Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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68.夏祭り

 夜、神社の参道には屋台の明かりが連なり、広場では安っぽいラジカセから盆踊りのメロディが流れていた。

 

「はぁーあ、卯月のやつがいればなあ。え、いや、そうは言ってねえけどさ……」

 

 浴衣姿の鈴木勝が頭の後ろで腕を組み、屋台を見ながらぶらぶらと歩いていた。それを屋台と屋台の隙間から見ていたのは卯月コウだった。

 

「ふう、危ねえ危ねえ。見つかったら感じ悪いからな」

 

 視聴者への説明も兼ねて口に出したコウは浴衣の袖で汗を拭う。

 

 このお祭りはたぶん、今作ギャルゲーの中でも大きいイベントに違いない。普通だったら仲良くなった相手を誘っていいムードになり、一気に距離を詰められたはずだ。しかし、彼がこの場で行うのはナンパだ。彼が自分で思う彼のイメージとは程遠い、チャラい、陽気な……コメント欄は応援してくれているが、コウはどうにも気分が乗らず、屋台の隙間から通りを眺めることしかできなかった。

 

「ん? あれは……」

 

 コウの見つめる先に見覚えのある生徒が現れる。目が覚めるような真っ赤な浴衣を纏い、長い髪を頭頂部で左右にまとめ、後ろ髪を垂らす少女。いつもはキリっとしていてクラスのリーダー的存在だったが、今は少し表情が柔らかくなっていて、頬に赤みが差していた。

 遅れて、二人の生徒が現れる。一人は黒い浴衣に短髪の少年、そしてもう一人は、薄桃色の浴衣を纏い、薄紫の髪に赤いリボンを結ぶ少女だった。

 三人は合流すると、和気あいあいとして(赤い浴衣の女の子は待ったせいか少し怒った素振りを見せるが、それでも嬉しそうだった)、屋台の流れの中に消えていく。

 

 あいつら隣のクラスの……。確か名前は……

 

「あれ、コウくん?」

「うわああああ!」

 

 コウが驚いて振り返ると、屋台と屋台の間のさらに奥、木々の間から制服姿の魔界ノりりむが顔を出していた。

 

「りりむちゃんじゃん。あれ、補習じゃなかったか?」

「何言ってるのコウくん、お祭りだよ? 夏祭りだよ? 論理的に考えて脱走するに決まってんじゃん!」

「お、おう」

 

 りりむは自分の言葉で勇気づけられたのか、謎に胸を張って屋台の傍のコウの前に出てくる。

 

「とりあえずお腹減ったしなんか食べよ? 食べながら色々考えようよ」

「ああ……ああ、そうだな。それがいいわ」

 

 コウは鈴木勝がいなくなったのを確認すると、りりむを伴って表の参道に出た。左右に明るい光が並び、人が入り乱れる中で、りりむが指差す方を見ると、水風船のヨーヨー掬いの屋台があった。

 

「あの、りりむちゃん?」

「なあに?」

「いや……いいか」

「うん!」

 

 二人はそんな調子でヨーヨーを掬い、お面を買い、射的で遊び、りんご飴を舐めて、本命のお腹を満たす食事にはなかなかありつこうとしなかった。夜の神社は熱気がくぐもり、コウの額には汗が滲んでいたものの、冷たい水風船のヨーヨーを手でついていればなんとなく涼を感じられた。

 

 楽しいからもうこれでいいや……コウがそう思いかけたとき、りりむが立ち止って、じっと人並みの向こう側にある屋台を見つめだした。コウが目を向けると、それは焼きそばを作っている屋台だった。コウは察すると、りりむの手を引き、人の波を掻き分けて屋台まで移動する。

 

「そういえばりりむちゃん、ここまで全部お金は俺が出したけど、お金の方は……」

「ない!」

 

 と自信満々に言うりりむ。これは予想していたことだった。

 

「いやさ、赤点取っちゃってからお小遣いゼロなんだよね~」

 

