Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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VS虚空教
85.森の夜より


 夜。教会の裏に広がる森の木々の一本、その太い枝の上には片膝を立てて座る葛葉の姿があった。

 

 葛葉の傍らにはアサルトライフルが立てかけてある。恐らく待機中なのであろう、葛葉は淀んだ目でスマホを見下ろしていた。

 

 やがて葛葉はうんざりしたようにスマホから顔を上げた。

 

「やっと終わった。なげー……長すぎる。こいつらどんだけゲームしてんだよ。聖杯戦争の最中だぞ? ありえないだろ、普通。……俺もやりたかったなあ」

 

 葛葉は首を鳴らすと、頭上を見上げた。木々の隙間から見える月は赤く光っている。満月だった。体が疼く。早くこの衝動をぶつけたいのに……。

 

「叶ぇ、なにしてんだぁ……くそぅ」

 

 葛葉は傍らのライフルを見て、肩を落とした。

 

  〇

 

「やばいやばいやばいやばい!」

 

 褐色の肌をした使い魔、魔使(まつかい)マオは夜の森を全速力で駆け抜ける。特徴的な髪留めから白髪のツインテールをなびかせ、袖を通したぶかぶかの上着を風に揺らして。赤と黒の縞々のロングソックスに包まれた足は力強く地面を蹴り、へそ出しルックのお腹には冷たい汗が浮かんでいた。

 

 魔使は八重歯を覗かせた口許を苦々しく歪めて木と木の間を飛び移る。地面に飛び降りて勢いを殺さぬよう受け身を取って転がると、走り出し、またジャンプして木の枝に手を掛け翻弄するような動きを繰り返す。

 

 魔使の視界には先ほどから三人ほど魔使と同じように走っている影があった。そのうちの一人が魔使の横を並走する。魔使の横を走る者の正体は魔使が作り出した分身だった。四人の魔使は目配せしながら自分を追う人間から本体を逃そうと、事前に決められた敵をかく乱するフォーメーションを組んでいくのだが……。

 

 魔使の横を並走していた分身が魔使から離れようとした瞬間、分身の体が炎上した。炎の中にその体は痩せ細った枝のように朽ちていく……。

 

 背後に遠のく自分の分身の末路に戦々恐々としながらも魔使は走る。視界の端で分身がその身を翻す。敵を発見したのだろうか、口を大きく広げて魔術を使おうとする。

 

「よし、いいぞ! やっちゃえ、僕の分身!」

 

 だが、次の瞬間には音のない光が空から降り注ぎ、分身は光に呑まれて見えなくなった。光が消えた後、残されていたのは炭化した人型のオブジェだった。そして、そのオブジェの影からひょいっと神父が顔を出し、魔使に向かって満面の笑みを浮かべた。

 

「ひぃっ!」

 

 魔使は涙を流しながら手と足を必死に動かした。

 

 こんな仕事受けたのが間違いだった! ちゃんと敵の情報を精査してから了承してれば……あの大金に目が眩んでなければっ! うぅ、あのときの僕を殴りたい!

 

「あぶない!」

 

 それは自分の声だった。魔使は横から飛び込んできた自分の分身に突き飛ばされる。バランスを失った体は地面の上を転がり、大木の張った根に受け止められて止まった。

 

「いてて……」

 

 魔使は呻きながら立ち上がると、振り返って、自分を突き飛ばした分身の姿を探した。

 

「あ」

 

 分身は、幾本もの光の槍に体を刺し貫かれて痙攣していた。その目が魔使を認めて、その口が、ゆっくりと動いて何かを伝えようとする。

 

 に、げ、て……。

 

 魔使は即座に走り出した。背後を見ると笑顔を顔に張り付けた神父はすぐそこまで追ってきている。

 

「まつか~い」

 

 神父が上機嫌に呼び掛ける。魔使は無視して森を走る。

 

「まつかーい、裏切るならこれが最後のチャンスだよー?」

 

 魔使は逃げる足を休めないまま振り向いて訴える。

 

「違うんです! これにはわけがあって……!」

「向こうの世界の住人が、どんなわけがあって教会を覗いてたの?」

「そ、それはですね……そのぉ……」

 

 魔使は言葉に詰まりながらも必死に脳を回転させ、答えた。

 

「教会って、どんなことする場所なのかなぁって……き、気になって」

 

 あはは……と引き攣った笑顔で神父の顔色を伺う魔使。神父の表情に変化はなかった。

 

