爆風、爆炎。ふわふわとおもちぃなが風船のように舞い、鳩たちは次々と刃物に変身して剣持刀也に襲い掛かる。亡霊たちは止むことなく一点に向けてなだれ込んでいた。
騒がしい戦場を遠巻きに見ながら、騎士の女、セイバーは言った。
「私は一度退く」
影を纏う吸血鬼のサーヴァント、バーサーカーは咎めなかった。
「ああ。この場は持たせよう」
「任せたぞ」
そうしてセイバーは姿をくらました。
―――
「アチョー! うりゃうりゃうりゃっ! うー、ホァタァー!」
魔使は踏み込んで体当たり、その後連続ぐるぐるパンチにライダーキックを見舞うが、その亡霊は武術の心得でもあるのか、腕や肘を器用に使いながらゆらゆらと魔使の攻撃をいなしていく。魔使は一度距離を取ると、首筋の汗を拭って呟いた。
「こいつ、できる!」
亡霊は腕を組み棒立ちで魔使を見据えていたが、片手の甲を魔使の方に向けて、かかって来いとばかりに挑発する。
「よーし、第2ラウンドだぁっ!」
と魔使が飛び出したときだった。一瞬の青い光とともに敵の亡霊の頭に大穴が空く。魔使はブレーキをかけて立ち止り、うんざりしたように肩を落としてふり返った。そこには銃を構えた夕陽リリがいた。
「まつかーい、遊んでないで真面目にやりなさい」
夕陽リリはそれだけ言うと、銃を上空に向け、再びおもちぃなの撃墜作業に戻った。
病まない爆発音に風が吹き荒れる戦場で、魔使はふてくされて唇を尖らし、石ころを蹴る。ころころと転がっていく石ころ。石ころは一人の亡霊の脚にあたった。石ころを目で追っていた魔使が目線を上げると、亡霊としっかり目が合ってしまう。亡霊は接近し、手に持っていた燃え盛る松明を横薙ぎに振るう。
「お?」
魔使は上体を仰け反って躱す。不安定な態勢に耐えられない体はとてんと地面の上に寝そべった。
「うーん……?」
倒れた魔使は亡霊の動きを目で追うが、どうやら亡霊は魔使の胸めがけて松明を打ち下ろそうとしているようだ。魔使はため息をつく。
「つまんない」
魔使の体が真ん中で二つに分かれ分身する。松明の打ち下ろしを透かした魔使二人は手を繋ぎ、まるで倒れるシーンを逆再生するかのように直角に起き上がると、亡霊の顔を二人で掴み、引き裂いた。
「お見事です、魔使さん!」
それを見ていたらしい、ちょうど通りかかった剣持が称賛の言葉を投げかける。
剣持は軽やかな足運びで疾駆し、刀を振るっている。斬撃はその場に留まるとこなく前方へと飛んでいく。虚空の斬撃は次々と亡霊たちを巻き込み、掻き消しながら前進し続ける。剣持の一振りで亡霊の十や二十は消し飛んでいるだろう。
「「なんでボク、ここにいるんだろ」」
二人の魔使が息もぴったりにぽつりと呟いた。
辺りの亡霊を一掃した剣持は、鞘へ納めた刀を空へ掲げる。そこへ疲れたおもちぃながふわふわと降りてきた。
「なかなか減らないな」
空では数多の爆発が起こっている。夕陽リリは短距離テレポートを繰り返し、生物型自爆兵器こと、おもちぃなを翻弄しながら上手く戦っている。だというのに空には未だに無数のもちぃなが浮いている。
遠くを見ると、あの夜見れなが「出ておいでー、おもちぃなさんたちー♪」とかふざけたこと抜かしながら、軍帽からシャボン玉みたく次々とおもちぃなを生み出しているではないか。
「行ってみるか」
剣持は爆発寸前だったおもちぃなを空へかっ飛ばすと、先ほどから感じていた妙な魔力を追って駆けだした。
―――
「椎名~。これ、本当に口で膨らませなきゃダメなの~?」
