Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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7.御伽噺より

 たったったっ……と半ば焼け落ちた寺の廊下をアリスは走る。邪魔な柱をふわりと飛び越えて、薄明かりの漏れる部屋にアリスは転がり込んだ。

 

 この部屋だけは整頓され、煤の匂いもしない。アリスは視線をさ迷わせると、探していた人の背中を見つけて駆け寄った。

 

「ましろましろー、何か面白いお話してよ!」

 

 ましろはふりかえると、目線の高さをアリスに合わせるように屈んで言う。

 

「アリスちゃん、前にも言ったけど、僕には子どもの楽しめるお話なんて思いつけないよ?」

「えー、なんかお話してよ! じゃないと死んじゃう、死んじゃうよぉ」

 

 アリスは寝転がると、その場でごろごろと床を転がり始める。

 

「うーん、困ったな。お寺なんだし一冊くらい本でも絵本でもありそうなもんだけど」

「焦げたお経しかなかった!」

「そっかぁー、うーん……あ、一個いいのを思い出した」

「え、どんなの⁉」

「ふふふ、じゃあそこの座布団に座って」

 

 言われてすぐにアリスは座布団に飛び乗った。

 

「いいこだね……じゃあ明かりを消して、と」

 

 そこでパッと明かりが消えた。アリスはびくりと身を震わせて辺りを見回したが、幸いにも(すだれ)の隙間から部屋の中に僅かに光が入るので、真っ暗にはならなかった。

 

 急に物音がしたのでアリスが息をのんで正面を向くと、いつの間にか目の前にましろがしゃがみ込んでいた。ましろはすぐ近くにいるのに顔を伏せているせいか表情がほとんど見えない。

 

 ましろはゆっくりと口の前に人差し指をあてて、

 

「しー……」

 

 静寂が部屋の中に訪れる。遠くの木の軋みや風の音がいやに甲高く聞こえるにつれ、部屋の中はどんどん暗くなっていってるような気がした。簾から射しこんでくる光は変わらないというのに。

 

 外に出れば、さっき見た長閑な景色がそこに広がっているのがアリスには信じられなかった。

 アリスはここから出たいと思う、しかしどうしたわけか声が出せず、体は金縛りに掛かったかのように動かない。

 

 そこで、ようやくましろは言葉を発した。

 

「いいかい、アリスちゃん。僕が今からする話は怖い話だよ」

 

 ましろの顔は相変わらず見えなかったが、その口元が逆さの月みたいに吊り上がったのをアリスは見た。

 

「これは、僕の友達から聞いた話なんだけど――」

 

ーーーーーーー

 

「とまあ、友だちがそれを知ったところで話は終わりなんだけど……アリスちゃん?」

 

 ましろはすだれをとって部屋の中に陽を取り込む。見ると、アリスは魂が抜けた様に口をぽっかりと開けて天井を見つめていた。

 

「あー、アリスちゃんごめん、怖かった?」

 

 だが、アリスは反応しない。ましろはにやりと笑うとアリスの耳元で囁いた。

 

「ぽ ぽ ぽ ぽ ぽ ぽ」

 

「きゃぁぁぁぁぁ‼」

 

 アリスが両手を振り回しながら飛び上がる。

 

「酷い、酷いよぉ!」

「あぁごめん! まさかこんなに効くとは」

 

 アリスは泣きそうな顔で座布団を部屋の隅までずるずると引きずると、そこに座布団を置いてぺたんと座り込んだ。

 

「あ、座布団持ってくんだね……」

 

 とましろは苦笑する。

 

「ふん、いいもん! 私には不思議の国があるんだから」

「ごめんごめん、お詫びにもう一つお話してあげるから、こっちにおいでよ」

 

 ましろの言葉にアリスは一瞬目を輝かせたが、思い直して後ずさった。

 

「怖い話?」

「今度のは怖くないよ。冗談みたいなふざけた話。そんな話がめちゃくちゃ分厚い立派な本に載ってたんだから、おかしいよね?」

「立派な本なのにふざけた話がのってるの? なにそれ、ちょっと気になる」

 

 アリスはもう一度座布団を持ってましろのすぐ隣に置くと、ましろに身を寄せるように座った。じゃあ話すね、とましろが聞くと、アリスは「うん」と頷いた。

 

「昔々あるところに、学級委員長の女の子がいました……」

 

 アリスは聞き間違いかと思ってましろを見つめたが、ましろは淡々と語り続けた。

 

 〇

 

「へー、チャイカはその委員長に憧れたんだ」

 

 バーのカウンターに腰掛けた少年がグラスの中でミルクを揺らす。なんでこいつミルクゆらしてんの……とそれを怪訝な目で見つめるバーのマスター、花畑(はなばたけ)チャイカは「その通り」と肯定した。

 

「自分のやりたいことをやって人を笑顔にさせる、委員長の生き方は私の人生を変えた」

 

 チャイカは磨いたグラスを明かりに透かす。光はグラスの中に丸みを帯びたまま鋭く引き延ばされていった。

 

「私だけじゃない、委員長の生き方はたくさんの人間に希望を与えたはず。協会はチルドレンなんて呼んで警戒してるみたいだけど、協会にだって委員長の信奉者はごまんといるもの。彼女の生き方はそれだけ鮮烈だった」

「ふーん、じゃあ、委員長にとってはその物語は悲劇だったかな?」

 

 チャイカはグラスをホルダーにセットすると次のグラスを手に取ってじっと見つめた。

 

「さあね。結局根っこのところはガキだったし……自分のしたことについて後悔してる、なんてこともあるかもね」

「チャイカも、後悔するかもよ?」

 

 少年が挑発するように言うと、チャイカは首を横に振って笑った。

 

「それはない。確かに委員長みたいに人を笑顔にできるようになりたいと思ってる。けれど、それは勝ったらの話。今は私が生きる上で大切な仲間を守れればそれでいい」

 

 少年に聞かせるのと同時に、自分に言い聞かせているようなチャイカを見て、少年は意外そうにしながらもようやく腑に落ちたようだった。

 

「そうか。だからチャイカは強いんだ」

「強くなんかないね。辛いことから逃げ出してるだけ」

「ううん、素直なりに頑張ってると思うよ。将来僕の臣下にほしいくらい」

「将来か、そういやライダー、お前の願いは受肉だけっか? 何するつもり?」

「世界征服!」

 

 少年、ライダーは即答する。

 

「まずは世界を見て回りたい。ホント、便利になったよね。何処でも行ける、何処のことだって知れる。僕の世界は恐ろしく広がったよ! 僕は世界を実際に見て、確かめて、その価値に存分に焦がれてどうしようもなくなってから、征服するのさ」

 

 チャイカは呆れるように笑って言った。

 

「善政を敷いてくれよ」

「ふふ、任せてよ。そのために今勉強してるんだから」

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