晴れた日のグラウンドには石灰で引かれたトラックを囲むように全校生徒の椅子が並べられていた。
円の中心では丈の長い学ランを纏った応援団がホイッスルを吹き鳴らし、太鼓を打ち鳴らしながらダンスを披露していた。
応援団の中心にいるのは糸目の金髪の男子、白組応援団、団長の
一方、赤組応援団団長の
「なあ、あいつらって仲いいのか?」
応援合戦を退屈そうに眺める卯月コウが鈴木勝に尋ねる。
「え、どうなんだろう。風紀委員長は黒い噂が多いし、生徒会長は真面目で人がいいから、仲良くすることはなさそうだけど」
「そうですねー。まあ、控えめに言って犬猿の仲なんじゃないですか?」
「ふーん。やっぱりか」
自己完結したのか、コウは椅子の前脚を浮かせた状態で頭の上で腕を組み、再び黙り込んでしまう。しかし勝は納得しなかった。
「なんだよ。神田か遠坂になんか言われたのか?」
「いや、なんていうか」
コウはどうしようかと勝の隣にいる人物を困った目で見て、どうでもいいかと全部言うことにした。
「まあ、一言で言うならそこにいる陽キャに糸目の神田をけしかけられてな……殺されかけたわ」
勝が隣を見ると、オッドアイの目をやたらキラキラさせた金髪の女が座っていた。
「そんな言い方あります⁉ 勘違いしないでくださいよ、星川はただ、二人の恋路の邪魔をする奴が憎くてたまらないだけなんです!」
「じゅうぶんやべえって……」
呆れるコウ。勝は二人を交互に見交わしながら、首を傾げ、そして
「つまり、敵か!」
となぜかファイティングポーズをとる。星川はやや焦ったようなぎこちない笑みを浮かべた。
「やだなー、こんなかわいい女の子に戦闘能力なんてないですよぉ~」
「それあれだろ? バケモンみたいなキャラが演出のためにすぐばれる嘘をいう奴だよな?」
コウのさして興味の無さそうな茶々に星川は頬を膨らませて言った。
「卯月コウくんまで! ちょっと! 星川をなんだと思ってるんですか?」
「……裏ボス?」
「それは星川じゃなくてですねえ……はぁ、もう。星川にもそんな力があればなー……」
今のやり取りで疲れたのか、星川はぐったりとして椅子に全身の体重を預けた。星川がぼんやりと見つめる先で、応援団たちが退場していく。
「なーにだらけてんの?」
突然背後から声を掛けられ、星川はびくりと肩を揺らした。星川を驚かせた犯人、神田はいたずらっぽく笑うと、ちょうど空いていたコウの隣の席に腰掛けた。
「駄目だろおー? 赤組との長い戦いがこれから始まるっていうのに。もっと上げてこうよー」
「なんで俺の隣に……」
「いいじゃん別に。真面目な話をしに来たんだよ、卯月コウくん。あ、星川はそのまま座ってていいよ。もちろん勝君も」
雰囲気を察して席を立った星川と、星川を見て同じく席を立とうとした勝に神田は座るよう促した。グラウンドで競技の準備が始まるのを横目に、神田は軽い調子で話し出す。
「まあ、ひとこと言わせてもらうとだけど……うん、こないだは悪かったね」
「あー別に? っていうか悪いと思ってないだろ」
コウは神田の顔をじろじろ見つめてそう言った。
「まあね。でも、これはあなたたちにとってゲームなんだろ? だったらこういう刺激があったっていいじゃないか」
ちっ……とコウは舌打ちする。こいつもか。
「ゲームオーバーになったら恨んでたぞ」
「でもならなかった。あなたたちはあの場を切り抜けて先のステージへ進んだんだ。おめでとう」
本当にそう思っているのかいないのか、神田は胡散臭い笑みを浮かべて拍手をした。星川もわけもわからず拍手しようとしたところ、神田から「星川はするなー」と刺されてしゅんと手を下ろしてしまう。
「言いたいことを言ってくれないか?」
神田の本心がわからないコウは険悪になるのを覚悟して直截に尋ねる。
「はぁ、そうだなー……」
神田は困ったように頭を掻くと、少し前傾して両手を組み、糸目の、笑顔に見えるその顔で、自分の影を見下ろした。
