夜空に掲げられた真っ白な刀。伏見ガクはそれを、おもむろに葛葉の方へ投げつけた。
「って俺かよ!」
いや、剣持を撃ったのは俺だから、妥当か。そんなことを考えながらも葛葉はとっさに銃を盾に回避行動をとる。
しかし、葛葉のサーヴァント、バーサーカーが割って入ってその手に持った槍で刀を弾き飛ばした。
「サンキュー兄さん!」
「いやまだだ……距離を取れ」
状況を理解したわけではなかったが、葛葉はバーサーカーの言葉に従って地面を蹴った。見ると、いつの間に現れたのか伏見ガクが弾き飛ばされた刀をキャッチし、落下するままにバーサーカーに斬りかかっていた。
伏見が刀を振るうたびに身に纏う黒い羽織が大きくなびく。伏見が力の流れに逆らわないような動きをしているからだろう。その剣筋は華やかに見えはしたが、しかし……葛葉は思わず笑ってしまう。
無駄を削ぎ落した太刀筋でありながら全体として動きには遊びのあった剣持とは違い、伏見の動きには明らかに無駄が多かった。
舞を意識した動きにも見えるが、結局は力技でもって無邪気に刀を振り回しているだけだ。
「そらそらっ、守ってばっかでいいんですかぁ?」
調子づいた伏見の振るう刀は土を抉り、樹皮を切り裂いてバーサーカーへと向かう。バーサーカーは冷めた表情で槍を器用に扱い、伏見の刀をいなしていく。
伏見が下から上へとダイナミックな斬り上げを行い、それが躱されると、すぐさま反動を無理やり殺して一歩踏み込みながら地面へ刀を叩きつけるかのように斬り下ろす。バーサーカーはこれをすれすれで躱し、伏見の懐へと舞い込んだ。
「っしゃ!」
葛葉が勝利を確信してガッツポーズをとる。だが、伏見は笑っていた。
伏見とは違い、バーサーカーは最短距離で無駄なく槍を突き出す。それが伏見の胸を貫くかと思った瞬間、伏見の姿が消えた。
バーサーカーの足もとに不自然な影ができていた。影は液体のように波打ちながら、火の粉の様な黒い魔力を散らしている。
「へへっ、取ったと思ったでしょ?」
影から声がしたのと同時、影は地面を泳ぐようにして一瞬の内にバーサーカーの背後に回り込んだ。影から音もなく姿を現した伏見がバーサーカーの背に斬り込む。が、バーサーカーは振り返りもせずに背中伝いに槍で受け止めた。
「さっすがぁ!」
伏見は感嘆の声を上げて羽織の袖を大きく振るう。振るわれた袖から漏れ出るように、液体のような影がバーサーカーの顔面に向けて飛ぶが、バーサーカーはそれらをかがんで躱し、伏見の足元を狙って槍を振るう。伏見は槍をジャンプして躱し、地面に撒かれている黒い影の中に飛び込んだ。
伏見ガクは影を撒き散らし、バーサーカーを嘲笑いながら地面の影へと逃げ込み、影となってバーサーカーの周囲を高速で泳ぎ回り、飽きもせずに何遍もバーサーカーの背後からの奇襲を仕掛けた。
バーサーカーはしばらくはそれに付き合って自身の槍を伏見の刀と合わせていたが、じきに飽きたのかその表情は動かなくなる。
「あれぇ、もう飽きられちゃいましたぁ? なら、今度はこういう感じに……」
「もうよい」
そう言って伏見のセリフを遮ると、バーサーカーの体は霧と化し、伏見の突き出した刀は霧の中に呑まれた。体が流れていく伏見の背に向けて、霧の中から槍が突き出される。
「はぁ⁉ そんなんありかよ!」
伏見は一瞬驚いたような顔を見せはしたものの、ふっと笑って言う。
「じゃ、こっちも……
バーサーカーの槍が届く前に伏見は掻き消えた。バーサーカーは舌打ちすると霧化を解き、辺りを見回した。
地面に撒かれた黒い影と周囲の木々が作る影との間に、幾つもの影の橋が架かっていた。その橋の並びを追ってバーサーカーの視線は一本の木の根元の影へと向かう。
そこには先ほど剣持の額で見た渦が生じていた。渦の中からゆっくりと姿を現した伏見は、再び笑って言う。
「となると、次はこうするしかないっすよね?
