Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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87.虚空の剣

 振り下ろされた剣は、横から差し込まれた鞘に入ったままの刀に受け止められた。

 

 刀の持ち主は横から刀を伸ばしてきたようだったが、そのまま片手で騎士の剣を払いのけると刀をチェーンにぶら下げて、両手をポケットに突っ込んだ。

 

「剣持さん……礼はいいませんよ。遅かったんで」

 

 夕陽リリがそっけなく言うと、その男、剣持刀也(けんもちとうや)はどうでもよさそうに夕陽リリの方を見て言った。

 

「ああそう? まあお疲れ。少し休んだら前線に復帰してくださいよ」

 

 思いのほか優しい言葉だったので夕陽リリは拍子抜けするが、黙って傷の修復を始める。撃ち抜かれた足と血の流れる額には青い魔法陣が浮かび上がっていた。

 

 剣持はそれを見て取るとサーヴァント二体を見据え、両手に黒のハーフグローブを嵌め、調子を確かめるように手のひらをぐっぱと開いては閉じる。

 

 サーヴァント二人は何も言わずにそれを見ていたが、騎士の女が一歩前に進み出て言った。

 

「私が出よう」

「助太刀は要らぬか」

「無用だ。が、貴公の判断に委ねる」

「よかろう」

 

 黒い影のような男は槍を地面に立てて静観する構えを見せた。

 

「へえ、単騎で……別にいいけど」

 

 剣持はどうでも良さそうに言ってチェーンに繋がれた刀の柄に手を掛ける。騎士は見えない剣を構えながら慎重に歩みを進めていくが、一定の距離まで行くと顔をしかめて足を止めた。剣持が感心したように言う。

 

「ああ、よくわかりましたね。ちょうどその辺りからが僕の領域です」

 

 さあ、どうします……?

 

 笑いかける剣持だったが、騎士は剣を下ろすと後ろに構えて言った。

 

「こうするまで」

 

 剣から凄まじい魔力が放出される。騎士はその反動で前進、ほとんど瞬間移動のような速度で剣持の真ん前まで踏み込むと、その剣を剣持へ振るう。剣持は薄っぺらい笑いを顔に張り付け、剣が通るその一瞬に倒れ込みながら半身になって剣を躱す。

 

「っとと」

 

 同時に、おちょくるかのようによろけながら騎士と立ち位置を入れ替える。騎士は驚きこそすれ、動きは止めない。そのまま振り返って踏み込み、剣持を追いかける。剣持は涼しげな表情で再び鞘に入ったままの刀で騎士の剣を受け止めた。

 

「はああああっ!」

 

 気合とともに騎士は両腕に力を籠めるが、そこから動きは生まれない。騎士の見えない剣は騎士が込めた力のぶんだけ、剣持の刀の鞘の上で虚しく震えるだけだった。

 

 これはなんだ……? 岩のように硬いわけでも、重いわけでもない。自分の力が返ってこない。技ではない。これは、技などではないはずだ。

 

 騎士は困惑していた。自分の攻撃は実際、敵の鞘で止まっている。しかし、剣を握る手から奇妙な感覚が伝わってきていた。敵の鞘が突如として柔らかくなり、自分の剣が沈み込む。そのまま、鞘の内側の、底のない深みへと、どんどん沈んでいってしまう……そんな異様な光景を幻視するほどだった。

 

「楽しそうですね」

 

 剣持の声で騎士は我に返る。剣持はそんな騎士を笑うと、片手で鞘を持ち、騎士の剣を受け止めたまま、もう片方の手で刀の柄に手を掛けた。

 

 騎士の見ている前でゆっくりとその黒い刀身が露になっていく。黒い、と言ったが、それは辺りが暗かったからかもしれない。その剣からは不思議と何の存在感も感じられなかった。剣は光を反射せず、周りの光を打ち消すだけだ。

 

 剣持はわざとらしく刀を大上段に振りかぶる。いつまでも鞘と鍔迫り合いしている騎士に向けて。

 

 騎士は歯噛みし後退する。それを追いかけようとした剣持を、その顎を突き上げるように、地面から黒い杭が勢いよく飛び出した。剣持は顔を逸らして杭を躱すと、刀で杭を斬りつける。

