Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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61.地獄の季節

 きたぜ! きたぜきたぜきたぜ! この時がよぉ!

 

 来ちまったなぁー、このときがよぉー!

 

 ああ、早く俺のヒロインに会いたいなあ。

 

 うぇっひっひ……どんな女の子がいるのかなあ……!

 

 二人分の魂を宿した魔界ノコウは希望と劣情を胸に、これから一年を過ごす教室の扉を開けた。カーテンが翻る。開いた窓から爽やかな風が吹き抜けていく。二人の目に飛び込んできたのは美男美女が楽しそうにほほ笑み合う楽園だった。

 

 くっ、眩しい! と魔界ノコウは思わず腕で目を覆う。

 

 ちょっとちょっと、見えないじゃーん、やめてよー! という抗議と共に魔界ノコウの手は下ろされ、しかし……。

 

 くひひひひ! ねえコウくん、どの子がいいかなぁ? みんなかわいすぎて……じゅるり……。

 

 ちょ、りりむちゃん! 魔界ノコウが涎垂らしてる! っていうか手! 手がヤバい!

 

 手ぇ?

 

 魔界ノコウは混乱しながらも視線を下ろし、自分の両手の在りかを探した。両手は、胸の前にあった。そこに開かれた手は何らかの欲求が反映されてでもいるかのように五指をくねくねと這わせていた。

 

 ぎゃー! 気持ち悪い!

 

 りりむちゃん、大丈夫だ、まだリカバリーできる! 操作は俺に任せてりりむちゃんは教室を観測してかわいい女の子を探すんだ!

 

 わかった!

 

 魔界ノコウは教室の扉を閉めると一見冷静な足取りで自分の席を探す。それぞれの席には出席番号と名前の書かれたカードが置かれていた。クラスメイト達の観察を魔界ノりりむに任せ、卯月コウはひとまず自分の席に落ち着くことを目標に教室を歩いていく。

 

 星川……じゃあこの次が……はうぁっ⁉

 

 魔界ノコウの名前は星川の次の席にあった。確かににそれは自分たちの名前だった。だが、その席にはキラキラした雰囲気を放つ金髪でオッドアイのギャルが座っていたのだった……。

 

 立ち尽くす魔界ノコウ。ギャルはコウの席の後ろの席のギャルと話をするためにそこに座っているようだ。やがて、ギャルが気付いて魔界ノコウを見上げ、ん? と首を傾げた。

 

「あ、ひょっとしてここの席の? えーっと魔界ノくん?」

「え? あー、まあ。そーっすね……」

「ごめんね、もうちょっとお話したらどくからさぁ」

「あー、はい……いいっすよ……」

 

 いや、今すぐどけやぁ! 卯月コウは心の中で絶叫した。

 

 待ってよ、この子顔はかわいい! りりむが顔を褒めるが、卯月の怒りは収まらなかった。

 

 そうしてずっとその場で立っていたからだろう。ギャルが話を中断し、魔界ノコウを見上げていった。

 

「ねえ、どうしていつまでもそこに立ってるの?」

「え、いや、どうしてったって……」

 

 うろたえる魔界ノコウを見て、ギャルはコウの目を覗き込むようにしてくすりと笑い、言った。

 

「ひょっとして、だけどさ。魔界ノくんて……陰キャ?」

「なっ、はんうっ、がはっ……!」

 

 一方的で理不尽極まりない言葉による暴力を不意打ち気味に喰らい、二人の視界は白く染まった。

 

―――――――

 

 目覚めると、カーテンに四方を囲まれた薄暗い天井が目の前にあった。

 

「知らない天井だ……」

 

 卯月コウか、魔界ノりりむかはわからなかったが、魔界ノコウは確かにそんな言葉を口にした。魔界ノコウはゆっくり体を起こすと、すぐ横で自分を見つめるナース姿の女と目が合った。

 

「ありゃ、起きちゃった?」

 

