Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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95.影の海

 葛葉とバーサーカーは一言も発さずに周囲を警戒する。

 

 と、バーサーカーは足元に出現した自らの足を掴もうとしていた腕を槍で斬り払った。そしてすぐに羽根を広げると、身を翻して宙へ。直後にバーサーカーの立っていた場所を炎の刀が通過し、橋に消えていった。

 

バーサーカーは頭上の橋の葛葉と合流しようとするが、バーサーカーの頭めがけて頭上の橋から刀が突き出された。バーサーカーは急停止して弾いたが、刀は初めから狙ってでもいたように葛葉の方へ流れていく。

 

 葛葉は剣で受けようと構え、しかし次には視界が揺れ、バランスを崩してよろけてしまう。葛葉は舌打ちして足元を見た。

 葛葉の足を掴んだ伏見の手の鋭い爪が足に突き刺さっていた。目の前に迫る刀に集中したいのに、足から注ぎ込まれる嫌なものに意識が向かってしまう。葛葉は唇を噛み、血を流しながら、迫る刀へ意識を向けようと努めた。

 

「クッソ……!」

 

葛葉は無理に立とうとするのをやめ、倒れ込みながら刀を弾き、足を掴んでいる手を斬り払った。

背中が橋に触れる直前、背中に伸びてきた無数の手を察知して斬り払い、葛葉は橋に背を着けることなく羽根を広げて飛ぶ。葛葉とバーサーカーの二人は二つの橋の間で滞空し、背中合わせになって警戒態勢を取った。

 

「毒を喰らったか?」

 

 バーサーカーの問いに葛葉は自嘲しながら答えた。

 

「ああ、頭がくらくらする。でもまあ……なんとかなるだろ」

 

 なんとかなる、と言いつつもあからさまに弱っている様子の葛葉にバーサーカーは思わず笑ってしまう。

 

「どれ、余の毒で上書きしてやろう」

「は? いやいらね――」

 

 葛葉が言いかけるのも無視してバーサーカーは葛葉の足を強引に掴むと、五指を杭へと変えて葛葉の足の肉に喰い込ませ、皮膚を突き破って刺し込んだ。

 

「ってぇ! つぁっ、あぁぁぁあぁぁ……⁉」

 

 葛葉は空中で頭を抱え、叫び声を発した。葛葉の耳にささやくように、バーサーカーは柔らかな語調で聞かせる。

 

「冷静になれ。そんなもの命に別状はなかろう。お前が見ているそれは、余の背負ってきた咎に過ぎん。お前の背負うものではなく、また余とともに時間を過ごしたお前であれば、既に見慣れた光景のはずだ。問題は痛みと騒々しさくらいなものだが……おい、いつまでやっている?」

 

 バーサーカーの機嫌が悪くなったのを感じ、葛葉は抗議する。

 

「んなこと言ったって! これ、相当ぉ……!」

 

 苦しんではいるが、まともな言葉を発し返答した葛葉にバーサーカーはひとまず安堵し、辺りをいっそう警戒する。すると、ちょうど下の橋が波打ち、その表面から炎の刀が突き出されてきた。

 

「離れろ」

「うぉっ!」

 

 葛葉はバーサーカーに蹴られて吹っ飛ばされた。バーサーカーもまた、葛葉との間に距離を作る。

 

「あー、外した!」

 

 二人の間へ突っ込んできた伏見が悔しそうに笑い、一直線に通過して上の橋へと消えていく。

 バーサーカーは冷静にそれを見据えていった。

 

「反応しろ。全て躱して反撃しろ。今のお前にならできるはずだ」

「……俺に、できるか?」

「できる。でなければ死んで終わるだけだ」

「そっか」

 

 言い終わると、葛葉は間を置いて一人、笑い出した。バーサーカーがそれを訝しんでいった。

 

「何がおかしい」

「いや、あんたの言ったとおりだと思ってな」

 

 葛葉は笑うのを止めて答える。

 

「確かに、あんたの声はよく聞こえるよ」

 

 バーサーカーは少し照れ臭かったのか鼻を鳴らし、改めて葛葉と背中合わせになって辺りを警戒する。

 

 ゆっくりと、上下の橋が波打った。

 影で出来た細い腕が上下の橋から大量に伸びてきた。悪意というよりは、どこか縋るような切実さで二人の体に触れようとする影の手を、二人は人間を超えた身体能力・反応速度によって予定調和のような動きで次々と斬り捨てていく。時おり葛葉の凡ミスによって剣をくぐり抜けてきた影の手も、バーサーカーが体から射出した杭によって撃ち抜かれていった。葛葉は短く感謝を告げて動き続ける――