伏見が手を打ち鳴らすと、影の橋は湧きだした波の中に呑まれ、全てが海の底へと沈んだ。辺りの地面一帯は全て伏見の黒い影に染まり、静かに波打っていた。
「……まずいな」
バーサーカーが突然踵を返して葛葉の元へと疾駆する。
「なんだよ、何がマズい……っ!」
葛葉は息をのむ。振り返ると、そこには刀を振りかぶった伏見の姿があった。
葛葉は咄嗟に上体を逸らす。刀は葛葉の肩口に少し引っ掛かり、葛葉の肩にピッと切り傷が入れた。次いで二撃目、伏見は舞のような動きで大きく刀を回して今度は横から切り払おうとする。これは態勢を崩した葛葉には避けようがなかった。が、避ける必要も無かった。
刀と槍が衝突する。伏見の刀は間一髪で間に入ったバーサーカーの槍に受け止められた。
「ざーんねん、狙ってたのはあんただよ」
伏見はそう言って刀から片手を離し、その手を差し出すかのように、バーサーカーに向けて開く。するとそこから一本の影の杭が伸びて、バーサーカーの体を狙った。バーサーカーの体は瞬時に霧と化していくのだが……。
「ぐっ……」
霧から血が噴き出し、バーサーカーの霧化が解かれた。バーサーカーは呻きながらも体の中に幾つもの牙を生み出し、影の杭を噛み砕く。
「へっ、どーっすか? 物真似ですけど、けっこう効いたでしょ?」
得意げに笑う伏見にバーサーカーは無言で笑みを返す……。
葛葉はバーサーカーのダメージに苦い顔をしながらも、銃口をバーサーカーの肩口から覗く伏見の額へと合わせた。
これだけの力、そして影を行き来する能力からして、真っ当な人間ではないだろう。であるならば、こいつは俺たちに近い魔の物。聖女の祈りが込められた弾丸なら剣持の虚空と同じように有効なはず……葛葉はそう判断し、引き金を引こうとする……。
「よせ!」
バーサーカーの怒声に葛葉の視界は殴られたかのようにぐらぐらと揺れた。葛葉はハッとする。
葛葉が伏見に向けていたと思っていた銃口は、葛葉のこめかみにぴたりと当てられている。
俺は一体なにを……。
遅れて状況を把握し、葛葉は慌てて銃を自分の頭から離した。
唖然とする葛葉の表情を面白がって覗き込む伏見。バーサーカーは背後の葛葉の様子を見て取ると、苦笑してぼそりと言う。
「呪われた我が生涯を、貴様にも分けてくれよう……」
『
口の中で含むように言うと、バーサーカーは差し出されていた伏見の手を引っ掴んで、体の前面から大量の杭を射出した。
「うおおおおおぉぉぉ⁉」
悲鳴の混じった叫びとともに伏見の姿はどろどろの影となり、杭の間にまみれるようにして影の海へと落ちていった。
「……やったのか?」
呆然と見守っていた葛葉だったが、バーサーカーの背に呼び掛ける。バーサーカーは黙って影の海に浸った地面に視線を向けた。
「消えてない……まだ生きてるってことか。くそ、なんなんだ、あいつ」
「さて、な。だが、わかったこともある」
バーサーカーは杭を自分の中に収めると、指先に付着していた真っ赤な血を口元へともっていき、舐めとった。
「影の海、といったか。こうなってから地表に余の力が及ばなくなった……が、波が先ほどよりも荒ぶっているようだ。余の宝具を掠めた影響だろう。確信は持てぬが、ひょっとすると、この地に拡がる影全体が奴の正体そのものかもしれぬ」
「はぁ? なんだそれ。そんなんありかよ」
「現にそうあるのだ。言っても仕方があるまい。それよりも見よ、どうやら余の宝具は奴とは相性がいいらしい」
バーサーカーは少し離れたところにある木の根元に目をやった。そこでは異様な光景が繰り広げられていた。
「ギャハハハハハッ! アヒ、アヒ、アッヒャッヒャッヒャッヒャ……! なんだこれ! 痛い、痛すぎる……! これが英霊の宝具ってやつかぁ? やべえ、やべえよ……! 俺の内側、侵食されていく……!」
伏見は杭の掠めたらしい首筋を抑え、大笑いしながら地面をのたうち回っていた。伏見本人は笑っているが、その首筋から顔にかけてをバーサーカーの宝具に侵されているらしい。黒い魔力が血管状に拡がっていくのが見て取れた。
バーサーカーは転がる伏見に向けて手を伸ばすが、手ごたえがなかったのかすぐに下ろし、眉を顰める。
一方、葛葉は目の前にある光景を目にしながらも、同時にあたり一帯の景色ごと影の海に沈んでいく幻をも重ねて見ていた。
