Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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78.侵攻開始

 その日、空が赤く染まった。一緒に下校していた卯月コウと鈴木勝は足を止め、茫然と空を見上げた。NPCたちはまるでこの日が来ることを知っていたかのように、みんな一様に同じ行動をとって動かなくなった。

 街の人たちはみんな立ち止って空を見上げていた。屋内にいる人たちはみんな窓際に並んで空を見つめていた。

 

 遅れて通信機からけたたましいサイレンのような音が鳴り響き、コウも勝も驚いて飛び上がる。通信機から慌てふためく霞の声が聞こえてきた。

 

「あぁっ! うわあっ! やられたぁー! 二人ともごめん! アジトに直接乗り込んできた! 迎撃システムが働かない! 監視システムも正常だけどたぶんやられてる! あーっ! システムが、システムが……! これ、どうすればぁ……」

「おい、とりあえず落ち着けって!」

「……うぅ、はい」

 

 霞があまりに慌てていたために逆に冷静になったコウが声をかけ、霞はなんとか落ち着きを取り戻す。

 

「それで、どうしたんだ、霞?」

 

 勝が横から尋ねると、霞はやや早口で述べた。

 

「校長室のアジトにハッカーが攻めてきました。システムが掌握されかかっています。なるべく時間は稼ぎますけど、早く来てくれないと、私一人では、その、まずいかもです……!」

「はぁ? お前、高性能AIじゃねーのかよ、人間のハッカー如きに負けんな!」

 

 コウがからかい半分、気付け半分で言う。

 

「うるさいですよ、出雲は高性能学習型AIなんです! ゆっくり時間をかけて色んなことを学習していけば、いずれは人間をも超えるという話であって、別に今すぐには……って、あーっ! 第八の壁がぁ⁉ 半年もの時間をかけて丁寧に育て上げた第八の壁ちゃんがっ!」

 

 コウとお互いの顔を見て笑い合うと、踵を返して学校へと走った。

 

―――――――

 

 校内は異様な雰囲気に満ちていた。教室の生徒たちも、また廊下に出ている生徒たちも、みんな置物のように窓に貼り付いて空を見つめていた。その生徒たちの背後をコウと勝はひた走る。

 

「くそっ、みんなどうしちゃったんだよ!」

 

 勝は感情的になっているが、コウは冷静に勝の様子を観察していた。

 

 勝だって生徒たちがプログラムであることはわかっているのに。やっぱりその世界の住人だからなのか……?

 コウが考え事している間にも校長室はもう目前だった。

 

 廊下を曲がってすぐ、勝は力が抜けてしまったように減速し、ついには止まってしまった。

 

「勝どうした⁉」

 

 コウが呼び掛けても勝は反応しない。勝は震えながら前方を指差すだけだった。

 

 薄暗い廊下の奥に誰か、生徒が佇んでいた。明滅する電灯の、光の中に突っ立っているその生徒は、どうやら女子生徒らしい。女子生徒はゆらゆらと体を揺らして、こちらに向けて歩き出した。

 女子生徒の歩みの端から電灯が火花を上げて消えていく。足音だけが冷たく廊下に響いていく。

 

「エルドリッチ・クイーン……!」

 

 勝の呟きにコウは息をのみ、女子生徒の方に目を凝らす。

 

 電灯はすべて消えた。窓から差し込む赤い光の下に、エルドリッチ・クイーン……鈴原るるは現れる。

 

 一見して、柔らかな雰囲気を持つ女の子だった。こんな状況でもなければ、その大きく見開かれた青い瞳は吸い込まれそうなほど綺麗だったのだろう。しかし今は窓から赤い光が差しかかり、おぞましく輝いて見える。

 

「な、なんだ? あいつ、そんなにやばいのか……?」

 

 勝の反応から相当な相手であることは想像がついたが、実際に鈴原を見てもコウにはピンとこなかった。

 

「やばいだなんてそんなぁ……」

 

 勝が答える前に鈴原がほほ笑んで言った。

 

「ちゃんとよく見てください。どこからどう見たって、私は一般的で平均的な女子高生♪」

 

 嘘だ……コウは茫然とした。魔術なのだろうか。今の言葉と同時に鈴原の全身からどす黒いオーラのようなものが噴き出し始めていた。

 

「俺たちはお前に用なんてないぞ……!」

 

 勝は取り合わず、震えを押し殺した声で言う。鈴原は答える。

 

「あなたたちになくても私にはあるんです。黛さんは困っている私に恩を売ってくれた……だから私も、ちゃんと今、この時に、全てを返したい……!」

「黛……ハッカーか! ハッカーの目的を知ってるのか! お前も消されちゃうかもしれないんだぞ!」

 

 勝の訴えに鈴原は首を傾げる。

 

「あなたたち……そこの金髪の男の子はプレイヤーっていうんだよね? プレイヤーの目的はこのゲームをクリアすることなんでしょ? だったら黛さんと何も変わらないんじゃないかな」

「違う! プレイヤーは……その、俺もまだ整理がついてねえけど、でも、きっとこのゲームをハッピーエンドにできるのは、プレイヤーだけなんだよ……。どっちにしろこのゲームが終わるとするなら、俺はプレイヤーに、俺の大好きなこの世界を最後まで楽しんでほしいんだ。なあ、話し合おうぜ? もうちょっとだけ考えてみてくれないか?」

「考える?」

 

 その言葉と同時に、鈴原の発する雰囲気が変わった。コウは身震いする。肌寒い。刺すような冷気がじりじりと肌を上ってくる。鈴原は上体を倒して片手を地面につくと、まるで力をため込むようにぐっと身を低くして、言った。

