でびでび・でびるは中庭のベンチで一人、焼きそばパンを食べていた。
担任の働き掛けもあって退学は免れたでびるだったが、謹慎が解けて学校に行ってみれば、待っていたのは居場所のない教室だった。唯一話せる鷹宮リオンは朝に少し話すだけで、お昼には必ずどこかへ消えてしまう。帰ってきても心ここにあらずと言った風で、でびるは一度恋の病かと尋ねたのだが、真顔で違うと言われ、鼻で笑われた。もう二度と聞くことは無いだろう。
焼きそばパンを食べ終えたでびるはベンチの上で丸くなった。陽射しはぽかぽかとしていてお腹はいっぱい。ささやかな風はでびるの全身の毛を心地よく揺すった。やがてでびるは静かな寝息を立て始める……。
―――――――
悪寒を感じてでびるはぶるぶるっと体を震わせる。目を覚ましたでびるが見たのは、至近距離でジッとこちらを見つめる大きな瞳だった。
青空のように透き通った瞳にでびるは一瞬目を奪われるが、その瞳には言い表せない力が宿っており、でびるは恐ろしくて漏らしそうになった。しかし、向こうが何もしてこず、じっと見ているだけなので、でびるは冷静になって相手を観察しなおした。
女だった。学生服の上にピンクのカーディガンを羽織っているその女は、頬を紅潮させて口をきゅっと結んでいる。このガン開かれた大きな瞳さえなければでびるには普通の女子生徒に見えただろう。でびるは咳払いしてベンチにちょこんと座り直すと、その女に問いかける。
「あー、ボクに何か用か?」
女はハッとして身だしなみを正し、言った。
「あ、これはこれは失礼しました~。あの、あなたはこの学校の生徒さんなんですか? 制服は来てるけどこの学校のじゃないみたいですし、その、お姿も……よく見てみると人間じゃないような……」
「へぇ、よくわかったねえ。確かに僕は人間じゃないけど、そんなのは気にしなくていい! 僕はこの学校の二年、でびでび・でびる! よろしくな!」
「そ、そうなんですか。私は三年の鈴原るるっていいます。よろしくお願いしますね、でびでびさん。ところでなんですけど、お願いを一つ聞いてもらってもいいでしょうか」
「うん? なーに?」
「でびでび・でびるさんのお姿を絵に描かせていただいてもいいでしょうか」
「え……絵?」
「はい、絵に!」
でびるは寝ぼけ眼をこする。ベンチで隠れていて見えなかったが、よくみると鈴原の手元にはスケッチブックが開かれており、その手元は何か忙しなく動いているようだった。
「って、お前―! もう描いてるじゃんか!」
でびるは羽根を動かして鈴原のスケッチブックを取り上げようとするが、鈴原はそれをさっと躱して立ち上がると、走り出して逃げる構えを見せた。
「こら待て!」
「す、すいません……珍妙な生き物がいるなと思って、つい……!」
「誰が珍妙な生き物だ‼ って、走りながら描くな! 筆が滑ったら大変だろ!」
でびるは空を飛んで追いかけるが、その女子の身のこなしは常人離れしており、距離はみるみる離されていく。追いつけないと悟ったでびるは思いついた提案を投げかけた。
「おい! 鈴原とかいう奴、逃げるのを止めろ! つい追いかけちゃったけど、別に僕の絵は描いてもいいから!」
すると、前方を走る鈴原が急ブレーキで身を翻し、でびるの目の前に舞い戻ってきた。ぜえぜえと肩で息をするでびるとは対照的に、息一つ切らしていない。鈴原はスケッチブックを胸に抱き、おずおずとでびるに近づいてくる。
「こちらこそ勝手に絵を描いてしまってごめんなさい……。これ、差し上げますから許してください……」
そう言って、鈴原はスケッチブックから絵を一枚でびるに差し出した。
それはでびでび・でびるを描いたものだった。頭部の角や鋭い爪は勇ましく、見る者を惑わせる黄色い瞳は大胆に描かれている。しかし、ほのかに揺れる毛並みから柔らかな風の匂いを感じさせるという情緒も備えていた。
でびるは思わず鈴原の方を見た。恐らく、でびるがまじまじと絵を見つめていたからだろう、鈴原は赤面し、所在なさげに俯いていた。
「なあお前これ、本当にお前が書いたのか?」
「そうですけど……あ、下手、でしたらごめんなさい……」
「違う! お前これ、すごい上手いよ」
「え、本当に⁉」
鈴原がパッと顔を上げる。その目は爛爛と輝いていた。
「お、おう。お前、眼力すごいな」
「うん、よく言われる」
「そっか。よく言われるのか……。まいいや。それよりさ、僕の絵を描きたいなら、もっともっといくらでも描いていいんだよ?」
でびるはかっこいいポーズからの恐ろしいポーズを決めて言う。自信満々にポーズを決めてから、(あれ、こいつってもう僕の絵を描いたよな? もう僕に興味なくなってたり、なんてことも……)、と一瞬だけ冷静になって内心戦々恐々だったのだが、それは杞憂でしかなかった。
「本当に⁉ それは嬉しい……! 今のはその、言いづらいんですけど、ちょっと失敗しちゃって。次はもっと上手く描きたい。あと、キャンパスにも描いてみたい!」
「そ、そうかそうか! じゃあ、その代わりと言ってはなんだけど、僕のお願いも聞いてもらおうかな」
「はい、なんでも!」
勢いよく即答した鈴原に圧されながらも、考えるのが面倒くさくなっていたでびるは投げやりに言った。
「あー、うん、なんでもいいや。とりあえずお前、僕を崇拝しろ」
「崇拝? 崇拝って、何をどうすればいいですか?」
「え⁉ いや、崇拝って、アレだよ。僕に畏敬の念を抱いて僕に優しくして、僕にアイスを奢るんだ」
「それくらいでしたら喜んで! でびでびさん……あ」
そこで鈴原はあたふたとして、言い直した。
「でび、る……様?」
「うむ!」
「でび様……!」
「なんで縮めた⁉」