夜遅く、笹木咲は目を覚ました。チャイムが鳴らされたからだった。
「誰ぇ、こんな時間に……?」
寝ぼけ眼を擦りながら這うような体で玄関までたどり着き、扉を開けようとしたとき、背後から呼び止められた。
「待つがよい。ローマとはローマに仇なす敵すらも愛し、包み込むのだ。その覚悟がお前にあるか」
(うわっ出やがった‼)
笹木は廊下の奥から歩み出て来た大男を見て急速に目覚めていく。嫌な気分が大半だったが、男は赤い大樹のような巨槍を携えている。警戒しているのだろうか……?
笹木は冷静になると、扉から距離を置いてインターホンのモニターを睨みつけた。
「うわぁあああ!」
思わず悲鳴をあげ、笹木は後ろに倒れ込んだ。
モニターにはガン開きにされた黄色の瞳が瞬きもせずにぐいぐいとカメラににじり寄り、こちらを覗き込もうとしているのが映し出されていた。
「さぁ~さ~きさ~ん……あ~そび~ましょ~」
妙に高い声で言うと、それはモニターから離れ、肩にかけていたスコップを下ろしてガツンと地面に打ち付けた。
「あ~そび~ましょ~!」
楽しそうな少女の声も聞こえてくる。
「ラ、ランサー……こいつらアカン奴なんちゃう?」
「邪悪な魔力を放ってはいる。だが忘れてはならない。我も汝もローマであることを」
男、ランサーは相変わらず不敵に笑うのみ。
なんっにもわからん! 笹木の頭は爆発寸前だった。逃げる? 戦う? 勝てる? いや、あの相手ではどんな戦いになるか想像もつかない……。
「あれえ、いないのかな。いる気がするんだけどなあ。うーん、綺麗な家だし、綺麗なままにしときたかったんだけど……仕方ないか」
その声のあとで魔力が家の前で急速に高まったのを感じ、慌てて笹木は玄関の扉を開けた。
「ちょ、ウチの家に何する気⁉」
扉の前にはスコップを肩にかける男だか女だかよくわからない黒髪の青年、そして本を携えたゴスロリ姿の少女がいた。
「あ、笹木さん! なんだいるじゃん」
「お前、なんでここにいる? あ、結界は……?」
喋りながら思い至り、笹木は庭の向こうに目をやった。
本来であれば悪意ある者、そして魔力の波長の合わないものを通さない結界が、どろどろに溶けて地面へと流れ落ちていくのが見えた。笹木は驚愕し、目の前にいる人物を改めて注視する。
あのスコップ……嫌な魔力を感じる。あいつの目も変だ。あっちの子供がマスター? くそっ、わからん!
「結界? ああ結界! あれね、食べちゃった」
と目の前の人物はぺろりと舌を出して見せた。
「お前、何者や」
どすを効かせた声で笹木が言うが、その人物はにっこりと笑って答えた。
「ぼく? ぼくはね、ましろっていうんだ。以後お見知りおきを。笹木さん」
ましろが優雅な(?)お辞儀を披露している合間にも、笹木はランサーに念を飛ばす。
(ランサー、聞こえる?)
ランサーは声に出さずに答えた。
(ああ、聞こえているとも。お前の言葉にローマは従う。ローマの言葉をお前は発する……)
(いや意味が……じゃなくて、アイツに背中を見せるのは怖い。なんとか情報を集めつつ、防衛か放棄か、戦況を見ながら決めよ。とにかく私たちが生き残ることを優先させて!)
「ああ、愛しき我が子よ。信じるがよい。お前のローマ、それ自身を」
そう言うと、ランサーは突然ましろに向けてとびかかった。
「いやお前何しとんねん!」
笹木が思わずツッコんだ。そんなことも関係なく、ランサーは声を立てて笑いながら槍を振りかぶる。
「はっはっは! 見よ! これこそがローマへと至る輝き!」
ましろの後ろに控えた少女が手に持った本を開く。それを後ろ手で制し、ましろは口角を吊り上げて笑った。
「ランサー、やめ……」
笹木の声は間に合わず、ランサーの槍は横薙ぎにましろの体を切り裂いた。
「え……」
少女の声がぽつんと辺りに響く。
その場にはましろの下半身だけが立っていた。遅れて、少女の前にどさりと何かが落ちてくる。
「いやっ……そんな……」
少女は肩を震わせながら口許を抑えた。
ましろの上半身は地面の上に投げ出され、血は断面からどくどくと流れ出す。その顔には切り裂かれる前に浮かべていた笑顔が冷たくなって浮かび、開いた口の隙間から舌がだらりと垂れていた。
「ランサー!」
笹木が安堵してランサーに駆け寄ろうとするが、それをランサーは手で制した。笹木は困惑しながらもましろの死体を凝視する……。
「あ、バレてる?」
笹木は耳を疑った。聞こえてはいけない人間の声。ましろの手が動き出し、おっかしいな~と頭を掻いた。
「な……⁉ そんなアホな」
笹木の眼前で、ましろの上半身は二本の手で立ち上がる。
ましろは先ほどまでの固まった笑いが嘘のようににっこり笑うと、てけてけと体を傾けながら走り出し、茫然と立ち尽くしたままの笹木に迫った。
「ひ、ひいぃぃぃぃぃ‼ ランサー! ランサー!」
笹木の必死の叫びに応え、ましろの行く手にランサーが立ちふさがる。ましろはおっとっと、と急ブレーキをかけて止まった。
「そんな怖がらないでよ、笹木さん。ちょっと驚かせたかっただけなんだ」
ましろはそう言うと、ぴょんと跳ねて方向転換し、少女の方に向き直った。
「やあアリスちゃん、ごめんごめん。心配した?」
少女は涙を拭うと、怒ったように頬を膨らませた。
「心配なんかしてない! ましろのバカ……」
「あっはっは、ごめんよ。まあまあ気を取り直して。次の遊びをしようか」
ましろの言葉に少女の顔がパッと明るくなった。
「それはいいわ! 次は何して遊ぶの?」
「次は……ぼくの華麗なるカードタクティクスをお見せしようかな」
「タクティ……? あ、そういうことね。お手並み拝見と行こうかしら」
少女が頷き、本を開くと、本の中から顔と手足の付いたトランプ兵たちが次々と抜け出てきて隊列を組み、剣を構えた。
そして、最後にやってきたJの四人組の担ぐ玉座にましろはてけてけ駆け寄ると、玉座に飛び乗った。
「はあ疲れた。この日のために腕を鍛えておいてよかったよ」
そう言いながらましろは玉座の上でトランプの兵士が拾ったスコップを受け取った。
「笹木さん、待たせてごめんね。今度はちゃんと戦うから、僕みたいに真っ二つにならないよう、気を付けてね!」
ましろは瞳孔を開いたままの笑顔で冗談を言うと、スコップを振るい、トランプ兵たちに突撃の指示を出した。