ゲームの仕様なのだろうか。入学当初は話しかけてくれたクラスメイト達はだんだんと話しかけてこなくなった。
担任の先生にもすごく気を遣われている感じがする。先生たぶん、そんなキャラじゃないのに。
でも、何も気にならない。だって、私には保健室があるから。
ということで、私は今日も激辛マーボーを口へかっ込むのだった……。
「鷹宮さん、来すぎじゃない?」
困惑顔でアイスを渡してくる黛に無言でほほ笑み、鷹宮は唇にアイスを押し付ける。
「はあ、そろそろ激辛麻婆豆腐にも慣れてきた気がする」
「激辛麻婆豆腐? それって学園七不思議の一つの、辛すぎて誰も食べられないのに食堂の一画を占め続けて、しかも一番お金がかかっているという……あの?」
「あ、いや、それはどうでもいいんよ。それよりさ、黛、今日は質問を考えてきたんだけどさぁ、ちょっと答えてくんない?」
黛は自分のパソコンの方へ戻っていき、腰を下ろして言う。
「別にいいけど。ていうか口調が最初と変わり過ぎじゃない? 上品なお嬢様から生意気なお嬢様になってない?」
「うっさい。いいから早く答えてよ、答えて答えて答えて!」
「はいはい。はいはいはい。わかりましたわかりましたって。まあ言ってみなよ」
えっとね……鷹宮は意味もなく人差し指で自分の口許をつんつんしながら言った。
「もし願いが叶うとしたら、黛は何を願うの?」
黛は鷹宮の質問が意外だったのか、少し不快そうに眉を下げ、
「願い……」
と重々しい声で復唱し、それでも答えようと黛はゆっくりと口を開いたが、そこまでだった。黛は開かれた口を一度引き締めると、その表情を軽くして、再び口を開く。
「鷹宮さんは……鷹宮さんの願いを先に聞かせてもらってもいい?」
「え、なんでよ!」
「参考にさせてよ。俺だってすぐには決まらない」
「じゃ、じゃあ仕方ないかぁ……」
そうやって項垂れるふりをしながらも、鷹宮には黛が嘘をついていることが分かった。黛は案外嘘が下手……というよりハナから隠す気も無いのだろう。素なのかおちょくっているのか判断できなかったので、鷹宮も食って掛かることができなかったのだ。
「っていっても、私もまだ決まってないんだよねぇ」
「えぇ……」
引き気味の黛に対して鷹宮は誤魔化すように笑うことしかできなかった。
「前も言ったけど、私って配信してるじゃん?」
「……そうだね。配信でこのゲームをやってるんだってね」
「そうそう……あ、いや、そういう設定だけど! いえ、そんなことは今どうでもいいのです!」
「はいはい」
黛はペットボトルの水を少し口に含む。鷹宮はむすっとしながらも続けた。
「配信でこれまで繋がりのなかった人たちと触れ合って、今までは見えてなかったものがたくさん見えるようになって。それまでどことなく物足りない日常を送っていた気がするのに、今はなんだかとても楽しい……。でも、向上心が無くなったわけじゃない。前に進まなきゃとは思うの。思うのに……」
言葉に詰まり、鷹宮はスカートの縁をつまんで押し黙った。黛は鷹宮の方も見ないまま問いかける。
「今のままでもいいと思う?」
鷹宮の目が見開かれる。黛が続けて言った。
「でもさ、鷹宮さんが感じてる今の幸せって、前に進んでる今だからこそ感じられる幸せなんじゃないの?」
「……そう、なのかな」
「さあね」
そっけなく黛は言う。しばらく保健室にはキーボードのタイプ音だけが静かに鳴り響いていた。やがて自分で作っておきながら、黛はしれっとその沈黙を壊して声を発した。
「ひょっとしてなんだけど、鷹宮さんの願いとこのゲームには、何か関係があったりするの?」
「へ?」
「例えばなんだけど、このゲームで敵プレイヤー、魔界ノコウ……ん? いや、魔界ノりりむと卯月コウ……? この二人に鷹宮リオンとでびでび・でびるが敗北すれば、願いは叶わなくなる……とか?」
「え、なんでわかったの! ……じゃなかった。ま、まあそう言う設定にしておこうかしらね~」
はぁ、しぶといな。と黛はこぼす。そして切り替えるように言った。
「じゃあさ、このゲーム、俺が勝たせてあげる」
その瞬間、鷹宮の脳は高速回転した。ここは恋愛シミュレーションゲーム。その攻略キャラクターである黛が、プレイヤーである私を勝たせてくれる。それが意味するところと言えば……!