 

 すると、杭が消滅した。騎士の目には、それは斬るというよりも、触れただけのように見えた。ただ雑に剣をそちらに向けただけのように見えた……。

 

 騎士は剣を握り直す。あの剣に触れられるわけにはいかなかった。

 

 地面から次々と生え出る黒い杭を剣持はひらひらと踊るようにして躱し、ときおりその刀で邪魔な杭を消し去りながら騎士を追い詰める。

 

 騎士は後退しながらも味方のバックアップの合間に隙を付けないかと機を伺いはするものの、敵の持つ刀で触れられれば終わりかもしれないと考えると、迂闊に踏み込むことが出来なかった。

 

 剣持はその刀を横薙ぎに奮い、杭を大量に消し去りながら軽い調子で尋ねた。

 

「しかしあなた、なんて英霊なんですか? 立派な鎧みたいですけど、見えない剣で敵を騙し討ちして成り上がった英霊なんていましたっけね」

 

 騎士は不快そうに目を細めると、語気を強くしていった。

 

「いいだろう。そこまで言うのなら我が剣、その目に焼きつけるがいい」

 

 騎士は大きく飛び退き距離を取った。邪魔な杭を全て消して素早く踏み込んでくる剣持に、騎士は剣の切っ先を向けて叫んだ。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)‼」

 

 騎士の剣の先端から圧縮された暴風が放たれる。それは今まで騎士の剣を見えないように隠していた空気の流れ、つまりは風だった。今、騎士の剣は風の鞘を失ってその本来の姿を現す。

 

 しかし、剣持は淡々とした表情で半身になると、片手で持った刀の先端を暴風に向けた。

 

 暴風は、暴風の全ては、剣持の刀の切っ先に吸い込まれて消えていった。辺りは静寂に包まれ、騎士は信じられないとばかりに立ち尽くしていた。

 

 剣持は刀を払うと、固まっている騎士に向けて歩き出す。そして刀を頭上へと向けた。

 

 今まさに銃口を剣持に向けていた叶は、剣持の刀の切っ先が自身へ向いた瞬間にその場を離脱した。見るとたった今叶が飛んでいた場所を黒い何かが球体のように渦巻いていた。渦巻はだんだん小さくなって消えていく。

 

 ふんと鼻を鳴らして刀を下ろす剣持だったが、今度は足元に姿を現した黒い池を踏みつける。すると、そこに沈んでいた幾本もの杭は消滅し、影の池もまた吸い込まれるようにして消えていった。

 

 黙って見つめるサーヴァント二騎に対し、剣持は得意げに笑って見せる。

 

「どうですかみなさん、これで格の違いが分かったんじゃぁないですかねぇ? サーヴァントといっても原型は人間、所詮は僕には勝てないんですよぉ!」

 

 そこで剣持はサーヴァント二騎を見やり、特に騎士の持つ黄金に輝く聖剣を見て笑う。

 

「そうです。怪物めいたヴラド・ツェペシュだって、エクスカリバーに選ばれたアーサー王だって、人間としての側面があるのなら、生きているのなら誰だって、僕を恐れて崇めるべきなんです!」

 

 そう言って剣持は刀を自分の顔の前まで持って来て、刀身にその瞳を、そしてシャープな顎を映し、目を瞑る。

 

「万物は虚空から生まれ虚空へと還っていく。しかし虚空は常にこの世のいたる所、そしてあなた方の心の中にすら偏在している! で、あるならば……そう、虚空の王たるこの僕、虚空教教祖・剣持刀也に誰一人勝てないのは、当然の道理ってもんですよねえ⁉︎」

 

 薄緑の瞳を怪しく輝かせ、剣持は声を上げて笑う。まるで今目の前のサーヴァント二騎が戦うために武器を向けていることがおかしくてたまらないと言った風だった。

 

「剣持先輩!」

 

 魔使マオの呼び掛けに剣持は振り返る。

 

「りり先輩の治療と、あと、武器の補充も終わりました!」

 