 照れたように頭をかくりりむに呆れつつ、コウは焼きそばを二人前注文する。屋台の厳つい男が鉄板をヘラで引っ掻きながら焼きそばを何度も掬い上げるのを、二人は何も言わずに見守っていた。

 

 プラスチックの容器に入った焼きそばを大事そうに持ち、二人は人の列を離れて人気のない神社の石段に腰を下ろした。そしてもくもくと焼きそばを食べ始める。

 競争していたわけではなかったが、コウが先に食べ終わり、勝利宣言をした。ゆっくり食べていたりりむは憤怒の表情を浮かべるも、「りりむは味わって食べるからいいもん」と拗ねたようにずるずると焼きそばをすすった。

 

「あれ、そういえばさっきまでこんなに人いなかったよね?」

 

 りりむの言葉でコウが辺りを見渡すと、確かに人が増えており、特にカップルが多かった。彼らは一様に夜空を見上げていた。

 二人もつられて空を見上げた瞬間、大きな音とともに花火が打ち上がった。コウも、りりむも、その場にいる他の人たちと同じように……ゲームのキャラクターたちと同じように、夜空を見上げていた。

 

 

 

 花火が終わると人もまばらに散っていく。広場を見下ろすと盆踊りの人影が見え、大音量のラジカセの音楽が聞こえてきたが、コウとりりむは神社をあとにすることにした。

 

 二人は何も言わずに石段を下りていく。お祭りの喧噪が遠ざかっていくのをコウは寂しく思いながら、頭の中でりりむと一緒に見た花火を思い浮かべていた。石段の一番下まで下り、鳥居をくぐろうとしたとき、りりむがさっと身を引いて石段から外れた木陰に身を隠す。ボケっと突っ立っていたコウも引っ張り込まれた。

 

「りりむちゃん、どうし――」

「静かに!」

 

 りりむの声に非常事態を察し、コウは息をひそめた。りりむの視線を追うと、そこには浴衣姿の担任の先生が歩いていた。先生は水風船を手でつきながらカランコロンと下駄を鳴らして歩いていく。その足取りは不確かで、顔を見ると僅かに赤みを帯びていた。

 

 酔ってるのか……? コウはコメントも確認しながら小声でりりむに呼び掛ける。

 

「どうする、りりむちゃん。イベントイベント」

「うん、そうだよね……でも、まだ告白は出来ないし、この機会に少しでも距離を詰められるなら」

「よし、俺も援護に回る」

「は? りりむの先生を狙ってんの?」

「ちげえよ! あーもうさっさと声かけてこいって。俺は後ろから見守っててやるから」

「あ、なんだ……ごめん。ありがとう。じゃあ、行ってくる!」

 

 りりむが木陰から出ようとしたとき、「先生ー!」と数人の浴衣姿の生徒が先生に駆け寄り、囲んでしまった。

 りりむは萎んだ表情でコウを振り返り、するすると木陰に戻ってきてしまう。

 

「なんだよ、声かけろよ。それか、後ろについてって向こうが気付いたら挨拶して話に加わればいいだろ?」

「えー……でもなんか、わざわざついていって話しかけられるのを待つのって……その、陰キャっぽい、ような……」

「りりむちゃん」

「はい」

「言葉が過ぎるぞ……」

「じゃ、行ってこよっかなー」

「おう、頑張れよ」

 

 りりむは木陰から出ると小走りで先生のとりまきに近づき、すぐ後ろを歩いた。コウもまた木陰を出て移動を開始する。

 

 先生とそのとりまきたちは緩やかな速度で坂を下りて行き、街中へ。街中へ入ると取り巻きの生徒は家に帰るために少しずつ減っていく。コウも、そしてりりむもその時を待っていた。

 

 そしてついに、最後の金髪のキラキラした雰囲気の女子が手を振って先生と別れると、先生は一人になった。コウはガッツポーズしたが、りりむはここまで気づいてもらえないことに傷つき、自分の影が薄いのではないかと思い悩み始めていた。

