剣持刀也は鞘にしまった刀を両手で構え、メイド服を着たエルフ、花畑チャイカの突進を受け止める。
チャイカの背後に隠れていたひよこたちが一斉に飛び出し、ショートソードに変身して剣持に襲来するが、剣持はチャイカを薙ぎ払うと、次々飛んでくるショートソードを払いのけ、再び突っ込んできて放たれるチャイカの連続パンチを無駄のない動作で捌いていく。
剣持がチャイカの腹を蹴ろうと足を振り上げると、チャイカは自分から距離を取った。
続いてライダーの雷撃が降り注ぐ。これを剣持は抜刀した刀を頭上に掲げて防いだ。剣先から広がる虚空の空間が傘のように剣持の頭上を覆い、雷撃は音もなく消えていく。
剣持の差した傘に潜り込むように、正面から鋭く踏み込んでくる騎士の少女、セイバーを見て、剣持は笑みをこぼす。
セイバーは聖剣からエネルギーを放出、そのエネルギーに振り回されるかのように地上低くで回転し、その回転の力をも聖剣に乗せて剣持を叩き斬ろうとしていた。剣持は、傘はそのまま、セイバーの剣と自分との間に刀が来るよう立ち位置だけ調整した。
だが、聖剣は振られなかった。セイバーは腕を上手く折り畳み、剣を自分の身に添わせるようにして剣持には触れずに横をすり抜けていった。セイバーがいなくなり、広がった剣持の視界、その正面にはリボルバーを構えて立つ聖女の姿があった。
重い発砲音が鳴り響いた。
そのさ中に、チュンッ、と弾丸の割れる刹那の音が鳴った。
「同じ手は二度も通用しませんよ」
頭上から降ってくる雷撃ごと弾丸を斬り裂いた剣持は、ふふんとドヤ顔を披露して剣を鞘に納める。銃を下ろした聖女、シスター・クレアの周りには、チャイカ、ライダー、セイバー、夜見れなが集まってきた。
「くそ、さすがに手強いな。夜見、加賀美のヤロウはまだなのか?」
汗を拭って尋ねるチャイカに夜見は答えた。
「社長ぉ〜? 社長ですか⁉ 社長なら冬雪と一緒に巨大ロボで発進しようとしてましたので、二人とも気絶させて縛ってきましたよ?」
「な、馬鹿な⁉ 貴様、なんてことを‼」
「いえ、だってあんなので戦ったら街が大変なことになっちゃいますよ! 次元なんたら障壁の開発も間に合いませんでしたし、敵の能力的にでっかい的にしかならないかな~って」
「くっ、次元なんたら障壁の開発が間に合ってさえいれば……!」
「ああ、なんでだろうね。僕もその巨大ロボっていうの、絶対に見なきゃいけなかった気がする……!」
チャイカだけでなく、サーヴァントまで悔しがる様に夜見は思わず苦笑するのだった。
「まあ、無いものを考えても仕方ないのか」
チャイカは現状を受け入れると、剣持に向けてチンピラめいた調子で言った。
「それにしてもよお、剣持さんよお。この街に来るのは二度目だろぉ? どうだぁ? まだあんまし時間も経ってねえから懐かしくもねえのか?」
「ははっ、何が言いたいのやら」
「しらばっくれても無駄だ。アタリはついてんだよ。二年前、この冬木の街で一夜のうちに妙な出来事が立て続けに起こったそうじゃないか。柳洞寺の炎上。雨の降っていたこの街の上空から一瞬にして消失した雨雲、現れた月の異様な膨張・発光現象。剣持、お前、SNSとか見んのかぁ? ちょっとした話題だったんだぜぇ?」
真面目な話をしながら表情で挑発しまくる花畑チャイカから目を逸らし、剣持はふっと鼻で笑って言った。
「へえ。エルフのくせにSNSときましたか。いえ、僕もちゃんと見てますよ。例の投稿に関しても協会と協力体制で見つけ次第削除させてたんですけどね。そうか、なるほど……あれだけボロボロにされた直後にSNS……やっぱりあなたは目の付け所が人間とは違う」