 どうやら夕陽リリの治療を助けていたらしい。魔使の後ろにはゴーグルを脱ぎ捨てて素顔を曝した夕陽リリの姿があった。夕陽リリは嫌そうにしながらも一応は戦う覚悟を持って新しい銃を両手に取っている。そして魔使は先ほど叶にやられたのも忘れて戦う気満々だった。

 

「素晴らしい……」

 

 剣持は呟くが、改めて魔使の方を見て、浮かべていた笑みを消した。

 

「魔使さん、肩……」

 

 剣持が指を指すと、魔使は「あぇ?」と自分の肩を見て、ちょうどそこにとまっていた真っ白な鳩と目を合わせる。

 

「うわっ、いつの間に!」

 

 魔使が手で払うと鳩は飛び上がって剣持の方へと向かっていく。

 

 剣持は刀を振りかぶると、向かってくる鳩を一刀両断する。剣持は無表情で二つに分たれた鳩を目で追った。鳩は、剣持の刀が触れる前に二羽に分裂したのだった。二羽の鳩は分裂を繰り返し、その数をどんどん増やしながらながら剣持を囲うように渦を巻く。剣持の姿は鳩の渦に覆われて見えなくなってしまった。

 

「剣持先輩!」

 

 魔使が飛び出そうとするが、それを夕陽リリが止めた。夕陽リリは鳩が渦を離れていくのをどうでもよさそうに見つめていた。

 

 鳩が飛び去ったあとには、ちょうど人が一人入れそうな赤と黒のマジックボックスが残されていた。

 

「みなさん、ボックスの上にご注目くださぁ~い!」

 

 妙に蕩けた女の声とともにボックスの上にスポットライトが当てられる。ボックスの上には女が一人立っていた。

 

 赤いアイシャドウと強調されたまつ毛の下で、愛嬌のある瞳がくりくりと動いて辺りを見渡した。女は軍服をイメージさせる深い赤色のワンピースを纏っており、頭には軍帽を斜めに乗っけている。帽子から零れる髪は二つに結ばれていたが、反転したように左右で白と黒とに分たれていた。

 

 女はボックスから飛び降りると、スポットライトの下で帽子を取り、一礼する。

 

「げっ、よるみ……」

 

 声が聞こえてきた方ににっこりと笑って黙らせると、その女、夜見は周囲に向かって言った。

 

「みなさん初めまして! アイドルマジシャンの夜見れなと申します! 突然ですが、今日ここにいる皆さんにだけ特別に、夜見のマジックショーをお届けしたいと思います! みなさん、拍手を! よろしければ拍手をお願いします!」

 

 辺りから聞こえてくる拍手に夕陽リリは苦い顔をする。

 

 いつの間にか枝に止まっていたたくさんの白い鳩たちが辺りを取り囲み、拍手を送っていたのだ。さらにその外側に佇む牛の頭骨を被った亡霊たちも機械のように乾いた拍手を鳴らしている。

 

「うわぁー、マジックショーだ! りり見て! マジックショー! 僕初めて見るんだぁ……!」

 

 目を輝かせて拍手を送る魔使に、夕陽リリは目頭を揉み、愛想笑いを返した。

 そしてボックスの中からも「うぉおおおお!」とテンションの高い声が聞こえたのは、きっと気のせいだろう。

 

「それでは早速参りましょう!」

 

 夜見はくるりと回ってボックスの方を向くと、軍帽の中から細剣を引き抜き、どこか危うげな足取りでボックスの傍まで歩み寄る。夜見は細剣を構えると、光の宿らない瞳をぐるぐるとさせて言った。

 

「まずはですねー、ふへへ……やはり定番の、串刺しマジックの方を……」

 

 夜見が細剣を掲げると、樹上に止まっていた白い鳩たちが嵐のように次から次へと飛来し、その姿を細剣に変えてボックスに突き刺さっていく。

 

 ボックスの中からは「ぐうぇっ!」「あぶねえな!」「うおぉ!」と騒がしい声が立て続けに聞こえたが、それもじきに静かになった。ボックスが隙間もないほどに細剣で埋まってしまうと、夜見は満足して手を叩いた。すると、細剣は一人でにみんな箱から抜け、音を立てて地面に落ちていった。