炎上する森から少し離れた場所に一点、開かれた場所で、ややげっそりした様子の緑仙がおもちぃなに息を吹き込んでいた。その傍らでは椎名唯華が膝を着き、空気を吹き込む前のおもちぃなたちに祈祷を捧げているのだが……。
「うえ、ぷっ……気持ち悪い」
「椎名?」
「も、もう駄目です。あちこち痛すぎて体の感覚ないですし、このままだと……うっ、お、おぇえええええ!」
「し、椎名!?」
「緑仙さん、あとは頼み、ました……」
「椎名ー‼」
「何してんですか貴方たちは」
口の端によだれを垂らして静かに目を瞑った椎名と、椎名を抱きかかえた緑仙を見て、剣持は冷静に言い放った。
「あっ、ちょっ、剣持刀也っ!」
緑仙は抱えていた椎名を地面に放ると慌てて立ち上がり、用意していた青龍刀を構えた。
「へえ。緑仙さんと、あとは椎名唯華さんですか。なるほど確かに」
剣持は刀も構えずに、空に浮かんでいるおもちぃなたちと椎名の顔をじっくりと見比べて言った。
「よく見るとどちらも、丸々としててそっくりだ」
「おい」
そこで倒れていた椎名がのっそりと体を起こして言った。
「今誰かデブって言ったか?」
「……言ってませんけど」
「言ってないよ。椎名、言ってない」
剣持だけでなく緑仙も諭そうとするが、椎名の耳には入らない。椎名は咆哮した。
「誰が……誰がデブやー‼」
激怒した椎名が黒い札の束を力任せに剣持に投げつける。
まっすぐに向かってくる幾枚もの札を念の為斬っておこうかと刀の柄に手を掛ける剣持だったが、黒い札たちは剣持に届く前に一斉に白い光を放つ。巻き起こる爆風とともに白い光が音もなく広がった。
光が消えるまで、剣持は突っ立って待っていた。そして、気だるげに鞘に入ったままの刀を持ち上げると、頭上を舞う緑仙の回転斬りを受け止めた。
「あの爆発で無傷か、まあそうだよね……!」
光が晴れ、緑仙は剣をぶつけた反動で距離を取ろうとするが、剣持はそれを許さずに詰める。
本気ではない。特に急いでないので付き合っているだけだ。
剣持は小手調べとばかりに速い剣を次々と繰り出す。剣持自身は雑に放った攻撃だが、それでもその動きには無駄がなく、一撃一撃が並の剣士の本気の一振りほどの威力があるはずだった。
しかし、それらの剣は緑仙の青龍刀の触れたそばから円の動きで逸らされていく。自在に剣を操りながら、体は軽く、緑仙の足は時おり地面を離れさえする。
「ほう……」
剣持の口から感嘆の声が漏れる。
緑仙は剣持の刀を強めに弾くと青龍刀を返すことなく自身が回転して踏み込み、剣持の胴を狙った回転斬りを見舞った。剣持はくすりと笑うと、緑仙の動きをまねたのか、弾かれた勢いを利用して一回転し、刀での防御を間に合わせた。
「なっ……くそっ!」
緑仙はそのまま剣持の周りを素早く舞うようにしながら剣を大きく回してあらゆる方向からの斬りつけを試みるが、剣持は最短の動きでひたすらそれらを受け止め続ける。
剣持が緑仙の剣の軌道に雑に刀を差しこみ、強引に鍔迫り合いに持ち込んだ。
緑仙は剣持の鞘に青龍刀の刃を引っ掛けてどうこうしようと試みていたものの、鞘は抵抗感も何もないまま緑仙の刃をしっかりと受け止めていた。
「ようやく思い出しましたよ」
鍔迫り合いの剣の力は緩めず、剣持が囁くように言う。
「はあ⁉」
一方余裕のない緑仙は少し喧嘩腰だった。
「委員との抗争の時ですよね? それだけ強かったなら見てないで戦えばよかったのに」
「うるさい」
「あなたより弱いだろうに、そこの椎名さんは馬鹿なエルフと一緒に立ち向かってきたんですよ? だというのにあなたは後ろで見ているだけ! 恥ずかしくないんですか!」