 

 だが、悩んでいても仕方がない。これはゲームなのだ。恋愛も、ゲームも、傷ついてなんぼ……りりむは自分のほっぺをぺちんと叩くと、先生に追いつく速さで歩き出した。

 が、またしても上手くいかなかった。なんと先生がホストクラブに入ってしまったのだ。

 

「これは予想してなかったな」

 

 ホストクラブの前でぽかんと口を開けて突っ立つりりむに追いついて、コウが困ったように首を振る。りりむは頭を左右にぷんぷん振ると、我に返り、「どうしよう!」と先ほどは叩いた頬を押さえて嘆き出す。

 

 コウもまた考えても何も浮かばず、頭を抱えた。

 

「ちょっと、そこの君たち」

 

 そんなとき、二人の背後から声がかかる。二人が振り返ると、そこには二人と同じ制服姿の男が立っていた。男は飄々とした物腰で二人に近づくが、比較的背の低い二人を上から見下ろす様はどこか威圧する風も感じられた。男の目は、閉じられているのか線のように細い。コウは鈴木勝の言葉を思い出してハッとする。糸目の神田……!

 

 男は制服の袖の腕章、「風紀」を二人に示すと、あくまでも穏やかな声音で聞いてきた。

 

「夏祭りはもう終わったようですし、早く帰った方がいいと思うんですけどー、お二人はこちらでいったい何を?」

「はっ、俺たちがここにいたら悪いってか!」

 

 啖呵を切ったコウにりりむがもじもじと耳打ちする。

 

(コウくん、さすがにここに立ってたら悪いって。怪しすぎるもん!)

(そ、それもそうか……)

 

 小声で相談し始めた二人を見て、うんー? と男はわざとらしく首を傾ける。

 

「私は向こうからずっと歩いてきてたんですけど、お二人はその間ずっとここに立ってましたよね? 怪しいなあ。いったい、何を企んでるのかなー?」

 

 首を傾け、反対側にまた傾け、二人を言葉で追い詰めていく男の表情はどこか楽し気ですらあった。

 

「その、俺たち、たまたまここで話しこんじゃっただけで、他意は無いんです。もう帰りますんで、本当にすいません!」

「すいません!」

 

 相談してもろくな解決法が思い浮かばなかった二人は頭を下げるしかなかった。それを見て男は肩透かしを食らったように息を吐き、困ったような表情を浮かべた。

 

「ふーん、そうですか。未成年が入れないクラブに入ろうとしてるのかと思ったんですけどね……まあ、しらを切っているとはいえ、謝罪を述べた生徒をこれ以上家に帰さない権限は私にはないですから。仕方ない。ではまた。今度は新学期に、学校で会いましょう」

 

 二人が見守る中、男は暗い路地の奥へと消えた。二人はほっと息を吐く。

 

「なあ、思ったんだけど」

 

 コウはりりむに言った。

 

「りりむちゃんって変身できたよな? ホストクラブに入れんじゃん!」

「あ、それだ! ナイス、コウくん!」

 

 りりむは今まで自分の能力を忘れてでもいたかのようにはしゃぎ、変身の魔術を自身と、そしてコウにもかけ始める。

 

「ふぁっ!?」

 

 コウが抗議の声を上げる間もなく二人の姿は煙に包まれ、煙が晴れた頃にはそこに立っていたのはゴシックドレスを纏う二人の女性だった。

 

「さあ、行きますわよ」

「おい」

「あれ、卯月さんですよね? そんな口調でよろしいんでしたっけ? あなた、卯月さんでしたわよね?」

 

 慣れていない口調でたどたどしく尋ねるりりむに、コウは能面のような顔で答えた。

 

「……そうわよ」

 

 二人はお嬢様姉妹のように腕を組み合い、ホストクラブへと入っていった。

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