Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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65.寝過ごして

 下校の鐘が鳴ってしばらく。夕暮れの教室に風が吹き込んでカーテンが大きく捲れ上がる。窓際の席で伏せて眠っていた魔界ノコウは、軽く身じろぎをし、ゆっくりと目を開く。

 

 教室は無音だった。きっともうみんな帰ってしまったのだろう。卯月コウがポツリと弱音を漏らした。

 

(はぁ、ごめんなりりむちゃん。俺のせいでこんな暗黒の学園生活に……)

(ううん、コウくんは悪くないよ。りりむも女の子に声掛けられなくてコウくんに任せっぱなしだった。何の役にも立てなくてごめんね)

 

 しんみりとした空気になってしまい、ため息をついた魔界ノコウは気怠げに体を起こした。

 

「よっ!」

 

 寝ぼけ眼のコウに声がかかる。コウが目を擦ると、だんだんはっきりしてきた視界に担任の先生の顔が映り込んだ。コウの前の席に座っていたらしい、先生は窓の方に体を向けて足を組み、少し体を開いて椅子の背もたれに肘をかける形でコウに顔を向けていた。

 

「どーしたの。こんな時間まで一人でたそがれてた?」

 

 コウの顔を覗き込もうとして垂れてきた前髪をかき上げて、先生は笑った。少しいたずらっぽさもあるが、その奥には優しさが感じられ、卯月コウも魔界ノりりむも何も言えなくなった。

 

「あれ、黙っちゃった。ひょっとしてだけど、先生に惚れちゃった?」

 

 一瞬の沈黙の後、魔界ノコウは顔を赤くして立ち上がった。

 

「なっ、教師が何言ってんだ!」

「冗談! 冗談だって。だいたい、君と私じゃありえないから。勘違いしないでよね……くっ……アッハッハッハ!」

 

 血も涙もないばか笑いに二人は傷つき、りりむの方は思わず抗議した。

 

「笑うなんて酷い! 教師なのに!」

 

 魔界ノコウが涙をのんで帰り支度し始めるのを先生は穏やかな表情で見守っていたが、机の上に散らばったプリントに目を止めると、うん? と首を傾げてプリントの上下をひっくり返してその文字を目で追った。

 

「あー、なんだ。数学と物理で居残りだったんだ。魔界ノコウくんって案外バ……ん? んー、ごほんっ……ちゃんと居残ってて真面目なのねー」

「先生、そのフォローは手遅れなんで要らないと思います」

「あらぁ、それは失礼。でも違うからね。案外真面目なんだなーとはちゃんと思ったから。ほら、魔界ノコウくんっていつも授業中窓の外なんか見てぼんやりしてるじゃん。こんなプリント、居残ってまでやらないイメージだったから……うん。ちょっと見直しちゃったかも」

 

 先生は感心したように頷くと、席を立つ。

 

「じゃ、私はもう行くけど、あんまり遅くならないように。あと、さっきの問題発言はオフレコってことでよろしくね!」

 

 そして、教室の扉の方へ歩き出し、後ろ手に手を振って言う。

 

「何かあったら悩む前に相談しろよー?」

 

 先生は去った。一人残された魔界ノコウは力が抜けた様に席に腰を下ろす。

 

「嵐みたいな人だったな」

「うん……そーだね」

「なあ、どうしようか」

「どうしようって……うん、どうしよっか」

「とりあえず、今進行してるイベントは二つあるだろ? どっちを進める?」

「それなんだけどさ、コウくん。あの、言いづらいんだけど……」

 

 急にもじもじしだしたりりむに卯月コウは歯がゆさを感じて尋ねる。

 

「何だよ。早く言えよ」

「……私たち、別れよう!」

 

 卯月コウは察して悲痛な声を上げた。

 

「こ、ここに来て俺を捨てるっていうのか……!」

「いや違うよ? 違うけど、イベントもちょうど二つあるし、体が二つあった方がいいと思わない? それに、私、気づいたんだけど……」

 

 りりむは少し躊躇った後、意を決して言った。

 

「ときめいてるときに隣で猿みたいに興奮してる人がいると、ちょっと萎えるよね」

「あー……なるほど、な」

 

 想定外の口撃に卯月コウは真顔になってしまった。しかもそれは正論で、卯月コウ自身も隣で猿のように興奮する魔界ノりりむのせいで没入感が削がれていたのは紛れもない事実だった。コウの表情を勝手に読み取ったのか、同意を得たと考えたりりむは笑みを浮かべる。

 

「実はキャラメイクは済ませてあるんだー。ほら、この通り」

 

 その言葉と共に魔界ノコウの体からりりむが抜けて一人取り残される感覚を卯月コウは味わった。そして目の前には魔界ノりりむそっくりな女の子が立っていた。

 

「じゃーん。どう? かわいいでしょー?」

「……ああ」

「何? なんか反応薄くない?」

「いや、見慣れたりりむちゃんだから」

「あっそ……ん?」

 

 りりむは何かを思いついたようにニヤニヤ笑うと、コウの顔を覗き込んでいった。

 

「あー、そっかそっかぁ。ふふーん、つまり、りりむはいつだって可愛いってこと?」

「いや、あっ……うん、そうだけど?」

「え⁉」

 

 顔を赤くしてコウを凝視するりりむに対し、コウは冷や汗を流しながらも真顔でしれっとした風を装った。

 

「コ、コウくんはもう帰って! 私はもうちょっと残ってるから」

「お、おう……いや待てよ。残るのは俺だ」

 

 これにりりむはぎょっとした顔で……

 

「は? 何言ってんの? 放課後の教室で先生とイチャイチャして結婚するのはりりむなんですけど?」

「いーや俺だね」

「りりむだって!」

「だいたい、ダークネスイータールートって、女の子と恋愛できないじゃん。それにあの中二病のノリには俺の実力じゃついてけねえって」

「中二病じゃなくて本当のやつかもしれないじゃん!」

「だとしたらなおさらだろ! 俺にバトルは無理だ」

 

 ハッカーはともかく、糸目の神田はさすがにな……とコウはお手上げとばかりに両手を上げる

 

「え、でもさでもさ? コウくんはこんなにイタイケでカワイイ女の子を戦場に送り込むっていうの……?」

 

 上目づかいで瞳をうるうると潤ませるりりむにコウは言い放った。

 

「おう、腐っても魔族だろ? 頑張れよ」

 

 コウにとってそれは久しぶりの感覚だった。全身を浮遊感が襲い、教室が、りりむの姿が、波を打って歪んでいく。心地のいい幸福感がじんわりと脳に広がっていくと、体が勝手に動き出して……気づいたときには教室から追い出されていて、振り返った瞬間にぴしゃりと扉を閉められた。

 

「いい? 魔界ノコウの名字と髪の色はりりむのだから、コウくんのものに戻してね。じゃ、健闘を祈る!」

 

 扉の小窓の向こうでりりむがビシッと敬礼し、自分の席に戻っていく。コウはかったるそうに敬礼を返すと、学校を後にした。

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