 女は身を乗り出して魔界ノコウに何かをしようとしていたらしい、いたずらっぽく八重歯を覗かせ笑うと、体を引いて離れていく。

 

「やあやあ、我こそは養護教諭の健屋花那。あなたのお名前を教えてほしいな」

「お、俺の名前は卯月……じゃなかった。魔界ノコウ、二年です」

「へえ。男の子だったんだ! 綺麗な顔だったから、てっきり女の子だと思った。うーん残念!」

「え、残念て……」

「もう元気?」

「あ、はい……」

「それはよかった!」

 

 満面の笑みを見せる健屋。唇の隙間からちらちら覗く八重歯に魔界ノコウはドキリとして、まじまじとその顔を見つめてしまう。

 

「ん? どうしたの? まだ調子悪い?」

「いえ、あの、もう大丈夫……です」

「うんうん。いいね、やっぱり元気が一番! ささ、元気な人は帰ってくださいねー」

「ちょ、ちょっと待ってください、俺はまだ……!」

 

 そうして、魔界ノコウは強引に健屋に背中を押されながら保健室の出口へ向かう。保健室にはパソコンを触る男が他に一人だけいたが、男は関わるのを避けているようで、こちらに見向きもしなかった。

 

「じゃ、もう保健室には来ちゃだめだからねー。健屋との約束だよ♪」

「ああ、そんな!」

 

 手を伸ばした魔界ノコウの前で、無情にも保健室の扉は閉ざされた。じき、魔界ノコウは伸ばした手をぐっと握ると踵を返す。

 

 りりむちゃん、考えてることは同じだよな……同じであってくれ。

 

 何を今さら。聞く必要ある?

 

 ……保健室の先生って素晴らしいと思わないか?

 

 コウくんそれは違うね。保健室の先生が素晴らしいんじゃない。健屋先生が素晴らしいんだよ!

 

 間違いない! 俺もうドキドキしっ放しだった。

 

 りりむもりりむも! あの笑顔で全部持ってかれちゃったよね。

 

 決まったな。

 

 決まっちまったな……。

 

 魔界ノコウはメラメラと燃える心を宿して教室へと向かうのだった。

 

―――――――

 

「え、健屋先生? さあ、保健室じゃない?」

 

 担任の先生は生徒の課題のプリントから顔を上げ、前髪をかき上げて魔界ノコウを見た。

 

「なに? 話があるなら伝えとくけど?」

 

 担任はいたずらっぽい笑みを浮かべて魔界ノコウの顔を覗き込んだ。恐らく、生徒を思ってではない、自分の好奇心から話を聞きたいだろう。ひょっとすると自分たちのように健屋先生のことを聞きに来た生徒がこれまでにいたのかもしれない。コウは恥ずかしくなって顔を伏せた。

 

「あの、すいません。いないならいいんで……」

 

 魔界ノコウは頭を下げて職員室を後にする。

 

 健屋先生と話をするのは困難を極めた。お遊びで保健室に来る者を健屋先生はゴミを見るような目で追い返す。仮病は一瞬で見抜かれてしまう。

 

 かといって没入して操作する自分のアバターを使った自傷行為は色んな意味でまずすぎた……が、二人の決断は早かった。二人は恐らく協力しようなどとは考えていなかっただろう。二人は同時に、魔界ノコウを同じように動かした。

 

「うわぁ~!」「ひょぇ~!」

 

 廊下で突然魔界ノコウが叫んだ。

 

「骨折した! 手がっ! 手がぁ……!」

 

 コウは手を抑え込んでその場でうずくまる。生徒たちが騒めく中で、ちょうど通りかかった国語のシェリン先生がコウの耳元で呼び掛けた。

 

「どうしたんだぁ‼ 大丈夫かぁ君ぃ‼‼」

「声でけえ!」「耳痛い‼」

 

 生徒の想定外の反応にシェリン先生は首を傾げたが、コウが痛そうにしている手を見ると、ふむ、と顎に手をやり、コウの体をあちこちペタペタと触りながら、ぶつぶつと呟き始める。