「正直、私にはもう何が正しいかわからないんだよ。自分の出てるゲームを終わらせたいと望むゲームのキャラクターが近くにいたとしたら、私はそれを可哀想だなーって思ったり、あるいは閉じた世界からの脱出を目指す主人公みたいだなって憧れるかもしれない。それで、私は考えた。今もまだ考えてるんだ。彼に協力すべきか、協力すべきでなかったのか。でも、このゲームにもプレイヤーは現れた。物語が動き出したからなのかなー? パソコンでずっと何かを探し回っているだけの彼が、他の生徒と話して笑みを浮かべるようになった。人間味のない怪物だと思っていた彼女がここのところすごく人間らしくなった。先生も前より明らかに特定の生徒を気に掛けるようになったし、星川も悪い子ぶってはいるけど、優しくなった。きっと私も変わったんだろうなー。こんな生活ならずっと続いてほしいと思うんだ……。でも困ったことに、プレイヤーが来た時点でゲームは終わることが決定してる。なあ、コウくん。俺たちは、どうするのが幸せなんだと思う?」
神田は俯いたままだったが、コウには神田の浮かべている笑みの、そこに含まれる空疎さや、諦めの混じる悲哀と向き合うことが恐ろしかった。
知らず知らず距離を置こうと体を反らし、ついには椅子が倒れそうになってやっと自覚し、歯噛みする。
わからない。どう答えればいいか。勝の時もそうだった。ゲームキャラでない自分がこの苦しみをわかった気になっていいのか? コウが神田と同じように俯き出したころ、神田は顔を上げて立ち上がった。
「まあまあ、あまり気にせず気楽にいきましょ。私は風紀委員長ですから、プレイヤーであれなんであれ、学園生活を楽しく過ごしたいと思っている生徒の味方ではありますからね」
「あ、神田先輩、待ってー!」
薄笑いを浮かべてその場を去る神田を星川が追いかけていった。
―――――――
体育祭も大詰めも大詰め。戦況は白組優位だが、このリレーの結果によっては赤組の逆転もあり得るとあって、生徒たちの白熱した声援がグラウンドに響き渡る。
今、スタートラインの端に立った体育教師がピストルを空へと向ける。リレーの第一走者たちはその手にぎゅっとバトンを握り込み、スタートの合図に備える。
パン! と空に空砲が鳴り響く。走者たちは一斉に走り出した。
アンカーのタスキを肩に掛けて順番を待っている鷹宮リオンは、隣のレーンの女、遠坂凛を横目で睨んだ。するとちょうど遠坂も鷹宮の方を盗み見ようとしていたために目が合ってしまう。鷹宮は反射的に目を逸らしそうになるが、ここで逸らしたら負けな気がして遠坂を睨み続けた。
人を睨んでも、罪悪感などは全く感じなかった。なぜなら遠坂も鷹宮のことを睨んでいたから。
遠坂凛は赤組の応援団長であり、生徒会長も務めているという文武両道の可憐な少女だった。遠坂の頭には赤い鉢巻きが巻かれている。一方、鷹宮の頭には白い鉢巻きが巻かれていた。鷹宮と、そしておそらく遠坂の方も、お互いの姿を無遠慮に見ながら思っただろう。
なんか、この女……気に入らない。
順番待ちの間二人は静かに睨み合っていたが、じきに先生の案内でそれぞれのレーンに立つ。鷹宮は保健室の方を見た。
いる……。
保健室の窓を挟んだ向こうに黛灰が佇んでいるのがわかった。鷹宮が手を振ると、黛はすすすと長い袖で手の隠れた片腕を持ち上げるが、疲れたのか肩のあたりにまで来たところですとんと落ちてしまう。それでも鷹宮は嬉しかった。
鷹宮は再び遠坂の方を睨む。すると遠坂があらぬ方を向いていたので、その目線を追ってみると、そこには遠坂を応援するなんとも主人公っぽい雰囲気な男子生徒の姿があった。
遠坂はしまったとばかりに慌てて鷹宮の方を見た。鷹宮は唇の両端を釣り上げ、にまぁ……と笑いかける。遠坂の顔は耳まで赤くなり、睨みの中に殺意が混じり始めた。
ちょっとやりすぎたかも……と鷹宮が反省したところで、バトンを持った前走者たちが走ってくる。ちょうど遠坂にバトンを渡す走者と競り合っているようだ。鷹宮と遠坂は睨み合いながらも同時に助走をつけ始める……。
鷹宮のスタートは好調で、滑らかにバトンを受け取って走り出すことができた。よし、これなら……! と体を起こして視線を前にやったところで、鷹宮はうぐぅと喉を鳴らす。
なんと鷹宮の前に遠坂凛の背中があったのだ。
こんなのおかしい! せっかくいいスタートを切れたのに……!
