普通に寝起きって感じ。顔を洗わなくてもいいのは不思議だけどね……それよりでびる! でびるはどうなったの?」

 

〇ここにいるよ~  ——悪魔

 

「でび様! ちょっとどうなされたんですか⁉」

 

〇ちょっと、あの、色々あってゲームオーバーになりかけた。すまねえ  ——悪魔

 

「はぁ⁉ ゲームオーバー⁉ なんで?」

 

〇いや、それはあの……恐ろしいことだよ……小娘  ——悪魔

 

「何なんだよいったい……」

 

〇全部見てたわ

〇確かにあれは言えない

〇恐ろしい出来事だった……  ——社築

 

 なんとなく壮絶な振られ方をしたことはコメント欄から察せられるが、いまいち細部がはっきりしない。ふと、鷹宮は思いついて尋ねる。

 

「ほんひまさん、いえ本間ひまわりさん! でび様はどうして謹慎に?」

 

〇あ、こら、ほんひまに聞くな!

〇卑怯だ!

〇よくない これはよくない

 

 本間ひまわりを諫めるコメントが流れる中、鷹宮の待っていたコメントはついに投下された。

 

〇えっとねー……なんだっけ? 交尾?  ——本間ひまわり

〇うわあああああああ‼

〇うおおおおおお!

〇それ以上言ったらアウト

〇それ以上言わなくてもアウト

〇びんたしたときの先生の顔は忘れない

〇↑真顔だったなw

〇単芝やめろ……×すぞ  ——悪魔

〇おいたわしや……おいたわしや……  ——麻婆神父

〇おいたわしゃー笑  ——社築

 

「でび……お前……」

 

 鷹宮は恐らくでびるがいるであろう画面の向こうを軽蔑の眼差しで見つめた。

 

〇やめて……絶交しないで……  ——悪魔

〇解散の危機で草

〇まあまあ (*‘∀‘)  ——本間ひまわり

〇↑ばらした張本人が何か言ってて草

 

 鷹宮は息をつく。冷静になろう。こいつは悪魔だし、これはゲームだ。あくまでふざけたプレイに過ぎない。現実の人間相手じゃないだけまだ救いがある。救いがある……よね? 

 

「でびちゃんって謹慎中よね? 今どこにいるの?」

 

〇自分の部屋~! スマホで小娘見てる~  ——悪魔

〇アイス食べながらな  ——社築

〇寝っ転がりながらね  ——本間ひまわり

〇だらけすぎやろ……

 

「あ、そう……」

 

 でびるのことは気にしなくてもいいらしい。今はゲームに集中しないと! 

 

 保健室には人がいるようで、先ほどから声の低い男がひそひそと何かを話しているのが聞こえてくる。鷹宮はベッドから足を下ろし、厚手の白いカーテンを引いた。

 

 保健室の奥、窓際にある横長のテーブルには、パソコンを操作しながら画面に向かって話をしている男がいた。マイクの付いたヘッドホンをしているので、それで話をしているのだろう。男は淡々と画面に表示されている文字列を送っていく。

 

「なに、起きた?」

 

 恐らく、話し相手が指摘したのだろう。男は振り返って鷹宮の方を見た。 

 

 電子の海を漂うかのように虚ろな瞳だった。男は全体として落ち着いた髪色をしていたが、その左側面の分け目から明るい青色のインナーカラーが覗いていて、それが意外にもよく馴染んでいた。

 男は後ろ手にパソコンを操作し画面を暗転させると、くるりと回転椅子ごと体を鷹宮の方に向けた。ヘッドホンを外して、口を開く。

 

「おはよう。よく眠れた?」

「あ、はい。あの、あなたは……?」

「俺? 俺は別にどうでもいいでしょ。それより大丈夫なの? 突然倒れたって聞いてるけど」

「え、ええ。もう大丈夫だと思います」

「ふーん、よかったじゃん。ならまあ、教室に戻りなよ」

 

 男はそっけなく言ってまたくるりと椅子を回転させてパソコンに向き直る。

 え、それだけ……? 拍子抜けしつつベッドから離れ、保健室の扉へ向かう鷹宮。鷹宮が扉に手を掛けたとき、男が呼び止めた。

 

「それほんと……? ちょっと待って、そこの……ちょっと話を聞かせてもらえないかな?」

 

 男が手を振ったので、鷹宮は何が何だかわからず男の元まで戻る。

 

「呼び止めちゃってごめん。悪いんだけど、ちょっとだけこのカメラに顔を映してくれない? 確かめたいことがあって」

 

 鷹宮は言われた通りにパソコンの画面上のカメラをじっと見つめる。画面は暗いままだった。

 

「そうか、やっぱり」

 

 男はヘッドホンで誰かの声を聞いているのだろう。数度頷くと、鷹宮の方に視線を向けていった。

 

「鷹宮さん、だよね。ちょっとだけお話しない?」

「……いいですけど」

 

 鷹宮は保健室を見回す。男が使っている背もたれのあるものと違い、背もたれのない回転椅子は居心地が悪そうだったので、ベッドの方に腰掛けた。男は焦らずに鷹宮の準備が整うまではじっと待ち、やがて話し出した。

 

「どーも。俺は黛灰(まゆずみかい)。二年。普段は教室に行かずにここで時間を潰してる。よろしく」

 

 それだけ言うと、黛灰は黙り込んで鷹宮の方を見つめる。あ、私の自己紹介を待ってるのか。気づいて鷹宮も自己紹介を返す。

 

「どーも……じゃなかった。初めまして、二年の鷹宮リオンです。よろしく」

「うん、よろしく。で、聞きたいことなんだけど、昨日謹慎が通達されたでびる君について、鷹宮さんはでびる君と仲が良かったって聞いてるよ。そこのところはどうなの?」

「ええ、それはもう。だって……あ、えっと腐れ縁の友だちですから」

 