 

「指が二本、あらぬ方へ曲がっている……が、咄嗟にこの指を......? 私が見るに君は転んだわけでもない、ふむふむ、曲がり方がどうも引っ掛かるな……」

 

そして、シェリン先生はこう結論付けた。

 

「さては君ぃ……自分で折ったな?」

「え⁉ いや、あの」

「ああ、いや、いいんだ。こんな推理、何の意味もなかった! 探偵の僕はもう終わったんだ。あぁ、すっかり忘れてた……! ふぅ駄目だ駄目だ。今の僕はそう、教師! 生徒が怪我をしたなら保健室へ運ぶのが教師の仕事さ! さあ、肩を貸そう。僕に体重を預けてくれたまえ☆」

「え、あ、はい」

 

 

 保健室に着いた魔界ノコウは健屋先生にぱっぱと応急処置をすまされ椅子に座らされてぼうっとしていた。気まずかった。健屋先生が目に入った瞬間、「せんせー!」と嬉しそうな表情をして呼び掛けてしまったのだ。健屋先生の顔が心配から軽蔑に変わった。

 

くそ、なんでこんなことに……。

 

卯月コウは魔界ノりりむのミスだと思いたかったが、果たして、今回のことの全てが魔界ノりりむの責任だと言えるだろうか? 卯月コウは黙って首を横に振った。

 

「魔界ノコウくん」

 

 今まで電話していた健屋先生がほほ笑みを浮かべてこちらに歩いてくる。

 

「病院にも連絡がつきました。ちょうど手の空いていたシェリン先生が車で送ってくれるみたいだから、感謝するように」

「はい」

「魔界ノコウ」

「は、はい!」

「次保健室に来たらぶっとばすから」

 

 笑顔で言った健屋先生はコウの返事も聞かずに踵を返し、何やらパソコンをいじっている男子生徒にだる絡みしに行ってしまった……。

 

―――

 

 翌日、手に包帯を巻いた魔界ノコウはぼんやりとした顔で席についていた。卯月コウと魔界ノりりむの二人には、健屋先生に謝ってもう一度……という思いはあるが、角が立たずに保健室に入る方法がわからなかった。そんなとき、あるコメントが目に入る。

 

〇思い出した! 確か保健室にいくアイテムが食堂にあったはずだ!

 

「ナイスコメント!」

 

 魔界ノコウは駆け出した。辿り着いた食堂で魔界ノコウが目にしたのは、中華料理のブースでちょうど料理を受け取った鷹宮リオンの姿だった。

 

 二人が見ているとも知らずに席に落ち着く鷹宮。卯月コウは内心ほくそえみ、魔界ノコウを操作して鷹宮リオンの元に歩いていくと、何も言わずに鷹宮の向かいの席に座った。

 

「よお」

「え? あ、どーも」

「どーも? どーもってなんだよ」

「配信の時もたまにどうもって言ってたけど、今のは何か違ったー!」

 

 魔界ノコウが立て続けに喋ったので鷹宮リオンは不審に思い尋ねる。

 

「あの、失礼ですけど卯月コウさん? それとも魔界ノりりむさん?」

「いや、魔界ノコウは卯月コウと魔界ノりりむが一つに合わさった姿だよ」

「は?」

 

 口を開けて固まるリオンを見て、魔界ノりりむがすかさず突っ込んだ。

 

「いやっ、コウくんその言い方はキモい」

「あー、キモかった?」

「うん、まあコウくんがキモイのはいつものことだけどね」

「じゃ、いいいじゃんか。とにかく、古来より俺たちがギャルゲーをするときには、主人公の名前を魔界ノコウか卯月りりむにしてやる風習があるんだ」

「うん、まあそんな感じ……かな?」

「それに、同時に動かすプレイヤーキャラは一人の方が配信画面も見やすいだろ? 二人分を見せるためには画面分割か視点を増やすか悩みどころだけど、こうすれば悩む必要も無い。声は二つで体は一つ、カメラも一つってね」

