Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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64.D.E

 昼休みも半分終わればみな食事も終え、教室は賑やかになってくる。生徒たちはあちこちでグループを作り、グループ内の話で盛り上がっていた。だが、教室の隅の一画、窓際後方の席に集まったグループは周りとは違う雰囲気を漂わせる。そこにあるのは重たい沈黙、そして周囲からワカメと呼ばれる男の嗚咽だった。

 

「もう無理だ! やっぱり僕にはやれっこないんだ……!」

 

 ワカメの腕は力なく垂れ下がる。持っていたゲーム機が指から離れ、落下する……。だが、ゲーム機は床にぶつかる寸前、そのグループの中心の、この場で唯一席についている男の手にサッと掬われる。その男、魔界ノコウはゲーム機を見てため息をついた。

 

「だからさ、それで諦めたらもったいないんだって。そりゃ、敵は強いかもしんねえよ。でもさ、勝負に絶対なんてないだろ? ゲームなんだから、勝つまでやればいいだろ」

「け、けど、何度やっても惜しいとこで負けちまう! 毎回なまじちょっと勝てそうなぶん、負けるたびにすごく疲れるんだよ」

「だーかーらっ、お前が諦めない限り負けはあり得ねえんだよ。お前の相棒の姐さんは諦めたのか?」

 

 コウのその問いにワカメは目を背け、癖なのか前髪を押さえつけて、苦しそうに笑った。

 

「は、はは……あいつが諦めることは無いよ……」

「じゃあやるしかないだろ! お前、そんな根気もなしにゲーマー名乗ってんのかよ、もっと根性見せろ!」

「そんなこと言われても、勝てないもんは勝てないんだ……!」

「いや、勝てる。だから続けろ」

「ほら、見てくれよ! また皇帝特権で船持ってかれちまった! なんなんだよ、なんなんだよ、いったいなんなんだよ! 性能では絶対負けてないっていうのに、なんで毎回……!」

 

 ワカメは歯軋りしながら頭を搔きむしる。そんな少年にコウは静かに言い聞かせる。

 

「泣き言をいうんじゃねえ。いいか? 大事なのは諦めないことだ。勝ちたい奴はみんな勝つまでやってるから。お前だけが特別辛い思いしてるわけじゃないからね」

 

 コウの厳しい言葉に周囲からざわざわと声が上がる。ワカメは信じられないという表情で言う。

 

「み、みんな⁉ なんでそんなこと出来るんだ? こんなに大変なことをどうしてみんなが……⁉」

 

 狼狽する男に、コウが向けたのはほほ笑みだった。コウは当然とばかりに言った。

 

「そのゲームが好きからだよ」

 

 その一言でワカメは崩れ落ちた。コウはワカメを見下ろし、とどめとばかりに言う。

 

「お前はそのゲーム、好きじゃねえのかよ。姉さんも、姉さんの生きる世界も、お前にとってはその程度なのかよ……」

 

 ワカメが震えながら声を押し殺し、涙を流す。周囲から心配の声が上がるも、その周囲の声を手で制し、ワカメは涙を拭って立ち上がると、コウからゲーム機を受け取った。

 

「もう少しだけ頑張ってみるよ、やれるだけのことはやってやる……!」

「おう、また話そうな」

 

 ワカメが決意に満ちた表情で教室から去っていくのを、みんな固唾をのんで見守っていた。

 

――――――

 

 魔界ノコウは陽射しで温かくなっている机へと倒れ込むようにして伏せた。そのまま手を前へ投げ出し、顔を窓の方へ向けた。いい天気だった、とても……。

 

(ねえコウくん)

(なんだよ、もう疲れたんだけどな、俺)

(いや、ていうかさ、ていうかさ、え? 何、今の人たち)

(何って、見りゃわかるだろ……勇猛な顔をした戦士たちだよ)

(いや、勇猛っていう割にはみんな負のオーラが強かったような……じゃなくて、ねえ! 変なコミュニティ作らないでよ! なんか女の子たちに避けられてる気がするんだけど⁉)

(いや、俺もわざとじゃないんだって。つーか、気づいたら出来てたんだよ。俺は悪くねえ)

(嘘!)

(嘘じゃない!)

 

 二人が喧嘩していると、魔界ノコウの伏せっていた日なたに急に影が差した。魔界ノコウが顔を上げると、そこには制服の上に黒いロングコートを纏い、白い毛皮の付いたフードを深くかぶるちっこい少年が立っていた。少年はコートのポケットに両手を突っ込んで魔界ノコウを見下ろしていた。

 

 少年がそっと両手でフードを持ち上げると、中から銀髪の鋭いショートカットが現れる。少年はニッと笑うと、魔界ノコウに言った。

 

「お昼時に失礼、窓際の帝王(エンペラー)とはお前のことか?」

 

 少年の言葉に魔界ノコウは答えなかった。沈黙に耐え切れず、少年は続ける。

 

「俺様はお前の隣のクラスに在籍している。この学校を裏から掌握せんとせし二年生……漆黒の捕食者・ダークネスイーターすなわちD・Eこと、鈴木勝(すずきまさる)だ!」

 

「……」

(りりむちゃん、なんかこの子可愛くね? どう思う?)