暗い、黒い海。肌に纏わりつく異様な水の重さに葛葉は息をすることもできず沈んでいく。やがて葛葉は、水底に小さな光を見つけた。眩しくもなく、たいして強い光でもない、そう思っていたのだが、自分の体が水底に近づいていくにつれて、そうではないとわかった。それは光り輝く鳥居だった。傾いて、水底の泥に足を埋めながらも、太陽のように光り輝いている。でも、と葛葉は思う。影が、明らかに強すぎる。鳥居の奥には半ば泥に埋もれた神社の建物の屋根らしきものが見られたが、そこは明らかに周囲よりもさらに暗い、影の吹き溜まりのような場所になっていた。再び鳥居の光を目にし、葛葉は気を重くした。この闇の中じゃあ、太陽の光なんて……。
葛葉は額から汗を流し、その手は震えながら斬られた肩を抑えていた。バーサーカーは槍を握り込み、葛葉の様子を伺っていたが、ふと頭上を仰いでふっと笑みをこぼし、その身を無数のコウモリに変えて伏見へと襲い掛かる。
「うわっ、なんだよこいつら!」
伏見は飛び上がって刀を振り回すが、コウモリたちはかく乱するような動きでそれを躱し、伏見の周囲を付き纏う。さらに、コウモリたちは各々腹から杭を突き出して伏見を付け狙う。伏見はときおり影の中に身を沈めてはアクロバティックな動きでコウモリたちと大立ち回りを繰り広げるのだった。
―――
「葛葉、状況は?」
空から舞い降りてきた叶が呼び掛ける。
「あ、ああ。なんかよくわかんねえけど、兄さんの宝具が効いたらしい。ただ、どうにもここからとどめに持ってける雰囲気でもなさそうなんだよなあ」
「ふーん……そっかあ。あとさ、葛葉はどうして」
叶は意味深な視線を葛葉に向けて言う。
「どうして、自殺しようとしてるの?」
またしても銃を自分に向けていた葛葉は舌打ちして銃を持った腕を下ろす。
叶は笑みを浮かべて葛葉に近寄ると、斬られた肩を興味深そうに見下ろした。
「精神汚染……呪いとかかな、これ」
叶は葛葉の肩に手を置くと、聖言を呟きながらそっと撫でて、払う。それで葛葉の肩の違和感は消えてなくなった。
「祓ったよ。たぶんもう治癒が働くと思う」
叶が言うと同時に葛葉の肩の傷は勝手に塞がって治ってしまう。葛葉は肩の調子を確かめるように軽く回すと、銃を肩に担いだ。
「あ、葛葉。その銃は……」
叶の言いたいことを理解し、葛葉は銃を肩から下ろす。
「まあ、そんな気はしてた」
「うん」
叶は頷いて言う。
「信じがたいことだけどね。僕がさっき祓った呪いには、神性が宿ってた」
「はあ? じゃあなにか? あんなに邪悪なくせに、祈りの弾丸が通じないどころか、祈りを捧げられる側だってのか?」
「そうだね。神本体か御使いかはわからないけど、彼はどちらかと言えば、圧倒的に光の側の存在だよ。今回用意した弾丸じゃまともなダメージは通らないだろうね。これ、使って」
そう言って叶は葛葉の愛用の剣を帯ごと放って寄越した。
「吸血鬼の血をたくさん浴びてきたその剣なら、きっと猛毒になる」
「そうか、よし」
葛葉は帯を腰に巻いて帯剣する。そのまま大きく羽根を広げ、飛び立とうとしたときだった。
「葛葉伏せて!」
叶に強く呼び止められ、葛葉はブレーキを掛けられたみたいに急停止して身を伏せる。直後、葛葉の頭上を二発の青い光弾が飛んでいった。恐らく、葛葉の羽根を狙った攻撃だったのだろう。
「叶さーん。ちょっとちょっとー、なんで止めちゃうんですかぁ?」
挑発するような声とともに、夕陽リリは二丁拳銃を構えて二人に向かって歩いてくる。
「お、リリっちはこっちでいいのか? ずいぶんと久しぶりぃ! ピーッス!」
コウモリと悪戦苦闘しながらも、伏見ガクは夕陽にピースサインを向けるのだが、夕陽の反応は冷たかった。
「ピーッス! じゃないですよ。なに醜態曝してんですか、ったく」
そう言い捨てて、足を止め、夕陽リリは二人に銃口を向ける。
「さて。じゃ、さっきの続きといきましょうか。今回はお仲間と一緒に。ええ、心配せずとも、二人ともぶちのめしてさしあげますよ」
それに対して、二人は顔を見合わせて笑う。
「葛葉、この相手は銃でいいよ。邪悪な心の持ち主だから何の問題もない」
「だりーけど、まずは目の前の相手からだよなあ」
二人の背中に白と黒の羽が交差する。