 

 と、下の橋からこれまでとは比較にならないほど大量の影の手が噴水のように湧き出てくる。いち早く気付いたバーサーカーは葛葉を押し退けて下方に躍り出ると、片手を突き出してそこから大量の杭を射出し始める。神性を宿した影と負の感情を凝縮した杭。お互いにお互いを弱点とする攻撃は激しくぶつかり合い、拮抗した。

 

「準備しておけ」

 バーサーカーが短く言った言葉をいまや疑うこともなく、葛葉は身を引き締める。

 

 敵の攻撃が弱まり、バーサーカーの杭が押し始めた……そう思いきや、辺りに火の粉が舞う。影の手に紛れて飛び出した伏見ガクは、バーサーカーの大量の杭を一閃、まとめて焼き払うと、無防備で手を前に突き出していたバーサーカーに猛接近する。

 

「させるかよ!」

 

 そこで葛葉が前に出て、バーサーカーに突き出されていた炎の刀を剣で弾いた。炎に照らされた陰影のなかで、伏見ガクは笑っていた……。

 

 伏見は狐のように葛葉の体を辿り纏わりつくと、その肩に乗っかって跳躍、上の橋へ逃れて消えた。そして今度は上の橋、伏見の消えた後から大量の影の手が降ってくる。

 

「くそ、あいつ……」

 

 葛葉が呟くが、バーサーカーが怒声を浴びせた。

 

「気を抜くでない!」

 

 間も置かずに下の橋から飛び出した伏見の刀が葛葉に迫っていた。バーサーカーは葛葉の襟首を引っ掴んでお互いの位置を入れ替えると、器用にも片手で槍を繰って伏見の刀を退ける。それが終わるともう一度葛葉と場所を入れ替え、先ほどと同じように杭の射出を行った。

 

「すまねえ……!」

 

 葛葉は謝って再び気を引き締めるものの、伏見ガクは現れず、やがて影の手の攻撃も止んだのだった。

 

「うーん……」

 

 下の橋から姿を現した伏見ガクが二人を見上げて笑って言った

 

「いやぁ、お二人ともぉ! 実にいいコンビっすねえ……。正直お手上げっすわ。むぎっちから楽勝って聞いてたんですけど、話違ってくるかな、これ」

 

 突然話し出した伏見に唖然としながらも、二人は警戒を緩めなかった。

 

「あ、サーヴァントさんの方は不審に思ってるようっすねぇ。いいですよ、いくらでも見てくださいよ。ほら、このとおり」

 

そう言って伏見は槍で突かれた足や斬られた手を見せて笑う。伏見の体にはどこにも怪我などなく、また呪いの影響も見られなかった。

 

「ここは影の海。悪いものは海に流せっつってね。血も、呪いも、負の感情も全部……っていっても、怪我や呪いが消えたってダメージは心に残っちゃうんですけどね。そこは気合でカバーです、ははっ」

 

 ジョークなのか軽く笑ったあとで、伏見は一転して憂鬱な表情を浮かべて言う。

 

「でもあんまり浸かってると冷静になっちまって駄目だな。他人の願いのために俺がここまでやる意味あんのかねぇ? わかんなくなんだよなぁ。ずっと静かに眠ってたのに、起こされて、引っ張り上げられて。どうしてここまで頑張ってんでしょうねえ、俺」

「馬鹿なことを」

 

 バーサーカーは歯牙にもかけず言った。

 

「それが、お前の願いでもあるからであろう。自覚もなしに我々と戦おうとは……恥を知れ」

 

 伏見はその言葉をゆっくり咀嚼するように、時間が止まったかのようにバーサーカーを見つめ、じきにため息をついていった。

 

「おお、これはきつい言われようっすね。まあ、間違ってないかもですけど」

 

 伏見は反省するかのように額に手を当てて頭上を見上げた。もっとも、そこに空はなく、あるのは橋と燃える影の水面だけだったが。

 

「ってところで再開したいわけなんですけど、でもなあ、うーん……。あと一歩っぽいとこはあるけど、決め手にはなんないんだよなあ。これを展開し続けるのも後のことを考えると怖くなってくるところ。かといってこのままだとじり貧ですし、どうしたものか……」

 

 伏見は顎に手を当てて悩む素振りを見せる。言ってる内容に反して表情が能天気なのには少しわざとらしさも感じられる。伏見は何気なく橋の欄干の方に寄ると、欄干の格子に手を触れ、その向こうをじっと見つめて……唇の両端を釣り上げた。