「うるせー!」
緑仙が剣持の金的を蹴ろうと足を延ばしかけるが、寸前でそれを止め、自分から鍔迫り合いに負ける形で吹っ飛んで距離を取った。
「ほう、蹴りを止めたのは正解です」
「あー、うるさいうるさい! 椎名、合わせて!」
そう言って緑仙は空に舞い上がると、ふわふわ空に浮いていたおもちぃなたちを次々と剣持の方へ蹴り飛ばしていく。椎名が魔力を込めた指先で剣持へ突っ込んでいったおもちぃなたちを指し示すと、おもちぃなたちは一斉に起爆する。
「逃げよう」
爆発に背を向け緑仙が言う。椎名は困惑したようだった。
「え、そんな。あと一歩じゃないですか」
「いやいや、たぶんノーダメだよ? あいつ手抜きまくってるからね。その気になったら刀でも手でも触れた相手は消滅させられるし」
「あ、そういえば」
それで過去の抗争のことを思い出したのだろう。椎名は納得すると、すぐに緑仙を置いて駆けだした。
「逃げ足速いなぁ」
緑仙のことなど気にもかけずに走っていく椎名に軽く引きながらも、緑仙は肩越しに振り返った。椎名には言ってなかったが(というか椎名も忘れているだけで目の前で見ているはずだが)、剣持は離れた相手を攻撃する手段がある。
果たして爆風が晴れたあと、剣持は抜刀した刀を手に、刀を振るう構えでそこに立っていた。
(やっぱりか……!)
そこで剣を振っても届くはずはないのに、剣持は剣を振ろうとしていたのだ。緑仙は足は止めず、いつでも剣を振るえるように剣持から目を離さないでいた。
剣持が刀を振るった。
緑仙は集中し、空気の揺れや変化、剣持の動作などから見えない斬撃のタイミングを計る。そして、
「ここだ!」
緑仙が青龍刀を振った瞬間、緑仙の青龍刀は消えた。手に持っていた重さが突然消失して緑仙は困惑するが、それがどういうことか、何を意味するかを考える前に、緑仙の体は反射的に後ろに倒れ込んだ。頭上を何かが通過する感触があった……。
ハッとして、緑仙は叫ぶ。
「椎名、伏せて! スライディング!」
椎名は伏せはする気配も見せなかったが、なぜかスライディングの指示には従い、ズササー……と綺麗なヘッドスライディングを見せた。すぐ後で椎名の前方にあった森の木々が消失していくのを見て、緑仙と椎名は顔を青くした。
「おお、外しましたね。勘がいい。では次の攻撃を……」
と、剣持刀也はまるでマウントに立ったバッターのように刀を構えたが、不快そうに舌打ちして足元を見た。
剣持の足元の地面がもこもこと膨らみ、次にはずぼっとオカマエルフの頭が地中から出現する。オカマエルフこと、花畑チャイカは銃を持っていた。至近距離から剣持の顔面に何度も発砲しながらチャイカは言う。
「はっはっは! どうだぁ? 効いてるかぁ? 効いてないみたいだな~剣持刀也~! 私の名前は花畑チャイカだぜ~、Foo! 忘れてないだろうな~こいつ~」
「チャイカさんですか。聞いたことない名ですね……ところでいつまでもそこにいるなら刺しますよ?」
剣持は刀を逆手に持つと、足元で舌をだらんと垂らしてジャンキーな悪人を気取るチャイカの額に突き付けた。
「あ、ちょ、やめないか!」
舌をすっと口内にしまったチャイカが抗議し、刀を避けるように顔を左右に振るが、チャイカの顔が左右に揺れるたびに剣持の刀もそれを追ってチャイカの額に突き付けられた。
「っすぅー……お邪魔しました~」
花畑チャイカは地中へと帰っていった。剣持は深追いせず、幾つもの弾丸が消えていった額を軽く撫で、振り返って空を見た。