 

「それでは中を確認していきましょう! ボックス、オープン!」

 

 夜見が自身の持っている細剣でボックスの扉を叩くと、扉は音もなく滑らかに開いた。果たして、ボックスの中はどうなっているのか。

 

 開かれた扉の中には傷一つない綺麗な姿のままの剣持が何食わぬ顔で佇んでいた。

 

「お、開いた」

 

 と剣持は平然とボックスから出てくる。

 

「ちょっと! なぁんで無事に出てきちゃうんですかぁー!」

 

 夜見が怒り心頭とばかりに詰め寄る。よほど怒っているのか、手に持っている細剣でつんつんと突こうとする。剣持はそれをひょいひょい躱しながらも心外とばかりに返す。

 

「何て言い草だ! 茶番に付き合ってあげたというのに! 本社にクレームを送りつけますよ!」

 

 それを言われて夜見は剣で突くのをやめて縮こまった。

 

「あの、ごめんなさぁい。クレームだけは……クレームだけはどうか、ご勘弁を……このとおりですぅ」

「はぁ、次からは許しませんからね。それで……」

 

 剣持はその場の雰囲気を切り変えるように、圧のある声で言う。

 

「僕はあなたに斬りかかってもいいってことですかねえ?」

「えぁー……まあ、そうなんですけどぉ、その前にひとまず、これを見て頂いてもいいですか?」

 

 そう言って夜見がどこからか取り出したのはピンクのまん丸い風船……ではなくおもちぃなだった。おもちぃなを受け取った剣持は自身の手の中ですやすや眠る愛らしいおもちぃなを見て言った。

 

「なんだこの……なんていうか、見てると絶妙にイライラしてくる顔――」

 

 剣持が言い切る前におもちぃなが爆発し、剣持の上半身が爆発に呑み込まれた。

 

 夜見はその隙に後退し、叫ぶ。

 

「チャイカ先輩、ヘルプです、ヘーループー! 夜見殺されちゃいますって! サーヴァントさんたちもどうかお願いします!」

 

 その言葉で今まで黙って見ていた亡霊たちが前進し始め、すぐに夜見をその群れの中に隠すと、そのまま剣持へと突撃する。

 

 亡霊の群れの中で、夜見はこちらへ歩いてくる花畑チャイカと赤毛の少年、ライダーの姿を見る。

 

「やあ、久しぶり。相変わらず派手で楽しいね」

 

 ライダーが手を振ると、夜見は恥ずかしそうに頭に手をやって笑う。しかしチャイカだけは険しい顔をしていた。

 

「あ、チャイカ先輩、その……」

「いいさ」

 

 気まずそうにする夜見に対してチャイカは言う。

 

「どうせ奴は不死身のチート野郎だ。普通に攻撃しても死にやしない」

「そう、ですか」

「ああ。だが奴を倒す手立てはある。そしてそれは私たちの連携に掛かっていると言ってもいいだろう。頼むぞ、夜見、ライダー。私が先に進むためには、奴の死が必要なんだ」

 

 チャイカがいつにもなく敵意を宿した瞳で剣持を睨みつけるのを見て、ライダーは笑って言った。

 

「話は聞いてるからね。もちろん、僕はどこまでも付き合うよ、チャイカ」

 

 夜見もまた、気を入れ直してきゅっと目許を引き締める。

 

「私もやってやりますからね!」

 

―――

 

 剣持は当然のように無傷で爆炎を手で払うと、刀を抜いて亡霊たちを見据える。剣持の後ろにはシャドーボクシングする魔使マオと二丁拳銃を構える夕陽リリもいた。

 

 剣持は信頼している証拠とばかりに振り向かずに言った。

 

「では我々も行くとしましょうか。お二人とも、背中は任せましたよ」

「ハッ! 背後にはくれぐれも用心してください? 狙い撃ちしてあげますよ」

「嫌でーす。そんな契約してないもーん」

 

 ふっ……と剣持は笑う。これが仲間……いいものじゃないか。

 

 剣持は真顔で亡霊の第一陣に斬りかかった。

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