 

「あぁ、だめっすねえ。そんなとこで遊んでちゃ……」

 

 伏見は両袖を払うような動作をした後で、両手をぽん、と音を鳴らして合わせた。

 それで、パッと頭上の橋が消え、炎の海が消えた。三人は陸の上にかかる素朴な古い橋の上に立っていた。

 

 まず伏見ガクが欄干に手を掛けて飛び越える。次いで、バーサーカーが表情を変え、羽根を広げてその背を追いかけた。

 

 置いていかれた葛葉は目を丸くして立ち尽くすが、我に返って二人の進行方向の先に何があるのかを目で追い、葛葉もまた表情を一変させた。

 

「叶……!」

 

―――

 

 夕陽リリの銃弾を躱し、叶もけん制に銃口を向けると、夕陽リリはテレポートして姿をくらませる。同じように隠れようとしたところで、叶は葛葉の通信を受け取った。

 

「警戒? ……わかっ――」

 

 言い切る前に、何かを感じたのか、叶はバッと勢いよく振り返った。刀を振り被った伏見ガクがそこにいた。

 

 首を斬り落とす軌道だった。叶には何をしても無駄であることがわかった。ただその事実を認識し、反復することしかできなかった。刀が迫ってくる……。

 

 だが、伏見ガクはにやりと笑うと、振るっていた刀の勢いを止めず、腕を折り畳むようにして体を回転させる。そうして背後から迫っていたバーサーカーの槍による一突きを透かした。伏見が刀を胸元に構えてバーサーカーに正対した時、バーサーカーは槍を突き出した無防備な状態だった。

 

「おのれ……!」

 

 バーサーカーは全身から杭を射出しようするが、それを無視して伏見の刀は炎を噴き上げながらバーサーカーの肩から腰の辺りまでを深々と斬りつけた。

 

「があぁぁぁっ‼」

 

 叫び、よろめきながらも槍は落とさず、バーサーカーは目を血走らせながら槍を振るおうとする。だが、伏見は体を返してバーサーカーの胸を貫いた。

 

 バーサーカーの動きはそれで一瞬だけ停止するが、槍を握る手は震えながらも再び力がこもり、動き出そうとした。

 

「燃えろ」

 

 伏見の言葉に応じて刀が纏う炎は激しく燃え上がり、バーサーカーの胸に大穴が空いた。

 

 バーサーカーは伏見ガクの足に縋るようにしながら、膝を折って地面に倒れ伏した。

 

 伏見はしゃがみ、その背中に向かって言う。

 

「わかってたっすよねえ? 同じ手ですし?」

 

 バーサーカーは何も言わなかった。何も言わなかったが、伏見は続けて言う。

 

「わかってても飛び出さざるを得なかったんでしょ? ハハァ! やっぱりむぎっちの言うとおりだったなぁ!」

 

 バーサーカーはゆっくりと首を動かし、横目で伏見を見つめた。五月蠅いものを煙たがるような目だった。

 

「はぁ、わかりましたって。さっさと終わらせてあげますから、その目は人に向けたらダメなやつっす。傷つくんで」

 

 伏見はやれやれとため息をつくと、バーサーカーの首の後ろに刀を当てがった。

 

―――

 

 叶は目を疑った。

 何してる……? 

 何してんだよ……やめろって……。

 

「止まれ、葛葉……!」

 

 バーサーカーと伏見ガクの間に割り込むようにして、葛葉が飛び込んできたのだ。葛葉は伏見の喉を狙った突きを見舞うが、伏見はわかっていたかのように刀で葛葉の剣を下から強く叩いて弾き飛ばした。

 

「ク、ソ……」

 

 葛葉は悔しげに呟き、宙を舞う自らの剣を見上げた。

 

「本当、単純な人たちっすね。俺も人のこと言えねえけど」

 

 伏見ガクは哀れみの目で燃える刀を振り下ろす。

 

―――

 

 刀は、宝石が展開した防護壁によって防がれた。

 

 防護壁はその一撃で粉々に砕け散った。伏見はその手ごたえに当惑しつつも、素早く踏み込み、呆気にとられた様子で落ちていく防護壁の破片を見ている葛葉に向け、もう一度刀を振るう。

 

 金属音。

 

 刀はまたしても止められた。今度は黄金の鎌によって。

 

「皆さま、ごきげんよう」

 

 黄金の鎌を持った少女は優雅な目つきでそう言った。

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