「これこれ、これですよ私がやりたかったのは! さあ逃げ惑え、ひれ伏せ愚民ども! ふふっ……あっはっはっはっは!」
夕陽リリが二丁拳銃を上空に向かって撃ちまくる。さらにドローンたちが夕陽リリを援護する。叶と葛葉の白と黒の翼は入り乱れながらも息の合った動きで銃弾を躱していくが、依然、夕陽リリからつかず離れずの距離を取らされている。
「おいアイツ、調子乗ってるって……」
「ちくしょー……叶ぇ、もう駄目だ耐えられねえ、このまま奴の声を聞き続けてたらマジで憤死する」
「落ち着いて、葛葉。葛葉の役目はバーサーカーの援護であって、ここで戦うことじゃない。ドローンさえ何とかなればここは僕に任せていいから、隙を見て離脱して。もうちょっとだけ堪えて」
そこですかさず夕陽リリが口を挟む。
「へえ、逃げんだ。うわ、噂通り弱いですねー。よっ、吸血鬼界のポメラニアン! お手はこちらの手までお願いしますねー」
しゃがみ込み、地べたすれすれに手を置く夕陽リリ。それで限界寸前だった葛葉の我慢の糸が切れた。
「アッハ♪ 殺しちゃうよ~ん!」
「ちょっ待てぇ!」
叶の静止も聞かず、葛葉は目を血走らせて夕陽リリに突っ込んでいく。
「はいはい、活きがよくて羨ましいですね」
夕陽リリは立ち上がると、銃口を葛葉へと向ける。葛葉は叶の方に視線を一瞬やると、夕陽リリより先にアサルトライフルを連射する。
「学習しませんね」
夕陽リリが呆れたように肩をすくめる。夕陽リリを囲うように浮いていたドローンたちがトライアングルを組み、バリアを張った。
全弾防がれたのを見ても葛葉はブレーキを掛けずになおも接近する。夕陽リリはまっすぐ向かってくる葛葉に向けて銃の引き金を連続で引いた。
頭に向かってくる弾丸を葛葉はアサルトライフルで受け止めようとするが、ライフルは木っ端みじん、葛葉はすれすれで顔を逸らして余波を回避する。そのまま葛葉は空中で
夕陽リリは違和感を覚えていた。銃の弾丸には吸血鬼を殺せる銀を使っていた。だというのに、葛葉が死ぬ様子は一向に見られない。どうして……。
その理由を夕陽リリはすぐに悟る。
羽根を広げた葛葉の背後には、巨大な赤い月が浮かんでいた。葛葉の瞳はあの月のように赤く、それでいて獣めいた鋭い光を放っている。
夕陽リリは冷や汗を浮かべて笑う。
「これもどうぞ」
夕陽リリの指示で光弾を放っていたドローン二台が葛葉に突っ込んでいく。
「へっ、今さら何が……がぁっ、てめぇっ!」
夕陽リリは直接ドローンをぶつけにいったのだった。光弾を警戒していた葛葉はドローンの体当たりを肩と腹にもろに喰らう。さらにそうして密着したドローン二台に電気ショックを浴びせられ、葛葉は呻き声をあげながら落ちていった。
土煙が上がる。夕陽リリは距離を保ったままドローンを四台展開して警戒の構えを解かない。
やがて、晴れていく土煙の中心には、腕をだらりと垂らして立っている葛葉の姿が見えた。体の傷は今まさに夕陽リリが見ている前で塞がった。葛葉に纏わりついていたドローンは、一台は壊れて地面に落ち、もう一台は未だに葛葉の肩に纏わりついて電気ショックを放っていた。葛葉は鬱陶しそうにドローンに手をやると、そのまま腕力で握りつぶした。
夕陽リリが一歩後ずさったのを見て、葛葉は獰猛な笑みを浮かべ、片手を振るった。
夕陽リリの隣で浮いていたドローンが衝突音とともに吹き飛んだ。
「はぁ?」
夕陽リリは茫然としながらも吹き飛んだドローンの方を見て、状況を理解する。葛葉がドローンの残骸を投げつけたのだ。
ドローンの放つ光弾の音で夕陽リリの意識は敵へと引き戻された。だが、敵の姿は見当たらなかった。ドローンはいつでもバリアを張れるようトライアングルの陣形で光弾を連射しているが、無機質な動作で銃口を振り回してあちこちに光弾をばら撒く様は、暴走しているようにすら見える。汎用型のドローンに柔軟な対応は不可能だが、機械は人間を超えた速度で情報を処理できる。きっと、見えているのだろう。
夕陽リリが一台のドローンを手で指し示すと、指にはクリックする感触があり、次には夕陽リリの視界の右半分にドローンの視界が薄く重なった。
が、破砕音とともに夕陽リリの視界半分は赤く染まる。夕陽リリは見た。夕陽リリが視界を共有したドローンのすぐ横に葛葉は現れ、ドローンを地面に叩きつけた。葛葉はまたしてもドローンの残骸を掴み、一番離れたドローンへ投げつけてもう一台を破壊。最後の一台、ちょうど逆三角形になっていたトライアングルの最底辺に位置していたドローンが葛葉に銃口を向けたが、もう遅かった。
葛葉は弾かれたように動き出し、ドローンを踏みつけて破壊した。
ドローンを踏みつけた葛葉が横目で夕陽リリを見る。夕陽リリは舌打ちして銃を構えるが、瞬時の判断でテレポートを行った。
夕陽リリの消えた空間を葛葉の鋭い爪が通過する。葛葉の背後に距離を置いて現れた夕陽リリは、冷静に銃口を葛葉に向ける。だが、夕陽リリが引き金を引こうとしたとき、葛葉は一瞬だけふり返ると、夕陽リリの居場所がわかっているかのように回避行動をとった。
そのまま突っ込んでくる葛葉にひるみ、夕陽リリは再びテレポートを使う。
木の裏に息をひそめた夕陽リリは叶の方に回したドローンの状況を見て頭を抱えた。そしてそっと葛葉の様子をうかがう。葛葉は既に夕陽リリの場所を把握してものすごいスピードで駆けてきていた。
「いきなり強くなり過ぎだろ……!」
いや、叶に合わせて手を抜いてたのか?