(わかるけどぉ、でもさ、気持ちがもう女の子に恋する少年だから……)

(あー、まー、それはな……)

 

 二人は魔界ノコウの中でそんな会話をしていたものの、その声は少年には聞こえておらず、少年は無視をされて焦ったような表情であたふたしていた。

 

「お、おい、俺の声は聞こえているか。ひょっとして、人違いだったか⁉」

 

 少年は慌てて耳に装着した通信機器に手を当てると、二人から顔を逸らして話し始めた。

 

「俺だ……え、俺だは要らない? 言ってみたかっただけだよ! いや、そうじゃなくて! なあ、話が違うじゃんか! 人違いだよ、人違い! ああ、このままだと機関の連中か、あるいはハッカーに持ってかれちまう。俺が何とかしないと……え? あ、ああ。ごめんごめん、俺たちだったな……」

 

 少年がぶつぶつと話しているのを二人はこっそり聞いていた。

 

(ねえコウくん、どう思う?)

(通話相手だよな? そりゃあ……いないだろ)

(やっぱり! 厨二ってやつだー、初めて見た!)

 

「ってお前! やっぱりお前で間違ってないらしいぞ!」

 

 そう言って少年は机の横にバンと手を置く。魔界ノコウはなおも沈黙するが、そのうち少年が机をぐらぐら揺らし始めたので寝ようにも寝られず、魔界ノコウはついに重たい口を開いた。

 

「そうだ俺だ。早くどっか行け」

「やっぱりお前じゃんかよ! いや、お前ってすげー肝が据わってんだな。気に入った! なあ、俺にしてほしいことはあるか? この俺なら大体のことは叶えてやれるかもしれんぞ」

「じゃあさ……」

 

 と卯月コウの意思で魔界ノコウは言う。

 

「そこどいてくんない? せっかく日なたぼっこしてたのに、お前がそこに立ってると席が日陰になって気持ちよく寝れねえんだわ」

 

 言ってやったぜ! と内心ほくそえんでいた卯月コウだったが、鈴木勝の反応は予想外のものだった。

 

「くくっ……ふっはっはっはっは! あーっはっはっはっ!」

 

 なんと、嬉しそうに笑ったのだ。そして自身の立ち位置で魔界ノコウの場所が日陰にならないように席をぐるりと回りながらまた通信機器を指で抑えながら話し始めた。

 

「俺だ……え? 俺さんなんて知らない? いやオレオレ詐欺じゃねえから! そんなことより見つけたぞ! やっぱりこいつらで間違いなかった!」

 

 そして再び両手を机にたたきつけ、それでコウが反応しないのも相変わらず、再び机をぐらぐら揺らしながら言った。

 

「お前たち~! 俺様に協力しろ~!」

 

 これに魔界ノコウは答えなかった。しかし鈴木勝はつらつらと勝手に語り始める。

 

「先ほども言った通り、俺様はこの学校を裏から掌握しつつある。だがまだ敵は残っている。俺と同じく陰から学校を操ろうとするハッカー、美術室のエルドリッチ・クイーン、糸目の神田……どいつも強敵だが、お前ほどの器の大きさであれば勝つことが出来るだろう」

 

 鈴木勝はそこまで言うと机に伏せる魔界ノコウに手を差し出した。

 

「さあこの手をとれ。俺様のアジトへ案内しよう」

 

 魔界ノコウはぼんやりとした瞳でその手を見上げると、ぱたんと再び机の上に顔を伏せた。

 

「なっ! おい、ちょっと!」

「Zzzzzzz」

「嘘つけ! 起きろー、起きろって!」

 

 鈴木勝がコウの手をぐいぐいと引っ張ったので、コウは仕方なく顔を上げた。

 

「はぁー、ったく。なんだよ。いいか、俺は――やだー! 可愛い女の子といちゃいちゃするのー! ……やることがある。忙しいんだ。わかるよな?」

「なっ、今なんて……」

「わかるよな?」

「あ、ああ、了解した。ひとまずは引き下がるとしよう」

 

 コウに睨まれておずおずと引き下がった鈴木勝は通信機器相手に弁解し始める。

 

「い、いや、違うんだよ。わかってる、わかってるけど忙しいって言われちゃったら仕方ないじゃん!」

 

 そうして教室から出て行くと、そっと丁寧に扉を閉めた……。

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