「で、この街の調査に来てみりゃ、枯死状態で登録されてる冬木の大聖杯が生き返ってるときた。なあ、剣持くーん、なんでだろうなー?」
じっとチャイカに見つめられ、剣持は根負けしたようにため息をついて言った。
「……まず間違いなく、彼女の影響でしょうね」
「そうだろうな。あの夜、俺たちは委員長の力になることが出来なかった。委員長は力不足だった俺たちを救うため、戦場をよそに移すことを選んだ。またしても、自分一人で戦うことを選んだんだ……」
悔しげに拳を握り込む花畑チャイカの傍らに寄り添うようして、シスター・クレアが歩み出てくる。クレアはいつものようにほほ笑みを浮かべたりはせず、剣持に言った。
「ここまでがいわば通史です。あの決戦の日……委員長は戦場から姿をくらまして行方不明。組織も解体されました。その後、どうなったのか。委員長が逃げた先で何があったのか。私たちは知る必要があると思うんです。ねえ、剣持刀也さん、あなたの口から語っていただけませんか?」
剣持は切実な様子の二人にドン引きしながらも、これも一興とポケットに手を突っ込んでまっすぐに立つ。
「語るのは嫌なので簡潔に言いましょう……委員長が逃走した後でしたね?」
剣持刀也は一転して目を見開くと、挑発的な笑いを浮かべて言った。
「ええ、ご明察の通り……! 逃げた先はここ、日本の冬木市。山寺の境内に彼女は降り立ちました。彼女は自分の力で僕の虚空が破れないと悟ると、この地の龍脈に干渉し始めて何かをしようとしたようですが、間に合わなかったようで……最後には虚空へと落ちていきましたよ⁉」
そこで剣持は興奮したように声を上げて笑い始めた。笑い始めはしたものの、笑っているのが自分一人だと気づくと萎えたように肩を落とし、二人に向かって尋ねた。
「で、どうなんですか? ご感想はありますかね?」
花畑チャイカは目に力を宿し、確信をもった声音で言った。
「つまり、委員長は虚空に囚われたまま、まだ生きているってことでいいんだな?」
「……いえ? 虚空においては意味という意味は剥落し、集積という集積は分解に曝される。彼女の力、その概念は性質上分解され尽くされることはないでしょうけど、人間としての彼女など一瞬で無に帰すに決まってる。仮にその力でもって抗うことが出来たとしても、虚空の中では時間という概念すらもその身を保てず溶けていくのだから……耐えられるとは思えませんけどね」
チャイカは剣持の言葉の一つ一つに丁寧に相槌を打ったうえで、なおも言った。
「つまり、生きていてもおかしくはないってことだな?」
「はぁ? あのですね、生きていたらおかしいという話をしていたんですよ? ちゃんと人の話っていうものを……ああ、いや、違いましたね。うん、おかしいのはそんな風に考えるあなたの方なのかな。チルドレンっていうんでしたっけ。なるほどなるほど、確かに、あなたの言っていることの馬鹿馬鹿しさは彼女の存在と通じるところがある」
戯れにか、剣持は尋ねる。
「で? 彼女が生きていたらどうするって言うんですか?」
「決まってんだろ」
チャイカは力強く宣言するかのように言う。
「聖杯で虚空に穴を開けて、委員長を救出する」
剣持はその言葉を半ば予想していた。予想していながらも、実際に目の前で聞かされると動揺を隠せなかった。言葉を発せなかった剣持を置いて、シスター・クレアが話に加わり始める。
「チャイカさん? いったい何を言っているんです? 委員長が生きているかどうかもわからないっていうのに、そんな賭けのような使い方……聖杯は多くの人々が救われるために使われるべきではないですか」
「俺は委員長を信じている。委員長は必ず生きている。そして委員長を救出できれば結果的に多くの人々が救われるに違いない」