 少し言葉に詰まり、鷹宮の頬は強張ったが、黛は特に気に留めずに淡々と言葉を接いでいく。

 

「じゃあ、昨日何があったかは知ってる?」

「は、はい。本人から聞きました」

「電話? メール? それともチャットとか?」

「えーっと、コメント欄でですかねぇー」

「コメント欄?」

 

 鷹宮の不用意な発言にコメント欄がざわつくが、鷹宮の目には入っていなかった。

 

「ふーん、コメント欄ね」

 

 一度、二度、瞬きして、黛は続ける。

 

「でびる君はさ、中学生の時からあんな風に、異性に過激な告白をしてたの?」

「あっはっはっ! そんなわけ! だいたいこんなゲームじゃなきゃあいつが人間に愛の告白とかありえないでしょ!」

 

〇止まれ小娘!  ——悪魔

〇まずいですよ!  ——麻婆神父  

〇色々とびすぎー!  ——本間ひまわり

 

 コメントが恐ろしいスピードで流れ出したのを目の端で捉え、その内容を見て鷹宮リオンは固まった。

 

「あっ……」

 

 慌てて口をふさぎ、黛の方を見たが、鷹宮を待ち受けていたのは冷徹な瞳だった。

 

「ゲーム……」

 

 そっと呟く声音に酷く冷たいものを感じ、鷹宮は血の気が引く。黛の瞳には小さく、とても小さく鷹宮リオンの姿が映し出されている。呆れ、怒り、侮蔑……わからない。黛灰の瞳に浮かぶ感情は鷹宮にはほとんどわからなかったが、ただ少しだけ、不快感のようなものがほんの少しだけ見え隠れしているのはわかった。

 

〇罰ゲームの告白に軌道修正を!  ——社築

 

 ちょうどよくこの場を切り抜けられそうなコメントが目に入り、鷹宮は目を回しながら答えていた。

 

「あ、あの。身内の罰ゲームでして……まさか本当にやるとは思わなくて……あはは……」 

 

 黛は何も言わない。時間が過ぎていく。上手く目を逸らせず、鷹宮は目を回し続けた。そんなとき、廊下から小気味のいい足音が聞こえてくる。助かった……? 鷹宮の気が緩みかけたとき、黛が言った。

 

「鷹宮さんって面白いね。また来なよ」

 

 黛の表情は柔らかく、そこには優しさすら感じられた。といっても、目だけは相変わらずだったが。

 

 鷹宮が言葉の真意を尋ねようとして口を開いたとき、保健室のドアが音を立てて開かれた。

 

「あ、鷹宮さん! 起きてたんだー」

 

 カラカラと鳴るような声とともに保健室に入ってきたのは、ピンクの縁取りのナース服を纏う白髪の女性だった。女性は肩にかかるツインテールを揺らし、カツカツとヒールの音を立ててベッドに腰掛ける鷹宮の元まで来ると、じっと鷹宮の方にその顔を近づける。下ろした前髪で片目が隠れている……もう片方の、鮮やかなピンク色をした瞳がキリリと鷹宮を捉えていた。

 

「ふむふむ、大丈夫そうに見える……調子はどう? どこか変なところとかない?」

「え、どうなんだろ……たぶん、大丈夫だと……」

 

 鷹宮が言いかけたところで、黛が口を挟んだ。

 

「先生、その人もう元気だよ」

 

 黛の言葉を聞いた瞬間、女性はすん、と真顔になって振り返った。

 

「は? 誰お前。今健屋がかわいい女子生徒とお話してるんですけど?」

「……なんか俺にだけ厳しくない?」

「授業サボってるヤロウのことなんか知りませんー」

 

 と女性は再び鷹宮に向き直る。

 

「あの、保健室の先生なんですか?」

 

 尋ねると、女性はにかっと笑って答える。

 

「そだよ~。私は健屋花那(すこやかな)。ずばり、保健室の先生なのだー!」

 

 意味もなく胸を張る健屋、黛は既にパソコンの作業に戻っていた。

 

「あ、そうだ。黛くんじゃないけど、もう鷹宮さんのクラスは鷹宮さん以外みんな帰ってるから、元気になったなら鷹宮さんも帰った方がいいと思うよ」

「え⁉ じゃ、じゃあ帰ります……」

「うんうん。保健室は保健室が必要な生徒にしか解放されてないからね。ね?」

「そこで何で俺を見るの……?」

「別に~。さ、帰った帰った」

 

 健屋に追い立てられるように鷹宮は保健室を出た。ドアを閉めるとき、黛はちらとこちらを一瞥し、健屋の方は兵士のように敬礼して、意味のわからないことを言っていた。

 

「君が保健室を必要としたとき、保健室は再び君の前に現れるだろう!」

 

―――――――

 

〇実はですね……お手軽に保健室に行くためのアイテムがございまして……  ——社築

 

 明くる日、やしきずの言葉に導かれて鷹宮が向かったのは食堂だった。

 

「……げぇ⁉」

 

 そこで鷹宮が見たものとは、食堂の端の一画を不自然に占める本格中華店の面構えをしたブースだった。察しはついていたが、恐る恐る近づいて見ると、やはりというべきか、看板に掲げられたメニューは一品のみだった。

 

[激辛麻婆豆腐]

 

「マジか……」

 

 鷹宮リオンは加速するコメント欄とは裏腹に、茫然と突っ立つことしかできなかった。




鷹宮「妨害とかってどうすればいいんだろう?」
〇よし、僕が行ってくる!  ——悪魔
〇でび様、いかりのうんちラッシュで草
〇ブロックされてて草w
〇草に草生やすな……×すぞ……  ——悪魔
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