鷹宮は頬を赤くした。
「そ、そそそそれって、つまり……私と」
黛は目を瞑って首を横に振った。
「違う。敵を妨害、抹殺する」
その言葉の意味が理解できない鷹宮を置いて、黛は決意するように立ち上がった。
「魔界ノりりむ、卯月コウ……生きて帰れると思うな」
鷹宮は真顔になって、しばらくその言葉の意味を考え、あるいは聞き間違いじゃないか、何か言葉の意味を私が勘違いしていないか、と思考をやたらと遠回りし、ついに諦めて受け入れた。
「なんか期待してたのと違う……」
鷹宮はがっくりと肩を落とした。
―――――――
「なあ、まだか?」
「もうちょっとです」
「でもさ、ほら見てよ、右手がプルプルしてるよ?」
「気のせいです……!」
「いや、肩が痛いような……」
「気のせいです……!」
「絶対気のせいじゃない……! あ、あとどんくらいこうしてればいいの?」
「もうちょっとです……たぶん」
放課後の美術室では二人の生徒の姿があった。
一人目、でびでび・でびるは、まるで配下に指示を出すようにして手を振るった姿勢でじっとしているが、立派に上げられた手の方は限界を迎えつつあった。
二人目、それを油絵で描いている鈴原るるは、口ででびるを励ましながらも真剣な表情を浮かべており、その手は止まることが無かった。
「もういいですよ」
鈴原の声がかかった瞬間、悪魔は膝から崩れ落ちた。
「あはは、そんなにつらかったんですか?」
「つらかったよ! ねえ、あとどれくらいこんなことを繰り返せばいいの?」
目に涙を浮かべて尋ねるでびる。鈴原は両手をいっぱいに広げ、笑いを含んだ口で言う。
「それはもちろん、この教室いっぱいに飾れるくらいに……!」
「ええ⁉」
でびるは信じられないとばかりに美術室を見回し、ついで棚にしまってある完成済みの絵画作品をぱちぱち瞬きしながら見た。
「なあ美術部、もうこんなことはやめよう」
「大丈夫です。文化祭の展示までまだ数か月あります。夏休みにも入りますし、このペースで続ければ天井までをも埋め尽くせると思われます……!」
「おい嘘だろ」
「噓じゃないですよお。私はでび様を崇拝しているのですから、これくらいは当然!」
「あ、っていうか他の部員はどうしたんだよ。文化祭で美術部一人の絵がこの教室を埋めちゃ駄目だろ!」
「へえ? それは大丈夫ですよ、たぶん。美術部は私一人です。美術部は私が卒業すれば廃部になりますから、私が最後の美術部員ですね」
えへへー……と鈴原は照れたように笑った。
「嘘だよ……。だって僕知ってる。この学校では部員が五人を下回ったら廃部になるんだよ?」
「あー、それはですねえ……コネ?」
コネ、という言葉と合わせてこてんと首を傾けた鈴原をでびるは理解できないものを見る目で見つめた。
「じゃ、もう一枚、今度は水彩で描こうと思うので、ポーズは……と、こういう感じでお願いしますね」
「もう嫌だあ……」
泣き言を言いながらも、悪魔は背もたれのない四角い椅子の上にちょこんと乗っかり、ポーズをとるのだった。