「チャイカさんが信じていたって、たった今剣持さんが言っていたじゃないですか。委員長は虚空を破れなかったと。曖昧な希望に縋るのではなく、受け入れるべきことを受け入れて、委員長の思いを受け継ぐこと。それこそが、残された私たちが前に進む唯一の方法ではないですか?」
「クレアよお、お前、考えたことはあるか? 委員長はああ見えてまだガキだった。委員長に救われて慕う者はたくさんあった。都合よく委員長を祭り上げて利用するものがたくさんあった。じゃあ、一人の人間としての……子供としての委員長に寄り添った者がどこにあった? 誰が委員長を救った? 私たちは彼女に与えられてばかりで何も返せていないじゃないか!」
クレアが息を吸い、目を震わせる。何かを言おうとして口を開きかけるが、言うべきでないと判断して口をつぐんだようだった。チャイカは憂鬱を目に宿し、言う。
「悪いな、クレア。委員長のいたころのほんわかしたお前だったら、俺も為す術なく説き伏せられただろうが……。今のお前とは平行線だな。戦うしかない」
クレアが何も言えずにいるのを見て、チャイカは少しフォローに回ろうと口を開きかけるが、先に口を開いたのは剣持だった。
「だぁぁあああ! うるせえよ狂信者共が! どっちも言ってること大して変わんねーから!」
イライラしていたのだろう、剣持は額に血管を浮かび上がらせて声を張り上げたが、深呼吸して落ち着きを取り戻すと、クレアの方を見て言った。
「だいたい、シスター・クレアさん。綺麗ごとばかり抜かしていた貴方が、曲がりなりにも殺し合いの場に主体的に立っていること。僕はけっこう評価しているんですよ。けど……けど、やはり残念でならない! どうして万能の願望機などを必要としてしまうのか……! 追っ手を躱しながらこつこつ信者を増やして、さんざん汚れ仕事を引き受けて、多方にコネを作って……ようやくです。ようやく、僕の悲願は見えてきた。だというのに、貴方は一足跳びに物事を都合よく運ぼうとしている。苦労してここまで来た僕を馬鹿にしている!」
「そんなことは……!」
声をあげはしたものの、クレアの弁明の言葉は続かなかった。剣持はそれを見て、少し残念そうにしながらも鼻で笑った。
「ふん、いいですよ。なんとでも思えばいい。どうせ、貴方の清廉潔白な願いを邪魔する僕が悪者です」
クレアに反撃の言葉は思い浮かばなかったが、それでも何かを言わないといてもたってもいられず、口を開こうとする。
が、それは横に立ったセイバーによって止められた。
「クレア、あまり言葉を弄する必要も無いでしょう。貴方の正しさを私は知っている」
そして、セイバーは前に進み出て言った。
「楽しいわけでもあるまい、貴公の言葉はあまりに不用意だぞ。憶測でものを語るのをやめてもらおう」
「アーサー王……英霊として語り継がれるような人間に、僕みたいな人間の苦悩がわかってたまるものか」
自嘲的な剣持のセリフに深く相槌を打った後、セイバーは斜に構えて笑った。
「なんだ……お互い様ではないか」
「ッ……! そうですか……いえ、そうですねえ! ふふっ、僕としたことが。貴方の言うとおりだ! 結局は力で決まるのだから、言葉も正しさも、なんの意味もない!」
剣持はチャイカとクレアに向けて言う。
「僕たちがここに来た目的は聖杯戦争の妨害。といっても、くだらない願いだったら見過ごしてやらないでもありませんでした。しかし、ええ、あなたたちの願いがまともなわけがなかった! ……少し遊び過ぎていたようですね。もう、手加減はしませんから」
そして、剣持は地を蹴った。クレアの元に集まっていたサーヴァント、魔術師たちは一斉に散開する。