 

「私に、脳みそを使わせるつもり?」

 

 そのとき、コウの視界から鈴原の姿がかき消えた。勝が冷や汗を浮かべて詠唱する。

 

「其は天に掲げた漆黒の月、古の契約に従い、今こそ我に力を与えたまえ……! D・E(ダークネス・イーター)!」

 

 赤い光の中に落ちた勝の黒い影に波紋が広がった。波紋は一つだけではない。水音を立てながら次々と広がり、揺れて、勝の影全体に広がっていく。やがて、黒い文様の浮かび上がった触手が勝の影から這い出した。

 

「え……うぉ⁉」

 

 コウは伸びた触手の先を目で追い、思わず後ろに倒れ込んだ。

 

 鈴原はコウの前に立っており、その手をコウの顔へと伸ばしていた。触手は鈴原の腕に絡みついてそれ以上手を伸ばさせまいとしていたが、力比べは明らかに鈴原の方に分があるようで、手はじわじわとコウの方へ近づいていく。

 その華奢な手から滲む禍々しい魔力……コウには自分の頭部が握りつぶされるのが容易に想像できた。

 

「コウ、何してる! 早く行け!」

「お、おう!」

 

 コウは勝の声に押されて走り出す。触手に手を取られた鈴原の横を通り抜けようとするが、鈴原の見開かれた目がコウを追いかける。

 

「逃がすと思うの……?」

 

 鈴原は触手を鷲掴みにすると、ぶちぶちとちぎりながらコウへと迫る。

 

「おい、おいおいおい! くぅっ……火よ!」

 

 コウは体を逃しながら上着のポケットからライターのような道具を取り出すと、着火し、そこに起こった火に向けて魔力を込めた息を吹きかける。すると、火は油を吹きかけられたように大きな炎となって前方へと広がり、鈴原の顔を包み込んだ。

 

 顔が炎上しているにも関わらず、鈴原はのんきに首を傾けて言った。

 

「んー? 思ったより熱くない……かな?」

 

 そして、鬱陶しそうに手で顔をぱっぱと払うと、それだけで炎はみるみる小さくなって消えていく。鈴原は思い出したかのように再びコウの方へ歩き出す。

 

「コウ!」

 

 勝の影から再び触手が伸びるが、鈴原はもはや触手の方を見もせずに蹴り飛ばし、そのままコウを捉えようとした。

 

 その伸ばした手が、ピッと切れ、血が飛び散った。鈴原は瞬きもせずに切られた手を見つめたが、次には体を翻すようにふわりと横に跳ぶ。すると、鈴原が今までいた空間を刃物が三本通過していった。

 鈴原はコウが廊下の角を曲がっていくのを黙って見つめていた……。

 

 鈴原は振り返り、廊下の先にいる人物を見据える。

 

「なあんだ、やっぱりそっちに着いたんだ」

 

 鈴原が挑発的に笑った先には、両手を上着のポケットに突っ込み、歩いてくる神田笑一の姿があった。

 

「なっ! 糸目の神田ァ⁉ どうしてここに?」

 

 勝の反応に眉をピクリとさせて神田は言う。

 

「いや、別に。たいがいはあなたと同じだけど、まあ違うとしたら、私のこれは友だちを思っての行動ってところもあるかなあ?」

「友だち……?」

「ええ。この世界を捨ててどっかに行っちゃおうとする友だちがいてね。でも、それだと彼も幸せになれないでしょ。捨てるんじゃなくて、ここから羽ばたいていく、卒業する、くらいの気持ちじゃないと、やっぱり気持ちよく見送れないなぁ」

 

 神田は勝の隣に立つと、刃物を両手に構える。勝もまた自分の影から触手を三本伸ばし、臨戦態勢に入った。

 

「ねえ」

 

 神田が鈴原に話しかける。

 

「彼は私が裏切ることについて、何か予想してましたか? 何か、言ってませんでしたか?」

 

 鈴原は視線を斜め上にやって何かを思い出そうとしながら言う。

 

「うーん、どうでしょう……黛さんはあなたを信用してましたから、きっと裏切るとは思ってなかったんじゃないでしょうか。けれど私はあなたが裏切ると思ってたから、聞いたことがあるんです。あなたが裏切ったらどうするのか」

「それで?」

「謝ったら許すよ、と言ってました」

「……そうなのか」

「ええ」

 

 神田が目を細めて俯くのを鈴原は静かに見守った。

 

「勝さん、勝さん」

 

 神田に小声で呼び掛けられているのに気付き、勝はちらと横にいる神田の方を見た。

 

「応援を一人呼んである。彼女が来ればさすがに負けはしないだろう……たぶん」

「彼女? あっ、あの星川とかいう女か!」

「はぁ? あれは……確かにめちゃくちゃ来たがってましたけど、弱っちいんで酔っ払った先生のとこに預けてきましたよ。今頃だる絡みされてるでしょーね」

「あ、そうなんだ……」

「ええ。それに、彼女は最後まで黛さんの味方でいたいっていうんで……」

 

 自分で言ってどこか思うところがあったのか、神田は前髪をかき上げるように額を抑えてため息をついた。そのまま目頭を揉むと、いつものような笑みを浮かべて言う。

 

「まあとにかく、応援が来るまでは持たせるとしますか」

 

 言い切るのと同時に神田は刃物を投げつける、それをアシストするように鈴原るるの周りを触手が取り巻き始めた。

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