「完璧な作戦だね」

 

 思いのほかまともな理由だったので鷹宮は感心してしまう。

 

「確かに、視聴者への配慮かぁ。この点に関しては学びかも……」

「ふっふ、学べ学べ。ところでお前、その麻婆豆腐……はあ⁉」

 

 ぼんやりと視界には入っていたのだが、視線を落としてまじまじとそれを見てしまった魔界ノコウは驚愕する。鷹宮リオンは一体何を食べようとしているのか。卯月コウか、魔界ノりりむか。どちらの意思でそうなったかはわからない。だが自然と魔界ノコウの手は動き、口と鼻を塞いでいた。

 

「おまっ……! それ食べるのか⁉」

 

 魔界ノコウの指差した先には皿の上に盛りつけられたマグマがあった。火山の溶岩を思い出させる鮮烈な赤が縦横無尽に流動し、脈動を繰り返している。鷹宮はぼーっとしていたかのように顔を上げる。

 

「へ? え、ええ。もちろん。ちょっと――」

 

 そして鷹宮は上品に目を伏せ、

 

「保健室に用があって」

「う、嘘だ……そんなもん食べれるはずない!」

「ふっふっふ♪ そうでしょうとも……あなたたちのような一般人にとっては」

「なっ、ばかな……やめろ!」

 

 鷹宮は愕然とする魔界ノコウを無視してスプーンを手に取ると、おもむろに小さなマグマを掬った。マグマの中にぽつぽつと浮く白く濁った岩のようなものが豆腐だと最初わからなかった。豆腐はマグマを滴らせてプルプルと震えている。それを見て鷹宮は喉を鳴らせると、スプーンを口の中へ。

 

 銀と歯が軽く接触する音がして、鷹宮がスプーンを抜くと、そこにはすでに何もなかった。ついで、咀嚼が始まると、鷹宮の全身から汗が噴き出し始めた。

 

 はふ、はふ、はふ、はふ……。スプーンを運ぶごとに呼吸が早まり、口の中の熱は温度を増し、噴き出る汗は量を増す。そして、スプーンを運ぶ速さも加速し、最後には掻き込むように口へと運んでいた。

 

 かたん、空になった皿を置き、ハンカチを取り出して顔の汗を上品に拭うと、鷹宮は立ち上がる。魔界ノコウはそれを見上げ、ドン引きした。ガンギマリともいうべき見開かれた瞳は焦点が定まっていなかった。その口は、笑っていた。

 

「き、き、ききき、くっぅいきききい、ひひっ、きちゃー!」

 

 興奮が頂点まで高まったらしい、鷹宮リオンは叫ぶと一転して落ち着きを取り戻し、二人に向けてほほ笑む。そして、高らかに勝利を宣言するように言った。

 

「ふっ、それではごきげんよう」

 

 ばたんと、鷹宮はその場に倒れた。

 

 困惑もあり、周囲の生徒が大慌てで倒れた鷹宮を保健室へ運んでいくのを魔界ノコウは見守っていた。

 やがて、覚悟を決めたように卯月コウが言った。

 

 りりむちゃん、こうなりゃ俺たちもやるっきゃないよな!

 

 え? いや、待って。待って待って待って。待って? コウくん、いったん落ち着こうか。

 

 落ち着いてる。俺は落ち着いてる! 早く行かねえと健屋先生が……!

 

 そうじゃない! あのー、ちょっと待とうか、ほんと。ねえ、この体がコウくんだけのもので、りりむにもまた別の体があったんなら別にそれでもいいんだよ? でもさ、違うじゃん。コウくんとりりむ、今同じ体じゃん。コウくんがこれ食べるとりりむもこれ食べなきゃなわけじゃん!

 

 まどろっこしいな。つまり、何が言いたいんだよ。

 

 あの、さ……悪いんだけどさ……健屋先生、諦めない?

 

 は……?

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