鷹宮が悔しがっているとき、鷹宮の魔力感知に僅かに反応があった。その魔力の痕跡を辿って見ると……前を走る遠坂のロングソックスの下に、うっすらと緑色の光が浮かび上がってるのが見えた。鷹宮は走りながらも思わず抗議した。
「ちょっとちょっとぉ! そこのあなた! 魔術使ってますねぇ!」
前を走る遠坂はいきなり声を掛けられて驚いたのだろう、ひゃっ! と短い悲鳴をあげて首だけで振り返った。
「なによぉ! 悔しかったらアンタも使って見なさいよ! このままじゃ白組に……あの男に負けちゃう……それだけは駄目! 駄目なの! 無理無理無理っ! 私はなんとしても勝たないといけないのよぉ!」
「な、なんて身勝手な……!」
鷹宮は生徒会長のあんまりな物言いに呆れてしまうが、使ってみろと言われたので身体強化の魔術を少しだけ、前を走る遠坂よりもほんのちょびっとだけ魔力を多くして使うことにした。
地面を力強く蹴って徐々に前に出始めた鷹宮は、遠坂に追い着き、追い越した。
「え、嘘っ! なんでよー! いったいどんな魔術を使ったっていうの⁉」
「使ってみろって言ったのはあなたですけどね! ではお先に」
「あ、こら、待ちなさい! くっ、こうなれば……!」
背後に遠ざかっていく負け犬の遠吠えを聞き流しながら、鷹宮は優雅にゴールテープを切るつもりだった。だが、なんとまたしても、一瞬の内に遠坂が追い抜いてきた。しかも遠坂はぐんぐん前に出て鷹宮との差を広げていく。
「おいオマエ! ふざけんなっ! 人間の限界超えたら……その、色々マズいだろ⁉」
「うるさいうるさい! 私はもう、勝つしかないの!」
全てをかなぐり捨て、遠坂凛は突き進む。これまでか……鷹宮が諦めかけたそのとき、遠坂凛がゴールテープの手前で盛大にこけた。
確かに地面には若干の窪みがあったけれど、それにしてもあまりにしっかりと窪みに足を取られ、そのまま三メートルくらいズサササー! と地面の上を頭からスライディングした。
鷹宮は見間違いかと何度も瞬きするが、遠坂は地面の上でぴくぴくしていた。
やがて鷹宮は真顔でゴールテープを切る。振り返ると、地面に倒れ込んだ遠坂がゾンビのように白目を剥いてこちらに手を伸ばしていたが、その手もがっくりと地面に落ちていった。
あ、そうだ!
鷹宮は保健室の方を見た。黛は……まだ見てくれていた! 鷹宮が笑顔で手を振り、Ⅴサインをして見せると、黛はこくりと頷き窓から離れていってしまう。
まあ、アイツはあんなもんか……鷹宮はくすりと笑った。
鷹宮「ハッ⁉」
遠坂「にまぁ……」
鷹宮「(# ゚Д゚)。」