月を背に、人が乗れるほどの巨大な鳩が飛んでいた。
「チャイカ先輩! タイミング早いですって!」
元々はタイミングを計って襲撃するつもりが、チャイカだけ一人先走ったうえに退散してしまった、というところだろう。夜見れながチャイカに不平を零しながら鳩から飛び降りる。その背後には赤髪の少年サーヴァント、ライダーもいた。
「おおー! 夜見! あっくん!」
ヘッドスライディングで鼻血を出した椎名が手を振ると、夜見とライダーは苦笑しながら手を振り返す。夜見は椎名から剣持へ視線を移すと笑みを引っ込め、軍帽を脱いでそこから四羽の鳩を出す。鳩は剣持の上空を回るように飛ぶと、一斉に白い煙を上げて変身する。野太い着地音が四つ、剣持の周りで鳴り響く。
全身ムキムキの巨漢の肉体に、首の上だけはかわいらしい鳩の顔が据えられているというクリーチャーが四体、剣持を取り囲んでいた。
「なんだこいつら⁉」
顔を引き攣らせながらも剣持は刀を鞘に納めたうえで剣を構えた。
ズシ、ズシ、ズシ……と足音を立てて鳩たちは剣持へ駆けていく。鳩の一体が拳を大きく振り上げて剣持を殴りつけた。剣持は鞘に入った刀で苦もなく受け止めるが、背後からのタックルを感知して空へ宙返りして躱した。
着地した先で、待ち構えていた別の鳩が剣持の首の後ろを狙いラリアットを繰り出す。これを剣持は屈んで避け、刀で鳩の脚を引っ掛けて転倒させる。剣持は不敵な面持ちで顔を上げる。
屈んだ剣持が見上げた先で、三体の鳩が剣持に飛びかかろうとしていた。
―――
「椎名先輩! 緑仙先輩も! お二人ともお怪我はありませんか?」
夜見は倒れていた椎名の元に駆け寄り手を差し伸べる。
「うん、なんとか」
と椎名は夜見の支えで立ち上がる。そこに緑仙も駆け寄ってきた。
緑仙とすれ違い、ライダーは鳩と戯れる剣持の方へ向かっていく。ライダーは振り返って言った。
「僕はもう行っちゃうからね、援護は任せたよ!」
遊びに加わるかのように意気揚々と駆けていくライダーを微笑ましそうに見送ると、夜見は言った。
「じゃ、まあ、ここは私たちに任せて逃げな! って奴ですよ」
そうして夜見はウィンクをしてぐっと親指を立てる。椎名も親指を立てて返したとき、椎名の足元の地面が盛り上がり、ズボッと地中から花畑チャイカが姿を現した。チャイカは衣服に着いた土を払うと、椎名と緑仙に向けて親指を立てた。
「私もいるよ」
それを見て椎名は目をウルウルとさせたかと思えば、次にはなぜか薄目になり、ピッと2本の指で敬礼して言った。
「じゃ、あたし帰りますんで! お疲れさんしたぁ……みんな気をつけて」
夜見とチャイカは脱兎のごとく駆けていく椎名の後ろ姿を手を振って見送った。
「さて……」
夜見はその場に残った緑仙を見て、表情を改めていった。
「緑仙さんは大きなお怪我もないみたいですし、私たちと一緒に戦ってくれますか?」
夜見の誘いに緑仙は迷ったように見え、その実答えは決まっていたかのようだった。緑仙は首を横に振った。
「ごめん、僕は行かなくちゃいけないところがあるんだ」
「おいなんだよ緑ノリ悪いな~。もうひと暴れしようぜ~。あのクソヤローにぶちかまそうぜ~んんん? あ、おい、なんだよ」
チャイカを押し退けて夜見は尋ねる。
「その、行かなくちゃいけないところというのは……?」
「友達のところ……かなあ」
それを聞いて、夜見はほほ笑んだ。
「行ってらっしゃい、緑仙先輩」
「うん、ありがとうね。夜見」
緑仙もまた、その場を去った。