夜、神社に集まった鈴木勝・卯月コウ・出雲霞の三人は、しゃがみこんでじりじりと燃える線香花火を見下ろしていた。
コウはちらちらと霞の方を見て、ぼそりと言う。
「制服、けっこう似合ってんじゃねーの」
「え⁉ あ、ありがとう……?」
どう反応していいかわからずに首を傾げた霞を見て、勝が吹き出した。
「いやあ、わりいわりい。それにしても霞とこうやって一緒に花火が出来るとは思わなかったよ」
「そういえば。どうしてそうなったんだ?」
コウの質問に霞はぼーっとしたように視線をさ迷わせた後、答える。
「たぶん、ハッカーのしわざ。卵を手にしてこの世界の解析を全部終わらせたハッカーが、私の中を覗いたんだと思う。それで……その……」
霞が言い淀む。なるほど! と勝が続けた。
「つまり、霞がずっと俺たちと遊びたがってたのを知って、ハッカーが体を作ってくれたってわけか!」
「なっっっ! 違うっ! 違うからっ!」
「ふーん、素直じゃないねえ……いてっ」
コウはわかったふうに腕を組み、感慨深そうに頷く。そして頭をはたかれる。
「あ」
線香花火が一つ落ちた。それにつられてか、残り二つもぽとり、ぽとりと落ちていった。
「じゃあ、帰りますか」
腰を上げたコウだったが、勝が引き留める。
「待てよ卯月。帰るにはまだ、気が早いんじゃないか?」
そう言って勝は皺だらけのレジ袋の口を開いて見せる。そこには大量の線香花火が入っていた。
「おい、情緒のカケラもねえなあ!」
そう言いつつも、コウの表情は明るかった。出雲霞も嬉しそうにほほ笑んでいる。
三人は小さな光を囲い、夜を通してずっと話し続けた……。
〇
「おい、なんだその傷⁉」
「へ?」
美術室にて、でびるが鈴原るるの手を取って、じっと凝視した。
「ああ、こっちの手……うっかりしてました」
えへへ、と笑ってごまかそうとする鈴原だったが、でびるは傷を睨んで言う。
「大丈夫か? 痛くないのか?」
「ええ、ちょっと切れちゃってるだけですから。大丈夫ですよ、そんな……。なんなら自分で――」
「よし、ボクが治してやる!」
でびるは言うが早いか、ふん! と力むような声を出し、鈴原の手に恐ろしい文様の魔法陣を出現させる。すると、魔法陣が回転するにしたがって、時間が逆戻りしていくかのように傷口が塞がっていった……。
鈴原は治った手を見て、口をあわあわとさせた後、その口をきゅっと嬉しそうに結び、その手を胸に抱いた。
「でび様……ありがとうございます……ほんとうに」
「別に~? こんな傷、僕に掛かれば一撃だかんね!」
胸を張るでびるを鈴原は愛おしげに見つめていたが、突然何かを思い出したらしい「そういえば!」と机の上の手提げからスケッチブックを取り出した。
「実は、でび様に渡したいものがあってですね……」
そう言ってスケッチブックを開いて、中に挟まっていた画用紙を一枚だけ取り出す。
でびるが受け取ってみると、それは鉛筆で描かれたらしい、白黒の濃淡だけで表された簡素な絵だった。
絵に描かれているのは、椅子に座って眠っている鈴原るると、その膝の上に丸くなって眠るでびでび・でびる。とても静かで抑制の利いた絵だったが、でびるは目が離せず、ついには涙ぐんだ。
「うぅ、美大生……我が契約者よ、願いは、願いは、もう決まっているか?」
「はい!」
鈴原は元気よく返事をしていった。
「いつかまた、もう一度でび様に会いたいな……!」
でびるは目を輝かせて返す。
「ああ、ああ……!」
〇
夕暮れの廊下をコウは走っていた。
「間に合うか?」
時間は残り少ない。鈴木勝や出雲霞とはいくら話をしても話し足りなかったが、気がかりがあったのだ。コウは辿り着くと、教室の扉を開いた。
大きな窓から一面、夕焼け色に染まった教室で、りりむは窓際の机の上に座っていた。
りりむの足は退屈そうに前の椅子の背をきわどく揺らしている。肩から滑り落ちたカーディガンが机の上で広がっていた。
「あ、コウくん……」
りりむはぼんやりした表情でコウを見つめ、すぐに視線を窓の方に戻してしまう。
「りりむちゃん、どうしたんだよ。教室に戻っちゃったりして」
りりむは俯き、自分でも戸惑っているように話し出した。
「自分でもよくわからないけど、たぶん、ちょっとだけ嫉妬しちゃったんだと思う。なんていうか、三人の間に入っていけなかった。羨ましい、のかな。りりむもそんな仲になれるような人がいればいいのにって、そう思っちゃったのかも……」
最後の方は恥ずかしくなったのか、もごもごとした小声になっていったが、コウには全部聞き取れた。
(俺じゃ駄目か?)
コウの頭の中に言葉は浮かんでいたが、それを口に出すのは恥ずかしく、コウもまた口をもごもごとさせ、何も言えずにいた。それを見てりりむがパッと顔を明るくした。
「あ、なんかコウくんが言いたいこと、わかっちゃったかも」
「……じゃ、言わないどこうかな」
「えー、言ってよ」
「やだね」
「言って!」
「やーだね」
そんなやり取りを繰り返しながら、二人はこの世界を去っていった。
〇
保健室の窓の前に黛灰は立っていた。黛の見つめる先には衛宮士郎と間桐桜が腕を組んで歩いていた。もっとも、士郎は積極的な桜に少し押され気味ではあったが。
ふいに、桜が立ち止まり、保健室にいる黛を振り返った。その姿が、映像が、乱れ始め、黒いロングコートのBBの姿が一瞬だけ垣間見える。
BBはもはや何も言わず、何かを問いかけるような目で黛をみつめるだけだった。そのうち衛宮士郎に肩を叩かれると、BBは桜の姿に戻っており、桜は再び士郎の腕に抱き着いて幸せそうに笑った。
「やってらんないわ、ほんと。ねえ、あなたもそう思わない?」
保健室のベッドに寝転がった遠坂凛が投げやりな口調で言う。
「まあね」
肯定されたのが意外だったのか、遠坂はがばっと起き上がると、黛の方を見て言った。
「ねえあなた、私たち、意外と気が合うと思わない? その……はずかしいんだけど、私と……と、ととっ、友だちに、なってくれない……かしら」
「……断る」
「なんでよお!」
遠坂の声が保健室に響き、吹き込んだ風でカーテンが大きくめくれ上がる。黛は今のやり取りにどことなくデジャブを感じ、振り返った。
すると、そこには誰もいない。保健室には黛一人しかいなかった。
窓の外を見ると、ちょうど間桐桜と衛宮士郎が光になって消えていくところだった。黛の視界が……保健室が、光になっていく。
校庭が、校舎が、街が、空が……全てが、消えて失くなろうとしていた。黛は自分の手のひらを見下ろした。一時は全てを手に入れた自分の手が、もう、光となって消えていく。
黛は失われていく空を見上げて呟いた。
「後は頼んだぞ……夕陽リリ」