夕陽リリは銃をリロードし、木の裏から姿を現すと、二丁拳銃で銀の弾丸を撃ちまくる。だが、当然のように全て躱されて距離が詰まっていく。夕陽リリは乾いた唇を舌で舐めてテレポート。葛葉のすぐ背後に。
葛葉は瞬時に振り返って爪を振るってくる。夕陽リリはこれをテレポートで回避。少し距離を置いた場所に現れて葛葉に銃を向けるが、葛葉はノータイムで夕陽リリの方に走り出す。バックステップしながら銃を撃つ夕陽リリだったが、一瞬で追いつかれ、腹を蹴り抜かれる寸前にテレポートした。
上空を、逆さまに落ちていく。夕陽リリは目を細めながら遥か下方にいる葛葉に銃を向ける。銃を向けた途端に葛葉は察知し、頭上を仰いで羽根を広げて舞い上がった。
夕陽リリは顔色を変えずに銃を撃つが、葛葉は角度をずらしながら回転し、弾丸を躱していく。上空をまっすぐ一本の線になって落ちていく夕陽リリと、羽根を広げて回転しながら空へと上る葛葉。瞳を赤く光らせて、葛葉は言った。
「うごくな」
その一言で夕陽リリの体が金縛りにあったように動かなくなった。夕陽リリは瞳を赤く染めて、パニック状態に陥ったように切れ切れの悲鳴をあげながら体の自由を取り戻そうとするが、拘束は解けそうにもない。銃の引き金も引けず、テレポートもできずに葛葉に向かって落ちていくだけ……。葛葉は悪魔のような笑みを浮かべると、腰に提げていた剣を引き抜いた。
「くそっ、早くしろって……!」
夕陽リリの言葉に反応したのか、腰のホルダーからこれまでのものとはデザインの違う小さなドローンが出てくる。ドローンは落ちていく夕陽リリに付随し、首元に貼り付くと、腹から注射針を突き出して夕陽リリに何かを注射する。……夕陽リリの瞳が青色に戻った。
「異常解除……よし!」
葛葉が振りかざした剣は空を切った。
―――
「けっ、化け物の相手なんてしてられるかってーの」
上空にいる葛葉を肩越しに振り返りながら夕陽リリは走っていた。葛葉は少しの間上空で佇んでいたが、じきにゆっくりと夕陽リリのいる方へ目を向ける。
「逃がすかよ」
呟きとともに葛葉は急降下し、夕陽リリの後を追う。
「しつこいですねぇ」
足を止め、葛葉に向けて銃を構えながらも、夕陽リリは内心では別のことを考えていた。
(撤退するしかない、か……)
夕陽リリは遠く、剣持刀也の上空に置いたドローンの視界を共有し、テレポート位置を定めに掛かる。
「いいねえ! そうこなくっちゃ!」
その場から動かない夕陽リリに戦闘の熱に当てられた葛葉が笑う。
まっすぐに剣で刺し貫こうと迫る葛葉に対し、夕陽リリはどうでも良さそうに狙いをつける。
そんな二人の間に、白い羽を生やした神父、叶が舞い降りた。
「うおぉっ!」
葛葉は空中でブレーキをかけると、叶にぶつかるギリギリのところで停止した。一方、夕陽リリは両腕をたたんで銃を肩の前で待機させる。叶は言った。
「ありがとう、葛葉。葛葉が本体の気を引いてたお陰でこっちもドローンを全部壊せた。あとは僕一人でいい。葛葉、悪いけどすぐにバーサーカーの援護に行って。こいつらは倒しても倒さなくてもどっちでもいいけど、バーサーカーがやられたら全部が終わる」
「……っ! くそっ、そうか。まあ、そうだよな……」
葛葉は煮え切らない表情で踵を返す。最後に叶に言う。
「油断して死ぬなよ。頼むぞ」
飛び立った葛葉に手を振り、叶は夕陽リリに向き直る。夕陽リリは両手を後ろに組み、挑発するように笑って言う。
「で、どうします? この後の展開を打合せでもします?」
叶は笑いもせずに答えた。
「そうするとしましょう」