「気になるならそう言ってくれればいいのに。全然案内したけどね? どうして急に逃げ出しちゃったりしたの?」

「それは叶さんが拷問用の椅子を用意し始めたからです!」

 

 あちゃー、ばれてたか……。神父である叶が残念そうに洩らした。

 ばれるに決まってんだろ! ツッコみたかった魔使だったが、そもそも最初にバレていたのが魔使なのであまり強く出れず悔しげに口をつぐんだ。

 

「で、魔使、どうするの?」

「え? な、何の話ですか~?」

 

 冷や汗を流しとぼける魔使。このやり取りの間も距離を離そうと全力で走っているのだが、神父は余裕の表情でついて来る。

 

「何の話って、魔使さんが裏切るときの合図を決めようってお話ですよ」

「話が進んでる⁉ いえ、いえ! 駄目です! ギアスギアスっ! 使い魔の契約は絶対なんです!」

「あー、そっかぁ……じゃ、仕方ないかあ」

「仕方ないって、そんな――」

 

 背中に悪寒を覚え、魔使は大きく跳躍する。見ると、さきほどまで魔使のいた場所を光の槍が通過したところだった。魔使はそのまま宙返りして叶を飛び越え、反対方向に逃げるつもりだった。着地してすぐ魔使は走り出し、肩越しに振り返る。見えたのは、叶が今まさに槍を投擲しようとしているところだった。

 

「叶さん、まって……!」

 

 もう遅い、叶の笑みはそう語っていた。叶の手から槍は放たれ、槍は空中で加速し、魔使めがけてまっすぐに飛んでくる。

 

 あ、死んだ……。

 

 走馬灯も何もあったものではない。魔使は槍が自分の背中に向かってくるのを見つめることしかできなかった。

 

 しかし、魔使の頭上から白と青のカラーリングをした小型ドローン三台が割り込んできて、魔使の背中を守るようにトライアングルを作り、青いシールドが張られた。

 

「ぎゃあっ!」

 

 魔使は後方で起こった爆発の勢いで地べたを転がるが、光の槍はシールドにしっかり止められていた。光の槍が消滅すると、ドローンは展開していたトライアングルを解き、各々独立した移動砲台となって青い光弾を撃ちまくり、叶を付け狙う。

 

 叶はそれを槍で捌きつつ後退、大木の裏に転がり込むと、懐から書物を取り出し、それを開いて呪文を唱え始めた。

 

 ドローンの一機がゆっくりと大木を回り込む。そこに叶の姿はなかった。

 

―――

 

 ピンクのショートヘアの女が足音もなく森の奥から歩いてくる。女の衣装は近未来的で、黒いインナーの上から丈の短い白の上着を纏い、体の各所には水色の光のラインが走っている……。女のゆったりとした袖や脚はリングで留められ、顔には目許を完全に覆う白いゴーグルが装着されていた。

 

「りりー!」

 

 魔使は女の元まで駆け寄ると、勢いよく抱き着いた。女は魔使に構うことなく腰のホルダーにドローン三台を収容すると、辺りを注意深く見回す。

 

「魔使、すぐにこの場を離脱して応援を」

「え~! 僕、りりと一緒ならやれるよー!」

「魔使」

「うぅ、わかった……」

 

 女に強い口調で言われ、魔使はとぼとぼ森の奥へと消えていった。

 

「さて」

 

 女がゴーグルに手をやると、ゴーグルの表面を水色の光が(ほとばし)った。

 

「全部見えてますよ、叶さん」

 

 女は腰に差した二つの白い銃を抜く。二丁拳銃。女はカシャンと両手の銃を一度鳴らすと、森の暗闇の一点に向けて銃を構える。そして、突然右手の銃だけを右側へ向けて、トリガーを引く。銃口から放たれた青い光弾は隠れて接近していた叶の髪先を軽く焼いた。

 

「あっぶねー……」

 

 顔を逸らして躱した叶は苦笑すると、一度距離を取る。

 

「全く……透明化にデコイとは。やることがせこいんですよ」

 

 そう言って女は左手の銃で当初狙っていた空間を撃つ。すると、透明になって空中に浮かんでいたらしい、銀の十字架が弾け飛ぶのが見えた。

 

「おい聖職者。それでいいのか……」

 

 女は呆れたように言うが、叶はどこ吹く風でほほ笑むだけだった。

 

「夕陽リリさん、でしたっけ? 今回は邪魔するんですね」

 

 名前を呼ばれた女、夕陽(ゆうひ)リリは舌打ちして本音を漏らす。

 

「はー、やっぱりめんどくせー」

 

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